スウエーデンの面白いものたち


by nyfiken
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<   2008年 07月 ( 16 )   > この月の画像一覧

ザンジバールの島から首都へ船で戻る。イスラム教徒がほとんどのザンジバールでは、女性は外国人観光客を除いて肌を出す人が少ない。不思議に、ここ最近の傾向として女性が顔まで覆うスタイルが多くなったという。目だけ見えるスタイルは、よくみてみると、黒の洋服のすそに金刺繍きらきらや、スパンコール。黒の下からきれいな色のスカートがみえたり、ベールだけまっピンクにして、そのうえに顔の部分を覆い後ろでとめる。光物が好きだ。隠れたおしゃれ。

さて首都にきて、ふと気がついたのは、道路も日本の鹿島建設が以前作った広い通り。日本からの中古車新車の車のデイらーが街のあちこちに。不思議に街を走る車がすべてきれいな新しい中古車が多い。中国の都市をはしるおんぼろ車など、ダレサラムにはない。そろいにそろって新しい中古車。新車のトヨタハイラックスなどの公用車が多い。ここでは、鹿島建設がとても有名だ。鹿島建設が作った橋。海辺の砂地そばに特別な技術で作られた橋は、ダレもが賞賛する。隠れた日本の技術がアフリカで生きている。



イスラムとキリスト教徒が半分半分のせいか、女性の格好がかなりモダンだ。髪の毛もエクステンションやストレートパーマ。ここでは、太っているイコールお金持ち。やせているのは、貧乏人。ダイエットという観念がない。でっぷりと太っているおなかがぽこりとでたインド人やタンザニア人。太いことは、富のしるしという感じがこちらに伝わってくる。”知り合いの日本人の奥さんが気の毒に病的にやせているんだ。Thi-----n!!と語尾がのびた。病気かな。それともよっぽど生活が苦しいのかなマッチ棒くらい細い。。”と真顔で聞かれる。


海は青くインド洋が本当にきれいだ。海沿いの景色のよいところに、連なる高級な豪邸。高い塀が延々と続く一角はカンヌかニースだ。大使館や企業関係者が住む高級住宅地を車で走る。通りをへだてて美しい海。ドライバーが中国大使館の前を通った。大使の公邸は海がみえるすぐそばにお城のように立っている。あんな青い海の見えるお城に、女中にかしずかれて住んでしまったら、暑くて公害だらけの中国の大都市にはもう戻りたくないはず。

夜、モスクからのお祈りの音が終わったあと。しばらくたったら、ホテルの部屋にまたまた大きな音が。よくきくと、カラオケの音楽だった。アフリカの大都市タンザニア人にひろまりつつあるカラオケ。わびさびのあるようなふんいきの歌を熱唱している。アフリカの大都市はおそらく1980年代のタイのバンコクに似ている。失われたバンコクや東南アジアの都市があの辺に健在だ。


タンザニアはおいしい。ヨーロッパでは、アフリカ料理というとレストランがあるエチオピア料理が一般的だが、タンザニアは、特にザンジバールなど、アラブやインドの影響をうえkている。海の料理やスパイスがとれるのでカルダモン、ジンジャーなどをよく使う。タコがおいしい。タコをあげて、揚げたてを一口大に切る。そこへピリピリ。しょうが、にんにく、チリ、レモンとタマリンド、スパイスやペッパーをいれてザンジバールスタイルのピリピリソースができる。あげただけのタコがピリピリソースでお酒のおつまみに最高となる。スウェーデンでも日本でもこれは簡単にできそう。結果として、何をたべてもたいてい美味しいことに気がつく。わたしにとってこの旅は、体重が増える結果となった。

ザンジバールの最後の夜。夜インド系の知人の家にお食事に招待された。古い旧市街のようなオールドタウンの真ん中、細い曲がりくねった道をあるいていたら、マサイ族の青年があの格好で二人歩いていた。知り合いが挨拶する。最近はキリマンジェロのふもとアルーシャから遙かザンジバールまでマサイ族が、男女ともに移住。働き口は、路上でマサイの格好でビーズを売ったり、あるいは、ホテルの入り口にガードマン兼ワッチマン(彼らは、マサイ人の仕事をこう表現した)としてつとめている人が多い。タンザニアのスワヒリ語ももちろんはなす。


伝統的には赤と青の格子の布を独特の結び方で2枚。3枚とまとう。今世界で、国際会議にも丹前みたいな民族衣装の格好で出席するブータン人とマサイ族くらいが、自分達のスタイルを誇りをもって着ている。西洋人の女性が、マサイ族の男性を求めるというが、価値観の違いや西洋に連れてきた場合など、どういう風に彼らが適応するのだろうか。ガイドブックにマサイの人が写真を撮るときにお金を要求するという不満を観光客が言う人がいるが、ただですませようという観光客を逆に戒める論調で書かれていた。野生の動物保護で、マサイ族の生活も変りつつある。伝統や自分達の生活信条を守ってきたが、最近は教育を受け、大学進学をめざす若者も増えてきたという。。

マサイ族は、どこにいても独特の布をまいているからすぐにわかる。昔は男性は赤、女性は青。最近ここ20年の間に、布にもいろいろなバラエテイがあり、モダン化している。わたしは、彼らのおしゃれのセンスがいいのに、脱帽。女も髪を剃っている。おしゃれはビーズだ。男は短い髪の後ろに赤いビーズでたばねたような長い編み込んだ付け毛をほどこす。古くは、一人前の男になった印としてライオンを殺したそのライオンのしっぽを頭につけて歩いたのがもともとという。足下に白いビーズを編んだものを足首に10センチ幅くらいで巻いている男性もいる。彼らの手に、きらりとひかるものが、。すわ、やりだろうか。と思ったその瞬間着メロ。手には携帯電話。さっそうと後ろの髪のつけげをなびかせて、マサイ語で携帯で話しながら軽やかに夜の街に消えていった。時代は現代。携帯電話は世界を確実に変えている。ザンジバールの夜の思い出である。f0157298_0214583.jpg
Photo by Nyfiken in Zanzibar, photo©right Nyfiken

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masai man in Tanzania, zanzibar , Photo©right Nyfiken
by nyfiken | 2008-07-27 23:15
ザンジバールの町中にある市場に止まっている車が気になる。木の葉幼稚園。竹橋工務店。にこにこクリーニング。山の上電気工事店。デイケア老人ホーム。水道工事。幼稚園の車に仲良くタンザニア人がすわっているし、デイケアの車にも地元の人が。笑ってはいけないが、いちばのなかで一生懸命パイナップルを積込んでいたトラックは、何とか組。タンザニアの街はなつかしい日本車でアットホームな感じ。それにしても日本のワゴン車。トラック。ミニトラックなど中古でありながら、かなり新しい車の中古車のきれいなものが街を走っている。ドバイまで船で輸出。そこからは、アフリカ各地にという話はスウェーデンのケニア人からきいたことがあるが、本当らしい。リサイクルは、地球のためにいい。自転車は中国から。オートバイは、ヤマハが人気がある。以外だが、ここではヤマハが、有名だ。ザンジバールは熱帯の島だから、小さな船が多い。船のエンジンはヤマハと口をそろえていう。車はトヨタがダントツにがんばっている。しかしながら、日産の中古も多い。

ある招待で、海辺の高級レストランへ招待された。白砂の上にテーブルがセってイング。普通のひとは、決していけない高いレストランだが、旅行者は来るそうだ。ザンジバール料理というセットがあり、マンゴーとタマリンドのスープ。ザンジバールピラフ(スパイスのきいたお米のピラフ)など。アラブの音楽の影響を濃く受けたザンジバールの音楽の生演奏。月や星そして砂浜となかなかふんいきがいい。ウェイターがきた。こんにちわ。日本語の挨拶はどうして?道を作る日本人の人たちがこの島にいて、政府の援助の仕事で滞在中よくここに来ました。とのこと。どうりで、不思議にメニューに刺身と寿司がある。サシミはまぐろがメイン。とのこと。同じテーブルにいたアメリカからきたアメリカ人の若いおにいさんが、寿司を頼む。まぐろがメインだ。

市場にいくとまぐろや鰹がある。ただし冷蔵設備がないために、とれたらそのまますぐに市場にならび、氷がないために、その日に獲れた物はその日に処分というのがポリシーのようだ。


ザンジバールから車で田舎へ。ココナッツの木、大きなマンゴーの樹。熱帯樹林。竹林を通ってなんとなく雰囲気のよいブッシュにきたら、あ、この辺に世界でここしかいないコロンブスという目の大きいさるがいますよ。ゆっくり走るように道には凹凸ができている。なぜなら通りを通るさるさんが交通事故にあうことが多いという。車でゆっくり走っていたら、ちいさなさるが座っていた。国立公園になっている。さるコロンブスの森。といったところか。

田舎の家は、未だに土と枝でできているかなり原始的な家。コーラルの石にすなの家もある。バナナの葉っぱで作ったような扉。普通は熱いので昼は、外のたたきみたいなところに座っている。ところどころにお店がある。小さな店には、お化粧品。アラブの怪しいオードトワレ、目のまわりをくまどるアイシャドー。中国製のまゆずみ、口紅。おもちゃのようなアクセサリー、レース。カラフルなビニール製のテーブルクロス。モスキットネット蚊帳。釘からペンキ。飲み物、飲料品、コーヒー、ミロ、ノートなどなんでもあり。日本製はあるかしらと思ってのぞいたが、なかった。コカコーラはココナッツ4個分。インドの女性みたいに布を巻くスタイルがザンジバールなので、布も。

モスリムの子供達の制服。黒い服の上に白いベール。やブルーの服の上に白い布を頭からすっぽりと。スクールバスに乗っているこどもたちが、わたしのほうを不思議そうにみている。東洋人はめずらしい。中国人は、4代目にはいって、ザンジバール人と混血し、ザンジバール人になっているという。20年以上住んでいた日本人は以前いたが、今は島からでて、大陸のほうで商売をしているという。知り合いのタンザニア人がいう。中国人は、ここの女性と結婚して土着するのに、なぜか日本人は長く住んでいても居着かずにでていってしまう。どうしてだろう。さて、どうしてなのだろうか。中国人は、ホテルでも従業員いわく、中国人は時々くる。ホテルの近くには、中国人医師のいるクリニックがあるという。チャイニーズホスピタル。世界に中国政府が展開している中国人医師数人を発展途上国に送り込んで、3年そこでグループで医療に実際病院で働かせる方針は、南太平洋もしかり。

中国が今アフリカの援助に力をいれている。。先日食事を一緒にとったオマーン人ドクターが鋭くいう。”中国はアフリカのオイルが欲しいんだ。”中国のオイルはたりない。輸出国どころか輸入しなければ、中国の産業はなりたたない。南米のベネズエラと仲良くし、アフリカはスーダンに積極的に援助している。石油が出そうな国には、マンパワー、ジャーナリスト、民間人や商売人を送り出す。スウェーデン人と結婚した中国人女性は、アフリカで数年中国のインターナショナルラジオの駐在員として滞在していた。

それにしても、ザンジバールの中国人は少ないようにみえる。どこを見渡しても、現地人
アラブ人インド人以外、どこに中国人はいるの?小店をだすひとよりどうやらホールセールをしているという。いわば問屋だ。中国人はアフリカ人の人たちに中国からのものをおろす。日本の人は?残念ながらアフリカの島で商売をしている日本人はいまだおめにかからず。案外ザンジバールにいるのかもしれない。

スパイスアイランド。スパイスがようやく市場に何回か足を運んでいる間に見えてきた。タマリンド。カレースパイス。ターメリック。カルダモン。米の種類もインド、地元、タイの米と種類が多い。ザンジバールでいちばん有名な料理?ザンジバールピラフ。カルダモン。クミン。ンダラシーニー(現地語)の3種類のスパイスをいれるという。また自宅で、いろいろなパンを焼く。先日お呼ばれしたザンジバール人の夕食では、お米の粉を使って、パンを作る。美味しい。食卓に4種類の手作りの美味しいパンが。またココナッツで煮込んだバナナ。カルダモン味がおいしい。牛ひきにく肉のトマトスパイス煮込みは、ミートソースのように美味しかった。エビのクリームに。タコのスープ。きわめつけは、特別の熱帯の果物で作るジュース。さわやかなおいしさだ。



アフリカの市場のほうが、スウェーデンの市場より日本人の好む野菜が多い。かぼちゃ。細いなす。サツマイモ(これは本当に美味しい!)コリアンダー。にんじん。ほうれん草の種類。大根葉。いろいろな緑黄野菜。レタス。柔らかいキャベツ。レモン。ライム。トマト。赤いタマネギ。ネギ。キュウリ。グリンピースの生。ジャガイモ(皮が比較的赤い物)。値段はスウェーデンの10分の一。白菜ににたもの。チャイニーズベジタブルと呼ぶ。家と家の間の空き地には、みんな種を蒔いて芋やトウモロコシやチャイニーズベジタブルなどを植えている。タンザニア人のほうが、働き者だ。

引き潮の時に人々は一斉に海岸にでて貝や魚をとる。みんなよく働くように私の目にはうつる。

FMラジオには、世界の音楽が流れる。ビヨンセから、南米のポップス、さすが日本のポップスはないが、レゲエ、ヒップポップ。若者は同じだ。運転手がいう。踊りは大好き。一日5回朝から早く起きてお祈りをして、デイスコでも踊る。お祈りをするのはどういうこと?こういうふうになりますように。試験がうまくいきますように。好きな彼女がふりむいてくれますように。お金がもっとはいりますように。うまくデートがうまくいきますように。なーんだ、日本の神社やお寺と同じじゃない;そうか。祈ることって大切。普段苦しいときの神頼み。宝くじがあたりますように。とモスクで祈っているひとがいるかもしれない。それにしても、いのるときに、きちんとオフィスでも黒い布を巻いて祈る。不謹慎だが、胸をだして歩くスウェーデン女性より、ザンジバールの黒い布を巻いて顔を隠している女性のほうが、ミステリアスなのは、どうしてなのだろう。


目がチャームポイントですよね。アラブの女性は目をメークしますね。というわたしの言葉に、オマーン人ドクターがいう。いや目をメークするということは既に本当の宗教的見地からいうと、ちょっとなんですよ。奥が深い。それにしても、市場で売っているスカートの下に白キャミソールが多いのは驚き。はっきりいって、スウェーデン人女性でキャミソールなど今の時代いるのだろうか。あの国ではあまりキャミソールをみない。スカートの裏に裏地が付いていないことが多い。だからなのだろうか。スウェーデンスタイルは、スカートの下にスパッツ。残念ながら、スウェーデンの街で映えるシンプルな色は、アフリカの地では、さえない色となる。カラフルな色の布の多い土地には、太陽の光と湿度に合う色や洋服のスタイルがある。残念ながら、この地ではMAX MARAやSANDやアルマーニは似合わない。

ヨーロッパ人がイメージするザンジバールやアフリカの色はオレンジ色や土色、褐色の赤色だ。化粧品メーカーMACにもザンジバールという色があった。白砂と淡いピンクと淡い海の色。それと、木の彫刻が施されたアラビア扉。古いポルトガルスタイルやアラブスタイルの朽ちた家。ココヤシ。つり船の地元の木の船に帆。熱帯の果物やスパイス、豆、米が入った袋が並ぶ市場。イスラムのスタイルの頭からカラフルな布をかぶル女性。そして黒い服。こういう視覚的なイメージがある。



ヨーロッパ人が疲れをとりにアフリカへくる。今島をあげて、マラリアの撲滅に取り組んでいる。島の小さな診療所に、グラフ。村の委員が集まって、意見を言い合う積極的な取り組みグルー追う。イギリスのあるオーガニゼーションがその小さな村に協力。美しい白砂のビーチにたつバンガロー。マラリアはどんどん減って、今はひとりになったとクリニックの人がいう。積極的なとりくみかた。村の地図と住んでいる人の名前が書かれた地図。マラリアは大きな問題だが、村のコニュウニテイの団結と協力、援助で少しずつ減ってくる。問題はなくなった後どうやって維持をするかだ。
by nyfiken | 2008-07-22 21:44
ストックホルムのアーランダ空港を飛び立ちスイスのチューリッヒ経由でアフリカのタンザニアへ。ダルサレムから船で3時間近く。インド洋に浮かぶ島ザンジバールへ来ている。

夏の北半球と違い南半球は今は涼しい。といっても赤道に近いアフリカの国は、常夏の熱帯の島。

ザンジバール。中国人や日本人など東洋人が当然少ない。インド人、アフリカ人、アラブ人。中国人は思ったよりみかけない。スルタンがからすを2わインドから持ってきた。もともとアフリカにいなかったアジアの黒いカラス(よくみるとクビがグレー)ふえて、ザンジバールの島、はては海をこえたアフリカ大陸のダルサレムまで。白砂の美しい海に似つかわしくない黒いからす。海のみえるホテルのレストランのボーイが話をしてくれた。からすはあたまがいい。日本にもたくさんいるのよ。インドからきたのは、なにもインド商人ばかりじゃない。スルタン王様が持ってきたカラス。繁殖力を思う。まるで人間のアダムとイブみたいだ。


ダルサレム空港税でいちばん高い入国税を払わされるのがパキスタン人だ。つぎがアメリカ人。最近増えているアメリカ人ツーリストということなのだろうか。パキスタン人はお金もちの商人だからだろうか。アフリカにきて、すっかりヨーロッパにいるときと、常識が違う。

スウェーデンではあんなに移民として苦労しているアラブ人は、ここではいばっている。1000年以上も前にペルシャ今のイランから移住してきたアラブ人が特権階級をつくり、土地所有者としてスルタン王様として牛耳ってきた。交易でゴア商人がきて、スパイスなどをインドへ送る交易で巨額の富を作る。スパイスアイランドとはこの島を言ったのだ。インドのカレーのスパイスのルーツはここアフリカのザンジバールから古くは船でインド洋を渡り、東南アジアへ。


末裔が今もスルタンの末裔として、大手をふってザンジバールにいる。大きな家が建ち並ぶ。タンザニア一の商人はインド商人で、政府の前の大統領の政商として巨額の富を。最初の数日宿泊した部屋は、高級住宅地といわれる大統領の家と目と鼻の先だ。高い白い塀。門の両脇には濃いピンクや淡いピンクやオレンジ色のブーゲンビリアの花。街の中の小さな家とは作りが違う特権階級の人々の住む場所。となりに8階建ての大きな家。ダレも住んでいない。カラスが飛んできては夜に色っぽい声でなく。タンザニア一の金持ちが建てた使っていない大きなアパートは、カラのまま。


すぐそばに、昔のスルタン王族が住んでいた王宮の廃墟。同じ敷地に廃墟ホテルruinhotelという名前のホテルがある。高台にバルコニーを。そこから大海原がみわあせ、プール、目の前に白砂のビーチ。冷えたワインやきりりとしたタンザニアで今いちばん人気のキリマンジェロビールがのめる。一冊の本を手にした西洋人。太ったアメリカ人。旅にいってなにをするか。一生懸命バザールや村を歩き回る人間。ホテルのプールでおよぎ、本をよみ、ビーチに寝そべるひと。わたしは、現地のひととおしゃべりをするのが好きだ。市場をあるいたり、あやしいお店をのぞく。スパイスの香りに酔う。


ストックホルムのアフロインデイアショップがドロッテインガタン通りのすぐそばにある。アフリカ人ごようたつのお店だが、ちょくちょくわたしはスパイスをそのみせ買いににいく。イギリスにジャマイカ人アフリカ人がたくさん住んでいるが、彼らの御用達のお店も街に必ずある。そういった店で売っているスパイスはアフリカのこの辺がもともとのルーツだ。


ザンジバールで気に入ったお店はバザールのなかの、シーツを売っているお店だ。中国人はお店の店主にひとりとしてみかけないのに、中国製のシーツが売っている。上海ブランドのコットンシーツ。刺繍がしてあって、色がいい。トルコブルー。ピンクのきれいなクジャクの刺繍。枕カバー2枚、シーツで1000円弱。安い。ペットボトルが150円が大きいボトル。ビールはひとびん300円。値段はスウェーデンの枕カバーでワンセットだ。シーツは好き好きがあるが、わたしは、上海のブランドがお気に入りだ。上海で以前みかけたものと同じものを、アフリカでようやく見つける。



頭にかぶるショールのお店もいろとりどり。アラブ系の女性が結婚式に競って色や柄をこれみよがしに着るという布のお店。彼らはきらきらものが好き。黒いベールでも裾に金や銀の刺繍がしてある。もちろん結婚式は黒はだめ。目だけだす顔をカバーするものもある。エキゾチックでちょっと色気があるといったら不思議だが、肌をまるだしにして、ぶよぶよした太ったおばさんは、西洋人のおでぶさんは色っぽく見えない。布で覆った姿は、不思議に後ろから見ると色気がある。お祈りをするときには、必ずベールをまとう。アフリカの金持ちのおばさんは、太っている。恰幅のいい女性は地位も高いし裕福だ。本物の金の価値が高い。黒い服の差は身につける金で戦うという。奥の深いアラブ系の女性の心理。千夜一夜物語をザンジバールで思いだす。


街をあるいていたら、シースルーの黒い布から見えた。中の洋服やブラジャーまでちらりとみえた若い女性もいた。下着やにはtバッグが多い。不思議に下着のシースルーも多い。



為政者のアラブ人。ストックホルムで苦労しながらバスの運転手をしている元クラスメートのインド人の知り合いを思う。このアフリカの地では大手をふって歩くインド人だ。ホテルのマネーージャーでアフリカの従業員をかげでしかりつけているインド系のマネージャー。ここでは、インド系やアラブ系がとっても威張っている。

白人の旅行者は、いるが、なんだか黒人の中にいると毛をむしられたかわいそうなそばかすだらけのよわよわしい動物にみえるのはどうしてだろう。マサイの立派な男らしい姿のよこに、おなかをだしたぶよぶよの旅行者のおじさんが立った。マサイの若いおにいさんのりりしい姿。かっこいい。ぶよぶよ白人でぶっちょおじさんは、なさけない。マサイはマクドのハンバーガーなんて食べない。子供がまだ幼稚園くらいなのに、太りすぎたアメリカの白人ママも、Tシャツから肉がはみでて、胸が下までたれさがり美しく見えない。北欧にいるときとアフリカでは、色彩、洋服の色。すべてが違う。



アフリカは広いから、一口でいえない。アジアとひとことでかたずけられないのと似ている。タンザニアはキリマンジェロ、マサイ族。ナショナルパークとサファリ。世界遺産がたくさんある。美しいインド洋に面した青い海。cnnが力をいれて今アメリカ人旅行客のザンジバール旅行を宣伝している。世界のケンピンスキーホテルもある。ホテルは、食事が美味しい。市場の野菜果物魚にいたるまで、新鮮で種類がほうふだ。もちろんスパイスアイランドが観光のめだまになるくらいスパイスは売られている。丁字がたくさんとれるという。


混沌とした市場。アラブの黒い布をあたまからすっぽりかぶる女性。中には顔を覆い目だけだしている。そのとなりですけすけの下着を売っている。モスリムのモスクからはお祈り。キリスト教もいるがこのザンジバールは少ないという。

いすらむの人に妻を4人まで宗教的に結婚ができますかときくと、もちろんと答える。スウェーデンのフェミニズムが通用しない世界だ。ポリガミとは違う。

アフリカ人の目線はまっすぐだ。ヨーロッパ人にはないお節介な、よい意味での親切な気持ちがアジア人と共通している。スワヒリ語はきてまもないのに、なんとなくおぼえてしまいそうだ。日本人にとってここの言語は、あかちゃんのように繰り返すと通じる。マンボー、ジャンボー。カリブー、アサンテサナー、カリブサーナー、マンボー、ポーあー。
覚えようとしなくても、口についてでてくるのは、アフリカの人がスワヒリ語を一生懸命教えようとするからかもしれない。なぜか日本人はみんなスワヒリ語が上手になるよ。なんたるスウェーデン語との違い。

ザンジバール。とおくからモスクのお祈りのおとが音楽のように聞こえてくる。男達のコットンの白い長いドレス。刺繍のはいったモスリムの帽子。女性の布。やしの木が風でゆっくりとゆれる。海は薄ブルーと青。しましまになっている。魚をつるちいさな小舟。帆をかけたちいさな釣り船。

タンザニアのひとたちは、偉く働き者のようだ。ゆっくりはしているが、彼らはよく働いている。スルタンの廃墟。オールドタウンの迷路を歩く黒い布を巻いた女性たち。


スパイスルーツ。ここからスパイスはゴアの商人やペルシャの商人の手で、交易船で運ばれた。

目だけだして歩く女性。黒ずくめと思いきや頭はピンクのベール。上から顔に黒い布を。マサイ族を生まれて初めてみた。スリムで黒いひきしまった体。dnaを思う。ミルクと血を混ぜたものを飲むマサイ。マサイの肉は腐りにくい。と昔アフリカの田舎に住んでいた知り合いの日本人が行っていた。彼女はマサイの村まで車を数時間飛ばして買いに行った。日本に帰国した折にあったその時の話でおぼえている。

マサイのお兄さんにきく。どうしてマサイの肉はおいしくて腐りにくいの?おにいさんは、タンザニアのスワヒリ語で通訳のタンザニア人の知り合いにいう。”ああー。それは肉を太陽にかわかすから?表面は乾いていて、それは生でも食べられます。”青と赤の布をまとったマサイ族のおにいさんの胸にビーズ。布を2枚。もうひとりのおにいさんは布を4枚。マサイはキリマンジェロの近くにいるが、ザンジバールまでは出稼ぎ。奥さんはふたり。なるほど。酋長はもっと奥さんをもてるよ。目をしっかりと大きく開いていう。疑問はない。”だって、最初子供を3,4人生んだら女の人は、体の線がくずれてぶよぶよになるでしょ。そうしたら今度はもっと若い女をめとるんだ。”マサイのおにいさんは、テレながら言った。

イスラムの女性は、4人だから、競争も激しいのよ。表だっては仲良くしているけどね。気が抜けないわよ。うーん。男のようになったスウェーデン女とアフリカの女達。極端から極端の世界にきて、大和撫子のわたしは頭がくらくらする。男のようにかりあげて、男女平等!とこぶしをあげるスウェーデンのフェミニスト党の党首がきたら、どうなるのだろう。ふん、と鼻でせせらわらうのだろうか。いや、彼女たちは、実は女性も男性をなんにんももてるといった逆モスリム方式(女だって4人夫がもつべき?)といったことを公で発言してひんしゅくをかったとかかわないとか言う話があるが、男女平等なら、男が4人妻をめとれるなら女だって、同じ。ということを理論的にいうのは、スウェーデンフェミニズムの一部の声であることは、まちがいがない。


マサイのおにいさんが売っているビーズでブルーと薄いブルーの2色のくびかざりがきれいだった。ブルーのところどころにピンクのいろも。センスがいい。


ザンジバールから愛をこめて。ありがとうは、アサンテ、どういたしまして。カリブ。アサンテさー
なはどうもありがとう。丁寧語もある。スワヒリ語は、日本人の耳にはなんだか心地よい。ヴァイキングの言葉のほうがずっと日本人には異邦人の言葉に聞こえるのはどうしてだろう。マンボーと道行く人が声をかける。わたしは、ポーアーと答える。むかしマンボーマンボーといった古い日本のアフリカを歌った歌があったような気もする。


ポルトガル16,17世紀、アラブ人支配、インド人商人、そして現代史ドイツの東アフリカ会社、それからイギリスの植民地支配。独立、共産主義を経て今のタンザニア。いずれにしてもアラブの色が濃い。と書いていたら、窓のそとで日本語が”バックしますーバックしますー”車のバックの時の自動音声が。日本人の姿はなし。トヨタのワゴン車。運転しているのはタンザニア人だ。日本からインド洋を越えてアフリカまで運ばれてきたにこにこクリーニングの車。オーナーがみたら感動するだろう。しっかりアフリカで車は大事に使われて活躍している。本当のリサイクルだ。

まるまる自動車学校。木の葉幼稚園。にこにこクリーニング。介護デイセンター。スキューバダイビング教室。街の市場バザールに行ったときに、マイクロバスは日本語のオンパレード。中古といっても新車同様でみためがとてもきれいだ。10年以内の比較的新しい中古車のみアフリカに輸出されるという噂は本当だ。ドバイまで船で。アフリカ大陸の道を運ばれてくるという噂は現地できくと本当のようだ。



ザンジバールの港に停泊する東海汽船シーリガルもちろんアフリカで第2の人生を退職後過ごしている。きれいにメインテインされている。。アフリカの車の多くは日本の車。トヨタが圧倒的に多い。街がフレンドリーに見えるのがそのせいだ。田舎の日本の小さな村にきているような錯覚。日本語の看板だらけの中古車を横目に街を歩く。なぜかほっとする。スウェーデンには時々しかみかけない日本車。スウェーデン人が乗っている日本車よりアフリカの人たちが乗っている日本車のほうが新しかったりする。タンザニアでは、トヨタの信頼が大きい。日本企業もがんばっている。地道な努力が実をむすぶ。ということばがなぜか頭にうかぶ。


焼鳥や炭焼きの串にさした味のついた牛肉のジューシーでやわらかくて美味しい肉。肉は肉の味がして、魚は魚の味がする。アフリカは貧しい。でも冷蔵庫がないところではとれたてのものを食べられる。レモンはすぐに悪くなる。果物は日持ちがしない。マンゴーの皮から蜜がながれている。バナナは甘い。ココナッツジュースはおいしい。

エコは、アフリカの大地にちゃんとあった。やしの実を上手にナイフで削って中のココナツの実をくりぬいてたべやすいようにきった。ココナツの中の水をのんだあとは、外の皮を切ってスプーンみたいにつけてくれたのをそのまま使って食べる。プラスチックなどいらない世界。アフリカの大地に学ぶ。手慣れたてつきでココナツの皮をむいて、外の皮で素敵なスプーンをシンプルに切って中につけてくれる。エコはアフリカ人の生活の中に既に存在している。スタバのプラスチックのコーヒースプーンなどここには存在しない。旅をすると小さなことに感動するものだ。
by nyfiken | 2008-07-17 19:07

七夕の雑感



スウェーデンの七夕は雨。ドイツも雨だという。電車はいつものように通勤客で混んでいた。七夕のロマンチシズムはストックホルムの街では感じない。心のなかで、7月7日はロマンチックに響く。日本のおとぎ話。七夕祭りをストックホルムで思い描く。願うことの大切さを思う。心に願うこと。七夕の夜満天の夜空を思い浮かべる。


七夕。夏の夜の花火。日本の夏は暑いが、お祭りがあったりムードがある。夏の粋。粋はフランス語はシック。風情や伝統な夏の暮らしを日本人は大切にする。そういう雰囲気が海外にいると時々懐かしくなる。

七夕に願いを書くのは、ロマンチックだ。世界は叙情でできている。という日本語は、妙に心に響く。

さて、七夕祭りで夏の夜はきれいだろう。日本ならさしずめ生ビールもおいしいはず。ストックホルムのレストランでキリンの生ビールも出すところもでてきた。また家の近くのすしレストランでアサヒの生の小瓶を飲んでいる人たちもいる。もっと驚いたのは。アサヒスーパードライの生ビール樽をそのレストランで飲んでいるスウェーデン人もいるのを見かけたときだ。

七夕の夜。枝豆、ひややっこやおつけもの。ゆでた小芋。ミョウガ。冷やしトマト。きゅうりのたたき。ところてん。ほくほくしたかぼちゃ。ゆでたての甘いとおもろこし。こういうものを遙か北欧の片隅で想像している。焼きたての本物の焼き鳥屋さんの焼き鳥もおいしそうだ。ストックホルムで、けむりのもくもくした炭火焼きの焼鳥屋さんのおいしい焼き鳥を七夕の夜なぜか思い出す。結局七夕のロマンチックな思いは、はずかしながら、お色気より食い意地となってしまった。笹の葉さらさら。浴衣姿の乙女の恋心は美しい。七夕は愛より恋が不思議に似合う。星に願いを。
ロマンチックになる七夕の日本人の心は、外国に住む外国人に説明するのはちょっとむずかしい。
by nyfiken | 2008-07-08 08:18

スウェーデンの託児所

シルクロードプリンセスのむすこは、今3歳と3ヶ月。3つの言葉を同時に話す。幼稚園託児所で朝8時半から、ママが迎えに来るまでは、一日中スウェーデン人の子供や先生とスウェーデン語を。家ではロシア語と中央アジアの言語。

先日、一緒に仕事帰り、働くママであり会社を経営する社長の彼女と一緒に、息子を迎えにいった。5時に。時間きっかりにほとんどの両親や家族が迎えに行く。公的幼稚園で学ぶ子供達は、その地区の託児所幼稚園に行く。一日3食託児所でお食事をして、月2万円。給料から考えたら、とてもリーズナブル。親は、両親とも共稼ぎだし、幼稚園でちゃんと言葉もいろいろなことを学ぶからいいのよ。息子は、母親が迎えにきてうれしそうだ。手にしっかりと丸めた作品を。望遠鏡のようにして電車にのってのぞく。あれ、なあに。待って。ほとんどの言葉がスウェーデン語ででてくる。

この子ったら、ストックホルムの人みたいに話すのよ。ちょっと言葉をのばして。わかんなーい。そう。発音が大人より上手。母親は、学校に通ってスウェーデン語を読み書き話すが、数年いるうちに高校生の娘は、言葉は母国語のように上手になった。夏休みのバイトもしっかりとみつけ、自立自助の精神高く、しっかりと働いている。たくましい。

シルクロードプリンセスは、誇りが高い。王族部族の長。王様が一代で王様にならないのと同じだ。女性は、相手に合わせるのが上手だから、武家に嫁ぐと武家の妻になるし、鹿鳴館時代の政治家に嫁いだ芸者たちも、立派に政治家の妻を演じる。王妃は、民間から愛のもとに求められ、賢い美しい王妃が世界でシンデレラ姫の童話のように、優しい微笑みの裏にたくましく夢を叶えていく。チンギスカンの血をひくシルクロードプリンセスの家系図。国のトップだった父親に守られて、いいなりになった兄弟は、父親が亡くなったあとは、その遺産やお金で暮らしているという。自分がないのよ。早くから外へでて、一人でたくましく生きてきた彼女は、夫も自分で選び、自分が主のようだ。

人生は退屈なのよ。だから、挑戦や新しい目標がいつも必要なのよ。自分にも厳しい。シルクロードプリンセスの唯一の弱い点。美しい靴が好き。シンデレラ姫ではないが、靴はイメルダ夫人もそうだが、あるシュの女性の命。ロシア女性もハイヒールを履いて歩いているし、東京の女性も靴にはうるさい。5回はいてだめになる靴はだめよ。ストックホルムは、でこぼこが多いから、サンダルもぺったんこな薄いのはだめね。みたてが厳しい。そうして選んだ彼女の靴は美しくて履きやすい。

託児所から、ママとわたしの手をとって歩き出したプリンス。中央アジアの貴族は、肌が透き通るように白い。目はアジア的な目でも、薄い色の人も。髪の毛は、金色に近い。不思議な東洋と西洋の混じるシルクロードならでは。

スウェーデンの託児所から迎えて家に帰る途中子供が、いろいろな物に敏感に反応する。あれってなあに。横断歩道を渡るときに、手につかまってぶらりとぶらさがる。途中で噴水をみるとあそこであそびたーい。とスウェーデン語が自然に。飲んだお水のボトルを、黄色とブルーの並んだ郵便ポストにいれようとする。子供は、感覚的に3歳でもいろいろと学んでいる。あまり混んでいない駅。男の子はひとりで階段をおりる。母親は先におりる。”電車がくるから急いで!”決して甘やかさない。必死にひとりでおりる息子。混んだ東京の駅とは違う。ひとりでできることはさせる。

途中で、町中を歩いていたら、ちょっとぐずぐずする。プリンセスが”子供は、居るべきところにいたらぐずらないのよ。大人の都合で居るべきところにいないと、それに適合できなくてぐずるの。”ふと日本のパチンコやさんや、大人の居酒屋で走り回って怒られている小さな子供を思い出す。ストックホルム町中のFRIDAY’sやアメリカングリルはアメリカ人が経営しているが、ちゃんと子供の遊び場まであるのは、関心。ギャラリアンショッピングモール内にある今話題の美味しいアイスクリーム屋さんへ。オレンジ色のイスがきれい。きれいな模様のカップのデザインが素敵。

出産一日前まで仕事をしていたという。仕事を終わって翌日準備して入院そして出産。育児をサポートする女性の味方スウェーデンの託児所や産休システムは、女性の出産を応援する。シルクロードプリンセスも、安心して仕事をし、家事もする。少子化どころか、中国や韓国から養子が欲しい人が多い背景には、子供の援助金、働く女性の支援システム、託児所の地域の公的な機関の充実と安価。産休の男女参加。男女が平等という徹底的な思想教育(もちろん女性にとってラクではない。)などなどがある。

自立自助の厳しいスウェーデンは、女性のエリもとがただされる。男ならふんどしをしめる。日本女性ならさしずめ、着物の帯紐をぎゅっと締める感覚だろうか。スウェーデンという国は、そういう国である。美しい森と湖とお城。ブルーシャトーのファンタジーの世界は北欧にある。ファンタジーの中の男女平等は、自立自助なくしては、愛も経済もなりたたない。ナルニア国の戦いのもとは、自分だけで生きている傲慢さにあったが動物も植物も男女もお互い尊重しあって共存できる。ナルニア国は、スウェーデンではないかと映画をみて錯覚をした。男女も一緒に矢を打つ姿が、今のスウェーデンに、見える。もちろんお互いいたわり合うのが、戦いに勝つ唯一の方策のようだ。
by nyfiken | 2008-07-06 22:25

ストックホルム都市物語

ストックホルムうさぎさん物語

ある日、犬を飼っていたストックホルムの住人Yさんは、目にした光景に言葉もでないほど大ショックをうけた。愛犬ちびマルクスが、死んだうさちゃんと一緒に。うさぎは、おとなりKさんが我が子のようにかわいがっている、大切なペット。隣の家の裏庭のおりで飼われている。どうしたら、いいのかしら。と途方にくれる。愛犬がしでかした一大事。Yさんは、うろたえながらもとっさに、あることを思いつく。一つの結論に達した。

愛犬マルクスの足下に横たわっている隣のうさぎさん。どうするべきか、考えがまとまった。うさぎを愛犬からとりあげ、シャンプーして、体をきれいに洗った。お隣さんは、わんちゃんが殺したと思わずに、自然になくなったと思うだろう。こっそりお隣の敷地のお庭にしのびこんで、ウサギをウサギ小屋にもどしたら、怪しまれない。外からみたら、ウサギ小屋にいたら生きているようにみえるわ。よーし。腕まくりして、ウサギをシャンプーで洗い、タオルで拭き乾かして、お隣のウサギ小屋にこっそりと戻した。運良くお隣さんは、お出かけ中。

翌日、警察の車がやってきた。隣の家の前にとまっている。彼女は何食わぬ顔で声をかける。あらなにか、事件でもあったのですの?警察官が”いやあ、不思議な事件なんですよ。ウサギが死んで、昨日飼い主は、きちんとお庭に埋葬したというのですよ。ところが、誰かが、うさぎのお墓を掘り起こして、その上きれいにシャンプーしてきれいなままオリに戻しているというのですよ!悲しみの途方にくれて、お墓に添えるお花を買いに行って戻ってきたら、ウサギが小屋にきれいなまま寝ていた。すわ、キリストのように生き返ったかと。目を疑ったというんです。こわごわ、檻の中にいるペットうさぎをみたら、土ひとつついていないきれいな姿。きれいな花のシャンプーの香りすらしている。神様のしわざか?全く驚いた話です。夏のミステリーですな。不思議な事件です。警察に、相談の電話がかかってきた。ところで、なにか、怪しい人間をみませんでしたか?どうしてわざわざこういうことをしたんでしょうな。愛犬マルクスだけが、わんわんと吠えた。

実際あったストックホルムのお話。
by nyfiken | 2008-07-06 19:13

都市今昔物語

ストックホルム市内は、中心が駅、中心繁華街から広がる住宅地VASASTANヴァサスタン地区、南のセーデルマルム、中心かつ高級ショッピング街のエステルマルム地区、ノーベル賞晩餐会が催される美しい島クングスホルメンなどに別れる。ここに住んでいるひとは、スウェーデンのストックホルム人ストックホルマレ(東京人と同じ)と呼ばれる。

各地域の新聞があり、無料で家庭に配布される。地域の問題やレポート、レストラン、バークラブ情報から映画案内、不動産情報など、地域の警察レポートや問題、読者の声が反映されて面白い。わたしの住んでいるヴァサスタン地区の新聞は2種類ある。VI I VASASTAN紙.もうひとつは、MITT I VASASTAN紙。投書と警察のレポートに必ず目を通す。(何時何分に何通りで、スリが発生。とかお店から洋服をとって逃げた。日焼けサロンで日焼け中にお部屋の中にあるはずの鞄が盗まれた。とかオデンプラン駅の広場のベンチでおしゃべりをしていたら、下においてあったはずのかばんがとっさになくなった。など)

何とか通りに住む退職者の85歳のおばさまが、リューマチのために毎日買い物へ行くのが辛い。なんとか買い物手押し車を押しながら、買い物。アパートからスーパーがある通りへでるために、いつも使っているエスカレーターの故障が最近頻繁に起きている。土曜日から月曜日まで3日もかかるのは、どうして?泣きながら故障したエレベーターを数十段登った。故障の会社は日曜お休み。警察にレポートすると”もっと運動したほうがいいよ。”と笑ってとりあわない。冷たい。お年寄りに優しくないエスカレーターの故障の放置、迅速な対応を。という怒りの意見投書が載っていた。確かに街のエスカレーターの故障が多い。特に週末は、とまっている。電力を使わないためと考えたらエコ対策になるのかもしれない。

土日は労働者の権利を守るためにあまり働かせない現場の方針。日本とは違う。通勤者が少ない土日は、歩いて!健康のために。ということは、確かに若い人にはいい。老人は、家でじっとテレビを観ているしかないの?引っ越しもいまさらできない人たちは、困る。

ストックホルムの公共の地下鉄駅にいくエレベーターの故障は、日本のように24時間体制や土日もフォローすることはない。止まっていることは多い。駅によっては、エレベーターもないので、階段を何段もあがったりおりたり。特に土曜日曜は無人化で、お年寄りのひとにとっては、辛い。読者の声。

都市物語。ストックホルムの都市にも福祉国家といわれるスウェーデンも、こういう問題がある。日本が進んでいるのは、盲人用の信号、電車の切符売り場、歩く通りや駅などの下の歩くところが都市ほど整備されていることだ。

ストックホルムに多く住むシングル。子供がいても、一人で暮らす人たち。移民は、苦労してきたお年寄りを比較的に大切にする。老人ホームは、街のいろいろなところにある。大きな家をひとりで保持できないお年寄りが、すべてを寄付し子供に譲って、入るホームがある。外からみると普通のアパートだ。大切な思い出の家具と必要な物を最小限ミニマイズして入る。



そのせいか、救世軍のセカンドハンドお店には、古い食器、家具、昔の若い時に着ただろう30年代からの手作りのドレスや靴バッグ、昔のお料理の本、小説、古い絵が連日運ばれてくる。古い1930年代にベニスを旅行した時の絵はがきやパリの絵はがきがたくさん一枚ずつアルバムに。コメントつきで貼られている旅行アルバム。おじいさんやひいおばあさん達が写った古い家族写真が写真だてに。日本の子供の古い歌のLPレコード(とおりゃんせ、隣のネズミが。。。)が黄土色に変色したカバー。そういった物を手にするたびに、ストックホルムの都市に生きてきた今はなき人々を思う。お店でしばし空想にひたる。都市にはいろいろな人間の今昔物語がありそうだ。
by nyfiken | 2008-07-06 18:23

夏日のストックホルム

スウェーデン人は、今が夏の楽しい気分の時。夏休み前もしくは、休みにはいりつつある。お店によっては7月のなかばから8月なかばまで休むひとも。バカンスの季節がはじまる。サマーセールは、50パーセント。


サマーハウスを持っている人は、海沿いや湖沿いで泳いだり、飲んだり食事したりのんびりとすごす。スウェーデン人が、海の家にもっていくもの。本。水着。バスタオル。コーヒー。サンドイッチ。シャンペンかワインかビール。パン。チーズ。ハム。ミニトマト。最近注目のエコのラデイッシュのきれいな鮮やかピンク色。アボガドはよく食べる野菜。小さなエビきつく塩ゆでしたもの。バーベキューなら、お肉やソーセージ。マリネをしたものを焼く。サンドイッチは、ちょっとチャパテイににているパン、いろいろいれてロールしていただく。


海の家かサマーハウスでお客さんを呼ぶ時は、サーモングリルも人気。オーブンで作る。大きなきれ身のうろこをおろす。お塩をすりこむ。しばらくおいて、温めたオーブンへ。バージンオイルをかけてなじませる。スウェーデンスタイルなら、DILLの香草、胡椒、塩。好きなひとはガーリックなど。タラゴンや他のスパイスを使ってもいい。オーブンは、焼き目をみて、好みで。ゆでたジャガイモ大きめに切って周りに。マッシュルームもちいさなタマネギでも。ノルウェーサーモンの脂がのっていて、今本当に美味しい。野菜は均等に脂がしみこむように、スプーンでひっくりかえすこと。ジャガイモ、ミニタマネギ、マッシュルームか椎茸。新鮮なレタスサラダ。フレンチマスタードドレッシング。ミニトマトを小さなボールに。ラデイッシュをまるごとボールに。美味しいパン2種類(食べやすいおおきさに切る)に硬いスウェーデンのパンを。よく冷えたシャブリのワインかドイツのモーゼルも美味しい。


サマーセール。スウェーデンの若者もどうやら流行には敏感だ。今シーズンは、グリーンに注目。夏は、白い色も多い。スウェーデン人の典型的な夏の今の街のスタイルは、ミニ丈のコットンワンピー下にスパッツ。同色。黒色か白が多い。同色のサンダル。おしゃれなおねえさんは、生成のシャツに、同色のコットンショートパンツ。ゴールド色のコットンシューズ。髪の毛の金髪のおかっぱがかわいい。

スウェーデンの人は、太陽の光をたっぷりとあびる。日傘や帽子をかぶるひとはストックホルムにはほとんどいない。サングラスはしているのに。日傘、ぼうし、サングラスと最初にかけて歩いていた私を、不思議そうにみる人。今は日傘はささない。もちろんUV50のクリームをつけて、ストックホルムの街を歩く。一般のスウェーデンのひとたちは、太陽はきらきらと照らし、太陽の光をうっとりとして体中にあびる。お金持ちのひとほど、色が黒いというのは、まんざらうそではないようだ。スペインへいってきたよーん。とかギリシャの島はよかったよーん。と黒く焼いて帰ってくる。白い色が赤くなっただけではなく、スウェーデン人も黒くなる。肌の老化には大敵。わたしはいい気になって焼く気持ちには絶対なれない。スウェーデンで皮膚ガンが増えているという。リゾート地にいって無防備に焼きすぎたり、あまりUVクリームをつけないなどとも聞く。


と書いている早朝に、外が薄紫色になって明るくなった。ふと窓の外をみる。大きな虹が天空にあるのを発見。。七色ではなくてピンク、薄紫。黄色、グリーン。不思議な虹は、半円上空に。下の方が色が濃い。虹の左の外側にもう一本が。まるで天からピンクと薄いグリーンと黄色の光がふりそそぐように。対岸のアパートの屋根や窓が登る太陽の強い光を反射している。

太陽があっての地球。宇宙の不思議は、今存在しているすべてのものという気分になる。朝日と虹の北欧の空、虹の色が見える人間の目もすばらしい。犬にはぼんやりと虹がうつるのだろうか。

カモメが悠々飛ぶ。黄金色に輝く朝日の光が対岸あぱーとにあたる。自然の一瞬の美。早起きの鳥たちが、群れをなして飛んでいる。ありがたいことに、カラスはいない。あと数百年たったら、日本のカラスは、どんな形となるのだろう。くちばしが大きくなり体も大きくなるのでは、昼間のおしゃべりのかあかあは、傍若無人だ。目もいいだろう。余談だが、スウェーデンには、ワニのマークではなくて、カラスのマークのブランドがある。ポロシャツのマークもカラス。ネクタイの柄もカラス。日本語でカラスがどうのこうのと書いたTシャツ。(内容はちょっとヘン)。PUBに入っている。よく売れているようだ。

ストックホルムにカラスはいないが、ケーキやさんのカフェのテラスで客が残したケーキをねらって飛ぶ鳥をみかけた。海がみえるカフェで、リンゴタルトにクリームソース。友達とおしゃべりに夢中になっていたら、鳥が上からぽとりと。テーブルのまんなかに。トイレに行っている間にでも、もしお皿の中のソースに落としたら、わたしは泣いただろう。いや、もしかしたら、お客さんを追い払う目的かも。と友達。”お客さんは、食べられなくなって残すでしょ。ケーキをねらっているのよ。”知恵がついたら、鳥も怖い。


いろいろ思うと、今の人間は、古代からの歴史の中で一番恵まれているかもしれない。かかしでカラスからお米を守ってきた個人の知恵は、カラスが人間を恐れていたこと。屋根の上に居場所を決めて、都会の家の屋根にいついでいるカラス。残飯を食べて生きているのだろうか。

ある海が見えるテラスカフェでの話。となりのテーブルの人が立った瞬間に鳥たちはきて、残りのケーキを。一度覚えた甘い味に、鳥は大きな木の上に座ってうごかない。ケーキしか食べない鳥。環境とは、生物の生活をも変えてしまう。甘いものばかり食べている鳥はどうなるのだろう。

日曜の早朝。太陽また、虹が。ピンク、黄色、グリーン、ブルー。光が対岸のアパートの寝室を強く照らしている。7月。虹は一瞬でたり消えたり、幻のようにストックホルムの早朝、街を照らす。
by nyfiken | 2008-07-06 11:20
スウェーデンでは、最近公的ペンションだけでは、十分な老後生活ができないとプライベートな機関銀行などのよるペンション積み立てプランの広告が目につく。

まず、地下鉄駅の大手ノルデイア銀行のペンションを勧める広告ポスター。ひとつのポスターに二つの写真が対比。美しい南の島の夕暮れのシーン。ココナッツの木のシルエット。夕日が美しい海辺。写真の下に夢。と書かれている。右の写真も同じ写真。下に現実と書かれている。両方の写真の下に銀行のペンション担当のマネジャーのサイン付きお手紙。あなたの老後の夢を現実にしませんか。いまからペンションをきちんと積み立てましょう、我が銀行のペンションプランでゆとりのある老後を。もう一枚の大きなポスター写真(駅の構内高さ2メートル幅1.5メートルぐらい)には、スウェーデン人が好きなサマーハウス夏の小さな別荘。スウェーデンスタイルの小さな昔ながらの木の家。土色でペイントされたのスウェーデンの伝統的なサマーハウス。居間のソファーに座って、窓から見える景色は、湖と森と空。これを分析すると、老後も。現役時代と同様南の国のビーチへ旅行し、夏には、サマーハウスの別荘でゆったりとできる資金を蓄えましょうというメッセージが伝わってくる。老後になってから、急にそういう生活をするのではなく、今のリゾートへ旅行しサマーハウス別荘の生活をそのまま維持しましょう。といったほうが、現実感がある。

老後のペンションシステムは、65歳以上40年働いたひとは、公的年金APを毎月約15000クローネ(日本円で30万円弱)それから税金が30パーセンと差し引かれると約20万ほど手に入る。公的年金をファンドで運用するものPPMを付け加える人もいる。いずれにしても、働いた年月による。また組合の年金があり、組合がある企業、公的機関に勤め積み立てを30年などしてくると月に3000クローネ(6万円弱)ITP公的年金をファンドなどでファンドなどで運用するものは、I T K K それも一部付け加える。一般のスウェーデン人はそれらを合わせて、現役で働いていた時の約50パーセントから60パーセントの給料の額の年金を想定しているという。それに個人の貯金が老後生活を豊かに生きるための資産。

現役時代に、高所得者は50パーセント、他は35パーセントまたは、それ以下の多額の税金を支払って、生活するスウェーデン人。消費税は25パーセント。本などには、特別6パーセントの税金。(6パーセントの消費税は、スウェーデンでは安い。)

ファンドや投資など、スウェーデン人の中にも、積み立てをする人も増えているという。ただし銀行のフォンドの手数料を長年払うことにより、実は、結果的にもうけはないという批判するテレビ番組も先日放映された。

ファンドなどは、専門の投資家が運用する銘柄、銀行は比較的安全な株、投資顧問会社は、リスクは高いが多くの銘柄を扱うと投資会社に勤める知り合いがいう。日本の株の低落は、スウェーデンにもはるか聞こえ、アメリカの景気、あるいは今後のオイル問題で、世界の発展途上国の株を日々目をぎらぎらさせて追うヨーロッパの投資グループ。ここスウェーデンではどういう動きをしているのか。中国、インド、ロシア、アフリカの株まで世界に手を広げているようだ。そういった投資顧問会社は、ストックホルム中心地の古いビルに入っている。螺旋階段、美しい古い建てもの。若い女性がレセプションに。顧客に、コーヒー、冷たい水。スウェーデンは、一般の人には、長い列で並ばせるが、実はかなりの階級社会である。待たされることのない、一般のひとが入れない特別の会員制のレストランやクラブ、住んでいる地区の人だけしかつきあわない上流社会はヨーロッパでは、存在する。もちろん新興成金も含めての話だ。親の遺産で悠々と食べていく人は、いいが、労働階級のほとんどのひとは、たくさん働いてたくさん税金を支払うスウェーデンシステムに従わないと、暮らしていけない。


石油やオイル問題は、アメリカに住んでいる友人達の声が聞こえてくるが彼の地のほうが危機感が強いようだ。もう遠くには旅行はやめるわ。近場にしよう。車社会のアメリカのガソリン高騰は確実に日常生活の経費がかかり、生活費の高騰により、低所得者や年金者の生活を圧迫する。

タイでは、生活費のなかの食料費があがり、貧困が進んでいるという。昼は、坊主頭で偽の托鉢僧に夜は、かつらをかぶって売春婦。という記事は、タイらしい。

ゆりかごから墓場まで。教育費がただ、医療費は2000クローネ(約4万円)以上ただというスウェーデン。年金にも多額の税金がかけられる国。ペンションのひとの一人暮らしは多い。シングルの多いストックホルムの80歳以上のお年寄りが入る老人ホーム。人でがたりない。移民のひとが最近多く老人ホームの看護をする世界に。知り合いの南米出身のアルゼンチンからきたタンゴダンサーは、死ぬまで老人の看護をした。プライベートで雇われた個人宅の病気の老人を看取った。ある日学校にきて、”今日早く帰るの。わたしのずっとみてきたおばあさんが亡くなったのよ”涙をぽろりと落とした。わたしと夫(アルゼンチンから20年前に移住ー介護の仕事をしている)が交代ですべて面倒をみてきたのよ。悲しいわ。”多くの移民同様、男性がスウェーデンに20年以上住み、再婚相手として自国から若い女性を求めることが多い。アフリカ人のクラスメートもその一人だ。

20年以上前に来たポーランド移民の夫のもとに嫁いできたポーランド人の女性がいう。

”問題は、夫とその妻だったスウェーデン人の間に生まれた子供なのよ。一週間おきに週末に食事にくるのだけど。多感な10代の男の子。新しいパパの奥さんの私をそんなにすぐに好きになるわけがないわ。携帯電話で母親に、なにがあるとかないとか話しているのをきくと、ちょっと見張られているみたいでいや。息子は、父親にわたしがいじめたというし、そのうそでこの前も大げんかになったのよ。”とポーランドから嫁いできたポーランド移民男性と最近結婚した女性がこぼす。”それをふんふんと大きくうなずいて聞いているのは、ルーマニアから来た若い女性。夫はふた回り以上のスウェーデン人だ。”夫の先妻との子供。週ごとに夫のところに週末くるけれど、なかなかなつかないわ。子供はかわいいから、夫は子供のことになると、やっきだし、わたしがなにか口をはさもうものなら、人が変ったみたいなのよ。”と涙がにじむ。

ペンションシステムは、多くの移民を仕事にかりだす。結婚によりスウェーデン人と一緒になってもサンボシステムで同居して結婚同様と社会でみとめられても、自分が働かなければペンションがもらえない自助自立の厳しい国スウェーデン。アフリカのエチオピアから同国の人に見初められてスウェーデンに嫁にきた若い女性がいう。”今の会社の掃除夫の仕事。バス代を往復すると毎日3時間労働、なけなしの給料から税金を支払ったら、1000円手許に残るかどうか。でも、ペンションがもらえるし、そのうちきちんとフルで働ける様になると思うわ。”

今スウェーデンのホテルの朝食のウェートレス、キッチン、トイレや部屋の掃除、ベットシーツ交換。駅の掃除。会社のビルの掃除。オフィスの掃除。レストランや病院の掃除夫。バスの運転手。タクシー。老人介護。看護婦の助手。移民が多い。ストックホルムの中央駅横のホテルの一階ロビーレストランの奥のトイレにいく。タイ語が聞こえる。朝食のサービスをするのは、チリ人。そしてベットシーツ交換などは、南米移民やタイ人女性が多い。個人の金持ちの大きな邸宅の掃除は金髪のロシア人かポーランド人。お金持ちの白人宅の掃除お手伝いベビーシッターの世界は旧ソビエトからの移民とテリトリーがある。

働かざる者、老後資金はゼロというスウェーデンでは、すべての人を、労働にかりたてる。移民も、必死で社会をささえ、老後のペンションを自分の手で稼ぎだすしか、方法はない。若い10代には多い夏のアルバイトは、黒い仕事(税金を支払わないので手取りが多いが、ペンションや将来にむすびつかない)が多いといわれるが、今の大金より明日の確実なお金を考えて、税金を払う仕事を選ぶ人も実は多い。税務局では、移民や学校など一般むけに税のシステムや年金にいたるまで、講座でコーヒークッキーつきの授業がある。
もちろん我々移民といわれる外国人も、スウェーデン語の学校で連れていかれた。

あまり預貯金をしていないといわれるスウェーデン人も、かわりつつあるようだ。
by nyfiken | 2008-07-04 18:00

Skandinavian kitchen

今、ロンドンの中心にあるレストラン”Skandinavian kitchen"が話題だ。

キッチンのシェフは、デンマーク人シェフ。スウェーデン料理やデンマーク料理、ノルウェー料理が中心。肉団子、オープンサンドイッチ。デンマーク、ノルウェー、スウェーデン人などのロンドン在住に人がママの味を恋しくなったら行くお店。小さなブテイックもある。スウェーデン人たちが、恋しく思う北欧キッチン。キャビア、クねっけブレッド、ブラッドプデイング、ラクリス、シル(ニシン)、リンゴンジャム。サーモンの薫製、スウェーデン独特のフィルムミルク、生クリームやサワーミルクなどなど。デンマークのパン。

イギリス人、デンマーク人、ノルウェー人、スウェーデン人の違いの嗜好がありますか?の質問にデンマーク人のレバーパテとマーマレード、鯖にトマトソースのオープンサンドイッチ。スウェーデンジンのミートボールなど。ノルウェー人は、軽いものが好きですね。というコメント。

アクアビットなどのお酒に合う料理がスウェーデン料理。ビール文化が発達しているビールにあうお料理は、デンマーク。ノルウェーは、世界トップランナー脂ののった最高級ノルウェーサーモン抜きにしては語れない。



イギリスに現れた北欧の台所レストランブテイックは、今ちょっとしたロンドンの話題のスポットのようだ。

アメリカ、ニューヨークにお店を開いて有名になったスウェーデン人のお店AQUAVIT。欧米で今、北欧料理がちょっとしたブームになっている。日本人が簡単に家庭で作れるのは、スウェーデン肉団子リンゴンジャム添えとポテトアンチョビーグラタンの”やンソンの誘惑”である。サーモンで作るグラバラックス。友人がパーテイで美味しい手作りのソースともに、自家製のおいしさを証明した。ラズベリー、ストロベリー、ブルーベリーをイチゴケーキを作って上に飾ってみよう。夏のサマータルトスウェーデンスタイルができあがり。時間がないひとは、スポンジをグラスのしたに。生クリーム、カスタードクリーム。ラズベリーかイチゴジャムをまぜ、キール酒かラム酒をスポンジに。上をベリー類で飾って、ミントを。英国デザートと北欧デザートの融合が美味しい。
by nyfiken | 2008-07-03 17:39