スウエーデンの面白いものたち


by nyfiken

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わたしは、今とまどっている。母国語である日本語がこれほど役にたつことがあるのだろうか。
といっても源氏物語を読んでいるわけでも、YAHOOのサイトニュースで、火野正平が軽い接触事故をおこしたといったスウェーデンで生活している人間にとってほとんどあまり意味を持たないニュースを知ることでもない。

海外に住んで、インターネットで日本のニュースがわかる時代なのに、ずっと読まなかった。少し反省して、日本のニュースを読み始めると殺人やおじさんや教育上よろしくないオトナの悪さが目立つ。まっしろな天使は毎日あんなニュースをお茶の間で見せられて、人間不信に陥っていくだろう。子供の成長によくない。しかしだからといって悪いおじさんがいる事実も知らせなければいけない。おおかみさんが怖い赤ずきんちゃんの童話は、今日本ではオトナのおじさんがみんなキャップをかぶったおおかみさんに見えるだろう。赤ずきんちゃん、気をつけて!の警告ランプがいつも鳴っている。親切なひとをみたら気をつけなさい。そうやって子供は選びようのない環境下で育つ。

久しぶりにみたインターネットの日本のニュースにあきれたニュースがあった。女性のワインに睡眠薬をいれて、いたずらした事件。堂々としていない男達。セレブのお酒会。海がみえる高級ホテルに誘い、ルール違反のいたずらをする広告代理店の社員。良心の呵責にさいなまれて帰った広告代理店のクライアントのおにいさん。どこの会社のコマーシャルを作るミーテイングだったのだろう。車、栄養ドリンク、発毛養育剤、お化粧品会社、増毛、水虫薬、頭痛薬の薬品会社。缶コーヒー、すかっとさわやかドリンク?使っただけでシルクのようにさらさらなりそうなシャンプー。つけただけで、目が2倍になるようなマスカラ。唇がうるうると濡れて光る美人を作る口紅。元気一発ドリンク。温かい家庭の味を作る調味料。日本のテレビのCM宣伝は、缶コーヒー水虫ハゲ車シャンプー増毛調味料栄養剤ドリンク。夢より現実。夢を売るCMと夢を壊すCMがネオンみたいに交互に流れる日本のテレビ。
食欲を落とす水虫菌CM。育毛剤。(本当にきくのだろうか)。うすハゲは努力して治すものという広告。リーブとセンチュリーを間違えてしまう21。美味しいが日本人しか飲まない進化した上質の缶コーヒー。汗をかいてひっぱって最後にうまそうに飲むい元気ドリンクなど。いずれにせよ広告代理店会社の傲慢な体質は改善されるべきだ。

だましただまされたなど明るいニュースがない。ストックホルムの青い空も森もくすんでしまいそうなニュース。いつのまにか、ほとんどニュースはスウェーデンのニュースが中心になってしまった。この平和ぼけしている北欧国にしては、日々いろいろなことが起きている。母がいつも日本を発つ前に、外国は危ないから気をつけてね。という。もちろん、どこでも油断はできない。逆に、日本へ発つヨーロッパの親達も、日本は平和な国ということはわかっているにせよ、同じ声をかけるのではないだろうか。いや、声をかけたほうがいい。彼らは日本語のニュースが読めないだけだ。


京都、禅寺、茶道、柔道、空手、生け花、着物、お寺、神社、富士山、白木の温泉。桜花、おじぎをするていねいなひと。海外で放映された東京のラッシュアワーの映像がちらりと浮かぶ。歌舞伎、能。日本への旅行は、スウェーデンではどういう分野に分類されているのだろうか?カルチャー旅行という分野に入っている。日本文化を学ぼう。お寺で禅を感じる。舞子や芸者はあのGEISHAの本で涙をながしながら読んだ事実なのだろうか。日本酒は?蔵本を訪ねたい。そういったたぐいの旅行だ。日本語が、読めない方が、日本は美しくみえる。不思議な国、エキゾチックな日本。神社の朱色。古い白い漆喰のかべと黒い瓦屋根。赤い蛇腹傘。京都の古い家の前をすうっと芸者が通るものなら、西洋の男はみな、幻想とファンタジーの中で、くらくらとめまいがして、生唾をのみこむ。ああああー。子供時代からおじいさんが語っていた東洋の夢のユメのゲイシャ。桃色の淡いピンクのふんわりしたスウェーデンやフィンランドのゲイシャチョコレートのカバーをみるとわかる。坂東玉三郎の踊り。はかなげな、もののあわれ。奥ゆかしい艶の色気

日本に時々帰ると””えっそんなことも知らないの?”といわれる。なぜなら世界のどこに住んでいても、動く映像やテレビ、民放も含めてソフトウェアがあれば、テレビ映像も観られる時代になった。ニュースだけなら瞬時に芸能界のゴシップもみられる。もんだいは、ウイーンやロンドンやパリに住んでいる日本人がどれくらい叶姉妹の映画発表会に風が強く吹いてスカートがめくれて困ったお話と姉が妹をかばう姉妹愛といったことに興味をもつかどうかだ。いずれにせよコンピューター環境が整えば、ブロードバンドに接続される状況では、一日中接続しても料金は同じである。日本のすべての地方の新聞で、どこの村祭りが盛り上がって桜の花吹雪の下で美味しそうに日本酒を飲んでいる写真もストックホルムにいながらコンピューター画面できれいにみえる。バーチャルに映像で桜を楽しむのは、日本の桜が咲いていない北海道の人と同じ感覚だ。

ストックホルムは、コンピューター環境先進地帯といえよう。ブロードバンドは契約すれば、簡単に使える。日本語が読めるコンピューターさえあれば、北極圏犬そりにのりながら、オーロラをながめながら、すっかりおじさんになってしまった俳優火野正平氏のがっくりとうなだれた顔写真がみえる時代になった。でもオーロラを感動してみているとき、だれもがっくりとうなだれた映像などみたくはない。しかしヤフーニュースを開くと、見出しニュースであっても、精神衛生上あまりよくないニュースが上から並ぶ。ニュースは今や性善説ではなく性悪説に充ち満ちている。フェアの報道や民主主義日本の報道は、政治家をヒーローにしない。むしろ厳しいマスコミや国民の目がぎろりと光っている。

ロシアの映像みたいに、悪いニュース、殺人事件などえんえんえんと流されたあと、ばしっと品のよい光沢のある美しいスーツ、高級スポーツジムで鍛え、エステや高級スパのいい香りがする映画俳優のようなプーチン氏が登場する。英雄プーチン氏がロシアの若い億万長者の成功した美しくも若い女性たちに、セクシーだと口をそろえていわせる世界がある。ストックホルムのセレブの若く美しいモデルのような知人いわく、プーチンは素敵だわと目を細める。

日本の首相で、唯一現役時代元気がでてきたひとは、小泉首相しかない。小泉首相が首相になる以前に、国会でたたかれ、郵政省改革と最初いいだしたころのたたかれかたは、ボクシングの打ち込みでぼろぼろになるようなバッシングだった。そういう苦労を経て時期が熟した時に首相になった小泉氏は、精神的に強いはずである。話は戻るが、犬そりにのりながら、オーロラをみて、叶姉妹のひらひらスカートをもみたい人は見れる時代になった。すなわち日本語という言語をマスターすれば、世界中の人が、日本人でなくても、南米のアルゼンチンのタンゴバーにいながら、日本でいま本当に何がおきていて、何が問題になっていて、どういうカルチャーがあり、どういう経済で政治で社会かということがわかる時代になったという、通信産業革命がおきてしまった時代に我々は生きていることが実感される。


通信産業革命は、弊害も産む。オーロラを感動してうっとりながめながら、日本の血まみれの家族の事件を読むと旅行気分はふきとぶ。頭から氷と水をばっしゃとかけられる。感動のオーロラや降り注ぐ星も、もの悲しくなる。今もどこかで起きている事件や戦争はコンピューターの進化で、茶の間や外国の街をを歩きながら、携帯に映像が配信される。さっきまで戦争映画をみていた同じ画面で本物の戦争の画像。ヴァーチャルな映像と本物の映像が目の前で錯覚をもたらす。”あれ、映画観てるの?あたらしいDVD借りてきたの?””いやーこれ本物のニュース。””ふーん。”おぼえているだろうか。アメリカや欧米の国がこぞってアフガニスタンをたたいていたとき、わたしは、オーストラリア近くの小さな南の島にいた。FOXのニュースをやんややんやとアングロサクソンの男達は手をたたいてみていた。朝から晩まで空撃の映像。まるでテレビゲームのようだった。あの下に人がいるなんて、原爆を思い出した。剣を使って切った人たちは後まで、その映像を忘れられないが、上からコンピューターゲームみたいにボタンをおしたひとは、きっと原爆をおとしたひとみたいに、簡単に落としたのだろう。

アイリッシュスポーツバーやオフィスバーの大きな画面には仕事帰りの男達がビールを一杯ひっかけながら、いっていたっけ。”アラブのやつらめ。”映像でえんえんとアラブのひとたちの悪いところが編集されて流れた。それに洗脳された大人達。イギリスの政治家も自殺したのか口をつぐむために殺されて自殺とみせかけたのかはわからない。事実をしっている人は、あの世へ事実をもっていってしまった。巨大な利益の下には、個人の犠牲がともなう。罪のない若いひとたち。もちろんテロはいけない。テロは決して許されるものではない。しかしながら、中東のオイルをめぐって現代史がかたる、オイル権利の戦争は、えんえんえんと続く。まるで金が採掘されたゴールドラッシュの時代の採掘場みたいに。男達は銃で武装して、逆らうひとはことごとく葬り去られたのだろう。

通信産業革命。世界中から叶姉妹のパンチラまでストックホルムの王様が昔住まわれたカールべりイ城をみながらみえる時代になった今、ハードウェアの革命日進月歩は、目が回る位の時代に、鎖国をしているブータンでさえ、海外留学組の知識人は日本語をふくめ海外のあらゆる言語を操るエリート層のみ新しいニュースや事実を知っていることであろう。

問題は、そういう現代にめかくしをされるかわいそうな国の国民達である。と海外の人間は単純にかんがえる。確かに、普通の人たちは、ニュースなど自国語のテレビでしか観る方法しかないから、各地方テレビは数限りなく大都市でもはいるにせよ(内蒙古テレビなど)似通っている。国の方針にしたがったニュース構成。間違って流したら打ち首だ。じゃあBBCは?中国でイギリスBBCテレビは放映されない。どこのホテルでも観たことがない。なぜか?彼らはフェアなジャーナリズムをめざす。報道がねじまげられるくらいなら、同意しない。

みえない階級差と貧富が最近複雑な形ででてきたお隣の国中国では、海外留学組のエリートがどのようなかたちで、海外のニュースを正しく知るのか、わからない。賢いひとたちだから、日本のNHKのニュースをみながら、みてみぬふりをしているのかもしれない。知り合いの医師は、日本留学経験があり、日本語が流ちょうだったが、毎日NHKの今日の視点や女性キャスターの毎日とりあげる話題の夕方の番組がお気に入りで、中国のテレビより日本のNHKが面白いから家ではNHkをよく観ますといっていた。

問題は中国では、おかみに逆らうと、昇進がない。イデオロギーや主義より今日のお米。そうあきらめて、帰国した瞬間に借りてきた猫にならざるおえない事情がある。大学で教授になったり、官僚で偉くなるため、病院で病院長になるためには、上海なら上海市の共産党の地区の長のかたがきがないといけない。ハーバードもオックスフォード組も彼らは、海外ですべて知っている。子供時代からブレインワッシュされたひとであっても海外に住んだ瞬間、ニュースをよまない人以外は、連日の報道にさらされる。ロシア人と同じ状況だ。ロシアからスウェーデンに移民としてきたひとたちは、ため息をつく。連日放映されるロシアの歴史近代史、現代史、現状の欧米諸国発のニュースに、最初驚き、絶望し気をとりなおし、子供達とテレビを観るという。自国との報道との違いに驚き、怒りをもつ人は、海外で地下組織にもぐりながらブラックリストにのり、もう二度と中国に帰れないほどの覚悟で運動をしているひとたちが欧米にいる。もちろんストックホルムにもいる。


スウェーデンの移民学校でのスウェーデン語を学びにきている中国人たち。背景は様々だ。なかでも、まじめな中国人女性は、ひとあたりがよく、いろいろな人に、自分たちの運動のパンフレットを配る。そういった組織は、宗教、気功教室、ヨガなどと複雑にからみあう。人権運動家といわれるひとたちだが、実はどういった組織なのか?よくわからない。もしかしたら、中国政府のおとり作戦でブラックリストを割り出すための工作かもしれない。中国人同士が警戒しあう。中国人は友達と見ると親切で温かい国民性だ。実際中国やロシアには限りない本物の邪教も存在する。物事は単純ではない。国際結婚でスウェーデン人男性と恋愛結婚して普通に暮らしていても、中国政府おかかえのジャーナリストで毎日ニュースを配信している人もいる。彼らは知っている。中国に配信する海外メデイアに派遣されている人たちの抱える大きな矛盾。英語も完璧にできる彼らは事実を知っている。

中国のラジオインターナショナルの人たちは、一流大学をでて、海外へ送られ、世界各国で仕事をしている。国際結婚も多いが、欧米にいながら、中国政府のマスメデイアへ自宅のキッチンや仕事部屋からニュースや情報を配信している。彼らは賢い。事実は知っている。彼らの夫達は欧米人で日々民主主義にさらされる。心の良心がうずく。本物をどうつたえるのか?今、たとえば、スウェーデンにいる中国人ジャーナリストの興味があるのは、あまり政治的なことより、どうやって自国の中国人がゼロから儲けたか。どうやってビジネスの成功をつかんだか。といった経済的な問題が主だ。我が同胞が成功する秘訣。これが一番彼らの興味の中心だ。

スウェーデンの経済誌で、女性でビジネスで成功し財界に一番と選ばれた女性は、外国人女性である。ゼロからビジネスをはじめ、スウェーデン女性のビジネスウーマンを堂々と押しのけてトップへ上り詰めた中国女性。連日仕事でいそがしいが、財界関係の人たちからのデイナーやパーテイのお誘いがあるだろう。中国関連のビジネスチャンスをねらうスウェーデン企業も多い。ガムラスタンには国際企業や投資会社が入っている古いアパルトマンがある。ビジネスマンが交流する場所は、お上りさんや観光客も多いスチュァプランのテラスより、ガムラスタン旧市街の駅よりアイリッシュパブだ。ベジタリアン料理専門レストランやオーガニックベーカリーの通りにアイルランド人が長年やっているパブは、狭いがビジネスマンで仕事がえりあふれている。ガムラスタンは外からみると観光客が行き交うエキゾチックな場所だ。古い邸宅マンションを改造して住む金持ちや海外からの不動産投資のために買ったというアパルトマンが多い場所である。

移民でも、唯一同等に認められる人たちは、成功したビジネスマンであろう。比較的安い時計やジュエリーをショッピングセンターに展開しているアラブ系移民。女性服のブランドインド系社長のMEXX.今回イースターの売り上げでほぼトップにおどりでた、ゴデイスプリンセセン。キャンデイーの量り売り。シュな取引先は、ICA。レバノン人の彼は、貧しい移民から、知人とレバノン旅行をしてふとビジネスを思いついた。キャンデイー市場の高いスウェーデンにはもうすでにクンゲンキャラメル(王様のキャラメル)という老舗をもじっている。今は押しも押されぬ若手の移民出身のビジネスマンである。女性では、旅行業界一の中国人ビジネスウーマン。中国からスウェーデン、スウェーデンから中国への旅行ビジネスを見込んではやばやとたちあげた旅行代理店が大成功追随を許さない。SASの北京直行便乗り入れで、ますますひとの出入りは多くなる。


マスメデイアは雑誌で連日中国旅行をはやしたて、夢をあおる。トイレで水が流れない地方のレストランでとびらがない写真は、放映しない。とびらがないトイレは、しゃがむとお互いみえないが、横をとおるひとは、しゃがんでいる姿すべてみえる。もちろんじっと見る人はいない。みてみぬふりをする。日本の女の子は便秘になる。子供の頃から、流水の流れる音のボタンをおして、お隣のひとに音がきこえないように。とっても気をつけるマナーが身に付いている日本の女性。近年はかわっているのだろうか。田舎は排水など整備が遅れている。観光地は少しは変わっているのだろうか。

上海の新しい空港が大きなトイレにずらりと並ぶ日本製確TOTOの手をさしのべたら水がでる洗面台は記憶に新しい。いいところは積極的にとりいれようという新しい中国の考え方が繁栄された国際空港。田舎の扉のない後ろからまっすぐお堀のように15センチ幅のくぼみに前の人のものが残っている。目をそらすと危ない。水は流れないからそのままで。お金のかわりにわたされたテッシュで隠そうとする日本人の女の子は叱られる。中国語でおばさんにおこられる。”だめです。横のくずかごへいれてください。詰まりますから。”オリンピックにトイレの水がちゃんと流れることを望む。生水は絶対飲めない。選手もマスコミのひともペットボトル片手にがんばることだろう。。

トイレの扉の話をすると、中国の友人にいわせると、”日本映画でいつも日本の男の人が街角の塀にムカって立って用事をたす。日本映画でみたあれは、扉があるとか言う問題じゃない!日本人のほうよっぽど恥をしらない。”といいわけをしていたけど。いつも快適な美しいことが好きな北欧の人たちは、きっと卒倒する。だから、今スウェーデンのマスコミや旅行関係のうたい文句は中国で味わう安い値段でこれだけの贅沢。タイのビーチでぶらぶら、バンコクで女の子遊びやマッサージとは違う展開がある。もちろん外国人男性と結婚したい海外脱出組は今オリンピックでの出会いをまち、すでにネットで知り合っていることだろう。高級エスコート嬢の存在については、日本のビジネスマンのほうがきっと知っていることであろう。


スウェーデンが作り出す新しい中国の旅の形はこうだ。今中国であなたが感じる東洋異国趣味のラグジュアリー。中国のアロマのジャスミンの葉の香りで満たされたスパでリラックスしよう。肌触りのいいシルクのシーツ。高級中国茶を美しい琴をめでながら飲みましょう。アンテイックの中国家具の配置されたレストランでいただく最高級のフランスシャンペンと新しい上海の一流フレンチシェフがフカヒレとアワビ、オマールエビを使ったヌーボーフレンチはいかが?夜は、美しい東洋美人が、中国4000年の秘伝のマッサージをいたします。静かに流れる琴の音。フランス租界を見下ろして。。お値段は、。。タイの安バンガローに泊まって、ビーチでぐだぐだして、タイビールを既に知っている年代が胸がきゅんとくる。東洋のエキゾチックなあの上海や北京にってみたい。あの北京ダックやチキンかシューナッツが本場で食べたい!

スウェーデン人は香港移民が比較的少ないスウェーデンでは、点心が全然広まらなかった。何年後かに広まることであろう。手軽なタイ貧乏家族旅行やバックパッカー20代の時代を経た年代層に中国はうけそうだ。大学生の中国語学ぶ人気は格好いいお勉強留学として人気を博してどんどんスウェーデン人は中国をめざす。理由は生活費が安い。日本は高いというイメージが定着してしまった。スウェーデンのほうが物価は高い。日本語は、漫画やアニメやおたく文化が導入とすると、中国は、親の年代が70年代に青春を送った当時の毛沢東信奉者の子供達が若者になり、家族旅行も増えそうだ。


中国移民で成功した女性は、スウェーデンのビジネス界で時々催されるエグゼ社長らのお名刺交換会や夕方からセレブのちょっとつまんで飲み会に来て欲しい女性なのだ。中国のマスメデイアは今欧米在住中国人ジャーナリストから欲しい一番の情報は、どうやったらゼロからヨーロッパにきた中国人が成功したのか。成功ストーリーなのだ。成功したビジネスマンが住むところはエステルマルムだけではない。アバのベニーアンダーソンが住む場所は、特に有名だ。大きな邸宅をたて、ご近所しかおつきあいしない階級社会。まじめな労働者は、夢と希望をもって働かされる。しかしスウェーデンの財産家や資本家は、税金を上手にやりながら、労働者階級を一番のターゲットにした商売で儲けている当然の資本主義が存在する。社会党が労働者を代表してきたなら、新しい連立政権は、それ以上の中流なミドルクラス(この定義はむずかしいが、日本人はほとんどが、労働者階級に属するのでは?日本の中流階級よりここの中流階級のほうがお金持ち。)上流階級とは、貴族などをさす。社会主義の幻想でまじめに生きてきた労働者は、最近疑問を持ち始めている。

どういうニュースが求められているか、却下されるか。載せてもらえるか。肩書きと仕事。そしてジャーナリストとしての中国政府お墨付きのステータスは、大使館パーテイやジャーナリストとの交流会などのパーテイと少なくても特派員としての安定した身分と給料がある。そして、欧米から政府に気に入るようなニュースを配信し続ける。矛盾をかかえながら。もちろん、ジャーナリストとして民主主義や公平を唱えている中国人ジャーナリストもいる。しかし、肩書きからことごとくはずされ、そうじのバイトをして生きるしかない。厳しい現実。そして矛盾。矛盾は中国語もおなじだから、紙に書くと通じる。中国漢語から我々が学んだ言葉だ。


ダライラマは、中国においては、ハリークリシュナーとか、キリスト教でいうとマイナーで地元信仰とむすびついたアメリカの蛇をあがめ蛇をクビに蒔いてお祈りする教会といったレベルでとらえられているのではないだろうか。もちろんそれは、あくまでマスコミが国の方針に従って作ったニュースのイメージである。ただ、なぜダライラマが、オリンピックを静かに成功させたいと心から願うかは、賢明な策である。時期が熟していない。枝からこぼれ落ちる柿ならぬ、渋柿はむりにもぎとっても食べられない。せいてはことをし損じるということを知っている。

海外の無責任なメデイアは、あおりたてても、静かな抵抗をドラゴンにするしか今は方策がない。あとは外国の国それぞれの、認識度やそろばんのけいさんのはじきかたにもよる。電卓をたたく音がEU諸国、アジア諸国からかちかちと聞こえてくる。中国共産党をおこらせたら、自国の工場や会社は、あしたからビジネスができない。なぜなら、ビジネス延期を定期的にコントロールされるので、政府当局印鑑をおしてもらえないから。美味しいフランス料理での高級ワインの夕べも高級カラオケで若い美女をはべらした接待もフカヒレからあわびいせえび上海カにのフルコースもすべて無駄になる。(お金の接待は禁じられているが、外食はおともだちになったら、ビジネスぬきでというオフレコで盛んに行われるのは、中国の伝統)海外のビジネスマンは国会議員にお願いメールや電話で懇願しているだろう。オリンピックはもともとは美しいスポーツの祭典であり、それぞれ参加する選手達は、純粋に勝負のために何年も鍛えてきた。チベットは中国のあくまで内政問題であるとしながら、今後のでかたがきになる。


先日スウェーデン人の知り合いが興味あることを言っていた。食事をしながら、話はやはりチベット問題へ。”いやあ。大変だね。””え?””だって、中国のCNNもずっと当局に雇われた専門家が、都合の悪い場面になると、ズーッてボタン押すんでしょ。そのたんびに、家庭の画面ががああとんなみなみになる。”え、それってむかしのポルノ映画のなんとかみたいね。”じゃあ、ヤフーとかインターネットもそうなの?もちろん。もじばけしちゃうんだよ。だれかがちゃんとみてるから、そういうところを読みながら、ポンッてボタンおすの。朝飯まえでしょ。”中国に旅行にいったひとは、不思議におもうかもしれないが、ほとんどのホテルではBBCはながれない。公平なニュースをながすからだ。その方針に同意できるのが資本主義CNNやアメリカ資本のインターネット配信会社。なるほどそういう構図があったとは。ニューテクノロジーの矛盾。知っているけど知らないフリをしている国民。すっかり洗脳されている人もいるけれど、それは、アフガニスタンやイラクの戦争にやんや賛成したアメリカのマスメデイアをしっかり信じ込んでしまった欧米のひとたち。どっちもどっちと思うのだけど、世の中は矛盾に充ち満ちている。ひとつだけ、オリンピックを目指して日々がんばってきた選手には罪がない。これだけは、尊重されなければいけないことは確かだ。
by nyfiken | 2008-03-30 20:43
人権問題として欧米諸国は、中国のチベットへの対応をじっと見てきた。チャールズ皇太子の開会式出席キャンセルなどの動きはあるが、スポーツの祭典と政治的な動きなど難しい問題になりそうだ。人権問題にとても神経をとがらせるヨーロッパ諸国。なかでもスウェーデンでは、テレビニュース、新聞などで活発に論じられる。

今日お昼のスウェーデンのラジオニュース。ポーランドのオリンピック開会式ボイコットの動きがスウェーデン人特派員ワルシャワ支局から報じられた。ワルシャワ在住の中国商人華僑を中心として、ポーランドで一番大手の新聞に大金を払い、中国政府がどれだけフェアできちんと人権問題を扱っているかを数ページにわたって買収しようという動きは、新聞社の判断で阻止された。中国政府の裏の工作に腹を立てたのかもしれない。ポーランドは、ナチスにより、虐げられ戦争に翻弄された辛い歴史がある。抑圧された民族としてチベットの人権問題は他人事には思えないポーランド人の心情がある。ボイコットの動きなど、歴史上抑圧された民の怒りを世界に向かって表明している。スウェーデンの政府の見解は、他のEU諸国と一緒に話し合い、検討する。というコメントを今日ニュースで語っていた。


他国の政治問題であるが、北京オリンピックは政治と経済が複雑にからみあっている。多くの利益を生み出すスポーツ祭典、旅行業界、ホテル、トランスポート、サービス業レストランなど多額の利益を見込む中国政府は、神経をとがらせている。もちろん政府だけではない。財界。海外のビジネスマンなど、中国景気をみこした人、関連企業は日系企業も含めて、なんとか成功させたいと思っているはずだ。今や中国のオリンピックスポーツ祭典はきれいごとだけではすまされない巨大ビジネスの場といっても、過言ではない。これまで投資された巨額のお金は、中国の在欧米華僑あるいは台湾、香港などの華僑グループが一丸になってこの機会をチャンスとして待っていたはずである。中国は、どんなことをしても、オリンピックというステージで立派に演じて成功させなければいけないと必死になっている。数年前からタクシーの運転手などの英会話指導にまで力をいれてきた。


中国の義務教育では、少数民族の文化や文学などは尊重されている。全民大会でもきちんと政府よりの意見をもつにせよ、各部族の出席がある。学校教育のなかで、どのようにダライラマが教育されているかは、海外ではわかりにくいもんだいであるが、実際の現場では、かなり厳しく批判的に学校で教えられるという。彼は殺人犯とまで思想教育される現実に海外のメデイアは驚く。ダライラマがどんnaにすばらしい仏教をとなえても、中国ではカルト集団としてしか教育されない。変な仏教を信じているひとといったことを頭から教えられるとすら聞く。わたしの親しい知人に中国共産党の都市部のトップ幹部がいる。まじめに金曜日は共産党の映画を観にいく。映画会はとても大事という。わたしも興味があったが、外国人で中国共産党ではないのでお願いできなかった。人望も人徳もあり教養のある穏やかな人間が、ある日みなで食事をなごやかにしていたテーブルで、なにげなく”わたしは、ダライラマの仏教の教えのとってもいい本があるのよ。”とその英語でかかれた本(とてもきれいな本)を鞄からとりだした。顔色がさっと変わったことを記憶している。チベット問題は知っているが、ダライラマがどのようにちゅうごく国内で取り扱われているか当時は認識があまりなかった。ごくごく日本や欧米の書店で売られるダライラマの仏教のすてきなおしえといったふうの小冊子だった。

彼はサリン事件のあさはらとおなじだ。。耳をうたがった。中国トップクラスの大学を卒業し、海外での経験もあり、人望も厚い人間が、ダライラマの教えといったきれいな英語の冊子をみせようものなら、嫌悪をむき出しにする。英語も上手なスマートな人間が、あさはらとダライラマが同じ。その横に殺人者とかかれた。ショックで声もでなかった。そこだけ会話が成立しない。それ以上何をいっても無理なのである。これが現状である。


むかしのキリシタン村の踏み絵を思うとわかる。キリストを忌み嫌った日本は当時キリシタンになることを国中禁じた。マリア様の絵を踏めない人はつれていかれて、死刑になった歴史は人間の愚かさではあるけれど。小説ではなく事実である。中国は宗教の自由を唱えているし、仏教を信じるひともおおい。お寺もたくさんあるし、人々は、家でもお線香をたてて、日本人とおなじくお祈りしたり、また仏の山寺にいくとお守りをかってきて胸にさげたりする。また、案外情にあつい中国人は過去の立派な人間に対してはきちんと評価をする。わたしが涙が出るほど感激したのは、中国が今でも日本から仏教を学ぶために中国に留学していた日本人の僧(鑑真)の像を上海のお寺に大切に保管していることだった。鑑真を敬い手を合わせる中国人たちをみて、感動した。中国はすばらしいところがたくさんある。

問題は宗教というより、独立運動に広がることを極端におそれている。ダライラマがなにをとなえても、あまり中国政府は問題にしないが、それによって海外の協力者の後押しや世論などでチベットが独立した国になることが一番怖い。ひとつ許すと、国のなかががたがたするのは歴史が語る。台湾問題しかり、火種はいろいろなところにある。


チベット問題を大きくしないように買収工作などが政府主導で行われているはずである。とても微妙な問題であり、中国の政治が安定しないと、経済や国の発展が危ぶまれる。なるべく平和に解決して、オリンピックは成功してほしいと願う。チベットの僧がどうして怒っているのかこれをきちんと海外のマスメデイアは、報じるべきである。怒りの生の声がひとつひとつ届かない。報道規制、しかも中国政府の指導にもとずいた報道しか許されないことに問題はある。

中国は、北京オリンピックを契機に、世界から注目をあび、北欧からも、北京直行便がストックホルム空港から飛ぶ。もちろん計画的なスウェーデン人は一年以上前から旅程をたて、ホテルもしっかりと予約し、チケットは手許にあることであろう。一番大手の新聞SVENSKA DAGBLADETスベンスカダグブラデット(比較的インテリが購読する朝刊といわれている)3月23日号では、”世界が注目する中国”という見出しでいちめんに写真そして万里の長城のイラスト、別面カルチャー欄では特集。毛沢東の写真。70年代にスウェーデンで毛沢東に心酔した人たちや当時の動き、プロチャイナのスウェーデン人などを載せている。21ページから27ページまで7ページにわたり中国特集を掲載。記事に注目したい。”オリンピックが水を大量にのみこむ。”が最初のページから特集でかかれているのには、環境問題という面から中国のオリンピックをみているジャーナリストの報告がのせられている。内容はだいたいこのようなものだ。

夏開催される北京オリンピックでの水消費のために、供給地のHEBEI付近農地は水が枯渇する。国内の批判的な声もあるが、おおきな声で政府に反発することはいえない。今年は例年に比べ雪が少く水量は少ない。HEBEIは、すでに水量が少なく大地が乾いている。300ミリオンキュービックメーターの水を北京オリンピックへ供給しなければいけない。これはストックホルムが年間に消費する水量の4倍にあたる。100ミリオン以上のキュービックメーターの水は、黄河の他の運河らとらなけれならない。、”GREEN OLYMPIC"すなわち環境に優しいオリンピックをめざすと掲げている。北京の水道局次長は、オリンピック期間中の入浴、水道蛇口からの水供給、オリンピック公園に作られた人口の美しい湖への水供給は、十分に供給されるので問題はないとしている。

今年の冬、北中国の大部分は、雪が例年の60パーセントも降らず、乾燥した。。農民は、今回のオリンピックの水供給協力資金として政府から特別支給されたお金には、不満の声をあげる。乾いた農地を鍬でいつものように農作業していたひとりがいった。今こうやって農地にきているけど、ここもすぐに政府の管轄下になるからとりあげられる。

”政府からお金が支払われて、河沿いの農地はすべて北京まで政府の管轄下にはいる。政府の管理下で確実に水が北京まで供給されるようにするためだという。われわれははっきりいって嬉しくない。上がきめたことに、反対したってどうにもなるもんじゃないし。。”とある農民はいう。

”子供の頃は、一メートル満たない50センチでも土を掘ると、水が地下からわいてきたものだけ。今は65メートル深さまで掘らないと、この辺は泉の水につきあたらない。毎年1,2メートル泉も下がっている。”50年前までは10000もの小さな湖があったHEBIも今は、かなりの湖から水がなくなり乾いた土となった。この背景には、農業、公害や他の弊害を無視した工業化、人口増加、間違ったダムの建設、気候の変化などもある。

オリンピックの水は北京北部HEBEIなど地方の水、農業用水の河の水すべてを使う。夏北部農地を干ばつにおいやることは確実である。

ほこりっぽいHEBEIの県都SHIJIAZHUANGから北京まで2時間たらずでいく”調和された道”といった意味の高速道路を車ではしる。2時間たらずでむすぶふたつの都市、全く別々の世界が存在することは確かだ。HEBEIは外から見ると、落ち込んだ光景にみえる。農民は、わずかばかりのお金で、乾いた農地にがまんしなければならない。ひとつのダム建設によって家が沈んでしまった場所。砂嵐で空気が赤茶色をしている。
北京の中央にくるとHEBEIの色がこんどは煙の灰色と新しい高いビルのガラスが光る色になった。


華やかにみえる世界のオリンピックゲームが今までの中国らしい北京の伝統的な家を壊し、にわか作りのアパートがどんどん建築されたのは、記憶にあたらしい。国の発展にはいつも痛みが伴うが、外から見えない問題があることは確かだ。スウェーデンのジャーナリストがみた中国のレポートは、水の問題を裏側からとりあげて大変興味深い。


次にスウェーデンの新聞がとりあげている中国特集。ふえ続ける中国の研究費予算について。

大学や研究期間への総合研究費は2006年に日本を超え、ドイツの年間研究費予算の2倍に到達した。そのうちわけは地方と首都では差があり、チベットには一元もない。トップは北京、次が広東、Jiangsu,上海、山東と続く。研究費予算の内容は、IT テクノロジー海外ベンチャーテクノロジーとの共同出資による研究費や中国のプライベート会社の予算。バイオテクノロジー研究環境は、主に漢方薬品の科学的分析など。環境工学。ナノテクはアメリカ日本についで。世界で第三番の研究レポートがでている。宇宙工学。純粋な学問研究というよりは、中国では政治的軍事的目的で研究が行われている。スウェーデンの新聞では、現在の中国における研究状況を鋭く分析している。

スウェーデンのジャーナリスト、インゲーアテルスタム女史の中国に関連する記事も大変興味深い。

”安い労働力は研究を救う。”


なだれのようにおしよせるまじめで優秀で夜昼とわず働く中国人研究者は、今スウェーデンでトップといわれるカロリンスカ研究所、そしてKTH(工学学院)にあふれている。

スウェーデン人が二人すわると他の20人は中国人という研究室もめずらしくない。と大学カウンセラーアンダーシュ氏がのべる。1998年以来カロリンスカ医学研究所で博士を取得した中国人は160人にのぼり、欧米諸国同様、スウェーデンへおしよせる若い中国人研究者の流れは止めようがない。中国は今やWIN、WINシチュエーションのなかにあり、世界の研究者大国となりつつある。特にバイオテクノロジー、遺伝学研究、ライフサイエンス。また中国は国策として、政府一丸となってノーベル賞をとることをめざして必死である。国策として欧米に研究者を送り込んでいる。国の研究者への支払う予算やプロジェクトの合計予算も日本より上回った。中国政府が政治的に優先順序のトップに掲げている目標。研究者を育てる。いい研究者に欧米で研究してもらい自国の研究への発展の船頭となってもらう。という構図がある。しかしながら中国の国費留学生は一番安いお金中国政府の払う国の奨学金で研究をしている。外国からきた研究者、とくにカロリンスカ、KTHはスウェーデン側が一切お金を払わなくてもいい優秀な中国人研究者のみならず、外国の労働力をつかって研究させている。ゲストリサーチャーや国費留学生などの第3国の安い研究者労働力を使って仕事をさせている現状。スウェーデン人研究者よりはるかに安いお金をもらって仕事をしている外国人研究者の実情はいかがなものだろう。給与体系の自国民と外国人との差はもんだいである。何万人という中国人研究者が欧米の研究所で働きながら勉強する今の状況。受け入れることはいいが、問題はみえないところにある。すなわち、安い研究労働者を欧米の大学研究者が受け入れること・優秀で、希望をもって、やる気いっぱいで、すばらしいそういった研究者たちはふたをあけてみると、そのへんのカフェではたらいているスウェーデン人より安い給料で雇われている。

スウェーデン人だから外国人だからという給与の格差が実際存在することが今一番解決されなければいけない問題点であることには間違いがない。カロリンスカ研究所に努力の一端をみせてほしい。

スウェーデンの新聞に載せられているジャーナリストの意見は、現実を映し出している。夜一番遅くまで電気がついている研究室にいるのは中国人や外国人の研究者だ。スウェーデン人はホリデイーや休みの権利を使うのに忙しい。しかし待遇や昇進はスウェーデン人にはくらべものにならない。外国人研究者やリサーチャーのお金や労働力を無料で使い、それにあぐらをかくスウェーデンの研究所や大学の姿が今ジャー^ナリスとによって、浮き彫りにされている。また短期契約の継続は、外国人医師や研究者を都合のよい奴隷化し、いいたいこともいえない状況をつくりだしている。組合の存在もあまりスウェーデン語がわからない外国人には、なにを書いているか規約がよめない人たちには有効ではない。スウェーデンのジャーナリストのさらなる観察に注目したい。
by nyfiken | 2008-03-27 22:19

18才の孤独。

あまり日本のニュースをみないが、今日たまたまインターネットで目についた大阪の高校3年生卒業したばかりの少年の事件が気になった。被害者と家族の気持ちを察し心からお悔やみもうしあげたい。事件が起きると両親は、育て方が悪いと言われる。また教育現場に責任をもとめられる。わたしは、今の18才の少年の追いつめられた状況はなにも彼一人だと思わない。すると単純に、今の教育制度がいけない。とかもっと内容を簡単にして受験などなくしたら。そうしたら、日本は今後世界の競争にかっていけず、経済が停滞すると、中国大陸の都市部の中国人やインドの中流階級のインド人より安い給料で日本で食べていくことにもなる。その覚悟ができるならそれでもいい。だまっていても熱帯の果物が熟れて地面に落ちる南の島と違い年中ぽかぽか温かくないから、国際競争に勝たなければ、景気も悪くなり餓死者も寒空のもとどんどんでるだろう。今は江戸時代ではないから国内生産国内消費だけではなりたっていかない。市場は世界にあり、今日も今も成田空港から会社の命運をかけて、男達や女達は旅立っていく。次世代の子供達が、背負う日本は、もううしろをむくことはできない。それでも走り続けなければならない。原始時代みたいにほらあなに住む覚悟さえできたら、受験もない世界ユートピアがあるだろう。

園芸高校の生徒が、トマトに水をあげなくなるとどうなるか。という課題で取りんだ18才の男の子。。そこから医学部に進みたくなったのは、本人の希望だったのだろうか。医者は、人の病を治すやりがいのある仕事である。しかしながら欧米ではどんどん優秀な人間は経済や法律ビジネスへシフトし、女性が半分以上医学部に進む傾向にある。日本はプライベートクリニックなどが今までの保険制度で儲けるシステムが長く続き、医者は開業するとだまっていても儲かるシステムであった。が歯科医の都心集中過剰による競争などで勤務時間が長いなど今から30年前の歯科医と現在は置かれている状況が違う。今後開業医も都心では淘汰されていくだろう。

勤務医は仕事の拘束時間やストレスに応じた報酬にしては、やりがいがあるにせよ楽な仕事ではない。一年発起して、大きな目標をかかげ医学部に進みたいが、実際はどうしたらいいかわからない10代のこどもたち。予備校はお金がかかるし、経済的な理由で進学をあきらめなければいけない現状。子供が、極端にずばむけて優秀な場合は、だまって大学に合格するだろう。しかし多くのこどもたちの夢と現実の間にギャップがある。そのギャップは努力してうめられるものなのか。

簿記学校と京都大学医学部の間にはずいぶんと方向が違う。ここに現代の子供達が置かれている夢と現実のギャップがみえてこないだろうか。園芸高校をせっかく卒業した生徒が、どうして高校の園芸をいかせないのだろう。3年間も園芸を学び、その知識も簿記や京都大学医学とは全く同じラインには結びつけられない。そこに、偏差値だけで高校を選んだりする問題点があるのではないだろうか。もうなにがなんでもお金をかけて医者にする時代は欧米にはない。むしろ経済や法律に優秀な生徒が集まりつつある。

無職。18才。国立大学の学費と生活費とアパート代。これを56才の親が自分の老後もすべて捨ててお金をかけること自体に日本の大学教育の問題点がある。すなわち、欧米とくにアメリカやイギリスのように、将来自分が払うことを前提として学生ローンをきちんとした(サラ金ではない)団体から借りる半官半民の学生銀行を設立して、出席をして各学期に試験を通った場合のみ支払うといったシステムにするとよい。子供がいる場合は子供の数に応じて、お金を支払うなどスウェーデンでは、働き盛りの年齢のひとでも勉強できる援助金とローンのシステムがある。

18才の子供が自分の居場所が無い孤独におちいって自暴自棄になってしまったのはどうしてなのか。体は大人でも心が成長していない10代。社会の価値観そのものが重くのしかかってくる。みんなイチローになりたい。夢はイチローでも現実と夢の差がおおきい。ちょっとつまずくと、イチローをめざしていたこどもがやる気をうしなってゲーセンで遊びほうけるのはどうしてか・白黒どっちかの一様の価値観。イチローみたいになりたいと思うことはいい。でもちょっと努力して、結果がでないと、自分がすべて否定されてしまったような気になって、落ち込みやる気をなくす。もちろん簡単にイチローにはなれない。


スウェーデンの高校では、夢と現実という教材で本を読ませる。実際そのテーマにそった問題をテストでだす。夢はもってもいい。大きな夢をもつことの大切さ。しかしながら、経済的な事情など現実の問題は厳しい。制度的には、希望のある子供達が予備校から大学受験をめざして、あるいはその後大学を卒業するまでのお金をサポートする公的機関が今後必要とされる。日本の両親は、子供の塾代そして学費生活費負担のために日々苦しんでいる。欧米のようにスウェーデンみたいに親が子供の塾代や学費を負担することなどない。授業料がほとんど無料でテキストは、みな誰かがつかったのをネットで買ったりする。学生のアルバイトはするが日本ほど追われない。スウェーデンの国語教育のテキストの多くが、いろいろな教え導くもの。道育教育が多い。もちろん日本の戦争時代の偏った思想教育はいけないが、学校の教材を通して文学の美しさを文学的に学ばせるだけではなく、命の大切さ、心の問題を取り扱う教材をどんどんと読ませる欧米の国語教育を見習うべきなのではないだろうか。

親の希望は、年々高くなる。自分よりもっといい学校にいってほしい。しかし現実は思ってもみない方向へ行くこともおおい。ある有名な政治家の息子は、10代のころ登校拒否、雀荘の灰皿をさげる雀荘のお手伝いをしたりしていた。おやじさんが、ふてくされた子供達を親代わりに預かって仕事をさせ、バイト代をはらっていた。そんなわが子供を、親の立場でどうにもできない。しかし国の教育問題を語らなければならない。親の心が痛いとテレビの画面を見ながらいつも同情していた。子供は親が思ったようにならない。ある程度育って10代になってそれまでのいいところも悪いところもつけがくる。子供の素質もある。兄弟でも全く違う子供が多い。どんなに立派な親でも、こどものDNAの組み合わせにもよるのかもしれない。いろいろな血のあつまりである人間の体には先祖の人間のいろいろな遺伝子が知らない間に組み込まれているのかもしれない。しつけだけではどうにもならないこともある。とても難しい問題だ。

両親が最高学歴で祖父祖母とも優秀な立派な一族の子供が、BOOKのBをいつもDookとまちがった。BとDを間違うこともある。英語のキッチンのスペルを10回練習しても覚えられない。子供は悩む。どうしてパパもママもおじいさまもおばあさまもみんなりっぱなのに。机に向かうとすぐ眠くなる。集中ができない。悲しくなる。そんなものである。たとえ大学の創立者のひい孫達だって悩んでいる。夢と現実の問題がおおきくたちはだかる。園芸高校は、北欧にいたら、とっても素敵に響く。わざわざどうして学校で勉強したこと生かさないの?簿記なんてつまんないことよりもっと園芸のほうが夢があるんじゃない?とスウェーデンの子供達はいうだろう。日本のいちようの価値観。畳屋をたたんで、どこかの事務をやるために大学へいくより、おやじの畳を教えてもらったほうが本当に価値があること。日本の伝統的な産業を政府はもっと援助してお金を支払うべきだ。畳ふすまや、建具、大工、船大工、専門職のひとの給料や待遇をよくすること。おすもうさんじゃないけど、国が率先して自国の文化を守っていく努力をしなければ、貴重な文化は簡単に安っぽい外国のベニヤ板やぺらぺらの壁紙に変わってしまう。

春。あたらしい学校へ希望を胸にだいて通う合格したひとたち。18才の人たちに言いたい。人生は長い。今しかできないなんていうことはない。あせらずにじっくりやろう。いいじゃない。10年たってたんまりお金がたまってから京都大学の医学部へいったら。その時までどうしても医学を勉強したいという気持ちが続いたならやればいい。親にはたよってばかりいない。ラッキーに親がだしてくれたなら、幸運だけど、欧米の子供達は家をでて自分ひとりで働いて生活をはじめるよ。人はひと。自分は自分。価値観は多様だから、これじゃなきゃだめと融通性のないことを考えないこと。

自分が辛くても人を巻き沿いにしないこと。リンゴだったかトマトだったかに水をやらなければどうなるかという園芸高校のこどもが、園芸をもっとまじめにやっていったら、医者になるよりよっぽど社会に役だったかもしらない。トマトに水をやらないとどうなるか。トマトがどんどん順応して環境に応じて水をやらなくてもがんばれるトマトができてくる。これをしっかり大学で研究したらもしかしたら、とんでもない発見(将来水があまりなくてもいいトマトー砂漠などでの栽培)などに発展する可能性がある。どうしてそこに医学部だの簿記だのがいきなりでてくるのだろう。日本の価値観の一様性がやはり問題だ。困っている人を助ける医療関係者は尊敬はできるが、トマトのことを一生懸命考える人を育てることは大事だ。簿記をするひとや医者を作るよりさらに大切という価値観。そういう意味で国語教育の責任は大きい。子供にしっかりと生き方を考えさせる教材選びが必要とされる。

ガーデニングや農業はとっても大切な分野。将来園芸関係の雑誌を作るひとでも、ガーデニングのオーガニックやエコなどスウェーデンでも学べる。ヨーロッパの園芸を学んで日本へ紹介するのもいい。逆に日本の園芸や盆栽などをヨーロッパの国へ紹介する仕事もたくさんある。すてきなお花屋さんを開くのだっていいし。おしゃれな園芸やガーデンイングの基礎を学んだ18才がどうして簿記にいきなりいくのか、そこに問題がある。価値観の一様性は日本の問題である。医者がいい。病気の菌に絶えずさらされ、心身のストレスで苦しむ医者はちょっとばかりのお金をもらったくらいで、もとでがとれる仕事と思わない。報酬は、ストレス解消のお酒やバーや贅沢品に消えるのは理解ができる。なにも贅沢をしているわけではない。そうしなければ、日々戦場のような病院で気持ちをいれかえながら闘っていくことができない。医師も肉体精神重労働者であることに代わりはない。

少年がひとりでおいつめられたのか、いったい刑務所までおいつめたものはなんだったのだろう。大学受験を失敗したり、学校の試験に落ちると自分がだめ人間のようになったと落ち込む。特に10代の心は割れるガラス細工のようだ。命の大切さを教える学校の国語教育はそんざいしているのだろうか。受験の暗記一辺倒。経済力のない親が、学費だけならだせても、子供の遠隔地での生活費をだすことは負担が大きすぎる現在の状況。

大学生が遊んでいるという判断もどうであろうか。アルバイトで朝まで居酒屋やバーや肉体労働やコンビニで働いて親の負担を減らそうとしている子供達も多い。アパート代だけでも稼ごうと必死で働く東京にでてきている地方出身の大学生は、アルバイトと学校そしてたまに友達と飲みに行くくらいで、それほど遊べるほどお金が潤沢にはない。大学を休む生徒が多いと悩む先生もいるが、よく話をきくと朝までバイトをして、寝過ごすなどの学生もいる。大学の学生がアルバイトをするのはいいが、勉強に負担がでるほど、バイトをしなければ暮らしていけないあるいは、人並み以上の学生のつきあいができないそういった地方出身者の学生の状況は、東京で生まれて学生生活を親元で過ごした人にはわからないかもしれない。今後地方出身の学生が、東京や都心部の大学に行く場合の生活費援助なども考慮されるべきである。


国や自治体の今後の努力は、やる気をだそうとしている生徒に成績に応じてだけでなく、大学予備校、大学に入った場合出席と期末試験に合格することを条件に、ローンをだすこと。アメリカ人学生がどうして大学にはいったらあんなに勉強するか。理由は単純だ。ほとんどが学生ローンを借りて勉強している。生活費もふくめて、失敗ができない。すなわちお金がかかっていると(自分に。親でなく)本人が一番しっかりする。22才まで親がすべて学費と生活費をだす日本の社会構造は子供にはラクだが、親の負担が大きすぎる。アルバイトをしながらもいいけれど、生活費の半分以上、公的機関からお金を申請してもらえたら、やる気さえあれば、進学は可能となる。

夢と現実。この違いを子供のときから教えること。もちろん夢はもつべき。でも現実も同時におしえていく。わたしの手もとには、スウェーデン語での高校用テキスト。夢と現実がある。10枚に印刷された5つの別々な作家やジャーナリストの文章。わたしの夢は。。。その中に、5回胸のシリコン手術をしてスウェーデンのソープオペラのタレント女性の記事もある。体を整形し、目立つことをして芸能界でテレビで有名になったキャロライナは、他のひとがみる自分と本物の自分にギャップがあるという。特別な才能もないのに、ヌードや胸やとっぴなことで有名になった自分をよくわかっていてはずかしいという。有名になるために手段を選ばなかった自分を省みて、手術のことを正直に公表した。かわいいだけのなにもないタレントといわれないように、どりょくして今絵を描き個展もしている。外見のみの美しさやかわいさではなく内面からの美しさも大事という文章。

孤独な少年を追い込んだのは、社会の価値観によるものも大きいのではないか。また夢と現実の境をわからずによけいに落ち込んでしまう。夢や希望をもたせる社会やシステムは大事だ。園芸高校から医学部へ進むことも可能である。しかし何浪もさせる親の経済的負担は大きい。公的大学受験予備校は自治体が、学校の夜空いた校舎を使って今後退職者に70パーセントボランテイァ30パーセント支払うことにして、行われるのはどうであろう。あるいはこのシステムに参かした教員は介護保険を無料にするなど労働力で支払うシステムなども考えられるべきではないか。寝たきり老人を減らした田舎の街がとれイニングなど取り組んだニュースを以前みた。今後は街や村で学校の退職者の先生や教えたい人(教員免許があるなしは問わないがそれに見合う実力のある人)を優先して、地域の無料塾を開いて子供達に教えるのはどうだろうか。もちろんそれで生活している本当の塾の先生のボランテイァもいい。もちろん責任をもってやってもらうために、無料ではなく、介護保険などの点数を加算したり、保険料を支払うことの免除などにしたらどうであろう。今ヨーロッパのリトアニアの国では若い人がみな他のヨーロッパやスウェーデンへ出稼ぎにいって、現場の教員やバスの運転手がたりなく、75才の先生や70才のバスのもと運転手がどんどん現場に呼ばれている。スウェーデンのテレビでみたが、ベテラン教諭の教え方に子供達は満足しているという。また75才以上の先生やバスの運転手も張り切って仕事に復活している。


競争社会が悪いわけでも、受験戦争が悪いというわけではない。オリンピックやサッカーのFIFAの試合やアメリカの大リーグでも競争があるからこそ一生懸命がんばるからだ。ただし、すべてのひとがイチローになれない。その現実と夢のギャップを判断すること。簡単にあきらめずに、努力をして時間をかけてやっていくこと。スウェーデンで10代にナチスに反対する人を殺して殺人をおかしたナチス派若者が、刑務所からでたあと名前をかえて、勉強して医学部にはいった。問題は学歴詐称などの事務手続きの問題で、最近退学になった。しかしながら、刑務所に服し、その後大人になってまた医学部にめざすという気持ちは倫理の問題があるにせよ、みあげた根性である。

このような図太い根性を日本の若い少年や少女がどうやってもっともつことができるのか。大人しいいい子は心がガラス細工でいつも親を喜ばそうとしてがんばってきたはずだ。夢をもってだめでもやってみたいというチャンスを与える教育均等の社会はどうやったら実現できるのだろうか。勉強のできる子イコールいい子。子供はそういう環境の中で親を失望させないようにがんばっている。経済力がない親がわるいのではない。子供の教育のために、老後資金もすべて捨てて生きていくことは、どだい無理がある。個人主義の欧米では考えられない。親がこどもにお金をだせないから、それを子供が失望することも全く間違っている。

いずれにしても、いつも罪のない人間がまきぞいにあう事件は許される問題ではない。子供は大人のかがみだ。親の価値観は子供に反映する。子供は小さい頃にこにこ笑う真っ白な天使だったはず。一番小さな社会は家庭にある。子供を立派な日本を背負う人間に育てることは、社会の発展や日本の将来のためだ。そういう意味でひとりひとりの親の責任は大きい。日本のおとうさん。おかあさん。がんばって。
by nyfiken | 2008-03-27 04:16
春はもうすぐ。イースターを境目にぐっと明るくなった。名残雪。夕方から夜にかけ雪がふって、河も半分表面が氷った。昨日は最後のイースター。でもスウェーデンのひとは、イースター前と後を2.3日休暇をとり、10日まとめて海外へお出かけする人や北へスキー旅行へ行く家族も多いときく。わたしは、ストックホルムにいて、静かに過ごす。

昨日、午後3時すぎに街へお散歩へ。街というのは街の中心のTcentralenあたり。休日はでだしが遅いとNkデパートやPUBデパートは5時にはデパートがしまってしまう。でも中央駅地下鉄駅をおり、オーレアンスデパート本店は6時地下は7時まで。一階のお化粧品売り場でカネボウインターナショナルががんばっている。売り場もあたらしくなり、おみやげの箱のケースにもセンサイのロゴが小さくデザインもされている。またあかりが変化するカウンターなどもいい。カネボウインターナショナルは新しいパッケージになって、基礎化粧品に力をいれているようだ。シルクとセンサイを結びつけたコンセプト。元繊維メーカーならぬイメージ作り。カネボウが繊維メーカーだったことは、日本人以外海外の若い人たちは、わからない。カネボウってどういう意味?と聞かれる。一瞬考えてもともと紡績工業でベルのマーク鐘がシンボルよ。社会の背景をもとに、メッセージ性の強い人生の生き方とお化粧品という女性の自立やヒューマニテイを喚起させる広告つくりだった。今はもっと外見が美しくなりたいという女性の美にたいする強い要求が先にたつ。


オーレアンスの本店とPUBのカネボウの化粧品の棚の陳列を比較してみる。本店のほうは、イメージガールの写真棚の真ん中につけているが、PUBにはない。これはちょっとしたことだけどほとんどの外資のメークの棚には春の広告のイメージガールの写真をつけている。(シャネルはつけない)その代わりデザイン性にすぐれて真ん中に必ず季節のシーズンメークがくる。狭い場所でよく考えられているのは、PUBデパートのヘレナルビンスタインのメークの棚。右側に新しい春の特別メーク品。上から下まで全身が映る。またイメージモデルの写真。右に手のとどくところにテイッシュ。イヴサンローランは、春のメークのイメージ日本のモデルの写真を化粧品のところにのせている。PUBのカネボウの新しいメークの棚はなかなかいいし、38度のマスカラやアイライナーの筆付きもさすが日本の書道の伝統?せっかく38度のデザインがしゃれているのに、どうしてもっと力をいれて宣伝しないかしら?。棚をみて鏡をみて消費者が試すときに、他の外資メーカーはその前に美しいモデルか女優の写真やイメージをちらりと横でみながら、自分をもみる。その点について写真を口紅だけの写真だけでなく、カネボウはモデルの写真をつけることが必要では?限定で発売されたリップステイックおみやげの茶色の箱はかわいらしい。紅うちわ。という色が英語で訳されている口紅。箱が若々しくかわいい。ただ春なので、春のイメージがあるメークの宣伝が必要。また、スウェーデンでは、有名メークアップアーテイストを用いる宣伝やパンフなどにメークアップアーテイストがどういうふうにコメントするかが載せられている。スウェーデンのメークアップアーテイストはおかかえ化粧品会社のそれぞれがいる。ニューヨークやロンドンパリのショーを飛び回っているスウェーデン人メークアップアーテイストをも登場させるなども工夫が必要。みなまつげがとても長いのに、やっぱりマスカラはいつも女性の望むもの。

カネボウの特別春のメークの宣伝は売り場からは感じられない。今は新しい基礎化粧品の宣伝に力をいれているのだろう。春色は手をかえ品をかえ、外資のメーク会社は宣伝をしている。雑誌でみた写真が売り場でもみえる。資生堂の雑誌でみた宣伝が売り場でみえるのは媒体の広告と売り場の一体感がある。ただし、資生堂のオーレアンス本店のメークの棚がななめにおかれているのと、狭い感じがあるのはちょっといただけない。横においてあるイスはおしゃれだが、むしろメークをする棚は、通路側でなくてもいいと思う。通路側にあることを考慮しての話だと思うが、むしろシャネルの棚やゲランのァプローチの仕方(クリームをためす棚)をさんこうにされたし。箱がたくさんならべられていて、みてみて!と訴えているのは伝わるけど、気楽に近づいて試すのがちょっとおっくうな感じはどうしてだろう。資生堂のコーナーの照明の使い方にもあるのでは?ちょっと暗いのでは?ゲランの売り場が明るいのや、ヘレナルビンスタインの白いランプを使ったものなど、もう少し検討されたし。みつばちのみつをもとめて、試したいけど、なんだか箱しかみえないなあ。というより、たくさんいろいろなクリームなどを年齢別に(たとえばランコムみたいに)分けるとか?試しやすい雰囲気をだされますよう。

ランコムのL.U.C.Iやイブサンローランの日本女性のモデルなど、春は新しいメークの宣伝のチャンス?オーレアンス本店カネボウのあたらしいプレゼント、キャンドルに東洋のやきものの陶器をもってきたことは、すばらしい。東洋趣味をもっと利用しよう!
資生堂は、オーレアンスの本店、基礎化粧品の宣伝に今力をいれている。ただ、箱をなれべてあれだけの場所をとって、興味はひくけれど、なんだかちょっとちかずきがたい。箱が待っている感じ。また売りたいという気持ちがとても伝わるけど、それゆえに、足がすっとむかない消費者の矛盾する心理。今これが宣伝しています。使ってね!というのをどうやって興味をもたせてわれわれは、さりげなく近づける雰囲気になるのか?やはり箱を並べる方法ではなく、サンプルとブローシャー。ただし資生堂の海外売り場のデザインはイスひとつみても質は高いし、若い人にも魅力がある宣伝やモデルの選択。容器のデザインもとてもいいし、宣伝の写真もすばらしい。黒い陶器の器をおいているのはとてもいい。

ただし売り場の構成のもんだい。メークコーナーが狭いところにあって、広い部分はちからをいれている基礎化粧品の箱がおしゃれに並べられるのは?やはり遠目になんだか箱が並んでいるという印象。もちろんプロのひとが考えての陳列であるのはたしか。でも箱をならべるのは前のカネボウと同じ箱を並べる箱しかみえないあやまち。照明をもうすこしあてて、広々としたお化粧品のメークがしやすい雰囲気にするなどの工夫が必要?お化粧品メークの棚で上のZENの広告の下がくれている。などなど。ちょっともったいない感じ。でもあのモデルさんの写真が印刷された袋にきれいなピンクの紙をいれるなど、とってもおしゃれ。また資生堂かカネボウはオステルマルムあたりの化粧品をおいているお店をもう少し力をいれて、地元の裕福なマダムたちが近所でお化粧品相談のときに、優先して資生堂カネボウのマッサージやなにかが受けられるようなサービス(サービスがあまりよくないこの国はこれからサービスが決めて?)を選ばせる(選ばせること。予約させること。ーなんでも計画的に予約しないと気が済まない北欧気質。)など。やはり資生堂やカネボウサロンの展開は、今考慮にいれてもいいかもしれない。日本の美容室のマッサージや洗髪の技術は優れている。スウェーデンは洗髪に関しては不器用で10年くらい遅れている。日本人の美容院の洗髪はアジアや世界の人が日本にきてびっくりするようである。こういった特徴をいかした美容サロンプラスお化粧品を売る形はデパートでの販売だけではない、もうひとつのヨーロッパでのビジネス展開のチャンスがあるのでは?

シャネルが同じフロアで香水にずいぶん力をいれている。資生堂の上をみるとあれだけZENのポスターパネルがすてきなのに、デパートの売り場にはZENが前面ででてこない。わたしならば、隣のお化粧品会社ととなりあわせの場所は、ZENのポスタースチールが上にあるので、その下に全部ZENに関係するオードトワレをおいて、シャネルではないが、香水にも力をいれる。(シャネルの新しい売り場の展開は、お化粧品より香水関係にずいぶん力をいれ、また遊びがある)あるいはボデイ関係など。メーク用品は、もっと広いほうで試してもらう。オーレアンスデパートのゲランの香水のサンプルの並べ方。基礎化粧品の棚の明るい照明のあてかた。サンプルを試す棚の充実。参考にされたし。

カネボウインターナショナルのNKデパート、オーレアンスは、努力の結果がみえる。上品な高級イメージはいい。あとは基礎メークのシーズンの宣伝をどうやってこまめにやっていくか。有名メークアップアーテイストにも登場してもらったり、そのひとのコメントで基礎化粧品の大事さを本人からかたらせる。これは、スウェーデンの他の化粧品メーカーが売り場パンフレット(今ならランコムのLUCIシリーズ)でよくやっている方法。

ヨーロッパの有名時計メーカーの(世界広告戦略担当)某広報営業担当のトップの知り合いがいるが、語ったことばが印象に残っている。、”びっくりさせる広告ははっと目はひくが、印象だけでどの製品の広告かわすれる。むしろ単純に時計なら時計。そして有名スターあるいは有名なヒーローにその時計をしてもらい写すというシンプルな広告をくりかえすほうが消費者はわかりやすく印象にのこる。”社内で、広告の方針をがらりとかえたときに、売り上げは企業秘密なので伸びたかどうかはわからない。特別に契約していたF1のレーサーが事故で亡くなったかなにかがあったのも広告が変わった理由だと記憶している。しばらく強烈なはっとびっくりさせる広告を続けさせた。(知人は、方針にかなり怒っていた。)ある日からやはりシンプルにもとの形にもどり、現在はますます有名なスターが時計をしてにこりとしている。その広告をみるたびになるほど。と彼の言葉を思い出す。

無印良品はストックホルムの売り場を広げ、家具やシーツ部屋履きなどもあたらしくいれた。みているとみんなスリッパのような部屋履きのところにまっすぐいく。シーツは横のストライプより縦そしてブルーグレーなどに人気があるようである。お部屋のアロマエッセンスは香りの質が高い。イランイラン、オレンジフラワー。グレープフルーツ。アロマポットのデザイン性は他のヨーロッパのものよりおしゃれだ。日本企業のますますの健闘を祈る。

帰りはオーレアンスデパートの地下食品売り場で買い物。中国から千疋屋にでもありそうな立派な20世紀の梨と長十郎の梨。白い紙とウレタンにくるまれて、大切に。20世紀は黄金。精品水果(くだもののこと)有機栽培、緑色食品、無菌無毒と紙にかいてある。美味しい。スウェーデンジンはまだこのくだものに気がついていない。今がチャンス。大きなくだものを4コかって家でいただく。みずみずしくて美味しい!!中国国内というより海外輸出用に特別作られているか贈答用のお金持ちの人しか手に入らない果物であることはたしか。形もいいので、中国の市場でうられているあの梨とは違う。スウェーデンのひとは知らないので買わない。だから今はサンプルとしていれているのだろう。かわいそうに腐り始めた梨もあり。今日も行ってたくさん買おう。リンゴよりちょっと高いけど、あのフランスやイタリアのぼそぼそしたリンゴよりはおいしい。(リンゴは有機野菜のリンゴのみ日本と同じレベルの味がするのはどうしてだろう。)春なのに梨が食べれるのはありがたい。そう20世紀も長十郎もNASHIとかいてある。日本のNASHIを中国が作ってヨーロッパに安い値段でいれてくれる。不思議でも嬉しい。
by nyfiken | 2008-03-25 21:25
世界でのこれからの競争に勝ち抜くためには、都心だけでなく日本のすみずみから優秀な生徒を大学に集める必要があると。慶応大学の入学金廃止案で話されたコメントは確かにそう思う。東大も授業料無料というのは、もし本当ならすばらしい。

地方と都市部の格差がいわれて久しい。都市で優秀な生徒は優秀な塾に毎日行くことが可能。はやくから付属小学校や私立の学校でよりわけられ、効率的に勉強ができる。田舎は、すべての子供が一緒のクラスで、勉強のできるこどもは、飛び級がないので、できない子供に理解させようと先生が教えている間、遊んでいる。成績でクラス分けするのは、おそらく日教組が、子供に差をつけることはいけない?といっておこるかもしれない。しかし、現実問題として、将来の日本のことを考えると、地方の子供達のレベルを上げるには、義務教育のなかで、教師が、早くからできることもに、どんどんと先に勉強を進ませることや、別のクラスをもうけて、課題をさらにだして、進ませる必要があるのではないだろうか。地方の大学に東京から生徒がながれてくるのはしかたがないが、都市のこどもが、補助的な塾の勉強のサポートを受けやすい。

地方の子供達が東京で学ぶ場合、親の負担が大きい。母親ひとりの優秀な子供であっても、経済負担が大きい場合、有名私立大学の進学をあきらめざるえない。地方から東京へ進学させる場合、アパート代生活費は親のさらなる負担となる。。伝統的に日本は親が子供の学費や生活費を大学が終わるまで負担してきた。日本は教育費の親の負担は大きい。スウェーデンの大学も高校も中学校も予備校ですら無料という国の親がどうして中国から子供をもらって喜んで育てているかわかる。シングルの女性も中国から子供を養子にしている。もちろん仕事があって経済力がある女性だ。夫はなくてもシングルマザーとして子育てができる事情は北欧にある。教育費が無料で医療費が無料だからだ。しかし働くことが最低条件。となる。

もしスウェーデンの国の教育が全部有料になった場合、おそらく学校へいくひとはへり教育のレベルはさがり、まただれも第3国からこどもをもらってきて喜んで育てないだろう。最近は、年配の退職者スウェーデン人が若いタイ人女性と一緒になって連れ子何人かを短期住まわせ、タイにもどしても国に教育費を要求するというケースが続き、問題になっている。子供の数に応じて手当がでるのを利用した形である。日本では考えられない。




スウェーデンの子供は、親のプレッシャーをほとんどかんじない。授業料が無料。日本は、親が必死で働いたお金を入学金、授業料、生活費、アパート代など親の負担は限りない。もちろん大学生はアルバイトもするだろう。でもすべてを自分で負担することはむずかしい。また生活費をうみだすためにバイトばかりして勉強する時間がなくなるケースもあるだろう。

スウェーデンの子供はのびのびと勉強する。

シングルマザーの社会的な援助がない日本では、母親がひとり離婚後夜のパートで子供達を養っている家族。病気や離婚で妻をなくした夫が、仕事から疲れて帰り小さな子供達のご飯を作ってたべさせるなど厳しい状況。失業者の親たち。親をとりまく事情はいろいろだが、日本の親ほど、子供の教育費の犠牲になっている親たちはないだろう。私立大学が増えすぎた以上、親は子供がどんな大学であっても行きたいという以上、いかせることになる。国立以外の私立は一般のサラリーマン家庭の家計を圧迫する。子供の将来のためだから。日本の親は、休暇で遊びにいきたいけれど、がまんして、子供が毎日かよう塾代を払い、妻は夜食や弁当をせっせと作る。ヨーロッパの親がみたらびっくりするだろう。


巨額な寄付金など、私立医学部の裏口入学は信じたくはないが、塾で何万回も同じ問題を繰り返し覚えさせられ、連日家庭教師が家にきて、そのうえまた塾という勉強ロボットでほぼ考える暇なく、問題集をとく数年間ののちにはれて医学部に合格。応用がきかない医者のほとんどは、考えず回答を覚えることに時間と脳をつかっていた弊害で、医師国家試験まで暗記暗記の日々を過ごす。医者になったときに、手術の現場で簡単な計算が瞬時に答えられないなど。応用問題ができない医師が、先輩や上司に足をけられる。スウェーデンは、あまりがつがつ勉強はしなくても、医学部は自然に淘汰されて合格する。親が開業医のために、なんねんも浪人して医学部にはいらなければならないといった日本の伝統は、まだ悲劇は続いているのだろうか。外国ではやりなおし組を除けばあまり聞かない話だ。

知り合いのイギリス人の女の子は大学4年間の学生ローンをうけ、卒業後そのローンにおわれている。イギリスで毎月7万円返済。出会ったスウェーデン人男性が住むストックホルムに移り住んだ。仕事はすぐに見つからない。返済のプレッシャー。経済的に半分半分のスウェーデン式でいうと彼女がすぐに働くしかここにいる方法がない。ガムラスタンの旧市街のアイリッシュパブに他のアイルランド人やイギリス人と一緒に、職をもとめ今働いている。夢は自分で作ったシャツのブテイックをひらくこと。欧米の学生は奨学金をもらって生活費などにあてるひとが多い。卒業後、お金を返しながら働く。よほどのお金持ちじゃない限り、配偶者を養うゆとりのある男性は少ない。日本女性が外国人と結婚しているひとがばりばり働いて成功しているようにみえるのはチョイスがなく、やるしか方法がないという事情もある。別に外国人の旦那さんが理解があるだの、相手をのばすだのといったものではない。


スウェーデンで一番ランクの低いといわれている中学校の先生がやる気をだしてできない子供をできるようにすべく、ドキュメンタリードラマが話題になっている。実際の中学校をテレビで放映しているが、先生達がすばらしい。落ち込んでいる生徒がどうやったらやる気がでるかという試行錯誤の番組は賛否両論あるが今のスウェーデンをよくえがいている。。




人育てが今後の国の運命を左右する。老人介護も大切だが、幼稚園経営と大学経営が同じレベルになった教育産業は、これから少子化で淘汰される。むしろアジアの学生が今後増えるのではないだろうか?ニュージーランドは留学生で潤っている。英語教育と英語で学ぶ大学教育の教育産業がここ10年以内にあれだけ成功している国はナイト思う。ちなみに、オークランドは今もうアジアの一つの都市となってしまった。日本人か中国人か韓国人の比較的裕福なまあまあ頭のよいこどもたち。ニュージーランドの銀行に2000万円以上の残高がある外国人うけいれなど、はいってくる外国人を自然に淘汰する。オークランドはここ10年で田舎の静かな都市からアジアのパワー溢れる街になった。ヨーロッパのアジア人がちょっとこそこそする雰囲気はない。どうどうと威張って歩いている感じもするところにさせておいて、お金はちゃんとKIWIの白人社会にも入ってくる店子メソッドニュージーランド人はとても聡明なひとたちだ。まるでワインのように。

今のスウェーデンの移民教育も新しい政権になってから1年間の内容を2ヶ月で教えて、テストをするという方向になり予算が減らされている。


アメリカ人とクラスメートになって感じたことは、回答がでても簡単に納得しない。まず回答が間違っているかも?など納得するまでとたえずクエスチョンマーク。こんな質問ということでも、いつも質問をする。南米の子供でもアメリカで教育をうけた人たちが自分がなっとくゆくまでよく質問をするのに、関心する。中国人もアメリカ人ににていて、よく質問をしたり、発表する。勇気がある。(もちろんひとにもよるが)質問を自分が納得するまですること。我々はとかく、言われた回答を自分の回答をけしごむでごしごしけして、すぐ書き直す。これが回答ですといわれると鵜呑みにする。頭ごとおぼえる。考える暇はない。あしたまでこの30問暗記しなきゃ。ということでてっとりはやく、丸ごと暗記。体にしみついている悪い癖。

”スウェーデンの首都はストックホルムで、南の工業地帯はイエーテボリ。スウェーデンはだれが首相?ヨーランさん?あの頭が半分おでこでちょっとわかはげのだれだったかしら?ラインフェルトさん。ラインフェルトってみよじそれとも名前?なぜラインフェルトさんがあたまが半分はげちゃったのか?どうしてイエーテボリが首都じゃないのか?南と北のスウェーデンがあるけど、人は同じなのだろうか。言葉はどういうふうに違うの?気質は?北欧北欧とひとことでいつも日本人はいうけど、北欧とはどこの国をさすの。ノルウェーはいつ独立して、フィンランドとスウェーデンの関係は?フィンランド語とスウェーデン語っておなじなの?ノルウェー語とデンマーク語はにているの?どう違うの?ヨーランさんはどうして首相をやめちゃったの?社会党じゃないのはどうして?社会主義ってどういう主義?フェミニストってなあに?男女平等ってなんのこと?どうしてスウェーデンはおとこのひともおんなのひとも同じく産休を18ヶ月とれるの?とっていいけどみんなとるの?どうしてみんな産休をとっても会社の上司や同僚におこられないの?ベビーブームというけど、どうして結婚していなくてもみんな子供を産んで育てられるの?一緒に住むひとたちをサンボというけど、結婚と同じ権利があるの?社会で認めているのはなぜ?なぜなぜ?これらは受験勉強で論文形式で一文だけの質問に3枚かかせたら、きっとドレくらいスウェーデンや北欧のことが理解しているか一目瞭然だと思う。日本は、事実を覚えさせる問題が多い。どうしてを考えさせる時間が受験勉強にない。

最近日本で、先生は、むかしのように親身になって怒れない。家であまり怒られたことのない子供はぐさりと傷つく。自分のこどもをクラスのシンデレラやヒーローにしたい親のエゴは、うちの子だけは特別と言う形ででてくるという。。先生への特別扱いをお願いするのも気持ちはわかる。。わたしは特別のシンデレラ姫!のお鏡でそだった可愛い娘は、学校へいって他のシンデレラ姫さまにあって、特別扱いされないのにショック。免疫がないから、すぐおなかがいたくなる。気持ちはわかる。そうやって日本のこどもは私自身を含めて大切に大切に育てられる。スウェーデンではシンデレラ扱いなどぜったいされない。ともかく先生がクール。


アフリカの奥地からきているべんきょうなどしたことのない国のこどもたちでも一人前のスウェーデンになるべく教育をほどこされる。教育がないひとほど、せっせと学校に通ってこちらの教育システムでちゃんと教育される。、スウェーデン人としての教育をみにつける。海外である程度教育をうけてきてしまった人は半端な時に来ると、スウェーデン語学習が遅れるので、なかなか苦労をするし、スウェーデン教育システムのなかにくみいれられず、片言の文法がめちゃめちゃのスウェーデン語でブロークンで一生通す。

国民全体の教育レベルは高い。英語が話せるのは、イギリス教材でしっかりしたメソッドでおしえられる。小学校、中学校、そして高校と義務教育の間に、きちんとした英語プログラムをとりいれ、学校のコンピュータールームあるいは、プログラムを生徒にダウンロードしたcdロムをわたし、無料で国民に7才から段階的に一貫して教育する段階にもうきている。(文部科学省はなにをぐずぐずしているのか理解ができない。)ちゃんとした方法でおしえれば、ほとんどの人が話せるようになっているスウェーデンの英語教育は、スウェーデン語が英語に近いのではというエクスキューズでは通用しない。なぜなら英語を話したことがない、旧ロシアのひとが、ここで無料の学校の英語教育をうけて、みなイギリスのアクセントの英語がいつのまにか話せるようになっている。これはタンに英語義務教育をもう一度日本は根本から見直す必要があるのではにだろうか。ノバやベルリッツに大金を払って、あるいは公文式にずっとお金を払わなければいけない義務教育の内容そのものに問題があるのでは?どうやったら、英語が義務教育のなかでいやにならず、楽しくしかも上達するか?生徒にすべてコンピュータールームの鍵とコンピューターのコード番号をもたせ、自由な時間に語学の練習ができるようなシステムがこちらの学校ではある。授業がおわって、あるいは空いた時間に構内のいくつかあるコンピュータールームで自習ができるシステム。また自習の時間には指定された教室で勉強ができる。かならず先生がひとりいて、生徒の質問に答えたりするシステムもある。語学教育は、読めて文法をして、書けてはなせてとみなそれぞれが関連している。読めるけどはなせないということは、単純に義務教育のカリキュラムのなかでそう教えてもらえなかっただけで、日本人は話す機会がないから。といういいわけではないと思う。


世界の言語が今英語である以上、英語の自動翻訳機があろうとも理解することは、鎖国からときはなつ唯一のモール信号みたいなものだ。ふるいをかけて都合のよいにゅーすばっかり日本にいれた訳された日本語ニュースだけよんでいてもだめで、これからの日本人にもとめられる姿は、小学校から無理なく教えられた英語で、世界のニュースをインターネットしかりいろいろなニュースソースから読み、瞬時に判断していく世の中になる。帰国子女がいるから訳してもらったら?残念ながら帰国子女は、英語で教育をされているから、英語で考えることはできるが、もしほとんどの義務教育を欧米でしたならば、日常会話はできるが、日本の漢字、日本語の難しい本を読んだり書くことができない。帰国子女は国語の補習授業をうけて、それなりに海外でくろうしている。どこで一貫して教育を受けるかがとても大事だと思う。いずれにせよ日本でしっかり義務教育を受けた日本人が、努力して日本語と英語を両立して勉強することが大事なのでは。英語はむずかしい。The とかAの使い方。英語は母国語でないかぎり、むずかしい。

日本語が母国語でないひとが、てにをはをまちがえたり、話し言葉は問題がない場合でも、文章を書かせたら、丁寧語、いいまわし、語彙の使い方。漢字などがめちゃくちゃになる場合と同じなので、日本人がちょっとくらい英語が間違ってもはずかしがったり悲観することはない。(わたしもそう)英語は情報を得る手段であり、コミュニケーションの手段であり、知識を得る手段であって、なにもシェークスピアを読むひとだけが勉強するためのものではない。

今の生の姿。パブでよっぱってるイギリス人やポテトアンドチップスをかじりながら歩いているイギリス人の姿が日本の英語教育では伝わらない。イートン高があります。シェークスピアの小説がといったら、普通のひとは、すべてのイギリス人が帽子をかぶりバーバリーを着るのと勘違いする。パブで大きなおなかを突き出して、ビールをがぶ飲みしているひとだって普通のイギリス人。紳士の国だけど、紳士もいるけど、ビール瓶をなげてよっぱらってどうしようもない人たちもいる。日本と同じという感覚を語学と一緒に教えることも大切なのでは?ベッカムの英語やエリザベス女王の英語がとっても違うこと。それはどうしてなのか?これは試験にでる。おぼえる。とよく学生のときに先生に言われたけど、試験ように覚えたことはもう忘れてしまった。

英語の教材も、キドニーパイやテイタイムの紅茶やお菓子テーブルのお花のアレンジやパブ。じぇみーオリバーなどのコックのヒーロー。ウィリアム王子。イギリスの生きた今の姿が伝わるようなプログラムをするべき。


英語教育というと、横から日本語も乱れているのに外国語なんて。乱れているのやスラングがあるのは日本だけじゃない。スウェーデンでもアメリカでもフランスでも若者が同じ。外国語がどんどんはいってくる。論議はヨーロッパでもある。英語をやらないいいわけにはならない。中学校からだと遅すぎる。遊びながら教えよう。幼稚園ならいいけれど、小学校一年生から、普通に教えればいいだけの話。週に2時間で十分。英語は、きちんとしたイギリスかアメリカの教材を使い、英語専門教師を文部教育省が手配するべきだ。少しずつ教育をしていくと中学校に入ったときに、最低日常会話ができる子供ができあがる。。


スウェーデンの高校程度の語学の試験は、以下。600字くらいで文章を書かせル問題3時間。課題に関連した5分間のスピーチ。たとえば、自分が読んだノンフィクションの本について述べる。普段思っている社会の問題点を定義しそれについて自分の意見を賛成か反対かはっきりのべて、理由をいい、みんなに考えさせるようなスピーチをするなど。
一冊課題300ページほどの本を読みそれについて質問をされたらすぐに内容、質問についての答えを口答でいう。試験1週間前に発表される課題数ページを読み、、自分の意見を述べるなど。スウェーデン語の高校レベルの問題のだされかたは、まる暗記だけでは決して通用しない。わたしは、日本の勉強のしかたで丸暗記したことがあったが、すべてむだ。これについてどう思いますかあなた自身の考えをのべよ。それはどうしてか。論立てて述べなさい。あなたの夢について語りなさい600字で。あるいは、将来どういう社会にしたいですか。一週間前にわたされたテキストの中の文も使って、あなた自身の意見を述べなさい。3時間。筆記試験。書いた内容。文字スペルのまちがい。文法の間違い。すべてがマイナスとして点数になる。わたされた、長文が約10枚ほどのテキストはあらかじめ読んでおくが、そのテキストの内容に関連つけてのべよ。等々。

長文の試験では、文法的な間違いや語彙の間違いがチェックされる。スウェーデンでは、徹底的に本を読ませる。語学の試験は、300ページ近い一冊の本を読んでそれについて意見をのべたり、内容をきかれる。問題が主流。映画との比較も論じる。本は数冊あるリストから自分で選び、試験のまえに、どの本を選ぶのか、教師に届ける。外国人がスウェーデン語を学ぶ時もおなじ。フィクション、ノンフィクション。これを読みなさい。と上からおしつけるのではない。生徒の自主性を重んじる。意見や議論をのべるときは、イエスかノーとはっきりと自分の意見をもっていることを優先させられる。

学校の各教室は、安全のために、内側から鍵がかけられる授業がおわると、先生は鍵をしめて退出する。。遅れてきた生徒は、ノックをしてはいってくる。最初の移民学校では、先生が生徒が遅れると徹底的に叱る。大人でもスウェーデン人の女の先生にしかられ、態度が悪いとかなりきつく怒られた男の人もいた。




今後日本で創造力、判断力、考える力をこどもたちにつけるために、覚えることプラス、それをもとに考えさせる時間や課題をだすことが必要では。自分の意見をはっきりともつこと。反対なら反対でいいけどどうして?

スウェーデンのように授業料が無料のところでは、やる気のある子供達が自然に上に上がっていく。やり直しのチャンスもある。

自動車学校みたいに講義の項目ごとに授業がうけられる。とりのこしたらもう一度その授業をうけるなど。など項目別に授業を展開。学年関係なく講義をする。生徒が自分の意志でカリキュラムを選ぶようにすることができるなど、学校でバリエーションをつけるといいのでは?大学受験をめざすひとや、めざさない生徒のとる講義は、本人の希望により受ける講義を自由。ひとりの先生がえんえんと同じく一年うけもつのは、もしその先生のやりかたが好くない場合、生徒には悲劇となる。2ヶ月おきに、教科の先生をかえたり、自由に講義を選べるシステムなどはどうだろうか。

テストの日についても、スウェーデンでは生徒がいくつかある試験の日から自分で選ぶこともできる。あと学期のまえにたとえば2ヶ月の間の毎日のスケジュール(どこのなにをしてなにを宿題にだすか)をきちっと生徒に前もってわたす。もちろんその通りにいかないこともあるが、ほとんどは計画通りに遂行される。いつ試験でどの本を読むのか指定図書まできちんと前もって指示される。

日本は大きい。北は北海道から南は沖縄まで、小さな漁村から人里離れた山合いの村から、若いこれからのびるぴかりとひかるダイアモンドの原石を、どうやって集めるか?経済力がなく、塾がないので受験テクニックがない子供など。本物の石(にせものではない)を集めるためにどうすればいいか?これは国力と将来のために今真剣に考えなければならない問題である。




天の上にひとをつくらず。天の下にひとをつくらず。諭吉先生のめざした平等の教育は、どのように校風として現在も学生に伝わっているのだろうか。

学校のいじめの問題はスウェーデンにでも昔からあったという。寮生活での男子寮でのいじめや暴力の問題を扱った小説など映画化されたものも多い。

玉川大学の創始者?の他のひとのいいところをみつけてそれを相手に伝える開発方式が案外いいのではと思う。ほめられた方は、なんだか嬉しくて、もっとがんばろうという気になる。おかえしで、相手のいいところを探してほめる。ほめられたら悪い気はしない。これは人間関係をとてもよくする。

教育が無料になると、みな欲がでてきて、さあちょっと語学はじめてみようかな。とかコンピュータをやってみよう。とやる気がでてくる。難民のおにいさんやアフリカのおねえさんが、無料でこつこつ勉強するとちゃんとできるし、すばらしいのに驚き我が身が情けなくなることがあるけれど。めげないこと。これだけは、心かけている。
by nyfiken | 2008-03-25 09:50
ロシアのキャビアのないキャビアバーでの話の続き。キャビアバーのおじさんは、ふかくため息をついた。ばんばんと撃ち合いをやめないアメリカ映画をみてため息をつくロシア人のバーのおじさん。そしてばんばんと撃ち合いを続けるテレビの画面から目をそらす日本人のわたし。キャビアもシャンペンもないホテルのひたすら明るいキャビアバー。名前ですっかりとだまされちゃった。コーラとピーナッツ。ひさしぶりにロシアでわざわざ飲むアメリカのコカコーラ。シャンペングラスの泡ににたコーラの泡はしゅーっとたっていた。画面でアメリカ映画。ここは、アメリカなんだろうか?一瞬錯覚におちいる。姿勢のいい黒タキシード。蝶ネクタイ。クラシカルななでつけたポマードロシア人もとKGMスタイルはまぎれもなくロシアだった。英語が全然通じないのは、すごい。

そこでまたふと思い出す。そういえば、中国映画のなかで、警察官がよるの詰め所でテレビのアメリカ映画をみながら、”どうしてアメリカの映画ってこんなにばんばん撃ち合いばっかりしているんだろう。”というフレーズを思い出した。ロシア人バーテンターと日本人のわたしがじっとテレビをみている。彼が肩をすくめる。日本語の漫画でこういうルビがつくがその時のわたしの気持ちは”とほほ。”広辞苑にのっているのだろうか。これは日本語のスラングなのだろうか。


キャビアバーおじさんには罪がない。名前はキャビアバーとつけたけれど、きっとコーラとピーナッツを頼む客が多かったのだろうか。ロシアのキャビアに思い入れを入れすぎたわたしは、お化粧をして、おしゃれをし、香水までしゅっとしていったのに。。思い描いたのは、深紅のビロードのカーテン。腰をかけると座り心地のいいソファ。よく冷えたシャンペン。そしてあの黒いキャビアの宝石。こぶりのパンケーキならぬブリニ。ちょっとサワークリームみたいのがあったりして、行く前にわたしの口は生唾で一杯になっていた。いつの間にかホテルのバーは明るいピーナッツコカコーラバーになっていただけの話。オープン時看板をあげたときは、キャビアバーにするつもりだったのに、というのはよくある話。ロシアは不思議な国。でもわたしは、サンテペテルスブルグが好きだ。あの夜だけキャビアがなかったのだろうか。でもピザ24時間営業と書いてあったお店は夜9時にはやばやしまっていた。キャビアバーはピーナッツバーと名前を変えるわけにはいかない。グラスにくるりとまいてしいた赤のペーパーナプキン。おしゃれだったけど。。。

アメリカのライフル協会の人が言う論理。危ないから確かに自衛隊みたいに守るための銃。もっていないほうがやられてしまう。それって戦争非常時と同じ。緊張感がありすぎて、わたしは住めない。アパートにひとりですんでいて、だれかが急による入ってくる。相手は銃をもっているから、寝室にはしっていって、ベットのよこのテーブルのうしろにかくしていた銃をてにとって。。考えただけで、肩がこっちゃう。しかしながら、アメリか以外で、治安の悪い国のひとは、銃を持っている人もいる。南米とか?コロンビアあたり。。誘拐も多そう。盗賊などいる国それぞれの事情。だからライフル協会の人の言い分が100パーセント間違っているというのはその事情がわからない人がだめ!というのも確かに問題があるかもしれない。自由を手に入れるための銃。アメリカに住むスウェーデン留学経験者いわく、となりの部屋のひとが銃で武装しているなんて考えると悩む。自分がなにもなくていいのかしらと。ベッドのよこのランプがおいてある小さなテーブルの引き出しに、GANTのミニタオルにくるまれて隠されている銃。考えただけでちょっと怖い。日本人は銃をまくらもとにおいておくだけで、だれかはいってきたらどうしようとか不安で眠れない。でも刀狩りじゃなくて銃狩りをしないとアメリカはどんどんと治安がわるくなって、おそらく医療と安全をもとめて、海外に移住するひとがふえるかもしれない。平等で教育もやる気のある人は、競争社会。実力と運があれば、上に登っていける国。アメリカはお金持ちという意味では、世界のトップを走ってきた。トップの大学のレベルは他に追随を許さない。世界の優秀な人たちが集まる国。

スウェーデンのラジオ放送で、ジャーナリストがアメリカの銃社会の現状を説明していた。難しい問題。銃はだめというのは簡単だけど、じゃあどうしたら、銃をもたなくて安心して住める国になるのだろう。警察がノルウェーの警察みたいに、銃をもたないで、わんちゃんを連れて歩いてニューヨークの警察はつとまるのだろうか。相手が銃をむけたときに、警察犬が飛びかかる訓練をしても、丸腰である。

スウェーデンでは、銃の問題は、狩りという問題と結びつく。森の動物が、狩りで毎年たくさん殺され傷を負う。約1ミリオン頭が(信じられない数?)毎年銃によって狩りの名目で殺されるか怪我をするという。数が大きいので、驚く。しかもカモシカも食料にしているので、野生の動物を食べて生きてきた北欧の人の食生活を非難はできない。でも単純に狩りをして殺すことスポーツとして楽しむことに私自身同意はしたくない。JAKT(狩り)とVAPEN(weapon)でゴーグルひいてみよう。ちなみに狩りの団体は、JAGAREFORBUNDEDという。ジャガレーというのは狩りをする人。Aの上にてんてんと二つつく。野生動物にやられる猟犬という写真をのせ野生動物はひどいというイメージをあたえている。矛盾した論理の展開だと思う。ちょっと前まで、中でニコンのカメラで森の中の動物をうつ狩りの学校サイトがあった。スウェーデン語なので一般にはわかりにくいが、いろいろあけてみるときっといきつくかもしれない。

スウェーデンのサイトはたいてい最後にSEがつく。動物を守って運動している大きな団体動物の権利はスウェーデンが本拠地である。Djurens ratt.(aのうえにマルが二つつく動物の権利という意味)団体は36000人の会員がいる。これをゴーグルにいれてみてみると左下にIN ENGILISHというのがでてくるので読んでみよう。日本に支部があるかどうかわからない。ANIMAL’S RIGHTでも検索ができるかもしれない。かもしか、となかい、いのしし、おうかみきたきつねなどがスウェーデンでは狩りをされている。団体は、政治社会に訴え、安全に生きる権利を動物にかわって訴えている。スウェーデンでの論争のひとつに、自然の中で楽しみたいという意見がある。自然の中で楽しむためにこどももつれて、みんあで狩りをたのしみましょう。どんな動物で同じ地球の兄弟であり、動物をむやみやたらに銃で殺すスポーツは。人間さまに近い鯨は研究でも何でもだめ。でも恐竜時代人間はおさるさんよりまえのほ乳るい。ねずみさんに近い動物で森のなかでちっちゃくなって隠れて恐竜に踏まれないようにいきていた。恐竜が足でふみつけたらひとたまりもない哺乳類のせんぞ。アフリカのコンゴあたりで、最初のアダムとイブが出現してそれが世界の人間にひろまったながーいれきし。森に住む動物は感情をもった生き物。たまたま恐竜も滅びて、今人間が大手をふっているけど、傲慢になってはいいけない。というのが団体が訴えるところに影響をうけたわたしの意見。猟犬はかわいがってどうしてオオカミを撃つのだろう?オオカミはなにか悪いことをわたしたちにしたのだろうか?犬はむかしおおかみだったのではないだろうか。野生の犬を撃ち、てなずけたペットの犬はかわいいというのは矛盾している。

以前、南の島で、1800年代中後半まで、ときどき起きた事件。西洋人の白人は白く毛があまりないので、別なものとして見なされ、殺されて食べられた宣教師の話をきいた。。わたしは、南の島の教会で、信者ではないが特別の日のミサに誘われていったことがある。祈りをささげている人々が今日は特別な日という。ブタの丸焼きが芋料理やサラダやパパイヤなどごちそうがならんだ。ところで今日のごちそうはなにを記念して?ときくと

”いやあ。むかし白人の神父様がたべられちゃったの。この島で。”ブタの皮がかりかりにやけていて、それを食べていた私は、おもわず、うっ。と言葉を失った。悪い気はなかったのだろうけど。本当だったのね。うわさではきいたけど。島のひとがいっているのだから本当だ。とぶたのかりかりのおいしいスキンをかじりながら、うんうんと話をきいた。そう思うとブタもかわいそうだし、昔の人間もかわいそう。ああ。さりとてベジタリアンにはなれない。


よく日本人は海外で”くじらをたべるなんて許せない!”とおしかりをうける。ノルウェー人が同じテーブルにいると、目配せをする。日本人の論理。”くじらは戦後のアメリカが給食の一環として竜田揚げや鯨の缶詰めを給食にだし、日本人のタンパク質不足をおぎなった。もともと日本人はあんなものたべなかったのに。アメリカのマッカーサーのせいよ。その後日本の大和煮すなわちジャパニーズ風味付けで鯨がおいしくなっちゃったし、竜田揚げの学校給食で好ききらいをすると先生にたたかれた時代、みんな頭をうなだれてたべていたのよ。そうでしょ。アメリカなんて、むかし捕鯨をして鯨の油をとってキャンドルにしていたじゃない。捕鯨大国だったアメリカは、今はそんなことをしていたなんておくびにもださないわ。それにスーパーでみたのよ。鯨のさしみのぱっけージにオーストラリアってかいてあったわ。あれってなによ。オーストラリアのひとがあんなに怒っているくせに、日本に刺身をおくってくるなんて、ちょっとへんじゃないの!”
ノルウェーもまけじと”いやあ。鯨はまああまっていたからね。むかしは、だまっていてもはいってきたし。”しかしながら、今冷静に考えると、むかし学校給食で鬼の先生がにらんで食べ残すことを禁じられていた時代、くじらだからこの竜田揚げ食べれない!といおうものなら、休み時間みんな、校庭でわーっと走り回っていた時間、ひとりかふたり、机のまえに、拷問のように残って食べるまで休み時間はなし。と言い渡された。

のこってしまったぜったい食べれない豚肉のあぶらみをあながあくまでみつめる。ちりもつもればで、肉から離されたあぶらみは結構あった。ちいさなちいさな1せんちにみたないかたまりが16-7コくらい。(これは私自身のこと。脂身は親が食べさせなかったから、学校でたべれなかった。口にいれると吐き気がしたもの。しかし給食の豚汁には安い肉ではないが、なぜか脂身がはいっていて、小学校のとき、わたしは地獄の苦しみを味わう。たとえば、あまってしまった脂身をボールのかどによせてじっとみつめる。そのあと、先生が食べるまで休み時間なし。ということばで、脂身をどうやってのみこむか?考える。ぱさぱさしてまずかったコッペパンーこれについては、日本人が以前パンがきらいなひとがいたとしたら、あの古い小麦粉をつかって作ったコッペパンの存在があったからではないかしら?時代は発展したもの。とにかくそのコッペパンの4分の一をのこしておく。半分にわって、そこに脂身をいれる。ところがコッペパンあぶらみサンドイッチは、まずさが相乗効果で大失敗。神よ!と祈る。ととなりに、牛乳がどうしてものめなかったふみちゃんがいた。ふみちゃんは日本人にしては赤毛のちりちりの女の子。ふみちゃんはミルクをまえにため息。涙をだしている。まわりの男の子がはやしたてる。”いい加減のめよ!”先生は教室にいない。外野がうるさい。時間がたって、みんな教室のそとにでた。そのとき、ふみちゃんは、とっさにわたしのあぶらみコッペパンをとって口にいれた。そしてわたしはふみちゃんのミルクをのんであげた。今から思うとどうして鯨の竜田揚げはおいしかったけど、豚肉のあぶらみはたべられなかったのだろう。くじらさんごめん。)

かりかりに焼けたおせんべいのような薄切りにしたポテトチップみたいなブタの皮をたべながら、昔宣教師が食べられた小さな南の島の海がみえる教会の庭で、給食ででたねっちょりした白身ブタニクを思い出した。

骨はちゃんと海近くの墓に埋められていたという。ちょっとは罪の意識があったのだろうか。そして200年以上たった今でも島の住民によってお許しのミサごめんなさいミサが毎年行われている。もちろん今の時代は、平和そのものの島。こういうふうに、食べるもの、動物の問題はとても難しい。日本人はウサギはペットだとおもっているから、うさぎちゃんが、皮がはがされて、お肉屋さんに並んでいるのをみると、めまいがする。馬刺しをたべる日本人を野蛮とおもうかもしれないけど、モンゴル系も馬は食べる。(チンギスハンの子孫であるモンゴル系のひとはプライドをもっている。中央アジアまでチンギスハンはDNAをのこしたが、今でも直系の上流の人たちは家系図などで系譜がわかるという。DNAは今も流れている。朝青龍にははチンギスハンのDNAが流れているとわたしは確信している。)

話は脱線してしまったけど、動物の狩りはかわいそうというわたしも、ベジタリアンじゃない。鯨も馬もうさぎもたべないけど、ブタは食べられる。今は脂身は、お料理のまえに切って、ニンニクとショウガと唐辛子をいれて油をじっくりとだして、お料理油として使う。だから無駄にはしない。でもぶたのあぶらみと毎回たたかって昼休み、のみこんだり、目をつぶってはなをつまんでいたわたし。鼻をつまんでミルクをのみこんでいたふみちゃんは、ミルクを今でも飲めないのだろうか。今ならアレルギーの問題でムリにのむこともないのかも。小学校から長い時間がすぎた。くじらの竜田揚げももうたべない。




ラジオでイースター復活祭の教会の儀式が放送されている。教会は、子供歌あり、ラップのようなリズムポップスみたいな歌。楽しいコーラスの明るいイメージ。今日は晴天。窓辺においた黄色い水仙のようなお花(イースターリリイ)がぱっと花を開いた。きらきら水面は輝いている。
by nyfiken | 2008-03-23 20:04
GLAD PASK!(ただしこのAの上にマルがつく。)今日土曜日はPASK AFTON と呼ばれる。明日はキリストが復活した日。昨日金曜日はキリストが十字架で亡くなった日。日本では十字架をみんなイメージしてしまうので、復活祭とかイースターといわれても、かわいそうなキリストがまた復活したという明るいイメージがなかなかぴんとこない。ヨーロッパでは、生まれ変わりの卵とかけたり、卵から生まれるひよこのイメージ。黄色の水仙のお花や黄色のフェザー。うさぎさん。卵の黄身など黄色がメインの色になる。実際ポスク復活祭イースターを境目にぐっと明るくなる感じがする。春がもうすぐなのに、雪が急にふってうっすらと雪化粧のストックホルム。

雪がなくて恋しいと思っているひとたちは、大喜び。犬もはしゃいでご主人さまにジャンプしたり頭突きしたりしてあるいていたのは、よっぽど嬉しいとみえる。(わたしにも頭突きして!と思わず頭突きをされているスウェーデン人とおいぬ様に怪しく近づきたい気持ちをぐっと抑えて歩くのは少しつらい。他人のかわいい犬ちゃんにちょっかいをだすわけにはいかない。みているだけ。でもみているだけでも幸せになるのは犬好きの定め。)いつもはとってもおとなしいストックホルムのめがねをかけたおいぬさまも、雪がふったら、ちょっと興奮して、はしゃいでいる。あのわんこちんたちも、きっとイースターのおいしいチョコをもらうのでしょうね。急に毛糸のぼうしやマフラーをしっかりかぶって手袋をして歩く。ここの人たちは、暦で洋服を選ぶのじゃなく、しっかりと窓の外にある気温計で気温をチェック。子供を連れた家族の散歩姿もたくさんみられる。太陽がさして明るくなる。午後に入り、気温がどんどんあがってきた。春よこい!これの期待感がいっぱいになるのが復活祭のスウェーデンの明るいふんいき。今日は窓から運河そいの散歩道をたくさんの人が歩く。でもママやパパのどっちかは明日のラム料理の準備や今日か明日のパーテイの準備。もしくは今頃タイか外国のビーチでビールをがぶがぶ飲んで踊っているかもしれない。踊っているで思い出したが、イースターがはじまる2週間前からテレビでバルト海クルーズの宣伝がばんばんと流れた。VIKING LINEは短いランデブーをして羽目を外したいスウェーデン人で一杯かも。テレビの宣伝はマホガニーのバーのカウンター。シャンペン。葉巻。あるいはプールサイドでねそべるホリデイーの映像で働き蜂の男女にターゲット。独身男性同士あるいは独身女性がのりこみ、バーかデイスコで出会いをもとめたり、あるいはお忍び恋人旅行など、いろいろなバリエーションがある。家族連れもおおい。値段がとてもやすい。日本の秘境温泉の旅にちょっと近い感覚。日常から離れてふたりっきりになりたいカップルなど、普段のまじめなスウェーデン人がはめをはずしたい場所。踊って飲んで食べて遊ぶといったパッケージツワー。時間があるひとは行ってみよう。

学校も来週の月曜日までイースター休み。おいしいキャンデーやチョコがはいったカラフル模様がほどこされた卵のケースいれてあげる。スイスのチョコメーカーリンツはウサギの形をした10センチの大きさのチョコを金色の包み紙で包みクビ元に小さな鈴をポイントにつけたものや、赤い卵型の大人っぽいケースにはいったチョコをヨーロッパや世界で売り出している。ベルギーのチョコメーカーは、イースター用のチョコレート詰めあわせをひとはこ1000円以内の手頃な値段でデパートスーパー中心に販売。ひよこ。卵からうまれるひよこさん。かごにはいった卵。リボン。うさぎの形をしたチョコがつめあわせではいっていて、箱のデザインともゴールドとイエロー中心にスーパーでは山とつまれていたが、ここ数日でかなり売れている。

スウェーデンの親たちは、色とりどりのアメやキャンデイーやローリーなどを買いそれを卵の形をしたケースにいれてあげたる。卵を使っていろいろなものを作ったり、ペイントするのは、やはり欧米の子供達の伝統で、1899年に出版された手許にあるスウェーデンのKAMRATENという当時の若者や子供むけのイラスト月刊新聞の1899年4月一日号の記事によると、子供のイースターの卵をつかったイラストのモデルをのせている.さあ卵をつかってファンタジーいっぱいに作品を作ってみよう!卵をボートにみたててカヤックをこぐこどもが卵の上に。卵の半分を帽子にしているなまはげの顔をしたおじさん。ガチョウの胴体が卵や、テントウムシのおしりの部分が卵。小さなまるいはっとをかぶって、おひげが上をぴんと向いている紳士。お顔のぶぶんが卵。サーカスのピエロみたいなふりふりのエリの衣装をきたはっとをかぶった子供の顔がたまご。シマウマの胴体がたまご。木枝の上にのって上目使いにきょろりとしていうrふくろうさんの顔がたまご。かわいいイラストは、1899年から卵をペイントしたり、ほうきにのった魔女。ロングドレスをきている昔の人たちのイラストから当時をしのばせる。


同じ号にアマチュアの人たちの若者向けにどうやってカメラをとるといいのか書いてある。当時日本はカメラなどめずらしいものであったはずだ。函館の博物館でロシア人だったか写真技師が函館城の武士?を写した珍しい写真をみたことがある。どれだけスウェーデンや欧米が当時進んでいたか、偲ばれる。ニコンやオリンパスが今日あるのはほとんど奇跡のようだ。日本人の血のにじむような努力あってのことで、100年われわれの先人達の努力がしのばれる。100年約5ジェネレーションとするとあと5代100年で我が国日本はどうなるのだろう。

復活の日(PASK DAGEN)でラム肉をいただくのは、ヨーロッパ各地のようだ。例にもれず復活祭の日曜日はスウェーデンのママ達は家族のためにラム料理を用意してきた。土曜日PASK AFTON 復活祭の前日は伝統的に少し早めの軽い夕食。1960年代のころ若いマダムだった今のおばあちゃんたちがどんなお料理をパパ達にたべさせていたのだろうか?

復活祭前夜 テーブルセッテイング。伝統的には、早めの軽い夕食。テーブルに色つきの羽(例えば赤十字の赤い羽根を黄色やオレンジと思うとわかりやすい)を枝の上にくくりつけたものを花瓶にいくつかさす。黄色のペーパーナプキン。黄色のキャンドル。黄色のしましまのテーブルクロスでもモダン。アクセントに水色のきれいな水入れをおくのは、1950年代の北欧アンテイックが好きなひとには50年代の食器にあわせてもおしゃれ。(当時のテーブルセってイングの本にイースターのデコレーションの粋な色さしとして、この水色の水差しを黄色のテーブルコーデネイトのアクセントカラーとして使っている)酢つけのニシン。新鮮なポ小さめポテト皮ごとゆで、大きめなボールに。キュウリ、トマトを切って大皿にかざりつける。6コキャビアとシャンピオーネ(白いマッシュルーム)で飾ったゆで卵・8分ほどあらかじめ冷蔵庫からすこしだしておいた卵を水からいれて80度から90度くらいまあまあ沸騰したお湯でゆでて、さめてから半分に切る。生クリームをかたくあわだて、半分にした卵の黄味の上にひろげ、薄切りにしお酢こしょうオイルにつけておいた白マッシュルームをかざり、キャビアをたっぷりのせ、細いわけぎねぎの薄切り(もしくは、パセリ、香菜でもいい)薄切りのトマトスライスの小さいのを飾る。

というのがレシピだが、わたしなら、今風にハンガリーやポーランドの卵料理風にする。もしくは、黄身を最初とりだし、生クリームとサワークリーム、クリームチーズをほんのすこしを半分にしてまぜ、少々塩胡椒をして、ハリサをちょっとだけまぜる。。ブランデーかウオッカを少し一、2滴たらし、まぜあわせる。きれいなビニール袋の箸をはさみでぎざぎざにきって、つめ、ゆで卵の半分にしぼりだす。その上に薄切りのトマト、紫タマネギのみじん切り、マッシュルームにレモンをしぼってオイルでマリネしたもの。キャビアをのせ、ネギのみじんキリか香菜、パセリをのせる。キャビアのすぐよこにちょっとだけゆず胡椒をつける。パプリカをふる。ルッコラ、葉っぱの野菜をサラダのようにこんもりと真ん中に。上にぱらぱらとアーモンド刻んだも。レーズンをのせる。松の実でもいい。周りをイースター卵でかざってみてもいい。品のいいバルサミコで単純にサラダはいただく。(オリジナルの応用レシピ。)

注)キャビアについては、日本ならデパ地下や紀伊国屋、明治や、横浜ユニオン、成城石井などや外国の食料品を扱っている地方都市のお店のチーズコーナーあたりの横をみてみると、(今は日本の地方都市のほうが、都心のデパ地下よりそろっていることがある。例えば青森の駅横のビルの一階のお店など、驚くべき品数と種類。渋谷のデパート地下東横のれん街より種類があるものもある。スウェーデンのジンジャービスケットの種類をすべてそろえているのにはびっくり!)あの吉幾三さんの出身街ちかくに五所川原市があるが、太宰の生家のある金木街に遊びに行ったドライブの帰り、五所川原の町中にできたショッピングセンターの中へ。入っている外国食良品店は、渋谷のデパ地下などより、はるかに欧米の物がそろっていたのは驚き。最近の地方都市は、すごい。地価がたかく、売れる物しかおけない都心のコンビニ化したデパート内の店が、思ったほどたいしたことがない。すべてのものをそろえる博物館的地方都市の外国食品店におされ気味だ。地方都市のお店でリンゴンジャムもジンジャービスケットの6種類をみつけた。、都心のデパ地下では、偏っている商品構成(大手のものやよく売れ筋)の傾向が最近あるように思うが、さて今度帰国したときにもう一度、渋谷西部の地下紀伊国屋さんをのぞいてみよう。リンゴンジャムなどがないのは片手落ち!でリンゴンジャムをお店の人が知らないのもちょっとお勉強不足。ジャムはなにもフランスやイタリアやアメリカやドイツやデンマークだけじゃない。大手のものだけじゃ、あまりおもしろくない。イギリスのものにしても、もっといろいろあるから世界のBRITISH SHOP などチェックしてどんな商品構成か調べてみよう。

デンマークのフェタチーズのオリーブオイルつけなどの瓶つめの横あたりに、スウェーデン製のキャビアが赤白ある。ロシアやイランのいわゆるキャビアと違って手頃な値段。なくても、近くのスーパーや魚やで売っているいくらをつかってもいい。日本ふうにあれんじするなら、ゆずこしょうをちょっとだけ。日本人はマヨネーズをこれにつかいたいところだけれど、このお料理にスウェーデンではマヨネーズはつかわない。しかしながら、今の時代のイースターテーブルはモダンな料理となっている。ここにあげるのは、1963年当時復活祭のテーブルに並んだお料理の一部。

白いカリフラワーを房ごとゆで、しっかり冷蔵庫でひやす。きつめに塩をきかせて塩ゆでした小エビを準備。カラをむいておく。新鮮な卵の黄味。スウェーデンのマスタード(SENAP)なければイギリスのマスタード。ヴィネガー。塩。こしょう。ヨーグルトか生クリームをまぜソースをつくる。味付けはお好みで。デイルを細かく切る。カリフラワーをお皿にかざり。その上にエビをかざる。むかし上からソースをかけたらしいが、むしろサラダのようにお皿のよこに、ガラスピッチャーにいれて、取り分けた人が自分のエビやブロッコリーにかけたほうがいい。またサラダ菜などで飾るのもいいかも。

イースターケーキとコーヒー。すべてをテーブルに準備。パンを切ってかごにいれておく。
スープはジャガイモと卵のスープ。チキンコンソメで、小さめに切ったジャガイモをやわらかくなったら、こしょう、コンソメで味をつけ溶き卵をいれる。温かくしてサーブ。お酒をほんのすこしだけたらすとおいしいかもしれない。


今から40年前の今のおばあちゃんたちが若いころ作った北欧の母親の味。1960年代。当時の北欧の食器は50年代からの流れをくんでモダンだ。50年代、60年代の北欧家具や北欧食器は日本人に大人気だ。当時の食器を手に入れた人は、むかしのこのレシピでためしてみよう。

次回は復活祭当日ラム料理のレシピ。とロシアとフィンランドの復活祭のお菓子。
by nyfiken | 2008-03-22 19:10

Mao Asada

Exellent Japanese Mao's figure skate performance stroke peoples' heart last night in Sweden..Even she falled terribly at the beginning of her performance, she stood up and started performing again and in fact she did quite well;It must have been so difficult after falling down, for her to change her mood and started concentrating again.Despites of these difficulty, just after a few second moment, she tried to perform even better.Never give up!

Audience from all over japan and the world even in Sweden, we were starring at her performance on TV.A young japanese girl just 17 years old.high school student from Nagoya.where toyota main office locates and never move out to TOkyo from nagoya.

What we learn from her, "Never Give Up mind just like samurai mind."Yes.You mao, you are woman but I can see ghost of samurai behiind of you.I have heard the name of one of famous samurai ASADA?Maybe her ancestor was he?Mao comes from famous place in Japanese history .Samurai sengoku era, NObunaga Odaand then Toyotomi hideyosi comes from her place.Aichi ken .All those strong samurai dominated central japan before Edo period.16century.Then of course nagoya Aichi province has Nagoya castle.Before edo shogun period, Sengoku samurai fighted against.When i watched asada's performance last night I could see samurai's ghost behind her and following her especially after the first failure. we call this protect ghost "shugo rei."



Anybody make mistakes , but the matter is after that incident , how we can stand up immediately , change mood and start performing again.It is tough .

We Japanese learn "korondemo tachiagaru daruma san no youni."nanakorobi yaoki,
Even we fall down seven times, but we will stand up 8th again.
This spirit and guts lead mao winning the first price,

Mao started her skating from 5 years old from her interesting.She is from Nagoya where is famous for Toyota.Nagoya is between Tokyo and Osaka. In fact we japanese say Nagoya merchant is quite talented.Even when all japanese companies in TOkyo or Osaka did not have power after the bubble econmy, Nagoya companies were quite challengable and never gave up.
Nagoya" owari "people ha.ve quite strong guts. and very smart merchant in modern japanse history.HIdeyosi toyotomi was just a son of farmer, but he became the most powerful samurai starting from the person who arrange and change the direction of shoes for guests samurai at the entrance of Oda nobunaga castle.He was just a kind of cloak man, but at last Hideyosi became strong top of samurai .then after TOkugawa will come.We japanese learn our samurai history and philosophy how to deal with and how to perform and not to perform and how to fight from their samurai 's success and their failures.

Mao is quite young Japanese girl, I remember one thing.It was 2006 before Torino olympic , she won all competation in Japan, though she was too young only 14 years old so she could not be entitled as the representative in japan since over 15 years old only can be sent to Torino from japan. Her tears. ran.Just a matter of her age She had to give up.maybe just a few monthes if she were born before, she could have gone to perform in Torino.when I heard this on the radio in Japan, I felt trully trully sorry for her then.3 years passed , now 2008.sheis not junior high school student anymroe, she is second of high school student.in fact in nagoya where toyota locates there is famous skate club and very talented coach Japansee ms.K trained her even Miki ando.I think this Japanese figure scate trainer for girls must have played a exellent role;

when i was a girl, figure skate player's winner were dominated by America and Russian?and all asian girls were watching TV and trained at the vilalge or town club having girls's dream.One day i would like to perform in the world competation.Little Japanere girls falled down many many times , but they never gave up , after 12 years later she finally could perform in front of the world audience even she falled again , but she did not give up till the end .

Miss Ando Miki  who abandoned performance on the half is a  like TV star in japan, she is pretty and quite attractive and matured.Last year she won the first prise, then this year in sweden while she was practicing, she was suspected being broken some parts of her legs Probably it was everything on her as if she tried or not.DOctor must have toldher if you want ...but I trully can not say you should or not.So she decided to try and to see how she could or not.This also another way.She did not want to give up before trying again.Though it was quite pity.We will see next time when she reovers.She could have said, i would cansell the game, but she tried her best.She did not have to appear, although she tried,.So this is also "never give up mind , until the last i tried."in that sense we should not misunderstand her miki ando, she looks like a bit geisha , but in fact she was the one who falled down so many times at the international competation , thogh she neve gave up till now.I hope her leg will be all right .HOpe they enjoy last days in Sweden and do shopping and buy something nice things from Sweden.

As I am japanese, I was so happy to hear our beautiful national song sung by swedish chorus group perfectly and beautifully.The japanese national song's poem is old japanese language.i imagine how diffiult for them to memorize old Japanese which is our national song.I krapped hands for that swedish singers.Mao, thank you for your brave and never give up spirits!we Japanese women from the all over the world.We are very proud of you.Arigatou.
by nyfiken | 2008-03-21 22:58
女子フィギュアの競技がスウェーデンの夜ゴールデンアワーに生中継された。折しもこちらは復活祭の休み。国民ほとんどのひとがテレビを観ていた。南のイエーテボリから。昨日からスウェーデンテレビのウェッブテレビのサイトでは、既にまおさんの演技が特別ピックアップされて流れていた。友人宅でみなで集まって夕食をいただき、シャンペンをいただきながら、女子のフィギュアをずっとみていた。なかなか競合ぞろいで、果たして日本の女性がどこまでいくのか?みんなで手に汗をにぎりながら、どきどきしながらみた。

ヨーロッパ選手権でも以前みかけたイタリアの選手は、以前より大分実力をのばしたが、個人的な意見でいうと4位似ついた日本人選手の演技のほうがはるかに、会場の受けあるいはテレビをみているスウェーデン人には、完璧な日本人の演技として映ったはずである。しかしながら、スウェーデンの解説者も昨日から韓国の選手をかなり注目して前評判がたかかった韓国が3位。。安藤は、スウェーデン人の一般には、美しい東洋の魅力的な女性として映ったはずだが、残念だった。お化粧も髪型も衣装も安藤自身も今回が一番美しくみえた。しかしこういうときに本人ですら無念な骨折の可能性など、本人の気持ちを考えると、大変無念である。安藤が途中で棄権したことが、逆にまおさんの優勝にも一役買った。

まおさんが、さいしょにすってんと予期しない転び方をし、その後もしかしたら、演技をやめて安藤みたいに、途中棄権をしてしまうのではないか。と一瞬その聴衆、テレビをみている世界中の視聴者は思ったはずだ。特にヨーロッパは復活祭。ほとんどのひとが夜テレビでこの番組をみていたはず。すってんところんだ日本女子のスケーター。そのとき、かすかに安藤みたいにやめてしまうのでは?(日本人女性はやめちゃうかもという最初の印象が強かったから)そしてまた滑り出して、強いプレッシャーそして心の動揺を乗り越えて、見事に滑った。

たとえ失敗してもいつものように、いや今まで以上がんばって滑ったことに、審査員の評価が高かったはずである。その点についてスウェーデンの解説者も、言及している。みんな、はらはらみたが、最後には立派に滑り終わったまおさんの演技に魅了された。日本女性万歳である。やまとなでしこ。そう。わたしたちもみんな見習おうね。あきらめないで最後までやること。

失敗してもあきらめずに最後まで、プレッシャーにまけずがんばること。この姿はテレビをみているスウェーデン中のひと。ヨーロッパ中。世界中のひとに感動を与えた。弘法も筆の誤り。普段できたことでも、その時思いがけず失敗することだってある。でもそのあとすぐ気持ちを一瞬できりかえて、前に進む。その姿は、今夜子供からお年寄りまでのすべてのひとを感動のうずにまきこんだ。日本語であいさつしたのもよかった。日本語で通訳をつけるのは、むしろ伝わる。みんな日本語がどんな言語か興味があるからだ。通訳は経験がある人で、非常に言葉のたりない部分まで補って、まおさんをフォローしてサポートしている通訳を完璧にこなした。選任に適任で正解。

スポーツ大会で、日本の代表になると、観る方は一人をみて日本人ってこうなんだ。という印象をもつ。しかしながら、今回の大会で、日本女性が健闘したことで3人3様の違った日本人日本女性の演技がみられた。日本女性やるじゃん。日本女性に対するヨーロッパの不思議な憧れは芸者だけではない。やはり演技をみていて、日本人女性のもつたおやかさ、しなやかさ、あるいいは内面からでてくる東洋の不思議な美はある。わたしは、自分がやまてなでしこでありながら、海外にいて、客観的に日本女性をみることができる。目はヨーロッパ人の男性のレンズでみることもできる。どうしてヨーコオノがジョンレノンに愛されたか理解ができる。昔日本にだけ頃はわからなかった。今なら理解ができる。日本女性のなにが魅力的かといわれたら、それを描写することはできる。これは、日本女性を愛したことのある外国人男性ならきっと気がついているかもしれない。


安藤は、途中で棄権した。骨折の可能性があり、彼女の判断は的確である。選手生命は長いから、一生すべれなくなるようなけがは避けるべきである。しかしながら、観衆は、転んだからやめた。と思ったかもしれない。日本のスケーターの女性はやわ?と一瞬思ったはずである。次にまおさん。どしーんと最初おもいがけなくはでに転んだ。転び方が半端じゃないから、あれだけ転んだら、なにも怖くないだろうと思うくらいだ。本人曰く心臓がとまりそうなくらいびっくりした。という。そしてその後転んでもすぐ気をとりなおし前向きにあきらめず、もっと上手に滑った。そこで日本女性のスケーターにたいして、棄権した安藤とは違った印象をもつ。そして第四位の日本女性のスケートはミスがなく転ぶこともなく、完璧なできで堂々とすべっていた。ふたりのすってんと転ぶ日本人女子のスケートでみなあら日本人てころぶのね。という印象が4位の堂々とミスがない落ち着いたスケート。3回転ジャンプが3回になろうとも、演技上はどうどうとしていた。日本人もいろいろなタイプがいるということを世にみせいい機会のスケート競技であった。

友人の小学生の男の子が、可愛くもまおさんが滑っているときに最初すってんところんだあと、あまりにどきどきして、心臓がはりさけそうになって頭からすっぽりジャケットで覆いながらこわごわみていた。日本の男の子もスウェーデンで手に汗をにぎって、心臓をどきどきさせながらみていた。愛国心小さな子供。だれも教えないのに、自然にめばえている。それにしてもどきどきしてまるでホラー映画をみているように、手に汗をにぎてみている子供が、日本をあれだけ応援しているのをみて、また感動した。異国にいてインターナショナルに通っていたって愛国心は消えない。応援ぶりや思い入れが大人以上にびっくりした。子供ってすなお。

最後表彰台に上った優勝した選手の国歌。スウェーデンの今回の大会では、若い男女のコーラスで国家をその国の言語で歌う。君が代は完璧にスウェーデン人が演奏なしで、歌った。歌声は会場に響きそしてスウェーデンのほとんどの家庭のテレビから流れた。わたしは、誇らしい気持ちで、君が代をはればれと聴いた。演奏がなく生の声だけで歌う君が代のメロデイーのなんと品がよくて美しいことよ。まおちゃんありがとう。今回の日本女子の衣装がすべてよかった。安藤さんのメークも上手で専門のヘアメークのかた。ご苦労さまでした。そして4位におわってしいまったけど、衣装も演技もすばらしく、スウェーデンの人は、美しい演技に魅了された。プログラムの組み方をもう少し工夫するときっと優勝も夢ではない。2位のイタリアが特別すぐれているとは思わない。前評判の高かった韓国の選手も楚々とした東洋の美しさがよかった。できることなら日本韓国で一位から3位まで独占したかった。今後にきたい。真生さんの転んでもあきらめない。あの姿は世界中の人(南の島からヨーロッパ中アメリカ大陸、アフリカ、アジア)を今夜感動させた。すばらしい。演技やテクニックがすばらしいだけではない。思いがけない失敗を突然しても、一瞬にすぐ気を取り直して、前向きに進む姿が、世界中の人に感動を与えた。その勇気と集中力とがんばりは、日本女性に勇気を与え、私たちがこれから世界中で、どんな失敗をしても、へこたれず、気をとりなおしてまえむきにすすむことを、メッセージとして今夜しっかりとうけとった。安藤の途中棄権は図らずもまおさんの棄権しなかったことへの評価が高くなるきっかけとなり、日本人同士の不思議な助け合いとなった。おつかれさまでした。スウェーデンのおみやげはなにを買われますか?報道人、テレビ局関係者おつかれさま。スウェーデンのピザでケバブピザを食べてみてくださいね!お帰りはコペンハーゲン経由かしら?今夜はゆっくりお休みになられますように。

スウェーデンテレビでウェッブテレビを流しているから、映像を繰り返しみたい人へ。インターネットに接続していたら世界中でみえる。ゴーグルに入力、svt.seクリック。 SVT .SE STARTSIDAをクリック。テレビ局のサイトになる。そのなかのSPORTをみつけてクリック。したのほうにフィギュアの写真もあるかも。一番上にもSPORTのみだしがあるから、クリックしてみよう。
by nyfiken | 2008-03-21 09:34
世界の大学のランキングが発表された。相変わらずアメリカの大学が上位ほぼ10位をしめている。ハーバードが一位。10位がオックスフォード大学。その間はほぼアメリカの大学というランクつけが中国上海の大学の研究所によって発表されている。。どういう基準かということについては、ノーベル賞受賞者のかずやいろいろなファクターがある。アメリカがダントツだ。何年かまえの雑誌エコノミストにたしかヨーロッパからの頭脳流出危機という記事をよんだ。

ヨーロッパから研究者がアメリカに流出するのは過去10年いわれている.
フランスイギリスドイツ大陸ヨーロッパも問題を抱えている。雑誌や新聞で論じられている。アメリカには世界からの優秀な学生が集まってきたこともある。潤沢な研究費が回っていくシステムができあがっているのだろうか。ヨーロッパの大学は、先細りである。大学が研究者にお金を払うのではなく、研究者がお金をどこからかもってきて大学に納める。大学の給与の高い事務職人のお金をも研究費から。研究者が自分で給料もみつけてきて自分の給料を支えることを外国人研究者に求める。自国の研究者は教授レベルは払われる。しかしほとんどは、クリニックで医師としての給料で研究はサイドにする医者が多い。大学運営費や事務費を支払わせるといったシステムは、ヨーロッパではごく普通のことなのだろうか。大きな総合病院や研究所の箱を作るお金作りに賢明だ。問題は今まで十分に使える建物をこわし、今住んでいる人たちのアパートの立ち退きをするお金を捻出するなど、国をあげての国家プロジェクトとしたは聞こえがいいがずいぶん強引なことをやっている。大学の関係者のなかには、むだなお金を使う方向が間違っているという声もきこえてくる。すべては政治だ。政治が研究の質をさげることもできるしあげることもできる。今スウェーデンでは、建築業に支払うお金がかかりすぎて人的なほうや研究自体あるいはアドみにお金が回らない。すなわち、あるものをお金をだしてこわし、立派な建物をつくることにのみお金を使うが、そのひずみがいろいろなところにしわよせがきているという話をきく。この関連の新聞記事あるいは、週間の比較的硬派な雑誌FOCUSなどにもとりあげられるが、若い大学院レベルの生徒は国際的にいろいろなところから集めてくるが、それ以降はスウェーデン人を中心に大学のシニアスタッフがそろえられる。ここは、過去の研究の成果を評価するより、いくらお金を集めてくるかで評価がきまるという噂まで聞こえる。どうしてこのようになってしまったのだろう。すなわち、建物にお金がかかりすぎるからだ。あたらしいプロジェクトがどういう経済効果を生み出すかは知らない。ストックホルムは、新しい国立図書館のプランをみてもこの病院大学のプランをみても、本当に必要なプロジェクトなのだろうか?もっとお金をかけるところがあるのではないかと危惧するところである。新しい国立図書館はいいけれど、図書バスで田舎を回っていた動くライブラリーが新しい政権になってどんどん減らされて地方の人は、それまでの利用ができなくなった。インターネットがあるからという理由はすべてのひとがコンピューターを買えるあるいはブロードバンドを使える経済状態にあるかどうか?年寄りの足の不自由なご婦人はコンピューターは使えない。本が唯一楽しみな一人暮らしのおばあさん切り捨ての声が聞こえてきた。オステルマルムのドルチェがッパーナのお姉さん達にだけ本を読ませたいのだろうか・新しい政権が経済の発展をすすめていくのはわかるが、地方の格差、弱者切り捨て、移民教育の縮小など今までのスウェーデンの社会党が勧めてきた社会作りとは違う方向に進んでいるような気配がする。そう今スウェーデンは田中角栄氏が以前立ち上げた列島改造論的、さあこわせあたらしいものを作ろうといった躁状態にはいっているのかもしれない。古い物を大切に使っているはずのスウェーデン人もいるはずなのに。このことは、今オデンプラン駅周辺開発でももめている。そのことについては別の日に。わたしはスウェーデン人ではないが、ちょっとスウェーデンが今新政権にはいってから、風向きがおかしい。発展するのはいいが、なにかが違っている。北京のオリンピックで文化的な中国の家4合院がどんどん壊されたことを嘆くスウェーデン人は多い。またオーストラリアのウールは羊がかわいそうだといってヒステリックにテレビやマスコミでさわぎとうとうオーストリアのウールボイコットを大手のファッションメーカーH&Mなどで、わたしたちはオーストラリアのウールは買いません!!と発表した。ならば、どうしてスウェーデン狩猟協会では、狩猟と武器ということで、しか、うさぎ、いのしし、となかい、おおかみ、野犬を狩猟するのだろう。狩りはこどもたちも大人も楽しむもの。と彼らはいう。さあ、となかいやしかやおおかみを殺そう!じゃあオーストラリアの毛を刈られる羊はかわいそうでも、自分の国の森でずっと住んでいたオオカミやウサギやイノシシやしかやとなかいは銃で殺して、スポーツであそんでいいの?この協会のサイトは、スウェーデンのjakt forbundedで検索してみよう。そこにはニコンカメラの会社もサイトの中に、ウェッブ狩りスクールというところで、コンピューター上で4つの別々な動物を狩りをする仮想狩りのページでカメラのレンズを使って、コンピューター上で動物を殺す練習?に協力。もちろんビジネスはビジネスである。ヨーロッパはある意味では森の動物を古代から狩りをして生きてきた。また狩りは、スノッブなお金がある人達のスポーツで、生活保護をうけているおじさんたちが、狩猟犬をともなって狩りをしにいくことは聞いたことがない。サイトには私も愛する美しいおいぬ様のりりしいお写真が今月のおいぬ様としてのっている。それはいいが、武器そして動物を殺すことに生き甲斐をあるいは自然とのたわむれの楽しみをもつ人たちが存在する自国の問題をもっと一生懸命とりあげるべきだ。オーストラリアのカンガルーを食べるのを非難するより、自国の子鹿やトナカイを食べることをもうちょっと危惧したほうが?と思う。もちろんスウェーデンの動物愛護の団体は精力的に活動している。

銃をむけて、殺す狩りのほうが、オーストラリアの毛を刈られる羊よりかわいそうだと思う。そして協会はサイトで今日も、しかにやられた牧羊犬の写真を載せている。これはひとつの例だ。すなわち今スウェーデンの人たちが、みえているものとみえていないものがあるのではないか?とふと感じる。いままで30年こつこつとやってきたお花の本のコレクションのお店。わたしがとっても気に入っていたストックホルムで一番魅力的だった古本やはずっと何年も同じ場所でやっていた。それがシャンデリアがぎらぎらしたチープな不動産やになった。セレクトショップで、日本の雑誌にのったc/ostockholmもつぶれて、そのあとは、若い中学生か高校生くらいの子がきるginatricot。これはチェーン店でありがたみがない。そういった大手のお金で個性的な個人のお店がどんどんつぶれていっている。いいものがなくされ、お金がもうける商売が大きな顔をだす。どういう人間が今ここのスウェーデンの経済をうごかしているのかは知らないが、スウェーデンが唯一すばらしいところというのは、そういった個人のひとが個性でやってきたオタクのお店やこつこつあつめたものが売られるお店があったのが、どんどん新しい政権下つぶれている。

スウェーデン国籍がありスウェーデンで教育を受けた人がまず第一となるのは理解ができるが、それ以降の研究者は、多くの優秀な研究者に予算をとらない。建物にお金がかかりすぎて、今スウェーデンでは、社会党時代にはもっとゆったりとした教育が行なわれていたのに、政府が変わったトタン方向ががらりとかわった。MONEY talksの場になってしまっている。外部の人間だからはっきりと言えるのだが、内部の人間はみな口をつぐむだろう。だから優秀な中国人のドクターでも、知り合いはハリのクリニックを開業したし、もうひとりはお店をひらいた。いまだにスウェーデン派閥があるともきく。

アフリカ人やアジアの人は下働きに徹している。外国人雇用も3ヶ月6ヶ月など、試用期間身分不安定な雇用状態。ただしこの国は怒った人が勝つこと多いので、差別を理由に裁判をしている人たちも多い。3Kの仕事は外国人というのは同じ。移民は、次の世代の子供達に思いをたくす。2代目にてようやくスウェーデンで教育をうけてスウェーデン人になった子供が大きくなってようやくこの土地に土着する。典型的移民の姿を周りで連日みかける。もちろんスウェーデンのいいところはたくさんたくさんある。しかしながら事実は事実だ。わたしが感じるということだけでなく、新聞雑誌でとりあげられる。スウェーデンの社会主義がかんぺきではない。あぐらをかいてきて効率が悪いので怒って新しい政権が連合政権として発足した。どんどんいろいろな職場や学校で方針ががらりとかわっている。移民教育は、今まで通りにならないだろう。お金がないという。それでいてイラクから何万人も戦争難民をうけいれている。おそうじにバイトにいって時給1000円働いてお金がない底辺のひとから、400円近くの税金もとる。残り600円3時間バイトして1800円、往復の電車代が1500円だから3時間の給料はしめて300円。これがありえるのかというと移民に限ってはあり得る。実際そうやっても働いている人の話をきいた。電車の定期が変えない人は初乗りとなりの駅まででも800円。商売をしているひとから7割の税金をとったら、どうやって暮らしていけるのだろう。スウェーデンは天国ではない。よーく虫眼鏡でみるとこういうこともみえてくる。その人のおかれた立場になってみないとわからない。


研究の話にもどる。アメリカは、そういう意味では、歴史は新しいが、研究は、もっとお金をだすから大陸からどんどんとむこうに渡っていく。スウェーデンは北のヨーロッパの小国だが、ノーベルのダイナマイトのおかげでずいぶんとイメージがアップした。もちろん大学は古い歴史がある。ただインターナショナルという意味では、海外からの学生は多いが、やはりスウェーデン語ですべて事務が主流に行なわれることを考えると、環境的には、どうしてもイギリスアメリカに比べるとインターナショナルとはいいきれない。

高い税金と事務費の高さはさることながら、日本では決してあまりむだに簡単に建物をたてたりこわしたりしないが、どうやらみていると、スウェーデンはまだ使える歴史的な講堂をこわして、スポーツクラブの部屋に変えたと思えば、何千マンもかけてたてたプレハブであっても研究ビルを5年で壊してしまうとか。計画的なスウェーデン人にしては、なんだかあまり長くものごとをかんがえていない。またトップダウンなので政治がかわって上の方針ががらりと変わることでかわるといった内部事情がみえてくる。スウェーデンでは、大工さんはぜったい仕事にあぶれない。なぜならいつもどこかを壊して直してやり直して。年柄年中修理改築工事が公共プライベートのビルで行なわれている。日本は地震もあるから、やるならきっちりとお金をかける。そんなに改装を毎回毎回やらない。しかしながら、スウェーデンではいつもショッピングセンターデパートのある売り場、空港の売り場、改装中なのである。天井から電線がぶらさがっていて、日本ではああいうまるで劇場の大道具のひとが部屋を作りました!といったかんじで簡単につくりかえることはしない。よく劇場の上が回転して半分が洋室のソファくるりとまわって茶の間。そういう感じで簡単に部屋を模様替えしたり壁紙をちょっとはったり。わたしが思っているヨーロッパのいめーじというより、スプライトみたいにかえちゃいましたーという軽い感じがどうしても否めない。手をかえ品をかえ?でもそこがいいところだと思う。創意と工夫。絶えず前進しよう。おしてもだめならひいてみな。昨日は豚の挽肉をならべたけど、来週から全部変えてゴーダチーズやエメンタールチーズとかここに並べようぜ!そしていつもの棚に自然にいってブタの挽肉があるところにない消費者は、一瞬考えて反対の棚をチェック。やっぱり変えたんだまたー。スウェーデン人は、あきやすいのかも。だからすぐに別れちゃうのかなあ。とちょっと皮肉っぽい今夜のわたし。今夜は何を食べたのかしら?食べ物で気分がかわる。こぶりに切ったチキンの肉、ズッキーニ。タマネギ。なす。を特製トマトクリームソースであえたスパゲッテイ。ウオッカをスプラッシュしてかけるのがこの料理のポイント。

スウェーデンは地震がないから内装はちゃちにかんたんにできる。地震大国日本からくると、あのたてものの天井の電線をカバーしているものなど、かんたんに天井につけられているけれど、あれをあのまま日本にもっていったら、ぐらりといっかい震度4がきたらはずれてしまうだろう。ここにすんでいると棚にグラスをかさねたり、日本では決してしないことをどんどんやる。つくりが簡単なもの。これはスウェーデン式。きゅっとはめるとかちっとかんたんにくみたてられるとか。

1960年代からあるいは70年代建物がたりずにスウェーデンでは安いアパートをどんどん建てた。それらのアパートは今住むのが危険だけど、それを立て直す予算がないという。住民はどうするのだろう。新聞で住民が困っているといった記事を読んだ。30年後のことなんかあまり考えなくてやったことだろう。計画をいったんたてたら、それが実情にあおうがあわなくてもよくてもそれをやらなければ気が済まない。これはスウェーデン人特有のものなのかゲルマン系にきょうつうするのかわからない。最初この話をきいて耳をうたがった。昔たったアパートはむしろきちんとたてたという。100年前のアパートがしっかりしていて、たかだか30年か40年まえに、やす普請でどんどん建てたのは危ないとは。

いずれにせよ、こうしてみるとスウェーデン人の2面性がみえる。計画をたててこつこつとやることに生き甲斐があるひとたち。しかしながら貯金をあまりしないで、あると全部家の改築やアパートの改装あるいは電気製品や車、ホリデイにつかってしまう。子供の教育費はただ。老後はペンション。そして医療はただ。といったのがあまりスウェーデン人に危機感をもたせてこなかった。こつこつやる計画的、計画やルールに従う。一方でヴィキングの血が急にさわいで、えいっと深く考えずに、ものをやるが、あまり長いビジョンがないから、建ててしまってからすぐにやっぱりだめと壊すような部分がある。試行錯誤といえばいいけど。日本の年度末の道路の突貫工事も問題だけど、ここのショッピングセンターの年柄年中どこかの工事は進歩の証か発展の証かもしれない。ウイーンの空港みたいに一度建ててしまったら、蛍光灯が工場の光みたいにあたって色気のない空港も、建ててからほとんど改築などしないのと、改良に改良をかさね、照明も売り場もどんどんおしゃれになっていくストックホルムの空港とは大違いである。

最近スウェーデンの大学は箱を作るのに忙しく、非難が連日のように雑誌、新聞でみかける。ある建物を壊して、そっくり大きな格好がいい大学や病院をたてるのはいいが、本当によく考えてやられているのかはわからない。

そういった箱をつくるのにいそがしく、かけるお金を十分に研究者や人的なものにまわさないという指摘が先日こちらの週刊誌FOCUSで指摘された。箱作りばかりに集中させている間に、いろいろな部分でマイナスがでてくる。モデラートは背後は経営者の集団だから国を経済的によくしているが、社会主義でやってきたよい点を継承しているとは思えない。社会党の道を今方向転換してありとあらゆるところで、にわかつくりのインスタントラーメン的急な方向転換は必ずスウェーデンの将来に大きなつけがくるのではないかという予感する。改革は急にやったらひずみがでる。街がかわりつつある。スウェーデンらしいいい店がつぶれてアメリカ型のチェーン店がはこびるような街になってしまうのか不安である。いや、もうそれははじまっている。


スウェーデン人の中からも疑問の声をきく。ノーベル賞をだすひとが、偉いのではない。賞を選ぶひとたちが、どのくらいのレベルなのかは、わからない。気楽な批評家はわたしのブログの中国料理のランチがおいしいだのおいしくないだのの低いレベルから存在する。中国の大学が世界の大学をランクをつける批評家になるのも、どこがおいしいと決めるミシュランも批評家は世の中でおいしい職業であるということは間違いがない。そういうわたしも、一番きらくなおいしい批評家に徹している。

メロデイフェステイバルみたいにSMSの投票で民主主義で選ぶほうがよっぽど民主主義に徹しているかもしれない。賞というものは、それを与える側に長年の権威によっかかってきた人たちのおごりがしらないまについていくのでは。スウェーデンが裸の王様にならないことを祈る。もちろん識者が選んでいるのはたしかだが、そこに権威のおごりがみえかくれすることに問題が生じる。
ダイナマイトを作り、自分の兄か弟が実験でなくなり、簡単に人を殺す道具になる戦争のもとになるものを一生危惧して亡くなった本人の意志をついだスウェーデン人はすばらしい。

アインシュタインは、天才かもしれないが、おかげで、日本人は広島と長崎に原爆をおとされたくさんの人が亡くなった。ユダヤ系ドイツ人の彼は祖国ドイツからアメリカに逃げた。ヒトラーに原爆を使われるのをおそれた。にルーズベルト大統領にアメリカで原爆を使うように勧めたのは本人だった。ユダヤ人が憎むドイツヒトラー。アメリカへわたした原爆の作り方は広島と長崎で2回も実験された。1922年に上海経由で日本へ来て、親日家だったはずのアインシュタイン博士は結果として、悪魔の手に渡った原爆で、膨大な日本人を原子爆弾で殺してしまった。1905年にもしそれから40年先のことがわかっていたら、それは発表しなかったと本人が泣いて悔やんだという。どんなことがあっても人間を殺す兵器として、自分の発見をアインシュタインがルーズベルト大統領に進言したのは間違っている。右の頬たたかれたら左の頬をたたき直すといったリベンジ。戦争はいかなることがあってもよくない。愚かしいことをどうして永遠に続けるのだろう。

科学の進歩は、利用のしかたを一歩間違えば、アインシュタインが思う思わずにかかわらず知らない間に殺人犯となってしまうのだ。かといってわたしたちは、博士を嫌うわけにはいかない。アインシュタインがアメリカ逃亡ができず、ヒトラーが原子爆弾を手に入れていたら、今頃ヨーロッパや世界はすべてドイツ語圏になっていただろう。スウェーデンもドイツ語を話すことになっていたことに。ユダヤ人のビルゲイツ氏のお父様がいなかったら、今頃わたしたちは、こうやってコンピューターでメールをかいたり、送ったりブログを書く世の中にならなかったかもしらない。いやアップルがあるさというが、安くなったのはマイクロソフトやアップルが競争したからだ。瞬時に世界の人が言語さえわかれば、ストックホルムでこうやって月夜に書いているこの文章を同時に、南の島のビーチでシャンペンを飲みながら読んでいるひともいれば、アメリカ会社の仕事中にちょっとだけ気休めによんでいたり、東京の山の手線の列車の携帯で同時に読んだりすることなんてできない。

日本には原爆は落ちなかったかもしれない。歴史は、本当にちょっとしたさじかげんでかわってしまう。。アインシュタインは、西洋社会ではヒーローである。博士にいわせると非個性的なおひとよしの日本人(日本を訪れた時の印象)は、原爆とアインシュタイン博士のことをまったく別のものとしてみる。だれも彼を憎むひとがいない。しかたがないと思っている。本当にしかたがなかったのだろうか。科学者はどんなにすぐれた発見であっても、その試用の権利を他人にゆだねるのはやめるべきだ。お金がわたされても、最後まで自分の意志でそれを使うか使わないかの意志を言える立場に置くのが大事なのではないだろうか。私個人としては政治家(当時はルーズベルト大統領)にどうして原爆をおとすことを勧めたのか未だに理解ができない。たとえ当時それが日本ということがわかっていてもいなくても(実際はアインシュタインはヒトラー住むドイツに落として欲しかったはず)、戦争に科学を使うことを進言したことは間違っている?もちろんユダヤ人をあれほどひどい目にあわせたヒットラーの狂人ぶりは決して許されない。ならば、どうしてアメリカはアインシュタイン博士が思っていたドイツに使わず日本に使ったのだろう。アジア人ならいいという人種差別があったのではないだろうか。

アメリカの経済ドルが今安いが、冷静に考えると、あの国はいつも戦争をしないときは経済は下向きになり、戦争がはじまるとあの国はドルが高くなる。汗水流して働いたお金がお金をうみだす経済ではもうないアメリカは投資やお金がお金を生み出すシステムでうごいている。アメリカ経済があまりわるい材料がないのに、今ここにきてドル安が進むのは、少々動きがおかしいけれど、おそらく楽観しすぎていることで手を打つのが後ろ手にまわった最初の判断ミスとも言われているが、よくわからない。経済の専門家がずらりと並ぶアメリカのこと、もしドルが安くなって、経済が悪いなら、また戦争をはじめるのでは?という悪い冗談もきこえる。ドルが安いときに、アメリカのものはよく売れる。はてアメリカのマクドナルドが安くなったという話もきかないし、コカコーラだって値段はおなじだ。

チベット問題は、中国がどういうことをおいても火事をだしたくないだろう。買収してでもチベットを今静かにしておきたい。オリンピックで、巨額のお金が投資され、またこれからもっとお金がはいってくるわけで、ここはぐっとがまんしている中国の顔がみえる。中国は賢い。あの競争を勝ち抜いて今国を動かしている人たちは9年の大学入試がないあとにようやく大学受験が始まった40代後半以下の人たちだ。エリートは、競争を勝ち抜いてきた本当のエリートだから、頭がとてもいい。その人達は愚かでは決してない。また海外の中国人との連携で、あの国は動いている。まったく孤立して一匹狼で古い権威や古い考え方にだけ固執しているわけではない。ただチベット問題は、少数民族が多い中国では、全国統一を安定させない限り国の繁栄がない。なんとしても平和に対処したいところであろう。

月夜に月の明かりできっと興奮してしまったのかもしれない。わたしはスウェーデンが好きだ。もちろん日本も好き。だからときどきこうやって辛口になる。全部正しいとは思わないけど、心で感じた物を正直に書いてみた。外国人だから、だい3者の立場でものがいえる。私個人はまったく利害関係がないが、新しい政権になって感じたことを思ったままに書いた。もちろん今の政権がキライだということではない。ただちょっと変だぞ。とナマズの地震のまえの予知のようになにかを感じているだけだ。女の第六感は侮れない?トップがよくないと国は滅びる。資本主義はいいけれど、スウェーデンらしさがどんどんなくなって、そのうちここはみんなキイウイフルーツになってしまうのだろうか。
by nyfiken | 2008-03-20 08:20