スウエーデンの面白いものたち


by nyfiken
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ノーベル賞晩祭会2007ストックホルム

スウェーデンの民放4チャンネルのテレビで授賞式から晩餐会が生中継されました。晩餐会が行なわれた市庁舎は上部ブルーにライトアップされ、我が家のアパートの部屋からも,遠くに見えきれいでした。多くのスウェーデン人がまるで日本人が紅白歌合戦を視るように楽しみにしてテレビを視たはずです。

 平和賞のノルウェーオスロからも中継が入りました。元ゴア副大統領は奥様や応援者の女優イルマ?もかけつけて、花を添えていました。アメリカの女優のオーラはすごいものです。宝石をつけていなくても、とてもすてきなドレスとプロポーション、美しさが画面を超えて伝わってきました。まさにきらきら光る宝石のようです。ドレスの胸もとのあきのカットが美しく形のいい胸がちらりとみえておりましたが、下品にならず、今夜みたドレスのなかで、本人の美しさもさることながら、とても印象に残りました。旬の女性の美しさは、旬の花の美しさに通じます。内面からの美しさもカメラはとらえていたと思います。美しさや内面からでてくる魅力は、人を引きつけるものです。

 ゴア副大統領は、ブッシュとの選挙で、最後コンピュータの故障?とか少々理解に苦しむ理由で、もう一度やりなおしして負け、多くのアメリカのインテリ層ががっくりしたのはもう昔のこと。その悔しさを思うと、今日の受賞式は意味のあることだったはずです。勝負というのは、本当に長い間時間がたってみないとわからないものですね。あきらめずに、長く信じることを一喜一憂せずやり続けることは、とても大切なことかもしれません。まさに継続は力なり。また、見る人は、陰ながら見ているものです。

 世の中を動かす上に、きちんとした正しい政治的な働きかけの大切さを感じました。きちんとした良心をもった、政治家が活躍することは、世の中を正しい方向に導きますが、ある国のように本当は外からみたら、絶対正しい政治家が幽閉されている国に、海外が国民ひとりひとりに行き届かない援助を続け、政権を見て見ぬふりしているのは、どういうものなのでしょうか。国の名前ひとつとっても、どういう呼び方をしているかで、そこの国に対する姿勢が見えてきます。

今年のノーベル晩餐の一番の注目は、テーブルお花のブーケの盛り花。テレビでみても、飾り付けがとても好かった。今年のテーマは、ケーキのようなお菓子のような盛り方でした。アイスクリームやアイスクリームケーキを彷彿させるような。夢を感じさせるお花のブーケ。お花がおいしそうに見えるなんて。可愛い。芸術的なセンスは、単にお花のアレンジメントの型にはまったものではなく、絵をみるような。。

足台のあるケーキ台のうえに、おいしそうなおかしのようにこんもりと丸く盛られたり、タルトの形をしたり。デザインを手がけた男性はスウェーデン人のフラワーデザイナーGUNNAR KAJ。1600年代の古いアパートの一室。ガムラスタンの台所のテーブルのアトリエで一つひとつ手作りのアレンジメントの場面もテレビに映っていました。年代もののシャンデリアが美しいアトリエにあった壁の白をベースにしたランプのシェードがすてきでした。お花がおいしそうで、生き生きしていました。

毎年新しいものにチャレンジしているように見えます。すべてのお花は最後にノーベルが息を引きとって亡くなったイタリアのサンレモから届きます。10000本のお花を30人のスタッフと一緒に会場に全部を彩るわけですから大変な作業です。

彼は、芸術家、造形家は、画家といったふうであります。今回が8回目、50才。22才の時に、最初にストックホルムに色彩学と造形を勉強に。フラワーアレンジメントの専門家になるために勉強をした人ではなく、イラストレータとして生活していた日々にある日突然2000年にお花のアレンジメントの依頼が。型にはまらず、タブーというものにもそれを知ることなく果敢に挑戦していく。人々の目を芸術的に楽しませてくれるのは、そういった自由な発想や純粋な芸術的な才能からだと確信するようなお花でした。

街の新聞VASASTAN紙のルポルタージュより。

グンナー氏のお花に対するコメント:私たちは、言葉で言い表せないことを、生きたお花に託します。悲しみ、愛、喜び。。。人は、生きたお花は気持ちを伝えますが、絵に描いたお花では、本物の気持ちをなかなか伝えられないのではないでしょうか。

ノーベルは、多くの言語を操るひとでした。イタリア語もぺらぺらだったそうです。最後息を引き取る時はは、だれひとりスウェーデン人はいないイタリアの病院で、スウェーデン語しか話さなかったそうです。偉いのは、本人の意志をひき次いで、今日まで膨大な財産の管理と最大限に活用しているコミッテイの人、スウェーデン人の魂だと思います。のど元過ぎても熱さを忘れない北の大地のスウェーデン人は、volvoを生み出した人達ですね。


ダンスは夜通し朝近くまで続くでしょうから、その後のお花は、近くのホームレスの人たちにいきますように。市庁舎の外のたき火の近くでアコーデオンをひいていたおじさんが映像にちらりとうつりましたが、今日は稼ぎ時なのかもしれません。ホームレスや孤独な人が、いろいろな形で恩恵がまわりますように。

今年の女王の真っ赤なドレスは去年の白のドレスと同じくドレープをいかして女性らしいフォームです。年代ものの王冠や宝石が一番美しく見えるドレスが主張しすぎず、豪華絢爛なダイアの宝石が一段と光り輝くドレスと思いました。格式があり、年相応の貫禄と品格が光るドレス。昨年のは白で、第一印象は、地味と思いましたが、やはり高価なダイアの宝石が美しくみえるドレスというコンセプト?(間違っていたらごめんなさい。)を感じ取りましたが。

日本のデザイナーの見えないところに細かい細工や行き届いた着やすいドレス。すてきだと思います。女性らしいフォルムと柔らかい生地のドレープ?そでのカーブのフォルムがちゃんと計算されていて、関心します。本物の大人の女性でなければ、着こなせないまさに女王にふさわしいドレスではないでしょうか。

日本の着物はそのものが豪華ですから、宝石をぎらぎらつけないのですが、ドレスは、あのきらびやかなテイアラのダイヤのきらめきを、台無しにしても、競争してもだめなのでしょう。そこをしっかりデザイナーは計算し、どういった宝石がそのドレスと一体になってバランスよく、豪華に上品に仕上げたのだと思います。

去年は、娘達のプリンセスが主役になるような目立つドレスだったので、白いドレスは、年齢を表す結果になってしまったような。今年は二人のプリンセスともシックに控えめなダークな色使いでした。やはり女王様健在の今、若いプリンセスが目立ちすぎるのは、?と考えたかどうか。若い時は若さだけで美しいもの。結論として、王妃の赤ドレスはとても似合っていました。ネックレスも大ぶりのクロスのダイアでモダンな感じを受けました。さすがです。

ノーベル賞の晩餐パーテイのドレスは、スウェーデンのマスメデイアも関心があり、テレビでコメントをするのですが、たくさん美しい女性たちの中で、フランスの大使夫人のバンテイージのドレスがちらり話題になっていました。おしゃれの達人でなければ、決して着こなせない色、デザインでした。決して下品にならない、あの着こなしは、関心したものです。

テレビの司会の女性の、薄藤色のドレスがまたヴァンテージに手を加えたもので、とてもおしゃれでした。今、まさにインテリアや、洋服の旬の色、うすい藤色ベルベット色。すこしピンク色がはいっていて、甘さと辛さのバランスのいい色です。渋くて、甘くて、ピンクとも薄いバイオレット色とも藤色。がぴったりきます。

男性では、フランス人ノーベル受賞者のスピーチが、スウェーデン人のとても喜ぶ映画監督バールマンの映画の白黒のコンストラクションに研究上何らかのインスピレーションを受けたことなどを織り込んだスピーチがよかったと思います。やはりフランス人の男性は、研究者でも(この表現は失礼ですが。)どうしてあのような男性としての色気が(ちょっとイタリア系アルパチーノに通じる?)あるのでしょうか。それはフランス語、フランス文化?が男女ともあのような雰囲気にさせるのでしょうか。関心しました。フランス人男性や女性が一般に持つあの雰囲気が、とてもシックだと思います。

晩餐会後のダンスは、堅苦しいものではなく、受賞者が喜ぶような60年代70年代の音楽をもりこんだバンドが演奏し歌手が歌う中、政治家、首相、大臣、大使、受賞者や家族、研究者、学生や著名人などが楽しく踊っていました。

テレビで、どういうお酒が受賞者にバーでだされるか、見せていましたが、シャンペンやアブソリュートウオッカ、ジン、コニャック、ジャックダニエルやウイスキーの横に、xantという甘いリキュールのお酒があるのに注目。

厨房で最後仕事が終わってシャンペンが働く料理人達に振る舞われましたが、ご近所のお菓子屋さんxokoのマグヌスも最後にデザート総責任者として、コック長と一緒にテレビに紹介されて、おつかれさまとシャンパンを振る舞われていました。闘い終わってほっとした雰囲気が厨房からの映像で伺われました。毎年よくがんばっていいが、ことしのはとてもよかった。とカメラ前で現場の責任者が言ったときに、若い厨房で働くスタッフ全員が、疲れた顔の中に、目が潤んだ一瞬の表情が印象的でした。

ものすごい数の裏方、大きなお盆にたくさん飲み物をのせて階段を降りてきてひとりひとりサーブする人達は、いつもながら関心します。護衛、ガード。事務方。警察官。。洗い場。

一年間この日のために準備してきた人たち。計画、遂行、コントロールをきっちりとすることを教育されるスウェーデン人ならではの年行事。表に出ない、ドレスを作る人。メダルをつくる職人さん。宝石デザイナー、大工さん、掃除夫の人。ひとりひとりが誇りをもって、それぞれの仕事を遂行してあのようなセレモニーが完成するのだなあとテレビの画面をみながら、ふと思いました。

受賞者の挨拶も、医学賞の挨拶の”いろいろな人の支えがあってこそ今日の自分がある。学校で最初に数学を教えた先生から、飛行機の操縦を50の手習いで教えてくれた先生など人生のそれぞれの恩師に対する温情と感謝の気持ち。妻や家族へのねぎらいと感謝。が現れていました。

いろいろな人生の局面をみせてくれたのも受賞晩餐会のテレビ中継でした。アメリカの経済学者の娘さんが、一緒に出席したお友達と一緒に、インタビューで無邪気に答えていたのは、とても子供らしくて、素直に驚き喜びの家族の一面を映し出していました。”お父様がノーベル賞を受賞して、どうですか。”に実感がわかなくて、びっくりしている様子でしたが、え、あのパパがノーベル賞をいただいたの!パパは数学なんてよくわからないはずなのに。その無邪気な答えが面白かったものです。学校の数学の問題をパパにきいて、忙しい父親は、わからないといったかもしれません。とかってに想像していました。

最後にひとりの受賞者が、挨拶の中で、いろいろな困難と思われる難しいものも、知識を得ることでその困難に打ち勝つことができるようなニュアンス(テレビで一瞬きいただけなので、正しくは本人のノーベル受賞の挨拶文を参照されたし。を語っていた。とかく知識を得ても。。。とか知識だけじゃね。とかこれを知ってどうするわけ?と知識を得る前に、否定的な考えで怠けがちな自分の頭を金槌でがつんとなぐられた一言でした。

ほとんどの人が一番楽しみにしている文学賞受賞者イギリス人女流作家のスピーチは、本人の欠席のためなし。1960年代は若かった彼女は、高齢と腰痛のため欠席。自宅インタビューをみながら、女流作家(東洋西洋問わず)に共通している、例えばフランスのレマン(愛人)を書いた作家デュラスや日本の中年以降の女流作家に通じるものを感じる。一枚皮を剥いだあるいは自らをさらけだした人間だけが持ちうる、どっしりとした女性の強さを感じるのは私の誤解だろうか。ストックホルムの国立図書館には、作品が特別コーナーを設けて受賞後並べられ関心の高さが感じられます。



今日のストックホルムは、雪もなく12月にしては、例年に比べて温かい日となりました。雨が小降りで朝方ふっていましたが。街は普段の通り、クリスマスまえのにぎわい。受賞者宿泊先のグランドホテルは、ノーベル受賞特別のコーナーを設けています。右手側のバーは関係者でにぎわっています。座るところが無いときは、ピアノの周りにあるいすか、もしくは、カウンターで飲み物を頼んで、ロビーを横切って左の方の応接いすがあるほうに持って行くしかありません。

ノーベルコンサートは、昨年はヨーヨーマでした、あまりのオーラ(ヨーヨーマのスーパーパワー、聴衆者の人生の果実を手に入れた受賞者たちと家族の喜びのオーラ、後ろの壇には王女様の光輝くオーラ)に圧倒されました。今年は、天才ランランのピアノコンサートになるそうです。今パワーのある中国や中国人の選ばれた天才達のパワーとオーラは本当に、すごいものです。中国人パワーはどこから来るのでしょう。あの食べ物なのでしょうか?
by nyfiken | 2007-12-11 10:48