スウエーデンの面白いものたち


by nyfiken
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

ノーベル晩餐会の表舞台そして裏舞台ーその1




ノーベル晩餐会の表舞台そして裏舞台。おおくのひとたちが、ノーベルの遺志を受け継ぎ世界の科学や文化の発展に寄与した人たちをもてなす。

晩餐会のクライマックス。1250人の招待客に同時にデザートを配る。今年は例年のデザートの嗜好をかえ、お菓子責任者MAGNUS(わたしのアパートから歩いて3分St.ERIKSPLANのお菓子カフェレストランXOKOのオーナーパテイセリー)いわく、洋なしを使った新しいデザート。彼がこだわるデザートワインはなにがサーブされたのか楽しみ。お給仕する人の訓練は、毎年といえどもなかなかのもの。

f0157298_859486.jpg

晩餐のデザートタイム。この後に受賞者の挨拶と続く。
f0157298_952379.jpg

コンサートヒューセット(コンサートホール)でおこなわれた授賞式。メダル。デプロマ(証書)は賞と個人によってひとりひとりデザインが違う。

f0157298_99532.jpg


晩餐会では、一番ステータスが高いとされるのが、ノーベルの遺志の順番により、物理学賞。次が化学そして医学生物そして最後が経済トランクつけられていると今日の新聞に。席順はそういった意向をくむが、日本人受賞者が英語で疲れないように、言葉が通じないひとに四方を囲まれることは避けられ、配慮された席順となっているのが面白い。益川氏の英語話すことが苦手というニュースはスウェーデンにも周知。日本人同士お隣に座らせてお疲れにならないようにされた工夫など。挨拶も日本では年功序列で年の上のひとを尊重するしきたりだが、挨拶はそういうわけで、小林氏に。という説明もスウェーデンのテレビで淡々と説明される。

晩餐会テーブルへ着席。


f0157298_10243533.jpg


中国系アメリカ人化学賞受賞者と北欧美人プリンセスマドレーヌ。
f0157298_9211027.jpg

王妃様と日本のノーベル物理賞受賞者の小林氏。

f0157298_9153535.jpg


益川ご夫人と中国系アメリカ人化学賞受賞TSIEN夫人に囲まれたプリンスカールフィリップ。日本の着物姿は美しく、色がとても会場にあっていた。やはり着物姿は、どんなドレスより品があって美しい。
f0157298_9322035.jpg


スウェーデン王立アカデミーの文学賞などの永久選考委員。フランス語がとても達者な有名な人。スウェーデンの知識階級アリストクラットな貴族的な香りがぷんぷんするお方。ドイツの大使夫人と晩餐後のダンスフロアへ。


f0157298_940425.jpg

将来のクイーンビクトリア。昨年もそうだがパパの王様の写真がはいったブローチをドレスにつけている。

f0157298_9512088.jpg


f0157298_9501164.jpg


ノーベル晩餐の後のダンス。バンドがはいって、スローなジャズから。夜遅くまでダンスが。会場の市庁舎は真夜中1時過ぎでも上の方にグリーンのライトその上がまたライトアップされてきれい。私のアパートの部屋から見えている。心なしか今夜は対岸のアパートの窓明かりが真夜中でも平日にかかわらずまだついている。ストックホルムは海外からの受賞者や関係者ノーベル賞のお客様を迎え、政治家や多くの人が今日は集まった。サンレモで息をひとり寂しくひきとったノーベルの遺志は後世に伝えられた。

世界がもっとよくなりますように。受賞者のひとりドイツ人医学賞受賞者が、同僚や上司など一緒に働いて来た人を褒め称えたこととそして細やかに妻の名前を述べ、感謝の意を表したことに、スウェーデンのテレビ局は至極ドイツ的心配りとほめていたが。文学賞の受賞者の挨拶が、わたしには、とても印象に残った。自分の言葉でしっかりと述べてあったのは、すばらしい。

日本の小林氏の挨拶も日本人らしく、色々な方面に配慮されたりっぱな挨拶だった。かしこまった日本の社会では、少し想像もつかないノーベル晩餐会の雰囲気。厳かでありながらも、くだけている部分もあり、バンドがはいって踊りがある。お酒もふんだんに飲む。今年のテーマは愛。愛をテーマにした舞台やお花のアレンジ。ハートマークはスウェーデン人が冬になると好んで赤いハートを単純に書いたカードを送る。シンプルイズベストのスウェーデンスタイル。お花のあれんじに葉っぱをひとつひとつハートの形にした細かい作業。テーブルのうえに赤いハートのマーク。

f0157298_1014168.jpg


やはり大人の世界をもつヨーロッパならではの晩餐会であることは、間違いがない。ふと明治の鹿鳴館の晩餐会で一生懸命西洋式の踊りを練習した時代のことを思う。日本は、今の中国が海外からいわれるように、コピーでオリジナルなものがない。と言われてきた。ヒントを得それをチームワークでより完成度を高めていくのは得意と欧米では見なされてきた。しかしながら、この物理と化学のノーベル賞受賞により、日本のオリジナリテイや発見ユニークなそれまでの常識を覆す仮定を辛抱強く科学的に証明しそれが多方面で役に立つことは心底喜ばしいことである。
f0157298_953884.jpg


晩餐会がおわり、テレビで一般の音楽と英語の先生がノーベル賞晩餐会招待くじにあたり、そして招待された。有名デザイナーのドレスも作れるという幸運。その彼女がPROF下村氏に質問があるとテレビで。”わたしのこどもたちもくらげにとても興味があり、捕まえますが、すぐにあきてしまいます。でも先生が飽きることなく次々とクラゲを捕まえたそのモテイベーションとはなんなのでしょうか・”セの高い下村先生いわく”それは必要だったからです。どうしても必要に迫られたから。”必要は発明の母というが、さらりとI NEEDED.といわれたが、重みのあることばであった。

f0157298_764414.jpg

by nyfiken | 2008-12-11 09:03