スウエーデンの面白いものたち


by nyfiken
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スウェーデンは本当に社会主義の理想平等な社会か?

スウェーデンで普通に暮らしていると中産階級がいわゆる労働者階級が平等に暮らしている世界にみえる。差別に対しての徹底的な教育。移民や戦争難民を積極的にうけいれる。教育はお金がかからないので、やる気のあるひとは、54才までお金をもらいながら、しかも子供のかずにおおじて、おかあさんが勉強する場合、お金がでる。英語を勉強したって、コンピューターを勉強したって。家がうるさくて勉強する部屋が無い場合は、学校内のちゃんと勉強する部屋やコンピューターも無料で使うことができる。やる気があったら、歯医者にだって、医者にだって若い移民はなれる。実際わたしの知り合いのポーランド人は、本国で高校を終え、3年間ぐうたらなお酒のみの男性と同棲していたけれど別れ、スウェーデンにきて、今こちらで高校に通い、大学は無料の歯学部を目指して今働きながら勉強している。

平等教育。とくに男女の平等については、世界でもトップクラスだ。と一般には解釈される。フェミ二ズムの闘う女性たち。わたしは選挙のとき、広場でフェミニストの党首やスポークスマンがこぶしをふりあげて演説をしたのを目の前で聞いていた。”女性達を差別する世界にわたしたちは闘っています!”。そのよこであかちゃんをのせたベビーカーにちいさなわんちゃんのぬいぐるみをくくりつけて、若いジーパンがちょっと下に下がっていたおにいさんが、ミルクをのませていた。もうひとつのおとうさんが疲れ切った顔をして、赤ちゃんを乗せたベビーかーと小さな男の子の手をひいて拍手をしている。もちろんおかあさんは、産休ではなく、職場で働き男達が産休をとっている。。”もっと女たちよ!平等でないこの状況をなんとかしよう!”フェミニズムのシャワーをてっぺんから浴びてわたしは、めまいがしてくらくらした。そばで、F!のピンク色のパンフを配っていた美しい若いスウェーデンの金髪のおにいさん。バイキングの国も女性が平等を願ってこぶしをあげる。

スウェーデンのフェミニズムはどうしてこれほど、男女の不平等に怒りをおぼえるのだろうか。それは、男女平等といいながら、未だ女性の給料格差。また年金が妻と夫とは別で、女性がはたらかないと夫の年金がもらえない。すなわちほとんどゼロにちかい。もちろん一生失業者だったひとにあげるような微々たる何かはでる。しかしそれでは老後くらしていけない。結婚もサンボも同居が同じ権利。あなたのお金はあなたのお金。わたしのお金はわたし。本当に女性にとって甘えることができない厳しい現実がある。

また自由恋愛社会。愛がさめたら、昨日のなでなでマルクスは、別れてすぐ親友のカリンをなでなでしている。いくら傷ついても傷ついても埋め合わせができないのがスウェーデンやヨーロッパの自由恋愛の厳しい現実。日本女性もいちゃいちゃなかがいいときはブログに”わたしのダーリン!ふふふ。彼の作ったケーキ。”がたくさん登場するが、旦那さんがヨーロッパの某国人で、奥さんの日本人が日本から帰国したときに、金髪の秘書が自宅のベッドに一緒にいたのをみて、すべてのグラスとお皿をたたき割って、別れた知人もいる。その国の法律では、アメリカと違い、彼女ができたから別れることが慰謝料にはならない。そのときに、わたしは、同胞の彼女を助けようと必死で日本女性と外国人男性の夫の離婚の弁護士、法律の専門家、あるいは同じケースがないか、そのアドバイスを求めるべくブログやインターネットで情報を探した。”うふふわたしの夫はこんなにやさしいのー。トムがつくった今夜のデイナー”のまたかのブログはあっても、ラブラブの時しか書いていないので、具体的な法律の助けになるサイトはなかった。唯一日本に住んでいる外国人妻が困った時(その多くはフィリピン人女性への援護など)のための法律やグループなど。わたしは、友達にいった。あなたがもし無事に自分の離婚が成立して、ちゃんとなったら、かならず困った日本女性と外国人男性の離婚もしくは、別れに際してのいろいろな法律相談や窓口になるようなネットワークを作ったらと。泣き寝入りのケースや恥ずかしいなどで、日本女性は、水にながして、そしてのど元を過ぎて忘れようとする。そういうときは我々は、潔く美徳に酔いしれる。しかしながら、その美徳は、世界中で泣かされたやまとなでしこを救済することができない。

法律は結婚したあるいは生活をする国によって違う。ヨーロッパでは、シュに愛がさめて他にだれかいい人がいたら、ほなさいなら。楽しかったよ。ばーい。実はもう1年前から愛がさめていたんだ。ということになる。しかしながら、アメリカのように契約社会だと、きちんと弁護士を通じて精神的な苦痛などで慰謝料が請求できる。スウェーデンの場合は、すべての財産は半分半分だけれど、そういった愛がさめたら一緒にいてもしょうがないの国であれば、他のひとがいてもどうでもそれを理由に請求することはできないのではないかときいたことがある。詳しいことはわからない。実際いろいろなケースがあるはず。

たくさんの日本人女性が外国人男性と結婚したり同居しているのに楽しい情報はあっても困ったときに実際役に立つ国際離婚情報がないのだろう。と当時わたしの友人のために愕然とした。とりわけ、英語しか話せない日本人女性がスウェーデン人とまったくここの言語を勉強しないで数年同居あるいは結婚した場合はうまくいった場合はいいが,そうでない場合はおてあげである。電車の広告に、サンボ(同居)の女性の別れるための法律相談。という広告が載っていた。結婚と同居が同じ権利と聞いていたわたしは、その広告をみて、女性のための法律相談所。とくにサンボ同居の女性にターゲットを与えたのに、興味をもった。スウェーデンのように、家庭が複雑かし、未婚の母が同居、また別の男性の子供を産み、男性側の前の子供を育て、と家庭自体が複雑化している状況では、いろいろな個々のケースがあるのだろう。これはスウェーデンだけではない。北欧の国全体に共通している。

外国人は基本的に住むところの法律に従うわけだから、現地の言葉を理解しない場合は、本当にハンデがあるのでは?もちろんすべてうまくいくことを願うけれど。備えあれば憂いなし。我が友人が、たどった道は、なれない言葉の地でひっしに電話帳の弁護士に電話をかけて、相談にいった。泣き寝入り寸前で、気持ちは救われた。彼女の日本の両親は、体をこわすといけないから、もうお金のことなんて考えなくていいからすぐに帰っておいで。とその彼女にいう。わたしは、それを阻止して”いい?あなたがそこに住む半分の権利があるのだから、そこにいて、旅行気分で楽しむのよ。さっさとでていってあいてのおもうつぼじゃない。ホテルにとまっているつもりで、しばらくやりたいことをそこでやりなさい。そうして弁護士がみつかったら、まず相談してみて。じゃないと、タンに泣き寝入りよ。”そこに踏みとどまって、住む権利を使い、そして、運良く女性弁護士をみつけた。

厳しい現実にさらされている北欧女性が怒りの声をあげフェミニズム運動で女性の権利を必死に守ろうとしている姿を同姓として、いろいろなやりすぎという声もあるにせよ。他人事と思えない。男女平等をモットーとしているスウェーデン社会では、職場での給料格差の撤退。昇進への男女差別の撤回。職場会社あるいは、社会での男女平等はめざす。

ならば家庭ではどうか?2月27日の街のタウン新聞PUNKT SE STOCKHOLMで、女性ジャーナリストSONIJA SCHWARZENBERGERが面白いコラムをかいている。”FUCK YOU, わたしは昨日お皿を洗ったじゃない!”

スウェーデン社会の中では、男女平等が叫ばれているけど、じゃあ実際家庭の中じゃどうなの?組合も政治家も男女平等と声高に叫ぶけど、じゃあ実際男女が同居する家の中は?彼女曰く。私たちスウェーデン女性がゴミを出しに行ったり、お皿をあらったり、(たとえサラ洗い機があっても)土曜の夜ごはんを作る方が圧倒的に多い。給料は半分半分とっていて、家賃も生活費も半分半分にわけていて、でも家の中での男女平等は、ぜんぜん成立していない。それって実際考えたらどうかしら?男性が家の中の掃除をしたり、役割分担することは、大切。でも男女平等を叫ぶひとたちは、未だ旧態依然としている女性が、家の外で働き男性と同じ給料をとっても、家事労働が依然として女性に重くのしかかっている現実があるということを指摘しているのが興味深い。


異国で暮らすことは、楽ではない。言葉から覚えて、一からやり直す。日本で毎日が同じとため息をつく生活を嘆いている人もいるが、外国で、素っ裸でだれのつてもなく、一匹オオカミでたいていは勝負する人たちは、本当にくろうする。外国人男性は優しいが、税金が高い北欧では、日本女性は、同じ経済的な自立を多かれ少なかれ求められる。移民の女性の多くは、生活のために、掃除夫でもなんでもやって、暮らしていかなければならない厳しい現実に直面する。もちろんいろいろな背景のひと、年齢、国籍、経済移民などいろいろなケースによって違うが。

現実の厳しさは甘い夢をもってきた人たちを打ちのめすが、東欧、ロシア、アジアからの花嫁達は、必死にがんばっている。日本人女性が個々の状況が違うが、最初は大変な思いをされているひとも多いのではと推測する。愛があるひとたちは、いいが、子供をかかえて離婚している日本女性も決して少なくない。子供がスウェーデン人として育て教育費にあまりお金がかからないシングルマザー達は、日本に帰らずにスウェーデンに残って、がんばっていると思う。もともと女性が守られる日本から欧米にきて、男性と同じく闘う必要のある北欧は女性の自立と男性の自立が当然と子供時代から徹底的に教育される。はたらかなければ、ちゃんとした年金がもらえないのは、厳しい。フェミニズムで女性が声をあげないと、女性が男性に金銭的に甘えられない社会のシステムでは、権利を声高に主張しないと、いざというときに、女性が困る。

北欧の男性は日本男性にくらべたら、子供の世話もするし、お料理も手伝うだろう。しかしながら、子供のときから、個人主義を徹底されて、給料袋をそっくりわたし、たばこ代ちょうだいということは、北欧の男性には考えられないだろう。子供の洋服だって、ママといったら、ママのカードで。パパといったらパパが。わかれたら、子供の養育支援費も半分。連れ子と連れ子同士の同居もあり、新しいプラスチックパパやプラスチックママ(という表現を義理の父母に使う)という複雑な家庭環境は、子供を早く大人にする。また、16,7で母親になるヤンママも存在する。午後の散歩帰りのかわいいヤンママ友達は、おしりが見えるGパンに、ピアスやミニでマクドで子供達にベビーフードをたべさせたり、自分たちがバーガーを食べてなごむ。

こどもがいても、そのあとまたやりなおして高校に通って、大学に行こうとするとできる。スウェーデンの警察庁の超エリートトップにおどりでている女性は18才で子供を産んだヤンママの走り。今はもう40代だが、相当なやり手だ。その彼女が18才の時あかちゃんを産んだころのあどけない顔の写真をテレビでみたが、今の厳しい警察の男性部下を統率する姿は、18才で赤ちゃんを産んだころ誰が想像できたであろう。ヤンママの彼女は赤ちゃんを育てながら、もう一度高校へいって、それからちゃんと勉強をして、警察官になった。やりなおしも少しくらい遅れても資質のある人間を育てるところがスウェーデンのいいところ。女性が警察のトップのほうにいくためには、子供を育てながら相当の努力をしたと思う。

北欧神話は、遠い日本にはあまり現実は伝わっていない。スウェーデンで教育や介護を勉強するひとたちの陥りがちな部分は、あまり勉強した国の悪口を書きたくないから、イメージにそって福祉や介護や教育の神話をかたる。しかしながら、北欧の子供達はかわいいが、いじめがないわけではない。いじめはあるし、学校での暴力もある。複雑な家庭だからなんとかということとは関係はない。ただはるかに日本よりいい意味でも悪い意味でも進んでいる。女性の自立や女性の平等は自己責任という厳しい個人主義の上になりたつ。女性が甘やかされない社会であることは間違いがない。こどもができたから結婚して、まあ。というケースもないわけではないが、むしろ少ない。結婚を将来するかどうかわからないという同居がとても多い。

子供が親のかすがいにならない。子供ができたからといって結婚の理由にならない。そういったヨーロッパ全体の現実がある。女性が怒りたくなる理由があるのだ。そして、スウェーデンAMNESTYがこの春に新しい女性への暴力への北欧のレポートをまとめて発表する。現実フェミニズムが多いはずの北欧に男性が女性を殴る現実があることに驚くが、(なかには女性が男性を殴る場合もあるという)これは、日本のマスコミでの北欧女性が強いという先入観とは全く相反する事実である。暴力で亡くなる女性もスウェーデンには存在する。なかには、中東からの移民のスウェーデン人ではないの?と脳天気なひともいるが、そうではない。

先日のスウェーデンテレビ1チャンネルで討論会(一般市民もいれて)では、なぜ男は女をたたくのか?が放映された。政治かの弁論はよくしゃべるが、あまり胸をうたない。それより実際その問題をかかえて、グループとネットワークを発足した女性たちのひとことひとことに、言葉の重みがあった。

経験者の女性達が、最近自分達の手でたちあげたグループが登場。フェミニストパーテイの政治家スポークスマンやアフリカコンゴ出身のニャンコさブーニー女性大臣も登場。けんけんがくがくの討議になった。爆弾発言。あの男もおそれるめがねのフェミスとパーていの代表スポークスウーマンが、わたしだって暴力を男にふられたことがあるのよ!という。女性を怒りにかりたてるのは、やっぱり男性の責任。スウェーデンには、女性への暴力反対をかかげるNGOや団体はたくさんあるけど、実際の経験者が集まっておのおののケースを考えて救済するという実質的に活動するネットワークを立ち上げた女性達。彼女達は本当に怒っている。そうさせたのは、やっぱりスウェーデンの暴力を妻や彼女達にふるった男達だとわたしは、テレビを通じて思った。

日本だったら、和田アキ子が、爆弾発言。実はわたしは男性に殴られて泣きました。といっているようなもの。

大臣は、駆け込み寺のようなものは。うんぬんといっていたが、まだ若い彼女は、実際そのあたらしいGROUPのひとたちの、ひとりひとり個々のケースがちがい、メンバーへの対応やアドバイスが必要。そこで政治的な支援や援助がひつよう。という積極的な意見をきちんと受け止めていなかった。移民出身の子供でアフリカ人の女性を公平大臣に据えたのは、いかにもスウェーデンらしいが。政治家は答弁が上手で、頭の回転が早いのはいい。大臣側の女性は、少々人生の勉強不足と弁は立つが??

私たちは移民だ差別をされているという声の代弁者だけなら、大臣は務まらないだろう。具体的にその人間がどのような政策信条をもっているのか。が政治家の資質であろう。代弁者やマニュアルを読むアナウンサーや役者や俳優が政治家になるのは、やはり誰かの代弁者の黒子なのだからだろうか。政治家は、自分の主張を声高にいうのではなく、人々の声に耳を傾けるべきだ。スウェーデンのデべート番組での女性政治家をじっと観察していたら、なんだか日本の政治かとあまり変わらないような。。政治家は、自分が話すことよりもっとスタジオにきて、男性の暴力へ反対する女性の提案をきっちりと耳を傾けて聞くべきだったのではないか。それをニャンコサブニー大臣女史に求めたい。自らの主張に忙しくて、せっかくそばに運動しようとする女性の声を消してしまった。後で後でにまわる政治からの困った女性の救済を本気でできるのかと大臣の発言をきいて、わたし自身不安になった。アフリカ黒人で女性であることで、一般のひとはあそうとなっとくするのかもしれないが。怒りでふるえている女性たちを、どうこれから政治的に導いていくのだろう。アメリカの選挙もそうだが、本当の公平な社会は、黒人だから白人だからといったことで、選ぶことは間違っている。それをまだ続けるのは、きっと本当に平等な社会になっていないからだ。平等は幻想かもしれない。理想に向かって進むのはいい。

テレビで答弁をぺらぺらと話す頭の回転がいい政治家であっても、瓶が大きくないと、外から入る水がこぼれてしまう。かめの水をたくさんいれる器の大きな政治家は、人の声もきける政治家だ。今回のスウェーデンのテレビでの討論会をみながら、そういうことを感じた。

そうスウェーデンは本当に平等なのだろうか。現実は厳しい。
by nyfiken | 2008-03-02 03:19