スウエーデンの面白いものたち


by nyfiken
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St.Valentine かぜとマスクの考察

ヴァレンタインに風邪は子供時代から。中学校の頃、ヴァレンタインの日に熱をだし、家で休み、翌日いつもだれちゃんが誰にチョコレートを渡して、カップルになったみたあい。というクラスメートのゴシップを聞いて、ふーんという感じだった。ヴァレンタインにチョコレートを買いにいかない。と誘われた少女時代は、やはりすでに寒気がして、ごめーん。付き合えない。という季節柄の年中行事。ヴァレンタインにはかぜがなぜか毎年の行事となってしまった。

今年もやはり2月14日は床に3日間はデング熱の再来のように起き上がれずひたすら寝ていた。デング熱に比べるとまだ大丈夫と思うが、今回の風邪はインフルエンザのような咳、のど、筋肉の痛み、頭痛、寒気、食欲がなくなる。痰。おなかをこわす。パワーがなくなる。等々。バッテリーが切れたコンピューターの状態になってあとは横になるだけとなる。これはデング熱と同じような感じだが、それでもデング熱の高熱は疲弊させる。

若い時にかかった場合には、デング熱でもどんな病気でもまだ20代などは元気がある。お年寄りの人が同じ病気になったら、知恵はあっても体の抵抗力が違い、肺がもたない。体のある部分のつぼに痛みがでる。今回の風邪の兆候は、実は体のあるつぼに不意に痛みが出た瞬間にあれ、と思ったことだ。

うんちくはいいが、
要するに今年もヴァレンタインはチョコレートやオリンピックとは無縁で、ベッドに久しぶりに横になって朝そして翌日も延々と水でしのぐ。幸いに冷蔵庫にあったエコのリンゴ[スペイン産)が二日目に、ブラッドオレンジがたくさん買ってあったので、絞って飲むのがやっと。ボトルの水をゆっくり飲みながら、またふらふらという感じ
で横になる。やらなければいけないことは、こういう時に、いろいろと重なるようにでてくる。がすべてはそこで停止する。日本ならば、さしずめすぐに病院ということだが、スウェーデンでは、きっと”少し休んで熱が下がってから来てください。”ということになるだろう。

私が理解できないのは、かぜをひいてもスウェーデンの人はマスクをしないことだ。一度職場にマスクをしていったら、咳を当日ミーテイングがある人に移すのが悪いと思ったからだが、みんな恐れてこわごわと”そんな大変な病気だったら帰ったほうがどうですか。”と言われた。だれもマスクをこの国ではしない。日本人は自分が移すのが嫌な場合に、マナーとしてマスクをする。その逆もあるが、この国ではマスクをしないで公共の乗り物で咳をしその結果人に移す。私は良くスウェーデン人に、スウェーデンの厚生省は、日本に見習うべきよ。風邪の予算を減らすならば、マスクをみんなにするように指導するといいんじゃないかしら。そういう意味では弱者切り捨ての不平等な感じがするわ。だって政治家の多くは自家用車通勤組だから、咳のリスクが少ないもの。マスクを自分の車の中でかけていたら苦しくて運転ができないという人もでてくるのかもしれないが、これは子供時代から慣れているか慣れていないの違いだ。スウェーデンの日本人学校では、生徒にどのように指導するのだろうか。マスクの指導もするのだろうか。

欧米でマスクが受け入れられないのは、おそらく多民族国家で顔が見えないことに対する不安があるのだろうか。マスクが普通になると銀行強盗などがマスクをしても怪しまれないなど。顔が見えないことに対する不安は、おそらくスビンフルーやヴァードフルーのインフルエンザの菌より怖いかもしれない。お互いの信頼感や安心感がない社会でのマスクは難しいのはわかる。日本は島国で250年鎖国していたから、同じ民族で仲良くやってきた分、マスクをしても互いを怖いと思わない。その辺になぜ欧米ではマスクをしなくて、日本は定着しているのかの理由があるのではと勝手に想像する。

WHOもマスク運動を少しやってみてもいいのではと思う。いずれにせよ、なにをいいたいかというとマスクをスウェーデンの人にしてほしい。鼻が高いからマスクはちょっと大変なんじゃないかな。と誰かがいいそうだが国によってマスクの大きさは替えるといいのだ。平等な国といいながら、車で通う人たちは、他の人と接触がないからあまり問題がないが、公共機関を利用する場合はどうしても風邪がうつる機会が多くなる。そうしていわゆる普通の労働者層は、マスク文化がないところで風邪やインフルエンザ菌に侵されながら苦しむはめとなる。案外日本人が長命なのは、近代において、マスク文化を国民に定着させた教育があるからと思うのは正しいかもしれない。

スウェーデンで満員電車に揺られあるいは満員バスで咳をマスクなしであちこちからかぜシャワーをあびさせられる不快感は、何とも言えない。永久に風邪の菌がピンポン玉のようにあちこちを飛び交い、簡単に病院にいかないシステムの中でみんな悶々と横になって苦しむ。ショウガを飲む人もいるだろうし、スウェーデン人の大好きなフィッシャーマンズとリートをあめ玉のようになめているだろう。

防御のためと今なら人に移さないために。今でも日本に帰ると老親が、必ずマスクを持たせる。出かける時は、マスクをしなさい。人がどう見るかではなく、菌を人に移さない。あるいは移されないのがマナーよ。。日本の厚生省がWHOと一緒にマスク運動を提唱するといい。とは思うのだが、これも顔が見えないことに対する不安がある国や社会にはあるいは熱帯の暑いジャングルでマスクも難しい。もちろん企業の協力が必要だ。どうやって日本にマスクがちゃんと日本人に定着したのだろう。日本はまた優れていることがあるのは、結核があった時に、知恵として自分専用のお茶碗、お箸、お布団、湯飲み茶わんがあり、人とは一緒に使わなかったことだ。たとえ家族でも。そういう意味では、アメリカ人が今でもどんなお水でもストローで飲むことが定着してしまったことに(グラスで飲まない)似ているかもしれない。

社会主義が長い国の人間は、基本的に抗生物質を子供時代からあまり処方されずに育っているから、免疫機能が高い人が残っているとみる。矛盾しているのだが、高額医療を万人に受けられるために案外長生きするのか、それとも、かぜくらいで病院にいかず、うんうんと苦しみながら、横になって自分の自己免疫でなるべく直してきたスウェーデン民族の人が弱いものはすでに淘汰され、生き延びた人だけがこの寒い暗い北欧に残っているのだから、強い北欧人のみ残っていると言っても過言ではない。と言い切ってしまうが、さてどうだろうか。

一昔の日本ですでにヴァレンタインは、地方都市でも、ヴァレンタイン前に特別チョコレートショップがオープンするくらい(今の阿部総理が子供時代くらいにすでに。。)日本はチョコレートが蔓延していた。それはなぜか女の子から男の子へといった不思議な現象だが、欧米は性差がない。商業の目的に利用されているのは周知だが、お花屋さんとチョコレート屋さんが嬉しいヴァレンタイン。マイヴァレンタインには熱を出して寝込むので町の様子が残念ながら伝えられない。

良く考えると日本の女の子は昔は(今も?)シャイだった(シャイな女の子が好まれる。)から、乙女の頃は告白する日として利用されていた。いわゆる少女が憧れのメンタルな恋の告白日に利用されるというのだろうか。日本は、上司に男性が多いために、お歳暮、お中元の延長で義理チョコというのもある。これも北欧にはない。なぜ義理チョコをわざわざ買わなくちゃいけないというのを説明しても決して理解されないだろう。スウェーデン人の学生で日本語学科の学生ならば、日本における義理チョコーその風土と背景論文で社会学の博士論文が書けるかもしれない。義理と人情は日本文化なのだ。離れてみると日本の良さはむしろ良くわかる。

中国の薬草が10数種類はいったシロップを飲む。問題はスウェーデンで好まれるリコリースがはいっているために、血圧を上げる場合があるというが、血圧があがるより人によってはハイパーテンションになる。そうしてこのような文章が食欲がないのに、書けてしまう。本調子になるまでは、自重。マスクを家でしてみる。空気が乾燥しているので、よけいに風邪をひきやすい。今の季節は、手洗いうがいをし、ひどく咳をする人はマスクを(スウェーデンではだれもしないので、気が引ける)できたらしましょう。
by nyfiken | 2014-02-18 01:48