スウエーデンの面白いものたち


by nyfiken
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<   2008年 06月 ( 13 )   > この月の画像一覧

金曜日夜遅く、スウェーデンのテレビ局でフランスの名作アランドロン主演の太陽がいっぱいが放映された。若いアランドロンのおなかをすかした若者は、まだ海のものとも山のものともわからない若者が映し出されている。

"太陽がいっぱい”の映画は、夜遅くみるといい。白夜の夜、11時過ぎになってもまだ対岸の通りを歩く犬や人が見える明るさ。ぱちんとなにげにテレビをつけてみた。荒削りで、粗野な若き日のアランドロンが、画面いっぱいに。フランス人の貧しい男。ナイフとフォークの使い方も知らず、手で肉をたべるシーン。貧富の差は、永遠のテーマだ。貧しい生い立ち。

この映画は、みる側の年齢によってずいぶんと見方が変ってくる。見えない物までみえるのは、人生を生きれば生きたほど、物事はよく見えてくる。それは、ストーリーだけではなく、細部のデテイルの小物までだ。太陽にいっぱいは、10代、20代、30代、40代、50代から80代、90代と年齢を重ねれば重ねるほど、種明かしのマジックのようにもっとみえてくる。だからこそ、この映画は、シンプルでありながら豊かな名作品だ。

アランドロンの若い少年から青年の美しさは、わたしが、10代の時、20代の時にみたより、同じ年代だったときには、まったく気がつかなかった美しさに気がつく。目が肥えたのだろうか。女性も、年を重ねると男性を見る目がでてくる。また外見の薄っぺらな表皮だけではなく、その目の奥にひそむ脳や心の奥も、年をかさねるほど見えるようになる。

それにしても、アランドロンの服が、あまり古ぼけてみえないのはどうしてだろう。圧倒的に魅力的な目をみながら、人間をうつくしくした、自然のかけあわせ、淘汰。遺伝子の重なり具合いを考える。

今の時代の形成は、美しいはずの女性や男性が架空のものとして、手術により醜いDNAをかえずに、外見だけをかえてしまった罪深いものとなる。なぜなら、美しい女性が、権力者によって選ばれてきた世界の歴史を根本からかえてしまう。かくして、お金や権力者は、美しいふりをした形成手術の恩恵を得た勇気ある女性の遺伝子が美女と野獣という組み合わせは、みせかけで、野獣と野獣の組み合わせにより、子供はどんどん美から離れていく。時代によって、女性の美はかわっていくだろうから、あと200年もしたら、美人の定義はまた変る。

アメリカのように一人のなかにいろいろなバックグランドの血がまじっている。知り合いのアメリカ人は、ギリシャ人、エジプト人、アイルランド人、イタリア人、中国人、日本人、ポルトガル人、チリ人の血がまじっている。どういうふうになるか、アメリカ人といわれたら、アメリカ人というしかないが、描写がむずかしい。アランドロンのあの美しい目は、美しい目をもった人を愛する美しい目をしたひとの結合。偶然なのだろうか。人間の美を求める進化。動物の本能。

アランドロンの太陽がいっぱいの映画を、新たな発見をもちながら、観た。以前みたのは、日本で深夜のテレビだった。インテリア、カメラワーク。洋服。市場の魚の顔のようなアップ。ヨットのなか。昔は、大人のおにいさんの映画だったものが、いつのまにか、太陽がいっぱいは、若い男の映画になった。

最後、太陽の光をあびて、まどろむシーンがある。成功まで後もう一歩。人生は、やっぱり正しいことをした人が勝つ。悪は罰せられる。今の時代に、太陽がいっぱいを作ったら、まったく違った映画になったかもしれない。アランドロンのように、きらりとする本物の美しい若い俳優は、性格俳優におされてでてこないかもしれない。今のアメリカの映画をみると、本当に美しい俳優はいない気もする。ハンサムな定義が違う。

人好きずきでは、あるが、美人の定義やスーパーモデルの傾向をみても、30年や40年前の美男美女は、今の時代は生きにくいかもしれない。不完全な美醜入り交じった美が、個性とされる時代に突入している。美は、どうにでも作られる。人形みたいに美しいのは、手術室でいとも簡単に算出されるようになった。アメリカのスーパーモデルや女優が顔と体ともに、有名なブラジルの形成外科医の手によったとさわがれたのが、もう10年も前のことである。マイケルジャクソンの若い日のはつらつとした顔がなつかしい。まるで表情がないあの顔を作ったのが、最新のアメリカの形成外科医の腕とするなら、お金をかければかけるほど、人間はロボットのようになるのでは。。

20代の頃に映画をみても、あまり気がつかなかったアランドロンの若き時代の魅力。少年っぽさが残るが、甘い魅力。孫にも衣装ではないが、スーツをびしっときたらそれなりの男になる。映画の最終シーンは、クライマックスだが、フランス映画のもつ陰と日向。わびさびをじーんと感動して、目にあの甘い目がこびりついた。そこでテレビを消すとよかった。そのあと、ニュースが。ジンバブエのニュースが。ムガべ大統領のめがねをかけた写真の映像。ああ。アランドロンのメインコースでおなかがみたされたあとに、デザート、ジンバブエのあの写真は、ちょっと、消化不良。せっかく脳が、アランドロンでアドレナリンがいい具合にでたのに。。。それにしても、人類の進化。美醜の好みは人それぞれだが。どうして神は、アランドロンもつくり、あのムガべ大統領も作ったのだろう。もとは、同じ人間が、アフリカのコンゴあたりから発祥したという。最初のカップルアダムとイブは、ムガべ大統領に近かったはず。。人類の進化。をまじまじと考えさせられた夜だった。
by nyfiken | 2008-06-29 20:41
南の島の新聞がストックホルムでも読める。インターネットで検索したら、ちゃんと記事がすべでてきた。知り合いのココナッツラジオニュースを待たなくても、さっそくこの事件を追ってみた。

お店の名前は、”ありがとう商店”現地語でTAK STOREだ。66歳の中国人女性が店を閉めるまえに、入った脱走囚人殺人犯に襲われ、そのまま病院に運ばれてなくなった。いま。世界中の発展途上国アジア以外の太平洋諸国やアフリカ諸国では、安い中国製品で現地人は生活している。

中国人のお店は、食料品缶詰、なべからざるおさら、ビスケット、洋服、シーツ、子供のおもちゃ、文房具にいたるまですべて中国の商品が売られている。これは、今始まったことではない。30年前からすでに中国製品はすべて海外に生活用品として、輸出され、中国人入植者や移住者が商いをする。お客は、もちろん現地人だ。世界の第3国アフリカなどでも、中国製の生活用品がヨーロッパのものに比べると安いために、売られているだろう。店主は、中国から渡ってきたひとたちだ。30年以上もその土地でお店をひらいている店主は、子供達も大きくなり、現地語も話し、生活も安定し、苦労が報われて、平和に暮らしていた。普通の島のひとたちは、ひとなつっこい、いい人達が多い。北欧やヨーロッパのクールな人間関係からみると対極にある。島のひとたちは、いつまでも名前も顔も忘れない。

他の人のものをほしがるのは、どうしようもない動物の性だ。以前、ある国で、同時に、犬を10匹、子犬が生まれて、育てたことがあった。わんわん大行進ではないが、えさをあげると動物の行動がよくわかる。自分の器のえさを、ゆっくりとおひめさまのように食べている犬。自分の器のえさより、他が気になる犬。ほかの犬のえさを食べにいくと、怒られ、もどったら、もうえさがなくなってしまう犬。えさをぺろりとのみこんだあとに、となりのえさを盗みに行く犬。えさをとられないように、骨つき肉なら、すぐにくわえ、車の下にもぐりこんだり隠れて食べる犬など。性格は、教育よりも、生まれつきのものが大きい。犬たちを比べて思ったものだ。

むかし、北欧が貧しかったときには、スコットランドなどイギリスにいっては、教会の金銀を盗みバイキングは、入り江の深いフィヨルドの港に戻ってきた。海賊の時代である。スコットランドなどには、そのまま定住したバイキングもいたという。マラッカ海峡も海賊のメッカで、海賊によってむかしの中国の貿易船がやられて、沈み、そういった骨董の中国の壺をわたしは、偶然マラッカ海峡が見える海辺のインドネシアの街の店で偶然てにいれたことがある。仏教は欲を捨てて、無欲を唱える。しかし、犬に仏教をとなえても、馬耳東風だ。

犬は、となりの兄弟犬が食べている骨付き肉が、欲しくて仕方がない。両手にしっかりと自分の骨付き肉を挟んで食べていてもだ。気になるから、自分の肉をかじりながら、すきあらば、とねらう。だからといって、骨付き肉がほしいばっかりに、兄弟の犬の耳をかじってまで、手に入れようとしない。まだ両手の間に自分の物があるうちは。犬の逡巡する姿。骨付き肉はみんな欲しいが、それを働いててにいれるか、海賊行為で無理矢理暴力的に奪うのか。弱肉強食の動物の戦い。法律や道徳や宗教は、そういった愚かしい動物の本能を、コントロールすべく人間が決めたルールだ。原始時代は、宗教も、法律も道徳もなかった時代、人間の善意や愛が人間を今日まで生きのびるための、唯一の武器となったともいえる。さもなくば、もう既に内輪もめで、滅びているかもしれない。


犯罪行進国の南の島では、盗む物がとなりの家のマンゴーやバナナや豚や犬(食べる)の時は、問題がまだ大きくなかった。最近は、現金、宝石、大型薄型テレビ、車。ワイン。DVD.CD、Gパン。靴など。欧米に比べたらかわいいほうだ。スウェーデンでは、昨日の新聞に、大工さんの作業着を着て、アパートに侵入。そして盗難事件の続発。泥棒のプロが捕まったら、ストックホルムの町中VASASTANに連続していた同じ手口のものがヘルなどが新聞にのっていた。

さて、話はまた南の島にもどる。

刑務所から中国人の店は、目と鼻の先にあり、刑務所のおりの中からよくみえる。

女性は、中国から国の協力で派遣されている中国人医師、外科医内科医などが働く国の中央病院に救急車で運ばれたが、同胞の医療人の必死の努力も報われず死亡。死因は、殴られたのが一番の原因という。

島は、もともと平和だが、刑務所が、おそまつなため簡単に脱走できる。草刈りを外でしている間に逃げることだって簡単だ。囚人がおしゃべりしている庭の金網の外と中でやあと話ができる。その道を通るときに、彼らがたっていてこっちをみると、ちょっと怖い感じがするが、知らんふりして通り過ぎることもあった。知り合いは、酔っぱらって自動車で事故。車から刑務所の敷地の中に体ごとおりを超えて、囚人が大笑いをしたという話は本当の話である。。いかに簡単な作りか想像がつくだろう。おもちゃの刑務所という。国にお金がない。

海外援助の形。外国政府が最近こぞって、プレゼントするのは、政府の高官が乗る公用車だ。三菱系かトヨタの代理店がある島は、フランス系住民が経営する三菱か、トヨタに、海外国が、最新型の車をオーダーする。外国政府が、決定権のある政府高官に車を送る。中国政府が、国際機関の選挙権がある国のひとつとして、どんなに小さな太平洋諸国もアフリカも、現地に公使や大使館をおいて、蜜に外交を進めているのは、日本政府と違うところだ。日本政府は、ある国に大使館をおいて、その周りの諸国は、時々大使館員が回って、2.3日ずつ出張しながら、情報収集しているが、プロの情報収集ではない、ボランテイアや援助機関の専門家と外交官との扱いが違うのは、当然であり、大使や公使が乗り込んで、ちょくちょく変る政府高官との関係を蜜にする中国との違いは、小さな島国をひとつとってもわかる。日本側に投票しないで裏切った国とレッテルをはられた国にせよ、住民は、いつもお呼ばれする中国政府主催の晩餐。中国のロブスター料理ブラックビーンしょうがいためや、ココナッツクラブ、シャークフィンスープ。美味しい酢豚。エビチリソース。中国風牛ヒレ肉バーベキュー鉄板焼き。で美味しい思いをさせてくれた中国政府を裏切られない。日本側が、国際機関の選挙前だけに、にわかに若い外交官に虎屋のようかんやタオルをもたせ、政府公用車を数台あげても、すぐに、交通事故でつぶして廃車となるために、ありがたみがない。

公私混同する発展途上国の政治家は、酔っぱらって、頂いて、一週間以内に、三菱の一番最新のパジェロをつぶす。その前に、中国政府が寄贈した、セダンも何人の大臣が酔っぱらってつぶしたことか。新聞記事を笑って読んではいけないが、新しい公用車最新モデルパジェロ。という写真の横に。今度こそ政府公用車に事故がないように乗りますと新たな決意。それから一週間後の新聞に、つぶれた車の事故の写真。すぐに事故でつぶれた政府高官の酔っぱらい車のニュースをみて、みんなやっぱりと思いながらがっかりすることに。信号のない国で、事故を起こすのは、自分で運転して、お呼ばれの時などに、新車の公用車を乗り回す。美味しいチャイニーズ料理屋で、接待のロブスター料理とワインに舌包み。気分よく、音楽をがんがんとかけて。スピードがすうっとでる新車は、お酒をのんだあとのスピードが妙にでる。新車で、南の島でドライブすると実に最高なのは、よくわかる。特に、今回事故を起こした道は、アメリカ政府が島を一周する半分側の舗装を、受け持った援助の道路で、昔のでこぼことちがい、車は坂道でもぐうっとスピードをだす急な坂だ。

脱走犯だけではない。殺人犯が、恩赦で簡単にでる。同じ人が、すぐ同じ犯罪を懲りずにする。病気なのに、放っておく。女の子にちょっかいレイプで刑務所からでるたびに、DNAの複製にいそしむ。島の若い女性がこわがる。性善説でなんとか立ち直らせようという人間の善意は、悪魔の使いによってこっぱみじんにされ、罪のない人が、生け贄になる。刑務所のつくりがちゃちなので、スペイン人によって名前がつけられた別の島にある、もっとしっかりとできている刑務所に送ろうという話もある。実は、イギリスとフランスの共同の植民地では、南の島に建てた家のたてかたが、英仏では違う。イギリスは木のバラック建て。フランスは、もっとしっかりとした石の家のような作り。刑務所もフランスの刑務所のほうが作りがしっかりとしたのだろう。

先週、ヨーロッパでは、ミッドサマーとはしゃいでいたときに、南の島では、18人も刑務所から脱走し、その中のなんにんかが、ナイフで武装し、テレビを盗もうとしたり、物色をしたり、被害が相次いだ。その出身者の殺人容疑者は、84アル島の一つ。その島出身者は、好い人間も多いが、積極的で、少々暴力的だったり首都で盗みをはたらくものも多い。男女ともに働き者も多い。日本のテレビ局の撮影隊もきた。鍵がいらないのが白人のオーナー自慢の島のバンガロー。すごいですね。こんなところないですよ。と喜んでいたのもつかのま。やっぱり鍵がかかっていないお部屋から盗まれた。

自分が持って行った鍵をかけたと思っていたが、よーく思い出してみたら、そのバンガローホテルの部屋がお祭りのために、海外からの旅行者をダブルブッキングをしていた。わたしは、オーナーの家族の部屋に泊まることになった。その部屋に鍵がついていた。自分でかけたと思っていた鍵は、実はそのオーナーの娘の部屋についてあった鍵。すなわち、白人のご主人は、この島は安全だから鍵はいらないといいながら、家族はみんなかけていたという?話。

Gパンや運動靴。きれいな新しいTシャツ.カメラやウオークマンが盗まれて、酋長会議にかけられた。その時は、すぐに若い少年らが、捕まって、ほとんどのものが戻る。一番問題だったのは、テレビの出演者の芸能人がお眠りの前にきく、彼女の愛のささやきのメッセージテープだった。それが、外部にでたら、困るんだ。と心配しても、南の島の若者が欲しいのは、踊れる音楽。念仏のような日本語のテープをきいて、現地人がダンス音楽だと思ってかけて、どれだけがっかりしたか想像に難くない。そのテープも酋長と警察の捜査でみつかる。DHLで日本の当人に送られる。南の島では、日本のゴシップ紙記者などいない。秘密は永久に守られる。島の少年たちの親は、自分の家の豚を数匹生け贄として、罪ほろぼしのために、酋長に差し出した。

ミッドサマー中国人店主殺人事件の本筋に戻る。島のニュースによると、お店にあったカメラの記録などで、容疑者が家族の協力で逮捕された。以前も殺人をおかし、脱走歴はもう5回。あまり犯罪者のいない、こそどろはいる小さな国の事件。罰せずに野放しにしていることに、大いに腹を立てる人が多い。人権。罪を犯した人の人権は、守られるべきかもしれない。罪のない犠牲者は、怒りをどこにもっていけばいいのか。ふとスウェーデンのテレビの討論会を思い出す。殺人を犯した人の人権と殺された人と家族の人権。もと囚人や残された家族、母親や兄などが、実名と顔をだして、けんけんがくがくの討論会となった。ある舞台監督が、殺人犯だって人間だ、愛が必要。愛がたりない人生でかわいそうだ。といった瞬間に、娘を10年前に殺された母親が、真っ赤な顔をして、言葉をさえぎった。愛を与えたら、犯罪がなくなるのですか。怒りで声が震えていたことを思い出す。

お金のない小さな島の刑務所で、税金で芝生の中でゆったりと寝そべる囚人たちに腹を立てる住民も多い。。反省は全然ないようだ。わたしは、刑務所が通りに面している前を車で通ったことがあるが、網のむこうに、ゆったりとしている若者達が、”へーい。チンちょんチャーン。(現地の人間には、中国語はこう聞こえるらしい。)ひっひっひー。”とはやしたてる。平和でのんびりしている。島のひとたちが、いう。”まったく、自分たちはこんなに苦労して、白人マスターの家で洗濯したり、掃除したり、夫は、草刈りしたり、バス代をけちって、30分も炎天下の下を歩くのに。あのひとたちったら、税金で毎日ご飯をたべさせてもらって、いったいなんだい!じょうだんじゃないわ。困ったひとたちよ。まったく。”と怒る。


檻からでたら、大画面の大型テレビがほしいし、CDプレーヤーもほしい。だからといって、脱走して、すぐにみんなで再び盗みをしたり強盗をするのは、悲しすぎる。囚人の教育や刑務所のシステム作りなどの専門家がいたら、発展途上国の、海外援助の協力隊でもいいかもしれない。犯罪が少ないが、それゆえに、アメリカなどと違って、刑務所が遅れている。

なんにもない島の自然は美しいし、満点のふるような星空は美しい。とれたての果物は美味だし、海には美味しい魚やロブスターがとれる。ココナッツジュースは、甘すぎずにさわやかでお水より美味しい。今は、ココナツを2時間かけて、島の市場に売りにくる。売ったお金で、コカコーラやファンタを買う。テレビでコカコーラの宣伝が流れる。ココナッツジュースの代わりにコカコーラを飲む島のひとたちは、なにも南の島だけではない。アフリカでもそうだ。アメリカの資本主義の勝利なのだろうか。LOVEという言葉をたくみに使った商売。LOVE はコカコーラに付加価値をつける。ブレインワッシュ。人間の多くは純粋だ。海のように透き通っているが、物質経済が人々の生活を変えている。DVDも普及。お金も教育もない若者は、指をくわえてみているしかない。

平和な島。夜でも街を歩いていると、通りがかりにハローミセスという声がかかる。(たとえ若い女性でも、20歳以上で、相手を尊敬する場合は、外国人女性にミセスをつける。植民地時代の名残り。男性はマスター。)

ふと歴史を考える。犬や猫のようにアポロジニーを殺してしまったイギリスからオーストラリアに来た囚人たちや入植者たち。島にひとつしかない図書館で、みた本物の絵が書かれてあるオーストラリアの歴史の本。アポロジニーをシドニーから郊外に追いやって、殺したひとたち。今は、反対に白人がアポロジニーのアートを商売にしているという皮肉。もちろん宣教師もたくさん入植したので、オーストラリア人がすべて囚人の末裔というのは間違っている。政治犯もいれば、殺人犯もいるだろうし、ロンドンのこそ泥やスリもいる。こういう本は、多くシドニーやニュージーランドのオークランドの書店でたくさん手に入る。ストックホルムのNKデパート書店の英語本のコーナーなどでもみかけたことがある。

ロンドンの屋敷でご主人のポケットからお金を盗んだと容疑にかけられて、真冬体一つしかは入らない穴蔵の囚人部屋で凍える冬をすごしたある女性が、船にのってオーストラリアへ連れられた話を読んだことがある。船の上でつながれた鎖は、大陸について解き放たれた。そこには、先住民が幸せそうに暮らしたいた。しかしながら、そういう先住民を追いやって殺してしまい新しい国を建国したのは、事実である。まだシドニーが村だったときの写真をみたら、今の南の島の首都の姿のようだ。原住民のクビに犬の輪をかけて、銃で狩りをしていたえの写真もみたが、植民地の歴史は、知れば知るほど残酷だ。

フランス人は、エゴイストにみえるが、フランスの植民地に住んだ経験からいうと、彼らはラテンの情。現地女性との混血。などによりがみがみどなって怒っても、決定的に銃で根こそぎ殺してしまわない。教育も施し、そして逆に恨まれる。アフリカ、インドチャイナ、フランスの植民地が血をみるのは、フランス人の飼い犬に手をかまれる飼い慣らし方だ。ありがとう。よくやってくれましたね。とにこにこ丁寧にクビをその場で切るアングロサクソン的な雇い方と、がみがみおこりながらも、クビを切らずに相手をののしりながら、肉や米をあげるフランス的植民地気質。違いは、経験からの観察だ。情けは、ときどきじぶんのためならず。という言葉がふと浮かぶ。

南の島では、明日、街の中にあるクラブレストランTrader vics(MOORY)から、午前中商店主がお店を閉めて、中国人のお店の女主人のために、政府のあるビルまで無言の抗議のデモをするという。殺されたその女主人をあることで思い出す。夏の別荘を南の島にもっていたわたしは、休暇で島に居たときに、ある夜急な客がきた。ワインボトルをあけようとしたら、オープナーが、なぜかなくなっていることに気づいた。あわてて、まだあいているお店をさがした。夜の8時。もしお店が閉まっていたら、友人にかりに行くつもりだった。スーパーは閉まっている。島の中国人のお店もたいていは当時はしまっていた。友人宅に向かう道に、たった一店だけあいていた。車をとめて、はいったら、ワインあけは、売っていない。時間は8時15分になった。中国人のお店の主人とおくさんに事情を話した。これを持って行っていいよ。自分たちが使っているワインオープナーのシンプルな形のものを貸してくれた。8時30分閉店まえに殺されたという中国人商店主は、その時からずっと8時半にお店をしめていた。複雑な気持ちでわたしは、このミッドサマー殺人事件の続報をよんだ。ワインオープナーを親切に貸してくれた彼女を追悼したい。
by nyfiken | 2008-06-27 21:55
メイルは、瞬時に世界の知人を結ぶ。孤独な人は、言葉さえできれば、アメリカのニューヨークにひとり、トスカーナにあるいは、エスキモー村に彼女をあるいは、ヒマラヤの山やパプアニューギニアの高地人にメル友ができる。時間とエネルギーとやる気があるまめな人ならなおさら。昔ならペンパル募集とか雑誌の後ろに手紙を交換しましょう。とひかえめにあった。最近は状況が違う。今の時代は簡単に友達になり、架空友人で満足しあう独身者もいる。新しい出会いに胸をときめかし、期待をしては、裏切られることも多いという。が、現代の人間は、忙しい。ご近所つきあいをする時間がないのに、パプアの高地人のお友達にちょっとメールは今の時代をよく表している。地球の空間認識が変化している。

バーチャルお友達。彼氏彼女の空間で、夢と出会いを繰り返す世界の孤独な人間達が存在する。犬は、今日もご主人さまといつものお散歩コースで愛を確認している。毎日対岸沿いを決まった時間に通るわんちゃんとご主人の散歩は見事だ。ひもにつながれていないが、犬はおしっこをしたり、においをかいだりちょっと芝生の方にふらふらと。すぐにごしゅじんが歩く右横に。

ふらふらと1分くらい脇に、しかしすぐに元の位置に。頭からしっぽまで、体一つ分だけ右にでている。見事な呼吸とお互いの信頼感。ご主人様より前にでてお守りしますという態度が、心を打つ。犬や人間などコンピューターや電話の介在を伴わない関係は古典的なままだ。直接のスキンシップがある。犬と画面で対話。人間はいいけど、犬には画面がよく見えるようなめがねが必要だ。においもコンピューターからだされないとなかなか声だけだと認識はむずかしそうだ。犬で思い出す。クローン犬の販売1000万円のビジネスを韓国の教授の技術を応用として開始したアメリカのビジネス。なんだか保健所で殺される犬を考えると。。でも愛犬にたいする心情は、いたいほど経験者としてよくわかる。

コンピューターは、わずか10年で、人間の生活スタイルと精神構造をすっかりとかえてしまったのではと思う。

ビルゲイツは、偉大だ。スウェーデンが名誉博士号を授与したのもうなずける。ノーベル賞もあげたいくらいだろう。エジソンとおなじく、世界の人々の生活の根本を変えてしまった。わたしが、ストックホルムのアパートで、これを夜中に書く。送信する。瞬時にたまたま携帯かコンピューターをあけて、読んでいる人が、世の中にいるかもしれない。時間は、日本の朝、ストックホルムは、真夜中だ。世界同時進行。地球は回っている。時空の存在を認識するのは、国際線の飛行機の上だ。東京から北上して北海道のわきを左ロシア上空を飛び、シベリアからモスクワ、そして旧レニングラード、スウェーデン上空近くを飛び、ヨーロッパ大陸の中継地点を通る時に、いつも感じる。地球の地図を北極からながめるのと、ヨーロッパから日本をみると、日本は中国大陸の上に横たわって見える。日本海は、湖のようだ。

世界に存在する偶然の不思議な出会い。星の数ほどある地球のなか、目に見えない電波が飛び交って、それをキャッチしあう人間。そう思うとかなりロマンチックだ。

お互い直接知らないけれど、相手を認識する。世の中がかわる気配。世間に認められた人やプロの小説家だけの文章、映像、音楽を買う時代ではなくなる。マイノリテイの台頭時代。計算しつくされて、多くの大衆をひきつける音楽も映画も本ももちろん販売は計算どおりにされるだろう。ハリウッドの映画や、今のマドンナの音楽や映像。下品にならないぎりぎりのライン。100変化のメイクとヘアのビヨンセの音楽クリップをみると、商品として売る場合の付加価値のつけかたがわかる。同じヘアでむかしの滝廉太郎みたいに荒城の月を直立不動でビヨンセが歌ったら、生あくびがでるだろう。刺激に充ち満ちた広告のアプローチ。コマーシャリズムがいきつくところは、マクドやコカコーラの宣伝をみるとわかる。コンピューターやネットの世界だけではなく、めまぐるしくCMの世界も、音楽も、ファッションもどんどんと変っている。あと100年たったら、人間は、どんな格好をしているのだろうか。コンピューターはどこまで進化するのだろう。バーチャルの中で、結婚したり、子供を養子にしたり、名前を自分でつけたりするのでは?親からもらった名前や姓のほかに、本人が作る名前も存在するだろう。

コンピューターによって人が傷つく。これは50年まえに、この言葉を発したら、ほとんどの人の頭は??となる。コンピューターロボットが急に怒るのかなと勘違いする。正しくは、悪意もあるけれど、善意も世の中に満ちている。性善説もあるし性悪説もある。若者よ。心を鍛えよう。若者だけではない。みんな心をもっと強くなるように、鍛える必要がある。傷つくことも多いけれど、ガラスのように割れやすいと、生きていてもすぐに傷つきやすい。少子化で子供のときに、おもちゃのとりあいのけんかをしたことがないこどもたち。砂場で転んでも自分で起きあがって、泣かない強いこども。転んで大泣きする子供。強さはようようだけど、鍛えることだってできる。そうして鬼瓦の面構えをしたおじさんやおばさんの顔ができあがる。あかちゃんのときは、ぷよぷよしてふっくらしたお肌も、空っ風に吹かれて、いつのまにか大人になると、大部肌がたくましくなる。



大人になるというのは、そういうことだ。7転び8おき。昔日本の武者小路実篤が詩集にこう書いていた。家が焼けました。新しい家がたつだろう。矢を放つ。数千本。(この数については正しい数を忘れた)あたらぬことはなし。

究極楽観主義の理想主義の詩人にのめり込んだ。中学校時代詩集を全部暗記するくらい読み込んだ。進め、進め、私たちは、後悔なんてしていられない。中学校の先生に、面談で、好きな作家は。と聞かれたときに。武者小路実篤。と答えたら、人生は、そんなに美しいことばかりじゃないのよ。といわれたことを思い出す。10代の終わりから20代の最初は、心がまだガラスのように透明でわれやすい。ちょっとしたことで傷ついたり、男女関係は、今の時代のほうが、早く成熟するので、あきらめも早くなるかもしれないが、純粋な心が、逆に自分を傷つける。ひとりであがいて、空回りも多い。わたしは世の中でかわいそうな女性と一人で涙を流して、酔う。愛に純粋になれる時代は美しい。今は小学生にその時代はさがったかもしれない。美しい先生への純粋な憧れなどなど。


孤独な家族のいないスウェーデンのおじさんたちも、アメリカのお友達サイトに。寂しいおじさんたちは、電話で悩みを聞いてくれるお姉さんに、相談電話。アメリカ人女性が話をうんうんときいて気の利いたことをいい、おかあさんのように励ましてくれて、甘えさせてくれるという。もちろん、カードからお金がひきおとされる。癒しの電話コール女性。もちろん電話だけで、特別の間柄はないというビジネスだ。世界中にその女性は、顧客を持っていると思う。一日中電話でお客さんから電話があるわけだから、マイクをあてているのだろう。話術が算術。アメリカらしいビジネスだ。"今日こまったことがあった””あら、ストックホルムのエリちゃん。エリック。どうしたの。””ううう。(泣く 3分くらい泣いたあとに。”"僕の話きいてくれる。””いいわよ。”これは、実際聞いた話だ。もちろん最近は、スカイプなどほとんど無料の電話があるから国際電話でもこれができる。電話料金はただだが、彼女と話す時間でチャージされるという。


話がおわって、ポジテイブになり、彼女の教養の深さと声の美しさ、そして話のおもしろさに心が躍るという。これもありだ。スウェーデンの孤独なビジネスマンが、仕事の疲れと満たされない孤独を満たそうと必死に努力する姿を想像してみてほしい。家族。サンボ。恋人。友人。犬。猫。馬。趣味のなにか。走ること。本。好きな音楽。美味しい料理を作ったり食べる。美酒。映画。DVD,癒されるものは、自分が一番知っているはずだ。南の島の青い海でぽっかり浮かんで空を海からみること。熱帯魚とおよぐことだっていい。買い物。人生には、それぞれの癒し方がある。神は、人生に必要なものをかならずくださる。という南の島のお店で買ったちいさな壁掛けが気に入っている。

高級ビジネスマン専用のお電話で夢を。もちろん彼らは出会わずに、電話で、ほめてもらったり、なぐさめてもらったりするという。世の中は、孤独な人間が、孤独を紛らわすために、いろいろ工夫して、必要なものを手に入れようと必死だ。家族がいて、恋人がいるひとや何でも話せる友人。兄弟やなかのよい姉妹がいたら、また別だ。親身になって、気が合う人たち。犬だっていいし、猫だっていい。そういう人がいない、あるいは甘えられない状況にある人は、そういった電話でなでなでのお姉さんに、甘える。世の中は変ったとつくづく話をきいて思う。でもやっぱり愛は地球を救う。お金のある人は、それでもいい。

わたしのメールボックスには、コンピューターの恩恵を十分に受けて、南の小さな米粒みたいな島からもメールがときどきわすれたころに、届く。ココナッツラジオと冗談でいう。

小さな島で何がおきたのか。事件や知り合いのことが時々書かれる。ココナッツラジオは、気が向いたときにしかこない。先日、ミッドサマー殺人事件が、平和な島で、起きた。世界いち幸せな島も、土地開発により土地を巡っての争い。急ににわかにお金持ちになった島のひとが、よい車に乗って歩く。貧富の差にともない、平和な中にも不良少年。犯罪もふえた。ーその主は、台所のお勝手口からちょっとはいって、お酒を盗む手口が多い。世界いち平和で美しい海の島にも、こそどろは、いる。人間は、美しい神様の創造物だ。戦争をしたり、いじわるをしたり、人を泣かせたり、けんかしたりもする。世界の歴史は闘いだ。戦争で闘って勝利を得た人を王様や皇帝という。人の土地のバナナを盗んだり、米クラから米を盗む。戦って奪い合うこともあった。歴史は、残酷だ。イギリスの古い城は、幽閉の地下室、水攻めの部屋と残酷だ。最近では、タンカーが海賊に襲われるという。特別の精製技術が必要な重油ですら盗まれる時代。小さな南の島では、あまり起きない殺人事件が起きると、街の中がてんやわんやにひっくりかえる。

今日のわたしのメールボックスに入っていたミッドサマー南の島殺人事件!は本当のニュース。刑務所から殺人犯が、解放された。刑務所から、でてきて、またイタリアンお総菜お肉やの向かいの中国人のお店の女性が殺されたという。中国人店主がねらわれたのが2度めである。

中国人がたくさん大陸から移住。裸一貫、包丁をさらしにまいてきて、気がつくとお店やレストランのオーナーに。大きな家も自分達で建てて、プールまでつくり、噴水が気持ちよく庭へ。湾が見下ろせる高台街の中心に中国人の友達夫婦が豪邸を建てた。プールそして庭に、大きな噴水。風水にこっていた私に声がかかる。羅針盤を持って参上したわたしに、噴水の作っていい場所と方角、玄関の位置を確認依頼。大きな商売をしている知人は、小さな子供をおんぶしながら、小さなお店からはじめた。今は、ビルやホテルを持ち、テナントを貸し、子供達はすべてシドニーの学校でオーストラリアの教育を。青いコバルトブルーの湾が見渡せるバルコニーに座りながら、わたしは、責任重大な判断を下す。噴水は、今日もお金がじゃんじゃんと入ってくる話を聞くと判断に誤りはなかったと胸をなでおろす。この夫婦円満に助け合って暮らしている。努力と人間の協力と和は、成功と富をもたらす。彼らは、好い風水で事件にも巻き込まれない。

10年から20年以内に成功する中国人たち。子供はこぞって、オーストラリア、ニュージーランド、フランスの大学に送る。中国人の成功物語にはことかかない。ハングリーは人間を偉大にするか、お金持ちや成功へ導く。恵まれたひとは、欲がないので、だいたい3代で家がつぶれると日本ではいう。しかし三井家のように、家訓を守る場合はいい。しかるに成功した人は、家訓や社訓を作るべきだ。松下幸之助のように。


島の中国人が殺害された最初の事件は、コカイン密輸との関連性。
今回の小さなお店の中国人女性殺害については、詳しいことが知られていない。ミステリー。

同時期に、たまたま?刑務所から脱走した青年が、知り合いの車と防護用銃を盗む。島は小さい。親戚や知り合いがたくさんいて、逃げ場がないはず。きっとやがてすぐにみつかるはずだ。ほとんどの人間は善良で、いい人たちなのに。

刑務所は、簡単に脱走できる。彼らは、病院の外出みたいに、親や兄弟に会いにお泊まりにいけるし、カバという飲み物を飲みにでかけることも許される。アメリカのピースコーのボランていあが、コンピューターを教えていたし、日本語コースもその気があれば、とれる。草刈りの時間は、外で草を刈っている。学校をでても、働くところがない。たくさんある島から、首都にでてきても、島の生活と首都の生活の違い。ちいさなスラムのような部屋が高い。アメリカ映画のヴィデオの暴力映画の悪い影響など。。

中国人ビジネスの成功により、島中のお店が中国人のオーナーとなる。商売っけのある白人や商店主になる中国人は、中国からすべての生活用品、食料品を島の人に売り、利ざやで儲ける。たばこ一本を売るビジネスは、ちりもつもって大きくなる。そういうお金がある中国人は、ねらわれやすいというのは、あまりにも単純な話だ。ミッドサマーに起きた事件の背後は、現地の警察がちゃんと捜査できるのかは、疑問だ。いつも治安のよい国で事件がおきると、地元の人も外国人も震え上がる。昔は、酋長が、罪を犯した人の家族と話し合いをして、豚を何匹とか罰則があった。酋長の息子である友達が、わたしにこっそりこぼす。

”父親をみてると、割りにあわないんだ。なにかがおきるとあちこちに散らばっている島の人間の家にいく。バス代も自前だからね。お金が交通費だけで、すぐなくなっちゃうよ。”と本音をぽろり。人間の生活がかわり、夜はアメリカの戦争映画や殺し合いの映画を、ひいいとTシャツで顔を隠してこわごわDVDでみる島の子供や若者たち。教育があまりない純粋無垢な子供達が、みる怖いアメリカ暴力映画。平気で人を殺し合う戦争映画や銃映画は、どうして次々と作られるのだろう。エコ問題や石油問題同様、世界で討議されるべき問題だ。平和な島で、おきてしまったミッドサマー殺人事件の詳しい経過は、友人からの島からのココナツラジオEメイルを待つことにしよう。きっと忘れたころに、メールが届くだろう。島のひとは、たくさんの親戚に囲まれて暮らしている。孤独になりたいくらいまわりにとりまきがうるさい。アメリカの癒しのおねえさんにお金をはらって相談する孤独なスウェーデンのビジネスマンの世界を話しても、ピントこないだろう。島においでよ。相談にいくらでものってあげるよ。というだろう。

去年島に遊びに行ったときだ。地元の女の子の携帯電話が鳴り、ぴかぴか光る。ロンドンから電話が。私の姉はイギリス人と結婚して、ロンドン住んでいるの。とちょっと自慢げにいう。今じゃアイリッシュパブの看板娘よ。優しい南の島の女はロンドンで、孤独な男達のお話をきいてあげているだろう。満面の笑みを浮かべて。時々遅れて知らされるココナッツラジオニュースを聞きながら。ロンドンのおねえさんにも、今頃ミッドサマー殺人事件はもう伝わっているはずだ。

事件のあった現場の中国人のお店は、朝、3時に焼きたてのフランスパンが食べられるフランスパン工場のはすむかい。刑務所は目と鼻の先だ。

踊りが終わってかえる途中、車で工場のパンのお店に立ち寄ったものだ。フランスの伝統。パンは早朝あつたてを食べさせるために、夜中から朝にかけて焼く。イタリア人経営のお肉お総菜屋TRAVERSOーフランスやイタリアの美味しいワインやフランス、イタリアの石けんやシャンプー、パテからチーズ、お酒のおつまみに最高ーわたしが時々無性に食べたくなる白身魚の薫製のガーリックオリーブオイルつけ。焼きたてのフランスパン。島で唯一手に入る高級ビーツ。北欧では安いが、日本、南の島ではビーツが高級品。高級イタリア人経営のお店の向かいあたり中国人のお店で事件が起きた。角に背の低い中国人旦那の経営しているレストランがある。レストランにいくと、わたしは、主人をキッチンから呼んできてもらって直接オーダーする。昔は、ベトナム料理店だが、中国人に売った。この情報だけで、どこの国かわかった人は、天才だ。
by nyfiken | 2008-06-26 08:19

Mia och klara

最近、大口を開けて笑いながらみているテレビ番組がある。スウェーデンテレビSVTのMIA och KLARA だ。ミアとクララ。ちょっとお色気アリ、女性の本音が。いろいろなタイプのスウェーデンの女性に化けて、日常のちょっとした生活の断面を面白く映し出す。7変化は、まるでアメリカのテレビ、MTV音楽ビデオクリップ30秒おきにヘアスタイルやメークが違う黒人歌手ビヨンセのようだ。

それにしてもこの番組は、痛快だ。ボーイフレンドが欲しいスウェーデンの悩める不器用な女の人。まじめすぎて、おもしろい気の利いた会話ができないけど、根はいいひと。ふたり同じスタイルで踊りにいく、スタイルはまさに、今のスウェーデンの若い女の子の流行スタイル。ジーパン、長いブーツ。短め黒ジャケットの下に、暖房のきいた踊り場で着る胸がみえそうなジャケット下からはみだすキャミソール。思わずいるいる。こういう女の子がいっぱい。と妙に説得力がある。

199.99クローネの洋服の会計レジ。不器用なクララは、そのままいう。うしろで弁当をたべながら、立っていたミアが、だめじゃない。もっと語尾をあげて。いい。こうやっていうのよ。にこにこ笑いながら愛想良く。といった風に、実際やってみせる。語尾をあげて、にっこりとほほえみ親しげにお客に200クローネです。という。愛想のよいスウェーデンのおねえさん。


MIAとクララが同じ洋服ブテイックにおつとめのシーン。閉店時間、試着室のお客さんをさっさと店から追い出す。もう店は閉まったしまった。早くかえりな。という雰囲気。客が店をでるかでないかで、レジのところに、大きなボックスのワインをだし、グラスにワインをそそぐ。ごくりとのみ、そろそろとブテイックの真ん中に。音楽をがんがんかけ、二人は踊り狂う。

取引先の男性が。交渉にお店へ。ミアは、胸がぐっとあいて、丸見えの大きな胸を強調するように、フロアにしゃがみこむ。相手の男性も、目線が下へ。思わずその高さに一緒にしゃがむ。もう飼い慣らされたわんくんのように。スウェーデン男性の弱みが、暴露される。骨抜きになってしまった取引先の男性の交渉負け。

ミアとクララが、長い行列に並び踊りにでかける。ミアは初心者クララにどうやってフロアで踊りながら、男性とあって会話をし、電話番号をききだしたり、運がよかったら、彼に誘われるかということを教える。立って飲みながら、男性と話すときは、ちょっと体を音楽に合わせて動かすのよ。目をみながら。とまで細かく指導。まるでバレリーナのように不器用なクララは、つまさきで蟹のように歩く。音楽に乗れていないし、とうてい男性には声もかけられそうもない。ミアはナンパに成功。彼氏と一緒にアパートへ。クララは電話番号を聞き出したが。。。

いれずみをいれたママにも変身。上が金髪、したのほうが黒い。ロックなヘアスタイルや洋服のスタイルが、笑ってしまう。ヤンママなのだろうか。たばこを吸ってベランダで友だちといつも会話。話し方が、よーく役柄によって特徴がでている。国が違っても、こういうママは日本にもいそう。いつも携帯で誰かと話している。子供がままーと朝起きてきても、携帯で友達と話している。パパのところに行きなさい。子供は、パパが寝ているベッドの上でジャンプ。疲れて寝ている日曜の朝、パパは、ベットでジャンプする息子の横でまだぐったりと寝ている。美容師の役は、髪型、お化粧まで実にふんいきがでている。おしゃべりの美容師のおねえさんに。こういうスウェーデン人女性は確かに街にいる。クララが白髪おばさんの役に。街を歩くと、若いカップルがキスをしている。公園でおにいさんが、ソフトクリームをぺろりぺろりとなめているのをちらり。何かを決心して、その足で、知り合いのペデイキュアや足の専門美容家のマンションへ。足の脱毛、そしてペデイキュアまで足の手入れを依頼。わたし、こんな足じゃ踊りにもいけないわ。ときっぱりという。のびきった足の爪を切るシーン。最初に足指を広げるスポンジをいれて、爪を切る。なんて厚い爪なの。えいっ。と切ったら、その爪が口の中にはいる。言葉をうしなって、爪を口からだす。”あら、知っている。足の爪を口に入ったということは、わたしたちは、もう親類になったということよ。”とまじめな顔をしていう。スウェーデンのジョーク。

お友達の女性をお部屋に招待のお食事。ピンクのキャンドルをともして、女同士、ワインで乾杯。携帯は、キッチンのひきだしにかくす。彼氏は、マイナスの地下の道具部屋に毛布にくるまりながら。無線電話のようにかかってくる。こちら、今マイナスマイナス。どーぞ。せっかく女性同士の素敵なお食事会のじゃまを。その無線携帯は、とうとうおおきなガラスの器の水の中に。これでじゃまはされない。。。

スウェーデン男性のお部屋のシーン。きれいにきっちりと整理された仕事部屋。フレームにいれられた写真が壁に。”あら、わたしの写真だわ。””僕のともだちが、みんなかわいいっていうよ。”ほのぼのとした会話。

初めてあった紹介された知り合いの男性に、食事時に、気の利いたことばがいえない。もうひとりが、いう。どこにつとめているのとか、これから夏になって嬉しいとかそんなことをいうのよ。ナプキンで覆って指示をする。不器用な女性はどこにでもいる。この番組のおもしろさは、こういった対照的な二人の女性をコンビにして演じさせるところだ。女性には、すいすいと調子よく男性とうまく調子を合わせるのが上手な女性と、不器用でなかなか男性の前に出るとこちこちになって、思った調子がでず、チャンスを逃してしまう女性がいる。女性同士が助け合う。この番組は女性のみかたがとても優しい。成熟した大人の国スウェーデンだからこそできる番組だ。

SVT.SEでいれて、右のSE PROGRAMMEでMia och Klaraをクリック。6月22日分をみてみよう。TEXTもついているので、スウェーデン語を勉強中のひとには、嬉しい。ふたり人がいろいろなタイプのスウェーデン女性にばけている。MIAのほうは、積極的で恋も一晩の相手にもじょうずにめぐりあう。でもKLARAのほうは、不器用。クララみたいに硬いスウェーデン人女性も案外多い。本当は恋をしたいし、素敵な男性に巡り会いたいのに。不器用なばっかりに。。わかるわかると思わず納得してしまう番組なのだ。今、一番面白いスウェーデンテレビの笑える番組。スウェーデン男女物語、女性の本音を映し出す。なにより、大阪の吉本喜劇顔負けの大物役者、肝が据わっているミアと天然ぼけクララ。ぼけとつっこみスウェーデン吉本喜劇の二人。大物がでてきたという雰囲気だ。お高くとまってばかりいるスウェーデン女性ではない。
by nyfiken | 2008-06-25 06:45

スウェーデンの白夜

明日はミッドサマーイブで休日。国営のお酒屋さんはおやすみ。スウェーデンやオランダチェコビールは普通のスーパーで手にはいるが、ワイン以上のスピリットは今日買わないとだめ。ということでお酒屋さんへ。案の定行列。ワイン、世界のビール。街の国営お酒屋さんシステムボラージェットは大混雑。レジには長ーい列。ワインやシャンペン、ビール、大きな箱ワインなどレジのベルトコンベアーを動くボトルの行列。夏はモーゼル白ワインが美味しい。余談だが、箱ワインで新しく入荷したばかりのドイツのBY THE RIVERがいける。ボトルはブルードイツのRELAXがおしゃれ。邪道だが、氷のキューブをいれきりりと冷やしていただくとおいしい。


ミッドサマーは、田舎に帰る人。夏の家に寝泊まりする人。食べて飲んでおしゃべりして、踊る。村のポールの周りを若い男女が踊って、若者は相手を物色の伝統行事。頭に夏の花の冠。白いマーガレットの花。青と黄色の国旗色のテープ。初夏のミッドサマーは一番夜が短い日。

市場も混雑。スウェーデン人同士、良いミッドサマーをとあいさつしている。エステルマルム屋内市場にいく。屋内市場の魚市場では、お店がしまう20分まえに、カウンター上に、ビールがつがれたグラスが20個ほど。おにいさんに、冗談にお客様へのサービスかしらというと明日お休み。ミッドサマーだから特別に、仕事が終わって乾杯です。とウインク。じゃあ、あなたもミッドサマーのポールの周りで踊るのかしら。むかしね。今はみる方かな。休日前に嬉しそう。支払いが終わって。よいミッドサマーを。の挨拶。トレブリッグミッドサマー。一年で太陽が長くスウェーデンの上を照らしてくれる。四季おりおりの行事を楽しむスウェーデンの生活。


ミニガーデンのバラの葉っぱもぐんぐんと育っている。暗い冬の辛い北欧は、明るい夏でもなければ、人間は、暮らして行けない。ミッドサマーといちご。野原に咲く白いマーガレットの花。スウェーデン人が愛してきたお酒シュナップス。香草入りや産地別と種類がいろいろ。小さな杯でいただく。強いお酒だが、じゃがいもとニシンと一緒に愛されてきた伝統。ニシン料理のくふう。ママの味。北欧のおかあさん料理。北の大地夏は明るい太陽の下でイチゴを摘む。ストロベリーケーキは手作り。日本のクリスマスケーキは、北欧では夏食べるケーキ。クリスマスイブにイチゴケーキを食べる日本人と異文化の差。赤と白でクリスマス気分を子供達に味あわせたい日本のママ達。どっちも愛を感じる。


にしんはシルとかストロミング。獲れた海の名前で呼び方が違う。バルト海と沿岸。スウェーデンニシンは、骨抜きでこぶりのいわしのひらきみたい。最初はいわしだと思う。触感や食感が違う。

日本では、ぬかにしん。みがきにしん。干したにしん。棒にしん。にしんそば。東北料理のにしんのきりこみ。世界の北国のタンパク質を支えてきたニシン。北欧バイキングたちを支えてきたにしんの存在。箸をうまくつかえたら、焼きたてのこんがりと焼いた冬の北海道の子持ちニシンを皮ごと。大根おろしをそえた焼き魚を味わってほしい。

箸で、焼き魚を美しく上手に美味しく食べられるスウェーデン男性におめにかかったことがない。日本食通は、美しく箸をつかえ、素材の味そのものを味わえる舌を持っている人だ。TERIYAKIソースは、ビギナーだ。世界の照り焼きソースになった。キッコーマンは世界のキッコーマン。南の島の小さなスーパにも、食卓用(日本シンプルなデザイン美学)のキッコーマン醤油がある。中国マッシュルーム醤油やタイしょうゆの違いがわからない欧米人もまだまだいる。

焼き魚を味わうために、箸を上手に使えることが要求される。骨を抜いて皮をとってグリルで焼いてクリームソース。フォークナイフの西洋人には、日本料理の焼き魚料理を知らせる努力はスウェーデンではしてこなかった。上手に箸が使えない。中華を食べることはできる。和食を堪能する箸には、もっと技術が必要だ。料理店で姿ごとお塩をふって焼いた焼き魚や西京みそのたらなど、値段が高すぎて、一般のスウェーデン人が食べ慣れる額ではない。ノルウェー産のトロのサーモンのさしみは、美味しい。最近エコブームだ。エコのノルウェー産サーモンは、最高の品質。薄くスライスしたイタリアトスカーナのエコサラミのようにさりげない感動がある。


日本の魚定食、さんまやあじ、季節の魚を皮ごと焼く焼き魚。日本のガス台の魚を焼くグリルがキッチンにない。網で焼く。サーモンの脂に火がつき、煙がもくもくと。キッチン窓全開、換気扇を回して焼く。脂が落ちる。専用魚グリルは、一番欲しい物だ。オーブンやお肉用グリルとは違う。網はあるが、煙がすごい。煙と炎と闘いながら、網で食べたさに、苦労しながら、焼く。ガス台が汚れても、美食の魅力に抵抗できない。バターで焼いた上にクリームソース大好きのスウェーデン人が苦労して走ったり運動する理由がわかる。脂を下に落としながら魚を焼く焼き方が一番おいしい。


家の中では、煙探知機が作動する。台所の廊下との間の扉をしめ窓を全開。換気扇を回し網焼き。したたりおちる魚脂に火がぼおっとつく。調節しながら焼く。ノルデイックサーモン北欧最高の美食。夏なら冷やした純米酒。湯気があがるゆでたてのえだまめ。ザル豆腐に青葉、みょうがとわけぎにしょうが。衣かつぎをゆでたもの。夏の冷やしとまと。青い美しい茄子のおつけもの。本物の日本の美食をスウェーデン人に知らせたいけど、日本に住んでみないとわからない。オレフェスのガラス工芸家。作品に日本美学が現れている。彼女は夏茄子の青の美しさを理解できるだろう。


日本レストランは、プラグマテイックな中国人商売人達に、スウェーデン人の舌にあうように。日本料理を仏像やまねきねこや芸者の人形や桜の造花が飾られるお店で静かに供される。ありがとう。日本文化のメッセンジャー達。日本人男性も、長くスウェーデンに住んでいるひとは、成功している人も多い。ぶらりときたんです。たまたまこっちの人といっしょになったから、寿司やでもやろうかなあと。働きすぎて、奥さんは、突然ていってしまいまいたがねと目を下におとす。

日本語をスウェーデン語のように話しスウェーデン語を日本語のように話す。長く海外に住む日本人の話す音声。日本語は話していないと、口がまわらなくなる。絞り出すように日本語の音がでたら、日本語リハビリが必要。現地語環境だけで海外にくらすと、小野田庄一さんを笑えない。フランスで演歌を車で聞いている友人がいる。この漁り火になんとかってくだり。解釈してくれるかなあ。フランス語しかわからない子供はドライブの演歌にうんざりだ。いやああいいなあ。やっぱり。と知人は一人で悦には入る。

スウェーデンに、横浜港から船で、ふらりとシベリア鉄道で北欧まできたんですよ。20数年前。ビジネスで成功している日本人男性だ。パートナーはスウェーデン人。苦労は、顔にでず、若々しくジェントルマン風。西洋女性に愛されるには、しなやかさとソフトやさしさが必要。50過ぎてもきりりとひきしまった体が要求されそう。ごっつい西郷隆盛より、演歌歌手きよしか田村正和タイプ。甘さがポイント。話には歴史がある。人生はいろいろな花が咲いている。お花畑が人生だとすると、人生もそれほど悪くはない。



シタビラメをたっぷりのバターで焼いたものが好きというのは、ヨーロッパ人の本音だろう。振り塩だけで美味しくいただける日本の調理法は、一般的ではない。北欧の鯖はおいしいはずなのに、日本でいただく鯖のほうが、脂がのっておいしい。にしんかさけ。にじます。ひらめの種類。あんこう。タラはごちそう。暖流と寒流が混じりお魚の種類が多い日本は、海の幸に恵まれている。函館朝市とろける雲丹を思う。



魚の皮をあまり食べない西洋人は、本物の美食を知らないと日本人は思う。皮のうろこをおろすのが面倒という。スウェーデン女性は、合理的である。南欧料理やイギリスの有名コックは日本人にとって当たり前の皮をこんがりと焼く方法を紹介。

スウェーデンキッチンでは、大きなサーモンをオーブンでグリル。皮は犬にでもあげてしまう。皮の鱗を取らずにオーブンにいれるのは、簡単だ。横で犬がおいしそうに皮を食べているのをみながら、わたしは、深いため息をつく。

先日サマーハウスのランチ。知人のアメリカ出発お別れ会バーベキュー。さけの皮の鱗をおろそうとしたわたしに、スウェーデン人が”あら、いいのよ。めんどうだわ。うろこなんておろさなくても、そのままパックからぼんとバーベキューしたらいいのよ。皮なんてだれもたべないわよ。”ああー。もったいない。とわたし。

イギリスのシェフGOLDON RAMSAY氏の料理本でも魚の皮はちゃんとかりかりに焼かれている。RAMSAY氏のレストランでランチをいただいた。お値段もまあまあだが、ワインの上限がないくらいそろっている。世界のすばらしいワインセレクションが感動したものだ。おすすめのワイン。お料理とワインのハーモニーの美しさを感じた。奥様もお料理の本をだしている。家庭の味。シェフのご主人に食べさせる料理は、温かくて心がこもっていて、おしゃれで、こどもも喜びそうなお料理に好感をもつ。



スウェーデンは、多くの料理にはクリームやバターのソース。ソース抜きには料理は語れない。ベルネーズソース。キノコソース。アイオリソース。赤ワインソース。わさびクリームソースまでクリームベースを牛肉のステーキなどに。

夏は、テラスやお庭でバーベキューの季節。スーパーには、忙しいスウェーデン人のために、マリネしたバーベキュー肉がたくさん。量が違う。大きいことはいいこと。大きさは、日本の焼き鳥などの5倍は大きい。30センチの長さの串に5コ肉や野菜や魚。一本をひとくし食べたら、おなかがぱんぱんだ。

バーベキュー下味ソース。タンドリソース。スイートチリソース。オールラウンドソース。アジアソース。赤ワインソース。ガーリックソース。スウェーデン人が喜ぶソースは、生クリームをいれる。デミグラスソースに生クリーム。ソースにマヨネーズをまぜるような色彩。スウェーデン人が食欲を増すクリームの色は、バニラクリームの色。赤いジャムがあったら最高。イチゴジャムもアプリコットでもない。酢蛸の真っ赤色。レッドからんとの赤。トマトケチャップの赤よりラデイッシュやビーツのきれいな赤。スウェーデン人の食欲を増すアクセントカラー。

あずきようかんを食事の時にだす。虎屋の価値があまりわからない。ようかんは、日本人だけの時にしたほうが、ありがたみが伝わる。見た目で、血のプデイングと思って口にいれそうになるだろう。甘さにびっくり。あんこが甘いのはアジア人好み。タイ人ならあんこに感動の涙を流す。あんこがしっぽまでのたい焼きがバンコクで1ブームだ。ヤクルトやリポビタンはタイが発祥と言い放つ。オーストラリア人愛するベジマイトをパンに、チョコレートスプレッドと思い食べるとがっかりする。世界食文化の違い。自国の食文化の潜入意識からの解放。

さしみが怖い中国人やインド人がヨーロッパでは、寿司マスターの晴れ舞台に。すしは、今はカラオケや空手やすもうのように国際化。すもうは、ヨーロッパ人の太った人がおしあいへしあいしてぷっ!の感覚は、無知。日本相撲に対する西洋人の見方は違う。世界は芸者やさむらいは知っているが、相撲はまだまだだ。フランス人は、他の国の文化をクロサワの映画の延長でみる。ふとったでぶちゃんがえいっと相手をおすスポーツってすもうというけど。の次元。オランダ人スウェーデン人もコメントする。なんであんなに太って居るんですか。

すもうぐるみをつけてすもうのまねをする相撲ぐるみレンタル業がスウェーデンである。カミカツラからぬいぐるみをつけて、余興に人気だという。我らが国技が笑いの種になるなんてちょっと悲しい。ははは、すもう。はっははっはー。いやああの太った日本の人が、おしたりはたいたり、裸になってやるやつですね。ははっはあ。調子になってわたしもいう。あら、女すもうだってあるのよ。村にはむかしみんな土俵があったのよ。おかあさんだってすもうをとるのよ。彼らはぎょっとるする。ふんどしちょんまげの太ったおかあさんを一瞬想像するからだ。体型ならぴったりのおかあさんは男にまけずたくさんいる。すもうぐるみは必要ない。女は強いのだ。男が弱くなったのはふんどしをしめなくなったからかもしれない。ちょんまげ、ふんどしは、日本男性のトレードマークだ。しかし今はあの姿で成田から普通のおにいさんが飛ぶのに抵抗がある。芸者のカツラでのったら、ちんどんやのおばちゃんと間違えられる。難しい日本文化の深さだ。


ちゃんこ鍋や相撲部屋取材は海外メデイアに解放すべきだ。はっけよいのこったの相撲中継は世界中に流れて、ユーロスポーツチャンネルでもみられる。スウェーデン語解説つきだ。しかし、相撲の歴史、日本での位置つけ。など正確に海外に伝わっていない。あの魅力がまだわからないヨーロッパ人はスウェーデン人をはじめまだ多い。みな一様に、ふふふ、とかぷっという笑いをもつのは、太っているおでぶさんのふんどしまわしの格好が面白いのだろうか。

日本男性が誇りのちょんまげ伝統を正確に伝えるべき。明治維新に断髪をさせられた明治天皇、武士の誇りは一度切れた。ちょんまげお相撲の伝統。


以前おつとめしていた某機関で外国人会議出席者を招き、箱根で会議が。夜の部、大広間で浴衣にちゃんちゃんこ。宴会伝統ちょんまげカツラをかぶるのに笑いの渦が。国籍問わず案外様になっていた。

ミッドサマーは涼しい。すもう巡業北欧にぴったりだろう。シューストリミングちゃんこなべは、人気はでない。お豆腐もはくさいもねぎもしらたきもあるが、フィンランド産しいたけシメジは日本の5倍と高い。

ニシンのシューストロミングを、明日缶詰をあける予定。はえも蚊も鳥も香りにつられてはせさんじ来そうだ。


ワイルドバイキングが強い酒と一緒に愛したシューストロミング。あのにおいがね。とたいていのひとは顔をしかめる。ミッドサマーの100年の恋も、腐った香りでさめてしまわないだろうか。牡蠣とおなじアフロデイトの作用があるとはきいたことがない。


昔々アル村に。食べ物がなくなった。冬の間塩つけしていたニシンのタルが発酵して腐っていた。お酒のつまみがなくて、ジャガイモのつけあわせに、食べる男がいた。いけるじゃないか。といつのまにか、客にも。強いお酒にぴったり。物語を想像してみた。


食卓にじゃがいもを出し忘れたら、スウェーデン人はがっかりするだろう。6月家に招待するときは、小さな旬のジャガイモのゆでたてをボールにいれてたくさんだそう。デイルと塩といれてゆでる。フレッシュミッドサマーとれたてポテトに次の三つのクリームとバターとパプリカクミンアイオリクリームソース。スウェーデン風ミッドサマーパーテイ料理の提案。


300グラム旬のじゃがいも。塩、デイルをいれてゆでる。柔らかくなるまでゆでる。食卓にだす5分まえに鍋から器に移す。


わけぎとチーズクリーム:スウェーデンの有名な北のチーズーヴェストターボットンチーズ50グラム、わけぎを細かく刻む。クレームフレッシュIdL、塩。チーズをおろして材料をすべてミキサーでまぜる。

キャビアバター:50グラム室温バター、2テーブルスプーンのキャビア(とびこでもすじこでもスウェーデン産のキャビア(ロシアやイランは高すぎるの使わない。いくらでもいいが、明太子かたらこ)バターとキャビアを小さめの泡たてでかき混ぜる。わけぎ(チャービル)もしくは、ねぎの青い先の部分を刻んでかき混ぜる。パセリよりスウェーデンでは、細い細いわけぎを使う。


パプリカクミンアイオリソース;赤いピーマン(パプリカ)2スプーンレモン汁、2コ卵の黄味、1テーブルスプーンクミン、2分の一スプーン塩、1dl美味しい香りのいいオリーブオイル、1dlひまわりオイル。250度にオーブンをセットする。赤ピーマンの種をとって、切る。スプーン一杯のオイルをブラシで塗って、真ん中で15分。皮をむく。赤ピーマン、レモン汁、黄味、クミン、塩をミキサーでまぜる。オイルと少しずつたらして、クリームのアイオリソースのできあがり。

白いさらに、三つのソースを下に丸しいて、上にゆでたジャガイモをのせ、デイルのコウグサをちょっと飾る。


ベイクドポテトスウェーデンスタイル。ジャガイモをオーブンで焼く。アルミふぉいるで包んで。ゆでて刻んだエビととびこかすじこなどキャビアと赤タマネギを細かく刻んだもの。クレームフレッシュとマヨネーズを混ぜたものであえて、焼けたジャガイモを上をスプーンでくりぬいて、いれる。ラデイッシュを薄切り、小さなわけぎ香菜をキャビアと一緒に。スウェーデンらしい雰囲気ができあがり。


じゃがいもはあつたてにバターをつけるだけでおいしいと思う。以上のレシピは、旬なジャガイモを、ミッドサマーの晩餐にいただくフレッシュジャガイモをもっとおいしく!スウェーデンお料理雑誌の特集号にヒントを得た。

シューストリミングーにしんの腐った缶詰。とれたてのジャガイモのつけあわせに。体調がよくないと食欲が減退しそうだ。一年に一回は行事食だから食べてもいいけど。わたしのアパートではいやよ!ご近所が、顔をしかめる。すべてのスウェーデン人が食べるという代物ではない。においがしたら、近所のひとは、すぐに気がつく。

以前くさやを知らずに焼いたことがある。
翌日マンションのドアの前を通る人たちが、あれ、なんだかくさいなあ。という会話が朝聞こえてきた。

腐乳といいキムチ、みそ、酒、発酵食品は人間の知恵。北欧バイキングは豪快に腐ったにしん。それにしてもかんずめをあけて、腐ったフナのようなぶよぶよの魚は、北欧の知恵。とはいえ生きのいい函館朝市のニシンのすしのほうが美味しい。肌がきらきらと光っている新鮮なニシンのおさしみ。腐ったシューストリミングは、函館で季節だけ食べられるニシンすしの美味にはかなわない。ニシンの卵ならまだなんとかジャガイモと一緒に食べられるがまた食べたいと聞かれたら、ノー。


シューストリミングは年中缶詰で手に入るが、季節によっては発酵して缶詰がふくらんでいる。船でなければ、世界に送られないという。安全のため、自分が乗る飛行機にジュネーブコンベンションを破ってまで乗せたくない。船便も赤道近くを通過しているときに、缶が熱帯の熱さで爆発しても大変。オイルタンカーの船員にスウェーデン人がいたら、ミッドサマーのために一缶しのばせるかもしれない。保存は冷蔵庫内にするのを忘れたら危険だ。やっかいな食べ物だが、ノスタルジーは食べて育ったひとの心に生きている。いかチョコは食べられないスウェーデン人。たこのさしみは、吐いてしまうイギリジン。頭の中の映像が受け付けない。



スウェーデン男性独自の嗜好がある。食後、くつみがきみたいな缶をだして、黒いガムみたいな薄いものをだして、すっと口にいれる人がいる。最初、えっ?と思う。今いったい何を靴磨きのクリームの缶からいれたのかしら。と日本女性は知らないと思う。


スヌスをする男性は、ちょっと不良っぽい。葉巻を吸うという男性ではないし、たばこを吸うという男性ではない。女性がしたら、えっふうーん。そうなんだ。しかし若い学生はするがレデイはしない。南ヨーロッパ人男性が酔っぱらってスヌスをした。悪酔いしてげーげー吐いた。かみたばこ。スウェーデン以外では発売禁止されている。スーパで売っているが。最初知らずに、どうしてスウェーデンでは靴磨きクリームがいろいろな種類がレジ横に売っているのだろう。さすがと感心したものだ。


シューストリミングとスウェーデン夏のじゃがいも。強い地酒シュナップスの小瓶をいろいろな種類。たばこSNUS。ヴェストラボットンチーズ。スウェーデンから日本へおみやげで運んだら、日本に住むスウェーデン人は涙を流して喜ぶだろう。夏に日本人がクリスマスイブにたべるストロベリーケーキ。ニシンの瓶詰めがあったら最高。

歯茎に挟むたばこスヌス。知らない人は吐いてしまう。シューストリミングを食べ、強い酒をのみ、スヌスたばこを歯茎に挟むやまとなでしこがいたら、スウェーデン人男性顔負けだ。バイキングが洞穴でろうそくを照らして宴会をしている昔を想像してみる。

シューストリミングは、他に美味しい物がある場合は、美食の香りを消し去る。缶詰をあけた瞬間汁が飛びちることも。においが消えない。水の中であける。浴槽の中にバケツをおいて。日本の料理番組でシェフが挑戦した番組では頭痛に悩まされなかっただろうか。ジュネーブ条約で飛行機で運ぶことを禁じられている。武器になるから。将来のエネルギーは、バイオガスともいわれている。ゴミの焼却の時にでるガスで動くバスも実用化されている。平和有効利用が頭に浮かぶがシューストリミングのガスは、エネルギーにはなるが大量に発生するガスには、食料の安定を考えると残念ながらエコ利用はできない。


日本のワンルームマンションだったら、近所の苦情が。嫌がらせ事件にも発展しそうだ。シューストリミングの缶詰濃縮液の臭い被害や苦情は、スウェーデンではあまりきかない。新聞にもそんな事件はない。すいすいと飛ぶかもめさんとなかよくなるためには、窓辺に缶詰をあけたのをおいたら、えづけできるかも。犬の反応実験も面白そうだ。夏休みの宿題。スウェーデンのシューストリミングを近所の犬10匹の協力で実験。ごんた、ゴロ、ちびた、白、ジョン、リッキーは汁までのみほす。ミッキー、レイチェル、マキシム、マルクスはほぼ、シューストリミング中毒に。かんずめにお鼻をいれたまま。この実験はまだだれもしていない。

体中にくさーい汁をつけて喜ぶのは、私の犬の観察から。犬の香水は、人間の感じるいい香りと違う。(犬は清潔好きだが、くさい香りを体につけてうっとりする傾向が。クリスチャンデイオールのポイズンの香水をふりかけたことがある。くしゃみが連続10回とまらなくていやがる。ー人間にとっていい香りが必ずしも犬にとって素敵な香りとかぎらない。)くさい香りが犬は好き。という観察をしてびっくりしたことがある。もちろん日本の石けんの香りがする家の中で飼われて自分を人間と思っているオイヌ様はどうか知らない。


窓をあけようものなら、はえが。毒にもならない安全なものだが、くさい香りにうっとりとする犬には、たまらないセクシーな香り。相手が欲しい犬用シューストリミング香水も売り出されるかも。犬どうしひきつける香水。

人間は、残念ながら、いやな人を遠ざける防御用スプレーにしかならないかもしれない。夏の夜のちかんよけスプレーとして活躍するだろう。カラスが近寄ってくるのが一番怖い。恋人を求めるスウェーデンのミッドサマーに登場するのは不思議。強いお酒で酔っぱらったらくさくてもわからなくなる。ミッドサマー前夜ふらふらのカップルが夜おじさんもおばさんも街を歩いている。クリスマス前夜と同じく、この日ひとりぼっちはスウェーデンじゃ一番さみしいんですよ。誰かといっしょに食べて酔っぱらう日なんです。とスウェーデン人。なるほど。スウェーデンのミッドサマーイブ週末は、友人達と一緒に食べてお酒をのんで楽しむ日。スウェーデン人が一年で2度ひとりぼっちになりたくない日。

じゃがいも、ニシン、イチゴサマータルト。グリル。ロゼワイン。お料理雑誌のミッドサマー号の表紙は、ニシン、キャビア、サーモンのスウェーデン料理グラバラックなど。お肉グリル、旬のポテト、イチゴサマータルトが表紙の主役に。むくむくと好奇心がわいてくるミッドサマー。

わたしは、ミッドサマーのイブの日に生まれた。晩餐に、スウェーデン人や日本人の友人達と誕生日100歳まで生きるぞの歌を歌う。スウェーデンで生まれていたら、パーテイにでかけていて、お医者さんも酔っぱらっていてつかまったかどうか。晩餐で産気つくということも。想像すると楽しい。ミッドサマーから10月10日で生まれた人はミッドサマーの妖精が夜の花や草に魔法をかけた。魔女も登場。ミステリアスな北欧の白夜の青い空に黄金色の満月が大きく浮かぶ。地球は美しい。
by nyfiken | 2008-06-20 00:57

真夏の夜の夢

スウェーデンでは、暦の上ミッドサマーイブが金曜日になる。夏至という日本語は、夏が居たるという表現。興味深い。キリスト教が北欧に入る以前から、伝統的に祝う。スウェーデンでは21日に。バルト3国リトアニア、エストニア、ラトヴィアやデンマーク、ノルウェーやケルト文化にも。イギリスの特にコーンウェルズ、南米、北米、ポルトガル、フランスなどでも祝う。昼が一番長い日。ボーンファイアで火をたくイギリスの古い伝統。ストーンヘンジの石で、太陽の光と陰を感じた古人達。フェアリーテイルではないけれど、シェークスピアの妖精のように、真夏の夜ミッドサマーの夜摘む植物に一番パワーが宿るといわれる。花をつみ、花の冠をのせるスウェーデンの習慣。ミッドサマーのお花の冠は、美しい夏の花。黄色、白、ブルーに少しバラのライトピンク。手作りのミッドサマーケーキの飾りは、いちご、木イチゴ、黒いきいちご。ブルーベリーの真ん中に、お花を飾る。


飲み物は、フローズンダイキリロワイヤルは旬のイチゴを使ってストロベリー色がきれい。新鮮ないちご6コ、ライトラム酒4CL、クラッシュアイス。2CLのお砂糖シロップ、2CLのライムジュース。ロゼスパークリングワインかシャンペン。グラスを冷蔵庫に冷やす。飾りようのイチゴを残し、ミキサーにお酒以外をいれて、混ぜる。グラスにあけて、ロゼシャンペンもしくは、シャンペンスパークリングワインを入れる。金曜日は、前日として家族や友人で祝う。家族や近い友人の絆が比較的強いスウェーデンでは、この日は大切な日だ。魔女は、伝統的に魔法を使って、植物や花を摘み、愛を成就させたり、解決するという。

英語で、ミッドサマーやスウェーデンなどの情報を知りたければ、answers.comがおすすめ。今ストックホルムでキャンペーンしている地下鉄のテレビ広告は、ミッドサマー殺人事件。イギリスのドラマが放映される予定だ。お花を摘む北欧の人たちは、真夏の夜、花の香りで愛を語りあうのだろうか。”あなたにとって、サマーナイトはどういう意味?夏の嬉しい行事。伝統。踊り?お花?”とラジオでお料理番組のアナウンサーがコックに聞く。何を飲みますか?何をお料理しましょう。料理は、時間のない人は、ニシンの酢つけの瓶をあけて。バーベキュー。当日あいているケーキ屋さんからケーキを。雑誌の特集もミッドサマーのベストビュッフェ特集。デイルとわけぎのキャビアトースト。フローズンダイキリロワイヤル。エビとスモークサーモンとマンゴーセビッチ。(ライム、チリ、コリアンダー、スモークサーモン、赤たまねぎのマリネ)シル(ニシン)の数種。今スウェーデン人に大人気のキノア ほうれん草にローストパプリカ、小さなポテトにアプリコットミント、ワケギにんじんのサラダ。ウオッカとチリのマリネしたニシンサラダ。シーザーズサラダスウェーデン風。(小さなクルトンのかわりに、長くステイック状に作る。パン粉で揚げたニシンにわさびにんにくアイオリソース。アジアスタイル。


わさびを使う料理をアジアスタイルと呼ぶのが、面白い。タイ料理などを東南アジアのエスニック料理と大まかにいう日本と同様。アジア料理の本というのをみるとトルコ料理からタイ、インドそして日本まで幅が広い。中国人やタイ人が大手をふって寿司レストランを開業できる国がスウェーデンやヨーロッパだ。アジアは、ひとつ。知人のシルクロードプリンセスが怒る。お呼ばれの席で、有名なスェーデンの女性が、あなた達アジア人ってまったく見分けがつかないわ。目が細いでしょ。同じにみえるのよ。これを美人のイラク人女性に言ったら、顔を赤くしておこるだろう。日本の女優美人顔に実は、中東系美人系をみることがある。台湾も美女が多い、最近美女歌手は、手術で女性になった元男性美女顔をしている。アメリカの女優やスウェーデンのモデルの目を除くと鼻から下が男顔が多い。童顔まろやか顔好みの日本男性はどう見るのだろう。



スウェーデンでは白夜。ストックホルムでは11時半近くまで明るい。朝2時すぎ頃には明るくなる。真夏と日本語でかくと、甲子園で汗を流す野球の試合。蚊取り線香の香り。お風呂上がりまだ気温が下がらない夜冷たく冷やした生ビール。夏休みのプール。かき氷、ひやむぎ。真夏の土用のウナギ。夏の風物詩。すだれ、つめたくひえたすいか。花火大会。海水浴。日本らしい夏がある。スウェーデンにはスウェーデンの形の夏がある。ただ、風情が違う。

MIDSUMMERのスウェーデンは、それほど暑くない。しかしながら、最近3週間ほど前までは、真夏と一瞬思ったほどの太陽の明るさだった。その後天候不順な雨が降ったり、風がふいたりという日々が続く。

今夜、お風呂上がりに、窓の外を見ると、南の空に大きな丸いオレンジがかった黄金色の満月がぽっかりと。上空ではないところに。幻想的な黄金色の満月。夜1時過ぎ時間がたって、おぼろ月夜に。今はうっすらと薄雲が、シルクの薄い布でくるんだように上品な月。今夜月に魅了される。スウェーデン白夜の季節。ストックホルムの上空はさすがに深夜は暗くなる。古代の人は、明かりがない夜、大きなオレンジ色の月をどうながめたのだろう。息をのむような美しさ。

北欧の月には、うさぎは、目をこらしても見えない。幻想的な大きなゴールドオレンジの満月に魅了され今宵はふけていく。

今夜はSVTスウェーデンテレビで11時過ぎに、日本特集番組を偶然にみる。念入りに取材している。日本人からみても納得番組だ。言葉の説明がちゃんと文字としてでる。

カプセルホテル。新幹線。お寺。神社。京都。修学旅行の学生。舞子さん。芸者。町並み。富士山。伊勢神宮。日本人の家。仏様に手を合わせるようす。2世代住宅の夜の食事風景。趣味のはがき絵。おじいさんたちやご近所の常連が集まるスナックのカラオケ。おじいさんもおばさんもわいわいにぎやかに楽しんでいる日本のスナックライフ。楽しさが伝わってくる。楽しいの酔っぱらっているひとたちだ。テレビ局がきて、ご近所御用達スナックもハッスル。カラオケの声にも力がはいっている。。スウェーデン人のおにいさんが、アバのママミヤをカラオケで歌っている。たしかにアバの歌は日本のカラオケでも歌える。まるで世界中のカラオケでだれかが必ず歌うマイウェイの歌のように。なんだか笑ってしまう。温泉は、はいっているおじさんが、目を細めている。



温泉旅館。日本旅館のもてなし。(旅館についたら、おねえさんが3人荷物を持ちによってくるなんて、スウェーデンでは考えられない。サービスする人が少ないのと社会主義が長い国スウェーデンでは、日本のように、ていねいにサービスをするということがない。レストランやお店で、列をなし、サービスをしてくれる人を待つのが、日本人にとっては、いらいらの原因に。お勘定を支払って、客がレストランをでるときに、ありがとうございました!というかけ声が後ろから必ず聞こえる日本は、すばらしい。スウェーデンの店員やレストラン従業員は人数が少ないのでてんてこまいで帰る人に声をかける習慣余裕なし。)ヴァイキングは、従業員の少ない国にぴったりのビュッフェスタイルと納得。

他に、旅館の若おかみさん。温泉旅館のお部屋でいただくお料理。茶道。実際お茶を飲む。お茶をたてる体験。体験学習ツワーは、スウェーデンの旅行者に絶対ぴったり。はとバスは、ヨーロッパ人むけにお勉強ツワーをすぐに開始しよう。好いビジネスになる。すなわち、海外の人は、ただ見る旅行より体験ツワーの時代にはいる。日本料理コース。すしコース。柔道、空手、すもうコース。芸者体験ツワー。盆踊り講座。お習字。日本画。日本アニメコース。日本酒学習コース。着物を着て歩くコース。黒田節コース。こけしつくり。やきもの。日本のマッサージ指圧コース。)日本旅行は、文化ツワーとしてスウェーデンではとらえられている。神社や寺での瞑想。日本の静けさや自然のたくさんある田舎の山野の体験。村おこしは、いくらでも海外からの旅行者にお金を落としていってもらう。日本は、物価が高いというのは、全く間違っている。ヨーロッパや北欧の物価の高さからみたら、今の日本は、驚くほど物価が安い。消費税をあげると国民がヒステリックに騒ぐ。政権を倒すほどの消費税反対は、どんどん国の借金を作っていく。次の世代の大変さより、自分たち今の生活。このつけは、将来の子孫に。きちんと国の経済状態を説明できる政治家がいない。自分たちが、主流になりたい派閥は足ばっかりひっぱって本当に日本の国のことを将来の経済を考えているのだろうか。今の自分のクビや今の政治生命しか考えない器の小さい政治家ばかりいたら、日本は事なかれ主義で、明るい未来はない。


老人医療の問題にしても、同じ人間があちこちの病院から同じクスリをもらいそれをステルという無駄をチェックできないシステムがある。これは、台湾の患者カードをすべてのクリニックでまず入れるとどのクスリをどこの病院からも処方されるか、同じ月に病院をあちこちかけもちをして、同じクスリをだしすぎている人には、保健所から指導が入るシステムなどを日本の政府は参考にするべきだ。遣唐使、世界中にある好いシステムはとりいれ、悪いところは改善する。
情報戦でまけた、第二次世界大戦などの日本の情報収集システムの弱点は戦後あらためられているのだろうか。在外大使館が事なかれ主義で、問題をおこさないことをよしとしていくならば、これからの外交をどうやって上手にやっていくことができるのだろう。アフリカの援助しかり、中国が民間と公で過去20年以上培ってきた絆は、南太平洋の小国に至ってもある国の病院の医師がほとんど中国の一流病院の医師や中国の援助のクスリで賄われていることは、日本政府につたわっているのだろうか。

我々はそういったって、中国に援助してきたんですよ。というおごりはもう通じない。国会議事堂をたて、病院の中国人医師が24時間体制でその国の外科内科の医療をささえ、信頼を得ている発展途上国に、国際機関の選挙前だけ、形ばかりの援助の車を政府にあわてて贈呈しても、陰で笑われるという事実が日本には伝わらない。私自身、ある国の国会議事堂を200人の中国人労働者が国から送られて、あつい夏じりじり太陽の照る中、汗まみれ泥まみれで建てていた姿を目の前でみていた。仕事がおわったら、トラックの荷台にのって、帰る。地元のひとたちは、一生懸命働く中国人労働者の仕事ぶりに目を丸くしていた。国際協力のアフリカでの信頼も、金額だけではない中国の細かなサポートの積み重ねだと感じている。





今夜ストックホルムの街は、ヨーロッパサッカーカップ2008スウェーデン対ロシア戦をテレビやパブ、会場スタジアムで応援して観戦していた人が多い。

カールラーションやズラタンーイブラヒムビッチなどスター選手がいたにもかかわらず、敗戦。応援に現地まででかけたスウェーデン人が行ったが、テレビの画面でうなだれていた。日は、町中を黄色にブルーがはいったサッカーシャツや青色に黄色のクロスがはいった応援帽子をかぶっている人たちをたくさんみかけた。連日ヨーロッパサッカーはテレビで生中継される。ウイーンとスイスを試合会場として、ヨーロッパ各国から応援団が会場で応援をする様子は国によってその雰囲気が違うのが面白い。

こうして書いているあいだ、幻想的なオレンジ色の月は雲にかくれ、姿を消す。月に太陽が反射して、地球に住む私たちに見える。

今日、地下鉄の電車に乗っていて、ある広告が目にとまる。私たちが必要なものは、愛です。といった内容。ALLwhat WE NEED IS LOVE。文字広告。人間同士も動物との関係も、植物も、機械でも。そう。食べ物も飲み物もお金も必要だけど、愛がなければ、枯れてしまう。愛とは、ケア、気持ちをかけること。かけられること。バラだって、手をかけるといきいきする。水をあげすぎたり、やりすぎると植物によっては、簡単に枯れてしまう。適度な愛やケア。

愛という原理は、唯一宇宙に生きる人間を救う.救われる神様からの贈り物なのでは。愛に臆病になったり、過去のトラウマで、素直に愛したり愛されたりすることができない人が多くなったという。映像やファンタジーの愛を現実におきないために、実社会と非現実社会のギャップに落胆する人も多い。少しのことばで、心が傷ついてしまう。愛にあぐらをかく人や、傲慢になる男性。いきなりうっとうしくなって、愛をシャットアウトしていまう人間の心。国籍や人種を関係なく、悩みはいろいろありそうだ。

孤独の時に、愛されたい。だれかに声をかけてほしい。気にとめてほしい。自己愛と他者への愛。小さなバラでも一生懸命愛をかけると咲いてくれる。愛されたいから愛するということでもいい。無償の愛に傷つくことも。都合のいい愛に翻弄されることもあるかもしれない。あるいは犬への愛に耽溺しすぎて、えさ代がかかりすぎても、愛するひとは、幸せなひとである。極端な自己愛のためにストーカーになってもいけない。こんなにしてあげたのに。これだけ尽くしたのに、相手はそれほど愛してくれないという人も多い。すべての人間が、犬のようにえさをもらうたびに機嫌よくしっぽを振ったり、ありがたさをすなおに表現できるとは限らない。愛することや愛されることに気持ちよく素直に受け入れることの大切さ。ふと広告をみていたら、こういうことが頭の中に一瞬浮かぶ。

ミッドナイトサマー。スウェーデンでは、街や村の広場に木の塔を建てて、そのまわりで盆踊りではないが、スウェーデンのフォークダンスを踊る。夏は、ストロベリーがとれ、ストロベリーケーキを。雑誌にはミッドサマーお料理特集が。今週木曜日、祝日の金曜日まえ、人々は国営お酒屋さんに列をなすだろう。電車は、英語のアナウンス(次はどこどこ。次の部分をNEXT STOP IS)というのを付け加えた。”あれ、英語でもいってるよ。”スウェーデン人のおねえさんがともだちに話す。”夏だから観光客がたくさんだからじゃない”ともうひとり。

真夏の夜の夢。フェアリーテイル。愛の夢ならなおいい。ちなみに、ミッドナイトサマーのお祭りで、ダンスをして若者が出会うのが、スウェーデンの伝統だ。森を歩きデートをする。スウェーデンのおとしよりの人達にとって、若き日の真夏の夜の恋を思い出す日かもしれない。今は、地元でとれた、イチゴがたくさん出回っている。イチゴのケースのいちごが印刷されている箱がかわいい。大きなさらにボーンとだす。へたをつまんで食べる。夏のイチゴは甘みを増す。

夏、村や町で踊る。スウェーデンのフォークダンスでも日本の夏の盆踊りでも。手をつなぐことは愛のはじまり。犬は、なでなですると嬉しそうにしっぽをふる。嬉しいという感情を素直に表す。そしてますますなでなでしてあげたくなる。甘えることも上手だ。他の兄弟犬の頭をなでていると、わりこんで、自分の頭をつきだしてくる。

捨てられた犬が、がっくりとやせ細って、保健所のおりの中に。えさもないし、愛もないかわいそうな運命。盆踊りを笑いながらおどるひとむかしのにほん。近くにいる友達が、声をかけあったり、一緒にコーヒーを飲んだり、お酒を飲んだり。孤独社会を救う小さな愛。えさをくれる人間様に、しっぽをよけいにふるのは、犬にきいてみたい。愛とはなに?むかし、嵐の夜に、台風で濡れて迷子になった犬が迷い込んできた。おなかがすいていたらしく、どろどろになった犬をタオルでふいて、パンをあげた。そしてそれからまたすぐに、みたことがない別のやせ細ってどろどろになった犬が、ベランダに現れた。濡れていかにもおなかがすいてそうにみえた。かわいそうなので、パンをあげた。しっぽをふりながら、いなくなる。雨と風の中に消えた。パンをもらった最初の犬が途中であったもう一匹の犬に、あそこの家に、いったら、パンをもらえるよ。と犬の会話を想像した。それ以来同じ犬を2度とみることがなかった。


わんわおーん。パンをくれる犬好きおねえさんがあそこにいるよ。わんわんと犬同士のメッセージが途中すれちがった時にあったのではないかと動物的なかんがあった。犬の言葉では、そこまでコミュニケーションができるのでは、と思った瞬間だった。ごくりとパンをたべて、やせた犬は台風の中に走りさっていった後ろ姿は忘れられない。その時の、南の島の台風は、屋根が飛ぶほどで、ココナッツの木が横倒しになった。嵐の中どうやって、見知らぬ2匹が迷い込んできたのか。ずぶぬれの犬が、助けを求めた姿。食べたら、雨風の中に消えた光景を思い出す。


夏のいちご。日本でむかし、いちごスプーンでつぶしながら、ミルクやコンデンスミルクでいただいた。どうしてああいう食べ方がはやったのだろうか。そうするのがもったいないほど夏のイチゴは甘みをます。

いちごがカバーするくらい、ヨーグルトと牛乳半分ずつと蜂蜜スプーン一杯をいれミキサーにかける。バナナと皮をむいたリンゴをいれて、がああとかける。混ざったら、氷りのキューブをいれてもいい。ミルクをグラスで一杯いれる。オレンジをひとつしぼって最後にさっとまぜるのも最近の好きなイチゴミルクセーキまたの名をスムージーかイチゴミルクフルーツジュース。美味しいしビタミンがたくさん。


ミッドトサマーナイト。シェークスピアの真夏の夜の夢を、もう一度読んでみよう。夏の熟れたイチゴを食べながら。
by nyfiken | 2008-06-19 09:31


しばらく忙しく日本のニュースをインターネット経由でみていない間に、珍しく妹からメールが入っていた。事件に触れていた。インターネットニュースを読もうと、チェックをし全容を遅ればせながら把握した。犯人出身地の青森市地元新聞社東奥日報社の社説。6月10日を読んでみる。事件の背景を知る。スウェーデンの新聞でも一面に。

若者の挫折感。夢と現実の違い。孤独、家族関係。思い通りに行かない人生。経済的社会的にこうありたい姿と現実姿のギャップ。リストラへの不安。携帯電話の書き込み。ネット社会が唯一友達。大学進学と技術を身につける専門学校ー大学、でも技術も身につけたい。現代社会の矛盾。エリートにしたい両親と狭間で苦しむ子供。地方出身者の孤独感。彼女がいない寂しさ。

車は欲しいけれど、クレジットで買った後の雇用不安。職場の派遣社員の立場。子供のころからいい子チャンで育った地方エリート高のプライドと実力と現実。井の中の蛙から大海へのひとりぼっちの魚の不安。遠海でひとりで泳ぐ魚の孤独。そばで親が導いてくれる村の海と遙か離れた大海の荒波。がんばっているけれど、海の水温は冷たい。孤独を癒すはずのバーチャル友達の世界。携帯ネット。インターネットで救われることも大いにある。無責任な書き込みにガラスのような若者の心は簡単に傷つく。傷つくことが怖いから恋愛ができない。孤独。

昔は、村の青年団や夜の集まりや、近所の飲み屋の世話焼きばあさんが、独り者に声をかけて、紹介をしてくれた。結婚相談所もネットでの出会いもある今の時代、出会いが簡単にできるはずなのに、人間は孤独に。

ネット上では、簡単にお友達になれる。現実は、20歳と思っていたみいちゃんは、58歳のヨン様ネット大好きおばちゃん。ヨン様だと思っていた自称ヨン様と呼んでねお兄様は、中学生12歳のニキビおにいちゃん。50歳おねえさまは、孫とデートするわけにいかず。ネットであいは、うまくいかないことも多いときく。ネット上架空友人で孤独の隙間を埋める。うまく機能する場合は、忙しく都会に住むひとたちが、相談相手を得たり、プラスの面も大いにある。ネットがだめと一言でかたづけるのは、テレビや映画がだめということと同様のレベルになっている。ハードウェアが問題ではない。ネットの書き込みで、ぐらぐらと傷つき、心が砕けてしまう弱い心が問題なのだ。現実の世間に優しい人がひとりでもいれば、救われたのかもしれない。近所の行きつけの飲み屋のおばちゃんがかつては、”あら、じゃ誰か紹介してあげるわよ。”といった人間と人間の距離が近かった。いまは、無責任なネット上で気が向いたひとが、気が向いたときに、会話の相手になる。責任の欠如。顔が見えない。顔を見せる必要がない気楽さと優しくないささくれだった言葉の暴力。心の渇き。水や太陽という愛が与えられない乾ききった鉢植え。


携帯画面に、孤独を癒す相手を世界中に探す。スウェーデンの電車でも、飛行場でも、画面にむかって、一生賢命モールス信号を送るみたいに、”愛してる。”だの”どうしてる?””好きとかキライとか”"別れよう!”送ったり送られている。スウェーデンでも最近の新しい傾向がある。3年もつきあっていた恋人が、一言電話ではなくて、携帯SMSでかたづけるという話をきいた。”いやになったから、別れよう。”ひとこと携帯メッセージで、さようなら。という本当にあった話。私自身スウェーデン人知人も、あいた口がふさがらなかった。ドライとか心が渇いているのか。

今、おこりつつあることは、もしかしたら、世界同時進行なのかもしれないと感じることがある。人間と人間が、面とむかって目をみて会話をすることの少なさ。コンピューターは、便利だが、バーチャルな恋愛やバーチャルな夢と現実の区別が感情的についていけない人間。犬は、愛を人間と絶えず確認をしあいながら、生きている。犬同士のメールはない。太古からのお鼻で臭いを確認している。なでなでもしてもらえる。言葉が通じなくても、心が通じている。現代の、心が通じない孤独の問題は、言葉を尽くしても、わかってもらえないバーチャル友人に多くを期待することへの失望。外見やみてくれで判断しがちな若い女性の精神構造。

日本の若い男性が、結婚受難。職場不安。仕事への絶望。愛したり愛される異性がいない孤独。バーチャルアニメにのめり込むオタクが出没する秋葉原が舞台。多くの外国人観光客をも不安のうずに巻き込んだ。有名電気店街は、当分客足が遠のくだろう。亡くなられた霊は、十分に供養されるべきだ。

私自身以前、山梨の温泉のある古い旅館に泊まり、刃物を振り回す男性の夢でうなされたことがある。夢の中で逃げ回る人々。同じ悪夢を、私を含めて、同じく泊まっていた知人たち3人が同じ夜みている。着物姿の髪の毛の長い女性が、日本間の大広間に、あらわれて、助けて!と、ねぼけて次々と叫ぶ。夢でむっくりとねぼけて起きあがった知人を後ろから抱きかかえるように、おぶさるようにいた姿を、私は見た。霊が乗り移り体に入っていくといけないと(とっさにどうしてそう思ったのかは不思議)、気持ちが悪いので立ち上がり追い払うように背中を激しくたたいた。すうっと青い白い煙にかわって、鴨居三つの青白い煙のかたまりになった。確認をするため立ち上がって、手でつかもうとした。すっと消えた。外の車が通るライトが当たる場所ではない。深夜、かわぞいの旅館では、外は静かで、車が通らない。昔戦争があったのだろうか。事件があったのだろうか。3人が夢で”助けてくれ!”と同時に叫んだ偶然。迷信を信じないわたしが、それをきっかけに、霊は、存在するのではと思うようになった。秋葉原の犠牲者被害者は、十分に弔われるべきである。若い将来の夢がたくさんある人たちが、多く犠牲になった。犯人の劣等意識とエゴ、本当にありたい自分の姿と現実の姿のギャップなど、どれをとってもあやめる理由にはならない。


25歳という実際なら、努力次第で、未来はあるはず。挫折感ややり場のなさを社会の責任にしてしまうという自己責任の欠如。心の弱さ。現代社会が個人を追いつめたという人がいるならば、それに対して反論したい。


スウェーデンで、トルコ国境を命からがら逃げたイラク人を知っている。笑顔を絶やさない。苦境で家族を失い、砲弾で砕け散る街をさまよう。お金も家も失って、ゼロになり、国から逃げるしか生き延びる方法はない。アメリカ軍下で働いた生きるか死ぬかの日日。そういう人間がもつ穏やかな笑顔。みてびっくりしたものだ。家族を失い、恋人も失い、希望もうしない、生きるために泣きながら山を何時間も歩いたという。



日本社会は、日本人が日本語を話し、お互い助け合う。居心地が日本人にとっていいはずだ。仕事はきついし、ハードであっても、おいしいお刺身はスーパーにある。吉野屋の牛丼だって、安い定食屋だってある。サンマをこんがりとやいて、大根おろし、おいしいわかめやなめこがたっぷりはいったおみそ汁だっていただける。すみません。と一応みんな言い合う。海外ではそういかない。あうんの呼吸もない。言葉を尽くしていちいち説明しなければいけない外国。スウェーデンで、高い工事現場で働いている難民や移民のひと。50近くになって、移民学校で生きるための語学を勉強、テストをうけて、先生に怒られながら、一生賢命がんばっている。国で、公務員だって、ヨーロッパじゃバスの運転手になれたら、最高。



何をもって挫折というのだろうか。地方でトップの高校にはいるのは、将来への第一歩にもならないレベル。どうやって転落という言葉がでてくるのだろう。挫折とは、レベルの低い次元で使う言葉ではない。受験勉強が大変だという子供がいたら、受験勉強をクリアできるような強い意志と集中力やがんばる気持ちや努力をもつことが、社会へでる第一歩という。


価値観の単一性。一流になることばかりの夢を見せられる子供は不幸だ。すべてが人間国宝や一流などならなくてもいい。小さな努力をして、誇りをもつことの大切さ。士農工商の国でみんな武士と商人になったら、国は滅びる。村役場で村の将来を考える人も、誇りをもって仕事をする大切さ。丸の内や国会議事堂で先生と呼ばれる平等幻想は、捨てられなければならない。いちろうになりたいと高校野球をめざし、挫折し不良になってしまった子供もたくさんいる。価値観の単一性の問題。いちろう。二郎。三朗もいるし、五郎だっている。それぞれに咲く花の美しさ。


15歳の高校受験、合格で地方のエリート高にはいっても、人生という舞台の、10000分の一だ。高校受験でいい学校にはいったのがすべてではない。犯人の、生い立ち。せっかく自動車整備の専門大学学校にはいって、卒業できるのに、大学受け直しのため退学。しかし受験はしない。半端。。挫折。親が、アドバイスをしたのだろうか。本人の意志だったのだろうか。F!への憧れ。トヨタの車の設計の夢。現実は、トヨタの車の塗装の最終チェック。大事な工程を任されたのは、いふりこき(津軽弁いいかっこし)いい子チャンぶりっこ似合わなかったのだろうか。トヨタの最終チェックをどうして誇りをもってできないのだろうか。


最近の傾向にとりあえず、ある学校にかよって、受験をし直すという。とりあえずなんとかは、日本人が好む表現である。とりあえずビール。とりあえず枝豆と冷や奴。その間に考えたい。18歳、スウェーデンでは、将来のことが決まらない場合大いにある。一年浪人する人など少ない。一年何を将来するかじっくりと考える。走りだすまえに。働きながら、アルバイトをしながら。



スウェーデンでは、今高校の卒業シーズン。町中を田舎の大型農家のトラック荷台に学生帽をかぶってミニスカートやジーパンをはいた高校生が、音楽をがんがんならして、町中をなり歩く。日本から客がきていた。”あれは、いったいなんですか?”びっくりする。街頭カーで大声をだすことすら禁じられている国(選挙でも選挙カーの怒鳴り声はない)で音楽をがんがんならす。トラックの荷台で若い男女がわあああといって喜んで踊っている。ハイパー度は、ゲイパレード以来。勉強は、疲れたからもう少しやすんでから。”まずアルバイトで大学の時に住む家賃をためますなどなど。



受験勉強でくたくたの18歳とは全く違う。この差はなんだろう。高校を卒業することは、トラックの荷台で踊りたくなるくらい嬉しいこと。スウェーデンの学校は繰り返し繰り返ししつこいくらい勉強させ、試験も手をぬかずある。小手先じゃ合格しないくらいなので、高校を卒業する喜びは、こちらにも伝わってくる。全体の教育レベルは、ドイツやフィンランド同様に水準は高い。


今回の25歳の青年が追いつめられた状況や背景。不安雇用。それでも車を買いたいクレジットの若者特有の借金経済。将来への不安。結婚できないかもしれない不安。本来なら、一番若くて美しい25歳の男性の置かれている現状。事件をスウェーデン人に説明することが難しい。なぜなら、たとえそういう状況でも、これだけの事件を起こす理由が、ないからだ。深淵な孤独。悩みを打ち明ける友人や彼女がいない人間関係の希薄。親との関係。怒りの矛先を他人や社会になすりつける甘さ。


今の学校における子供の教育の問題を学校や教師にもっていくことにも似ているのでは?自己責任といった西欧社会の厳しい思想価値観と日本の悪いのは自分じゃなくて、社会。外なるものへの責任転嫁。確かに、多くの企業が、使い捨て労働力であるパートや派遣社員という都合のよい方向性は、日本の労働組合の弱さを露呈している。労働者が、使い捨ての駒のように軽く扱われている。企業が、下請け企業や派遣社員に支えられているとしたら、非常に日本企業が脆弱である。確かに効率性や経済的に派遣社員などは、企業によってはとても都合のいいものだ。


労働者の権利がきちんと守られない。安い外国人労働力や、流動性のある派遣社員に頼っていたら、おそらくおなじように別なバター不足の問題は簡単におこるはずだ。社会の問題は、どこの国にもある。しかしながら、個人が社会の犠牲になるとはいえ、問題がおこるたびに、社会が悪い。だけでは、問題の根本解決にはならない。


江戸時代後半に、イギリス人が日本にきて、横浜など描写した本を読んだが、当時日本人のけんかっ早さや刀をふりまわし、外国人がずいぶんと殺されているという下りを読んだ。治安が決していいとはいえがたい状況。知人が、日本の浪人に刀で殺されてしまった。という話。血の気の多い話だ。



犯人がでた高校は、青森県では、偏差値トップ進学高である。青森出身の政治家、経済界、官僚、シェークスピア研究者など、ユニークな人間を多数輩出している。運動靴やジャージ通学がかつては、許されず、紳士淑女たるものは、革靴。黒色と茶色の革靴しか通学靴としか許されない。太宰治は、旧青森中学、現在の青森高校から一高((東大)にはいったが、文学クラブ在籍から小説を書いた。寺山修司は、三沢第5中からわざわざ八戸高校へいかずに、太宰のでた青森高校へ入学する。地方財閥はこぞって青森高校卒の女性をお見合いのトップ条件する。地方名門高出身者の犯した事件に関係者を失望させ、困惑させている。


新聞やマスコミで報じられている挫折という言葉を理解するために、犯人の背景を知ることが大事である。大卒に対するコンプレックスとも報じられている。むしろ、自動車整備の特別な短大に入りながら、再受験をするために退学。中途半端。就職は、車工場へ。学歴は大卒にこだわるが、技術をもって働きたい。矛盾点。手に職を。大学卒学歴も欲しい。現実社会では、正社員としての待遇がない。コネがない地方出身者の状況は、厳しい。企業が、最初から若い雇用者を育てようとする余裕がないのか。一生懸命働いていても、雇用がきられる短期採用。家族企業や、情で雇っていた日本株式会社が欧米化する背景。厳しい国際競争の現実。労働力の安く豊富な中国との競争。中国経済発展の利益を享受する日本企業の利益は、どこにあるのだろう。若い人を派遣で、安く使っている企業は、短期的ビジョンしかないのか。効率第一主義なのか。現場の状況がわからない。やる気のある若者のやる気をそぐような社会にだけは、決してしてはいけないはずだ。トヨタの子会社の蟹工船工場。こういう人たちが世界のトヨタを支える日本株式会社の現実。


青森と北海道を結ぶ海峡線がある竜飛岬津軽半島。恐山がある下北半島全域と青森市の全域の中学校から試験で選ばれた上位成績者のみがいく地方進学校高。青森高校合格は、大学合格より両親にとって嬉しいといわれる。私立進学校がない青森。クラスに3人は、中学浪人という。東京では、聞かない地方の現状。私立受験校の受け皿がない。青森高校にはいることが、人生の目標といった東京では決して理解できない地方構造。高校出身者が、社会を揺るがす殺人事件を起こしたのは、学校の歴史始まって以来の一大事と察する。なにが、本人をこのような転落に導いてしまったのだろう。両親の失望の大きさも察せられる。心の問題。

高校へ入って中学校のトップが、普通の生徒になる。中学校ではちやほやと秀才扱いされていた子供たち。9割は東大に行きたいと思い入学する青森高校。簡単にトップになることができない。高校へ入学してから、凡人という最初の挫折を味わう。上位トップ20人は、東京大学や京都、旧帝大や医学部、有名私立大学へ現役ですいすいと入っていく。母親の53歳の年代。青森高校卒で地元銀行つとめは、青森女性の夢見る理想スタイルである。プライドの高い母親像。


正社員になれないあせり。先がみえない。20代最初で味わう挫折感は、人をいとも簡単に殺すほどのものなのだろうか。リストラへの不安。盗まれたと思ってしまう作業着の件。異常なほどの携帯電話への書き込み。人間とコミュニケートがとれない若者の深い孤独。ネット上バーチャルな一方通行の会話。昔とった小さな小さな受験の栄光。家族の期待。現実への不満。地方進学校へ合格した夢一杯の15歳。描いた将来の夢と、現実の自分の姿への失望。有名大学へいき、有名会社にはいり、エリートへの夢。国民の何パーセントなれるのだろうか。誰でもがんばったら、美味しい将来がまっているという夢と現実の違い。


スウェーデンで、夢と現実といった本を高校生に読ませる。夢と現実の違いを徹底的に教える。夢を持つことは若者に大いに必要だ。現実をも受け入れ、厳しい現実を社会や周りのせいにせず、自己責任で認識することの大切さ。いろいろな作家のテーマに関する小説やエッセイ物語を抜粋した本を学校教材で高校生へ読ませ、深く考えさせ試験にだす。道徳という枠はもうけなくても、国語教育の一環である。こう書くと、国語教育に力をいれる。だいたい外国語なんてというとんちんかんな政治家がいるが、話はまったく違う。中味の問題である。


今の日本語教育が受験勉強のための文学読解だけを目指しているのではないか。物の見方考え方を無視し、文法、語法ばかりに偏っているならば、大きな問題だ。外国人学習者を含め、国語教育を通じて、スウェーデンでは、考え方、ものの見方、愛にいたるまでを、考えさせ、導いていく。文法を暗記して、好い点数をとるだけの日本国語教育は、改められなければならない。国語教育を通じて、物の考え方を、きちんとした見方を養うことは、自然に身につさせるべきだ。ドリル問題を解答だけ答えても、深い人間はできあがらない。読んで、読んで考えさせる。





井の中の蛙。大海を知り、挫折。20代の若者がもつ焦り。結婚相手や恋愛相手は、若い男性にとって受難の時代だ。女性ならば、若い男性にこだわらなければ、若いというだけで、寄ってくる無責任はげ頭おじさんや妻もち彼女もちは、いるだろう。若い男性に魅力がないと嘆くおじさんたちもかつては、ひょろひょろきょろきょろおにいさんだった。”わたしが若いときはですねえ。”若者は、いつの世も同じだ。できあがった完成した男性ばかり、求める若い女性にも問題がある。一緒に、ちいさな若葉から成長していくことを、いとわない若い女性は、少なくなっている。食べさせていかなければならない日本男性の精神性はすばらしいが、欧米では、男女平等の陰に、いちたすいちは、2という数式がある。一たすゼロわる2だと、若いチンパンジーが太っためすさるを養えない。だから、おなかのたれた長老のゴリラが、若いメスザルを養うバナナの法則が、復活する。日本の矛盾。


地方の就職難。青森市の雇用の受け皿のなさ。すべての人は、平等であり、がんばれば報われるの幻想。人間は平等でないという現実。縁の下の力持ちを尊重しない風潮。蟹工船の時代の側面。昭和ひとけた生まれの苦労はしたが、比較的高度成長期を生きてきた人たちの、孫達の今の20代。バブルに踊った世代の親をもつ。


事件が起きるたびに、社会のせいにするのは、簡単だ。事件を社会の問題にするのは、早急であり予防策とならない。

進学高へいき、簡単に、受験によって挫折感を味わってしまう。挫折は、誰にもいつでも人生につきもの。すべてのひとは、国連の長になれないし、アメリカ大統領にもなれない。価値観の多様性、いろいろな花が野原に咲いていて、それなりに一生賢明美しく咲く。バラはバラに。タンポポはたんぽぽの美しさや可憐さを認めるといった教育が求められているのではないか。

価値感の単一性は日本の問題である。島国日本は、中国を笑えない。中国は大陸で、日本は島国だ。知らないうちにマスコミやニュースを日本語で簡単にブレインワッシュされる。



牛がいらない、牛乳が余って競争が激しく、価格が低いからといって、政治主導の減酪農が今日のバター不足をもたらす。減田コメ不足になり、農水省の若い課長が、動物飼料用に近い一番等級の低いタイ米を意図的に?あるいは無知で、輸入し、タイ米がまずいといった誤解をもたらした。それほど昔のことではない。同時期にタイのジャスミンライスの最高なお米をタイでいただいて、感動していた。日本政府が輸入したタイ米は、古い家畜用レベルの最低のお米だったのが、不思議だ。輸入タイ米が、家畜でも食べないレベルのものだったのに、びっくりした。タイのお米を食べたことのない日本人は、一番美味しくないお米をタイのお米と認識してしまった。


日本が一番おいしくないタイのお米を日本のお米を守るために、わざと輸入したのではと疑ったものである。美味しいお米を輸入して、味を覚えたら、一番美味しいタイ米をスウェーデンみたいに輸入して食べる。

秋葉原通り魔事件の犯人は、地方進学高卒に一生とらわれた。東京大学をでて、思ったほどうだつがあがらずに、一生苦しんでいる元エリートたちもたくさんいる。また、学歴社会が悪いのではない。学校は所詮学校だ。幼稚園のエリート高を一生プライドのよりどころにできる人間は、一番幸せだろう。競争社会は、世界中に存在する。受験戦争は、日本だけではない。中国においては、皿回しの芸からはじまって、すべて競争。


県立青森高校は、太宰治、寺山修司など文学者を輩出してきた。ライ病の治療薬を作った研究者など、歴史がある学校である。自由な校風と地方では、高校出身者同士のつながりが強い。地方政財界では、青森高校出身者で占められており、女性は、お見合いの経歴には、必ず弘前高、八戸高と並び、指定されることが多いという。また、犯人出身の青森市の佃中学校は、街の中心地にあり、青森では、比較的裕福な家庭が多い住宅地である。中学、高校と比較的順調に進んできた本人が、秋葉原で無差別殺人を起こすまで、どうしてイライラしてしまったのだろう。将来を嘱望された本人が、手に技術をつけるはずのエンジニアを希望していた学生時代。実際は、工場で派遣の車の塗装工という現状に、先行き不安が募る。すべての人間は、スターになれない。まさか、塗装の化学物質が脳を麻痺させたのだろうか。職場の労働環境が、いかなるものだったのか、もう一度、調べられる必要はあるのではないだろうか。


時代の流れに、先輩太宰治も寺山修司も生きていたら、言葉を失うだろう。”青年よ。書を捨てて、街にでよう。”でも、やっていいことと、悪いことの区別はつけろ。と後輩に書くべきだった。”ダスヶマイね。”の太宰の短編は、津軽弁と南部弁両方合わせて、だからだめよ。という意味だ。なにが、だからだめなのか。生きていらしたら、コメントを先輩である天国の太宰に聞きたい。


進学高に合格した時の親の一番幸せな時。10年でこ悲劇に見舞われたこと。親とうまくいっていないという発言も、至極悲しいことだ。家庭の中は、外部の人間にみえない。加害者の、否定的ネガテイブな様子に、心のねじれが感じられる。



雪が降る青森で、雪の片付けをする母親像。犯人の雪かたずけを懸命にする姿を語るコメントがない。津軽の人間のえふりこき(いいかっこしい)が裏目に。苦労をしている割に報われない。大卒か技術で生きるかの日本社会の矛盾点の側面。



地方出身者が、夢をもって上京し日本経済の一端を担う日本国。受験勉強が悪いわけでも、社会だけが悪いわけでもない。問題は、社会に怒りの矛先を簡単にむける個人の心。社会が悪いと簡単に単純にかたづけてしまうことは簡単だ。不幸な国は、世界中にたくさんある。社会が悪い、教育が悪いという前に、心を育てることの家庭教育や学校教育がおざなりにされているのではないだろうか。心のゆがみが、行動のゆがみにむすびつく。深い心の問題だと認識する。価値観の単一性は、いともかんたんに心のゆがみを生み出す。人間が、戦争をおこすように。平和な世界は、ひとりひとりの人間の心が反映される。

秋葉原で被害にあわれた被害者と家族の気持ちを考えると、怒りと解決方法をどこに求めたらいいのか、未だに釈然としない。教育のひとつに、心を強くする心の教育が必要なのではと感じる。心はどうやったら、鍛えられるのだろう。厳しい愛と暖かい優しさ。人間はいつの間にか、機械の前で、植物や動物に触れることが少なくなった。子供達に、ビデオ見せっぱなし、ゲームをさせて、忙しい親の自由な時間を確保するといったことは、避けられなければならない。
by nyfiken | 2008-06-15 21:49

蟹工船

プロレタリア文学の代表作蟹工船が今になって売れているという。大学で教鞭をとっている作家の高橋源一郎は、唯一若者の立場になって、あるいは近い現場で、文学を論じている”よくわかっているじゃん。先生。”の作家のひとりである。以前新宿のカルチャーセンターで、それまでカルチャーセンターという名前に、ひどくある種のお暇なおじさまとおばさまのサロン、お金と時間がたっぷりある人のための講座。といういつものわたしの悪い癖、試してもみないのに偏見により、判断する。というために、一度も足をむけたことがなかった。

ある日、帰国中に、知り合いに誘われて、どうしても高橋源一郎の講座を聴きに行きましょう!というので、ついていった。テーマは盗作に関したこと。人生甘いもすっぱいも辛いも知っている源一郎氏位の年齢であるが、枯れていない現役の若いほうの作家。恋愛小説の今売れている現代の小説のプロットが実は、むかしの野菊の墓(伊藤左千夫)と同じだという。

ふと私が、大学生の頃、イギリスのゴールズワージーのリンゴの樹と日本文学の野菊の墓の比較文学。という論文を遠い昔に書いたことを思い出した。プロットという筋の話。隠された日本文学近代文学の秘密にいたるまで、大変おもしろかった。”今、わたしの妻いわく、若い人は本より、こういった分厚い女性誌のほうが内容がたっぷりあって、売れている。と女性誌を手にもってきて、たくさんおもしろいページをみせた。カラフルで内容がたっぷりでおもしろい雑誌があるのだから、若い女性が文学を読まなくなったのはわかります。”とのこと。日本文学の近代作家のなかには、相当英語が読める人がいて、盗作に近いような外国文学の日本版を出して、有名になったひとがいる。翻訳したのは、盗作か否か。など、内容は面白かったし、語り口調もスマートである。作家は無口な人でしゃべりヘタという先入観はあてはまらない。


ふとその雑誌をみて、横浜の中華街の台湾系の小さなレストランでの出版社のひとたちの年末の飲み食事会の会話を思い出した。隣のテーブルでひとりで、座っていた私の横で、男性が、新しい編集長は、きれいでおいしそうな素敵な雑誌を作るけど、内容が貧弱なんですよ。うわっぺらで、みためがいいから、きれいで上品だから読みたくなるけど、2回以上読みたくなるといったら、どうかな。だいたいあの人は、そういった雑誌の作りをしてきたしね。。。
という会話だ。どうも、新しい編集長女性に対しての部下の不満の声に聞こえた。

女性誌は、スウェーデンでもたくさん出版されている。フランスオリジンのものから、スウェーデン独自の雑誌。恋の悩みからファッション、メーク、旅行、グルメ、ダイエット、インテリアと内容は大まか似ている。スウェーデンと日本の大きな差は、若い人が1990年代に予測された。コンピューターの普及で本を読まなくなる活字離れへの危惧。若い人たちの、文学や小説を読む人たちが増え文庫本をバッグからとりだすことが、男女間の間で好感を相手に与える。格好がよいものととらえられている。スウェーデンの学校での、徹底した読書への習慣ずけの教育。本を読んで、書かせる勉強のさせかた。日本の教育が、問題をといて、答え、なるべく多くのものを機械的に暗記していく受験勉強とは違う。教材をよむ見出し勉強であるかぎり、今の若い人が、長い小説をなかなか読まない。と実はなげくまえに、じっくりと読む時間がとれない現状を知って欲しい。宿題と塾の勉強であっぷあっぷな子供達。漫画は息抜き。難しい長編を読む余裕がない。息抜きだって必要だ。パパの隠れて読むかもしれない桃色日記とおんなじ英文雑誌エコノミストだけじゃ、人生花がない。もちろんママはしらないよ。

。塾の勉強に忙しくて、塾の週末テストでやっといい学校の受験に合格するようなシステムと現実問題。しかたがないのかもしれない。若いひとに、じっくり本を読む習慣をつけることは、難しいのではないだろうか。勉強しなくてもいいし、受験もなくて、もし受験勉強が長編の小説10冊を読んで、それを書かせる問題なら、みんな必死でリストにあがった本を深く深く読むだろう。それもいいかもしれない。もちろん桃色日記などは、試験にでないのに、人間は、楽しそうなほうに簡単にいくから、誰にも言われなくても、読んだりする。目を細めていやがる若い女性の鋭い視線。こうやってこのブログを読んでいる電車のとなりのおじさんが、スポーツ新聞を読んでいる。もちろんまじめな働くパパは、家に帰る前に最寄りの駅のごみばこにぽいっとする。妻がいやがるのですよね。娘も。そうして手には日経とエコノミストだ。男も辛い。

読書は、10代からその習慣がなければ、大人になって、急に小説など、スポーツ新聞の桃色日記以外読めなくなってしまう大卒のおじさんをもたくさん排出してしまう。いや。実は世界中男は同じだ。と夢を若い日本女性の美しい欧米男児へのあこがれを壊したくはない。しかしながら、スウェーデンは、あまりいかがわしい歌舞伎町などの街が表面にないけれど、下着やさんにいくと、羽のついたひらひら天使や、皮ジャンタイプなどが売っているお店が街のあちこちにある。たいていは、下着やさんの地下にそういったお部屋がある。


一度、普通の下着や参と思ったはいったら、男性が下の階に。サンバの格好をしたような下着をさがしているとのこと。おじさんは、サンバガールにも変身したい。ファンタジーやドリームは、子供の小説だけではなくて、大人のフェアリーテールにもある。わたし、白馬の王子様を待っているのよ。プリンスはどんなことでもかなえてくれるのよ。かぼちゃの馬車で、それは美しいダイヤモンドの靴なのよ。プリンスは、美しいわたしにむかって、君は美しい白鳥。なんだって君が欲しいものなら、大きな王宮だって、あの王冠だって。シンデレラ姫に憧れる少女時代。白馬の王子さま。現実は、蟹工船でふたりで、蟹をとる。でもそんなことを子供にいっちゃだめ。ファンタジーとドリームの甘い夢で、人間は、つかの間のお昼寐にうたたねとなる。


文学は、おおかた悲惨な生き地獄か成功物語、離ればなれの愛が成就したり、悲劇になったり。誰かがいった。有名な作家になりたければ、あなたの幼少期は地獄をみなければいけませんな。これほど辛いことはないっというくらい不幸に見舞われたら、それだけで、作家になれますよ。ノンポリは、むずかしいでしょうな。確かに歴史に残る作家ソルジェニツイーンしかり、読んでいるだけで、人生が不幸の連続だ。あるいは、自分が大きな虫になったりする。翻訳は盗作ではない。とする高橋源一郎氏ならばは、おそらく多くの作家を輩出することだろう。今の新しい音楽をきくと、つぎはぎだらけだということにも気がつく。古きを訪ねて新しき。とよくいったものである。

シェークスピアを上回る、あるいは源氏物語を上回る桃色日記がまだでていない。テーマは、愛。このままだと、恐怖オカルト小説やアニメが、世界の若者をとりこにするだろう。現実の戦争映画は、もはや現実だ。恐怖オカルト映画は、かわいい和み系の豹変といったことが読者や見る者をおびえさせる。まことちゃん、梅図かずおの蛇少女やヒル少女だったか。あかんぼうが豹変する怖さにも通じる。桃色日記からまことちゃんきてしまったが、おじさんのスポニチのエッチな記事を電車で読むのを、多くの日本女性は、みて見ぬふりをする。スウェーデンでは、そういったたぐいのボインちゃんのグラビア雑誌は、お店で売っているが、みなおうちでこっそりと読む。

おじさんが、スポニチの桃色日記ばかり読んでいるというおしかりの、民度が下がるのが日本の問題だとはいうある種の女性たち。経済用語と桃色日記しか解釈できない脳みそは、生んでくれた親に申し訳ないというのは、誰も思わないだろう。いやー。お疲れのところごくろうさん。さあ桃子ちゃん。おしゃくして、課長に。いやー。新しく入った桃子ちゃんです。どうもどうも。かんぱーい。これは、スウェーデンには、ない。スウェーデンで日本男児がひとりで生き延びるには、すしを上手に握れるか。もしくは、徹底的に女性に尽くせる、尽くし型ソフトな男性で、やさしいアジア人男性を演じることが大事そうだ。たいていは、強いスウェーデン女性と、だめになるケースが多い。理由は、男のメンツとこけんかもしれない。



ファンタジーのまんがや、キャラクターは、夢を与えるから若者に人気がある。夢のファンタジーアニメで育ったきらきら若者は、蟹工船にのって、はじめて、アニメのファンタジーとまったく違う現実に遭遇する。いや、そんなはずは。ぼくだけなんだろうか。社会の矛盾。日本に存在した同じ輩たち。教えて!僕たちは、どうしたらいいんですか。どうやって、この状況を抜け出したらいいのだろう。働いても働いても、簡単なローンに手をだして、利息が大きいという悪循環から抜け出せない若者たち。夢は大きいけど、現実が厳しい。この矛盾はいったいなんだ。と気がつく若者。

まんがは、読む時間はあるんです。という母親たち。まんがで人生を勉強している。まんがの中に活字があり、活字をまんががリアルにする。活字だけだと、ぴんとこない。また、活字で5体を満足させる質のより文学者がたくさんいるかどうか。日本文学は、川端康成で、もしかしたら、美しい日本語を使えるひとが、いなくなってしまったのではないかしら。



若者の活字離れ、と私は、そうは思わない。本を読まなくなった。漫画やアニメの人気がすごい。アニメを好いと思うのは、なにも日本の子供達だけではない。先日帰国したときに、地方都市のショッピングセンターの階がまるごと若者の10代のおもちゃ箱みたいなお店があった。10代のひとたちの好きな漫画、写真集(アンナちゃんなど)、おもちゃ、異性がよってくるというかわいいパッケージのオーデコロン、むかしなつかしの駄菓子、リラックスするCDなど。骸骨マークのシルバーのリング。10代大人と子供の境にわくわくしそうなものがたくさんあった。ストロベリーのマグカップ。夢のあるインテリア小物。サングラスやきらきらしたアクセサリー。感性がある写真集や、若い写真家のエッセイなど。

蟹工船、いつも搾取するサイドとされるサイド。単純労働を低賃金でさせる。特殊な技術をもたない人たちが、今日生きるために、日雇いとなって、一番ハードな仕事をさせられる。日本の企業はバブル後、ようやく持ち直し、中国の工場で生産した安い製品をデフレの日本の市場に売ってきた。デフレからようやく抜けてきたのだろうか。借金だらけの国債発行、借金経済の日本が世界の経済効率という点で、55位という数字はショックである。富がどこに集中しているのだろう。一生賢明働いて、生活の先が見えない。企業は安価な労働力を使い捨てにして、一生の保証もいらない、ママパートや、フリーターに死ぬほど仕事をさせて、きた。労働組合で、怒り狂い死にそうな患者の手術をのばしのばしにしているスウェーデンの看護婦さんたちのデモをみてもわかるように、ヨーロッパは組合が権利を主張。雇い主と組合員の間にたって、労働者の権利を守る。組織の上層の人間は、組合ということばに、アレルギーを起こす日本は、組合にはいることが、つとめることという社会主義のスウェーデンとは違う状況だ。

大学をでさえすれば、なんとか仕事ができるというホワイトカラー安全論の時代は、とっくに終焉を迎えている。むしろ、大学4年遊び、特別の技術がないひとたちは、22過ぎてはたと困る。日本の発展や産業の発展のために、蟹工船をどうやって、導いていくか。希望をもって働ける社会にするために、今一番何が社会に必要なのか。安価な労働力にあぐらをかく、下請け切り捨ての大手や、システムは、もう一度考え直さなければ、若い人たちが、はい上がって、努力すれば、報われる上の目標。学歴にはとらわzれず、個人の能力で、十分生活ができるそういった活性化した社会。蟹工船が読まれる背景、ブルジョアへの幻想を抱かせてきた、戦後の日本のバブル期からの砂上の楼閣。アメリカの貧しい層が、かぜをひいても、病院へいけず、悪化して死ぬようなことが、我が国におこらないように、しっかりと税金を喜んで払える日本人を増やせるよう、方策求められる。とおそらく政治家は、壇上で演説するだろう。

夢、そして現実。資本主義。弱肉強食。親方日の丸。いや、日本は士農工商、気配りの国だ。でも宝船にのれる人たちと、蟹工船じゃ、あまりに違いすぎる。サッカーFIFAの赤絨毯で冷たい冷えたシャンペンを特別室でいただく人間と、高いコーラを外で並んで買う人たち。毛沢東の理想は、崩れ、社会主義のスウェーデンですら、今は、自由経済資本主義ブルジョア派が実権をにぎる。ブルジョアを殺してしまったフランス革命とて、贅沢三昧のマリーアントワネットは今は遠い昔。石油王国として、ゴールドの部屋でクラス人がいる一方で。水をくみに2時間も歩いて子供も大人も頭にバケツをもつ国、マダガスカル。

半端なバブルに踊らされ。クレジット会社に高い利息で、幻想を買う若者も。、いつアメリカのハウスローンのにの前を踏むことは、避けられなければならない。精神的清貧は、アジアの賢者中国人の美徳であった。その美徳が崩れた時が、人々の違いを生み出し、内なる不満に火がつく。アメリカの夢と現実で、医者にもかかれない医療制度。社会主義よりのもう少しまともな、貧しくても医者にかかれるアメリカ医療制度改革を打ち上げたヒラリークリントンを、国が社会主義になり、産業が進まないと危惧する人たちがいるという。しかしながら、資本主義の悪いところをすべてもってしまったアメリカは、日本など比べものにならない、大きな蟹工船ばかりだ。移民や決して白人住居地に住めない黒人たちが、働く条件の悪い仕事。何世代たっても貧困から抜け出せないのは、なにも日本だけではない。夢をいだいて、一生賢明勉強したら、いい人生が待っているというアメリカは、それも本当だが。個人の能力には差がある。

むしろヨーロッパのなにも無理して大学にいかなくても、という専門職マイスターをめざすことや、特別な技能をもって働く人たちの存在も、イギリスのわかりやすい社会構造をみると一目瞭然である。すべてのひとに教育の均等は与えられるべきである。しかしながら、勉強がいやでしかたがない、そういったこどもたちに、無理矢理数学や物理をおしえこむのは、時間のむだであり、経済効率が悪すぎる。勉強も運動もなんでもいやというやる気がない子供達は、小さいときから。本当に好きなものを好きになる時間が十分与えられずに。親がゆうとうりに時間と空間を使ってきて、自分で考えることを訓練されていない子供ではないだろうか。てっとりばやくお金。のアルバイトは、店長制度があっても、長い将来を考えると独立開業をするのは別に、給料制で時給制度は、保証がない。アルバイトのかたわら、絶えず1年後3年後5年後の自分がありたい姿をあたまにいれ、そのために何を学び、どこでだれのもとで修行をするべきか、どういった企業もしくは仕事を将来したいのか、といった具体的なビジョンをもたせることが、今の10後半からのフリーターに必要なのではないだろうか。

蟹工船。プロレタリア文学が今の若者たちに読まれるのは、若者がどんなに働いても先がまったく見えない社会の矛盾を強く感じている証拠である。使い捨てのライターに、誰もなりたくない。政治家たち、国を動かすひとたちが、社会に希望を持たせることができるかどうか。産業界は、がんばっている。これ以上できないくらい、働いている。社会を動かす政治的手腕を日本の外から期待したい。
by nyfiken | 2008-06-08 22:54

Early pleasant summer

Sun shines so pleasantly and birds are singing from 3 AM in the morning so happily.The sun stays till late at night while peoples are taking a walk or sitting and chatting outside balcony with a glass of wine.This nice early summer leads all inhabitants in Stockholm rather relaxed and brings happiness, just because of sun.Stockholm looks so different from that in dark winter.Yn in winter and Yang in summer, plus minus zero.We see many swedes look rather red face due to sun burns.No one put on hats , neither umbrella just like many of Japanese ladies do in Japan during summer.Here I have no courage to carry and use my umbrella since swedes looked at me strangely whenever I used umbrella at first summer and even some talked to me "Excuse me, it is not raining now!hahahahaha."
, so now I do not use anymore.If any Japanese girl wear sunglass and mask with hat and umbrella, swedes may feel strange and certainly you show that you are non-swedish and have different code loudly.

Some friends from asians told me "you know in my country , rich are whiter since they do not have to wait for bus under the sun or they do not have to work under strong sunshines generation to generations, but here in Europe and sweden, rich can fly to the warm resort and can stay under the sun, so darker is richer generally speakiing.

She added "I do not understand many swedish come to my country they pick up most ugly women from my country (sorry to say she added) and my husband always turns neck and say one word "nobody want to marry them in my country but whyEuroean love them?different taste?)but you know Japanese men always pick up the most beautiful girls.from my country,They know how to choose pretty ladies."

I heard her comment and feel like I have ever heard similar comment.We japanese men know asian beauty as well as korean and chinese.Though even go-go dancing girls in Thailand, mostly those who are picked up by European at bars are not asian mens' favorate.Darker , skinny and with more wild hungry face future.On the contrary rich thai men preffer lighter whiter skin, mild soft cute face from changmai.It is so clear to see girls' diversity in Bangkok, Karaoke bar for Japanese businessmen always have so called pretty cute asian girlswith lighter skin , but dansing go-go bar with snakes have darker skin , skinny and wild face(more masculine face with high cheak bone and bigger round nose are favored by american or european.I analize this as some swedish love different type of women and in fact for them all asian seem to look same except for some who have lived in asia.)IT is very difficult to determine the beauty .Although I totally agree a Japanese woman who was selected as a champion of world beauty contest.Recently the french trainer published her essay in Japanese and I had a read at a book store in Tokyo recently.What she tried to say is that all women any time in a day should not forget we are seen and we should not forget as we are woman.It is true in any age, we should not make man disappointed .

In Sweden there is a discussion of that outside is important as inside?Probably at school , discussion want to be the result asthat inside is more important than outside.Though economical news paper's article in Sweden gives a comment to jobseeker "We care for peoples' outside and outfit especially on the ocasion of job-interview.Nowdays worker require more better looking and we do not want to employee tattoopeopels in officially.We certainly do not recommend our company's worker to have tatoo on their hands."Bank is service business , but TV chef and cook have tattoo and famous young fasioin designer have tatto on her hands(a bit strange to me!!)in Sweden.Artists and TV star cook might be allowed to have tattoo?

Swedish summer produces local strawberries and that turns to be beautiful summer cake so called..Summer strawberry cake with fresh cream.NOramlly peoples make at home using fresh strawberry, not buying at cake shop.

I just wonder why we Japanese have habits eating strawberry cake on Christmas.Probably strawberry color 's red and white cream gives Christmas imporession the same as Santa's red and white , so it beacame popular among Japanese.Most Japanese may eat Christams strawberry (Swedish summer tarte)cake on 24th December.Most of them are sold at cake shop or bakery, even peples prebooking the cake, the reason why is that it just because it was our custome and recent tradition after the war.I do not know when it started and how and who did first.Eating strawberry fresh cream (or butter cream )cake on Christmas is widely recognized as Japanese way of celebration of Christmas. I see swedish traditional summer cake (strawberry cake) with a little swedish national flag, on top, besides of white margarette flowers, my brain computer accept two strawberry cakes's shape, one is japanese christams cake and other is swedish summer cake.In fact Swedish way is more natural because in the summer , in the garden there are full of strawberry, they use local fresh ones.On the contrary, in Japan we use strawberry in the warm house or imported from the other side of the world in December.

This weekend on Thursday night I watched an interesting Korean Movie on TV channel 24.38degrees.NOrth korean patrolling army and south korean patrolling army.Just one line .They are same korean who speaks the same language and same peopels.Just political ideology, the country is devided .The movie show us deep difficutly .As a humanbeing, they are brother, but under ideology or politics, they are enemy.They showed us the reality.There exists the tragedy .Individual good person is always sacrified under ideology or politics or country.Good peopels have to fight and good peoples have to kill enemy or brothers so called.When the movie was over, my tears ran calmly.

It was sad movie and more than tragedy.Korean peoples are warm peoples who have hospitality.They are kind and look after foreigners as real guests.When I travelled to Korea, how warm they were , they trully cared for their friends.We Japanese should not forget asian kindness as Korean still keeps for their guests and friends.I will never forget my korean friends treats when I visited Korea and some other countries where Korean friends welcomed and took care of me while my staying.

Early summer , bright daylight , it was quite strange feeling that korean sounds on TV in Sweden..Once I have heard Korean enka on FM radio Sweden and that korean enka make me feel so nostalgy and feel at home.Korean matters and things make me feel so nostalgy or natukasii in Japanese even when i visited Korea.I still can not figure out why I feel natukashii when I hear korean old popsongs or watch korean movie.

Swedish early summer comes, it would be best for real koeran barbeque with their 3 sauces.Blended salt, lemon , sesami oil , or special soya based sauce.Kimuchi should be served.In sweden What I miss..real koeran barbeque with real kimuchi and kakuteki, chijimi, chige soup and maccori.They make sushi, but they never serve us the real juicy nice beef harami meet or other kroean barbeque here in Sweden strangely.there does not exist Mongolian barbeque except for Sweden in other world, but why in Sweden korean never serve korean barbeque on the table grille, but sushi or tonkatu like Japanese.?

In Sweden.Kimuchi is avairable , This is said among Chinese who have eaten korean barbeque in Beijing.They also say at they miss kroean barbeque here in sweden.we never have the real staffs.I hope anynorth korean or south korean would open Korean barbeque restaurant.in Sweden.The mountain's name will be north origine , but south korean should be very welcomed.Maccori and shoju will be loved by new beginners for korean food eaters in Sweden.Another i, bibinbap , in Sweden nobody knows stone cooked bibimbap.In japanese we say Ishiyaki style.Zen shu style.Just because Swedes have cat toungue?Well, As a japanese I want to eat ishiyaki stone cooked bibimpak.My request to north korean or south korean restaurant owner in japan , please come to Sweden to open korean barbeque house.But not mongolian barbeque cheating restaruant !!
by nyfiken | 2008-06-08 05:01
一足早く北欧に初夏が訪れた。5月中頃から、快晴そして温度は25度を連日超し、道行く人々は、こんがりと肌色に。ボートは週末をまたず、白夜の11時過ぎまで明るいので、夕方から気持ちよさそうに、でていく。

地球温暖化の影響で、雪のないストックホルム。去年のみじめな雨ばかりの夏をわびるように、太陽は、ごきげんよくきらきらと北の大地を照りつける。日陰は、気持ちの良いさわやかな風。
朝起きると、早々と鳥が気持ちよく鳴いている。ねじ巻き鳥の声。かもめが、まるでニルスの冒険の本みたいに、飛んでいる。鳥は、羽をもって、天使のように自由自在に大空を飛ぶ。

スウェーデン人が待ちわびていた夏。昨日はスウェーデンのナショナルデイ。同時に今は、卒業式の季節。学校を終えた、18才。先日新聞で、将来はどうしますかというインタビューに、半分以上が、すぐ進学することは考えていない。一年間海外でアルバイトをする。親に経済的負担をあまりかけたくないから、住居費くらい払えるように、一年間アルバイトをする。ルンペンをしてみる。すぐに進学しないで、一度社会にでて、そこから将来を考える。もちろん、まっすぐ大学進学をする高校生もあるが、オーストラリアなど遠くの海外で英語を勉強しながら、働いてみる。など様々だ。

ストックホルムでトラックの荷台に、卒業した高校生が、学生帽をかぶって、大きな音楽をならしながら、踊りながら、街を凱旋する。普段、音楽をかけながら、通ることが暗黙のうちに禁じられている静かなスウェーデンで、この風景は知らない旅行者をびっくりさせる。学生を終了した嬉しいおめでとう凱旋パレード。ゲイパレード以来の大音響。いろいろな通りを勝手にはしる。通りで、その車をみつめる大人達の目は温かい。昔を思い出すのだろう。人生の一番楽しい青春。悩みはそれぞれあるけれど、トラックの荷台で嬉しそうに踊る卒業した生徒たち。黄色とブルーの国旗色のリボン。白いマーガレットの花。夏のストロベリータルト。

今の初夏の季節を、色で表すなら、ブルーと黄色のスウェーデンの国旗色。白いはなびらで、真ん中が黄色いマーガレットの花。夏のお菓子。ストロベリーケーキ。日本ではクリスマスになぜかクリスマスケーキとして定着したが、ストロベリーは夏の果物。地元でとれたストロベリーで作る、夏のサマータルト。白とストロベリー色。

昨日、ストックホルム郊外、車で一時間ボートタクシーで10分。スウェーデンの大学教授のサマーハウスに午後から夜にかけて、招待された。ボートタクシーは、スウェーデンらしい。20人の来客は、アフリカスーダンから、インド、パキスタン、中国上海、日本、スウェーデン、ハンガリー、ポルトガルと大陸をまたにかけて、美しい水辺にあるスウェーデンスタイルのサマーハウスライフに触れる。スウェーデンの人にとって、人生において、一番大切にしているもの。に触れたような気がした。

とれたてのガーデントマト、ラデイッシュ、クリスピーなサラダえんどう豆をめいめいにボールに。フランスの美味しいチーズ。大きなフランスパン。オリーブをまぜて焼いたパンを切り分ける。山羊のチーズ。バジルの葉。キュウリとデイルを刻んで作るトルコヨーグルトを使ったヨーグルトサラダ。そしてメインのオーブンで焼いたデイル味のよく脂ののったサーモン丸ごと。そしてドイツモーゼル白ワインは、箱ごと。BY THE RIVERの名前、美味しいさわやかなワイン。

海をみおろす、スウェーデンスタイルの小さなサマーハウスの外庭にテーブルを二つ。大きな日よけの傘。ブランコ。子供用の小さなテーブルとイス。冬のためのまき暖炉。そしてたくさんのろうそくだてとろうそくを入れる美しいブルーガラスの器。太陽のない冬に、この夏の海辺の日々をどんなに北欧のひとたちは待ち受けるのであろう。作業部屋のなかのたくさんの大工道具。そして小屋のしたにつまれた薪木。薪をきる器械がある。夏の間、少しずつ準備をしている。

ハンガリー人のマダムが、途中立ち上がって、冷蔵から冷えたシャンペンを持ってきた。
あと二日でわたしの誕生日。みなさんへ。ビヨンボルグと同じ年。彼は、今日。二日わたしが、年下だわ。ビヨンボルグの美しい邸宅は、知人のサマーハウスへ行く途中の海辺の一等地にある。スウェーデンの映画やドラマをみると、そういった邸宅にすむ人たちのヴィラでのラブストーリーや家族の物語が映される。そういえば、ストックホルムの市内、海辺を見下ろす町中の一等地には、タイガーウッドが、スウェーデン人の妻と時々訪れる見晴らしのいい年代物のマンションがある。

ビヨンボルグは、スウェーデン国内では、ビジネスマンとして成功し、ブランドをもち、ファッション、香水など、若者にも人気がある。街では、簡単にみかけることは、さすがにない。ただ、NKデパートやマキシモドッチのブテイックなど、ふつうに歩いているマーガレット妃を見かけたわたしは、ロックセットや、スキープレーヤーの有名なインゲマールなど、たまたま街の寿司レストランで、話をしたことなどを考えると、街角からタイガーウッズやビヨンボルグがひょっこりと現れるかもしれない。と期待する夏なのだ。いや、きっと彼らは、週末は、スウェーデンの海に面した美しいサマーハウスで過ごしているだろう。

スウェーデンのサマーハウスに欠かせないのは、サウナ。日本人ならば、さしずめ、海をみながら、温泉に入りたい。と思うだろう。露天風呂はわれわれ日本人のサマーハウススタイル。
サマーハウスは、メインテナンスが一番。大工仕事が大好きなひとにとっては、なによりのおもちゃ、嫌いなひとにとっては、週末の仕事が増える。人生、なにに重きをおくかだ。

マーガレットの花が海辺に咲いていた。鉢植えで、スーパーやお花屋さんで売られているのは、野原に咲くマーガレットへのノスタルジー。同じく道ばたに黄色い菜の花のような花が咲いていた。春そして初夏。海辺では、大人も子供も水着姿ではしゃいでいる。高校生カップルの男女もういういしくデート。ポルトガル人が、ポルトガルはまだ17度よ。スウェーデンが28度なんて、不思議。そして、南の島の友人からは、2月から雨が降りっぱなし。太陽が恋しい異常気象という知らせ。スウェーデン人は、地球温暖化ということばには、敏感に反応。エコやCO2も気になるようだ。しかし、目の前の太陽のきらきらには、喜んで!とだれもが、嬉しそう。

サマーハウスの生活は、昔スウェーデンの人が営んできた懐かしい生活へのノスタルジーともみえる。海がみえ、広い庭と林の木。まきをくべる暖炉。ハンモックでお昼寝。芝生の上で。とふとあることを思い出した。日本と海外の大きな違いは、芝生かもしれない。芝生を多く持つ海外からくると、日本は公園をのぞいて芝生が少ないという。芝を刈ることが、忙しい西洋人。たしかに芝は、ゴルフ場以外や公園以外では、普段あまり日本家屋の外ではみかけることが少ない。

海をわたるボートのデッキからボートやヨットがみえた。夏、一足早く、スウェーデンに訪れた神様の贈り物。暗い冬は、この夏の太陽があるから、がまんできる。人生にはご褒美がつきものだ。ご褒美は、冬にはこないけれど、待っていたら、知らないうちに目の前へ。喜んでいただくことにしよう。ご褒美があるうちに。
by nyfiken | 2008-06-07 22:27