スウエーデンの面白いものたち


by nyfiken
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<   2009年 02月 ( 48 )   > この月の画像一覧

雪が降り、2月もおしまいのこの時期に、まるでクリスマスが訪れたようなここ2.3日。

雪はとけて、そして濡れ雪となる。スポーツ休日ももうおしまい。スキーにでかけたり、冬のスポーツを楽しんだ人たち、子供たちも、先週は、サムラーをいただく特別水曜日断食の前のサムラーの日。いろいろなケーキ屋さんやスーパーで、みかけた。木曜日。一日おくれて、わたしもいただく。生クリームがたっぷり。ダイエットなどどこの話。

昨日は昼前からなんとなく忙しい。シルクロードプリンセスとタイ料理のランチ。彼女は、スーパーママだ。高校生の子どもと3歳のこどもがいて、働いて。そして勉強もしている。どこから、あのエネルギーはでてくるのだろう。父親が。元ある国の元首だったせいか、自分はその父親に似ているという。女性にしておくのは、もったいない。世が世なら、彼女も大統領になったかもしれない器である。夜は、スポーツジムにも行く。いやはや、朝から夜まで、エネルギッシュだ。もちろん彼女のために、ご飯を作ってくれる同胞の人があってできること。いわゆるやり方が上手な人なのである。自分の時間を上手に使う。おしゃれ、爪の先まできれいに磨く。信じられないが、パワーは、遺伝なのだろうか。

どうやら彼女もスパイシーな食べ物が好きなよう。ストックホルムのランチは、労働者のために、ビュッフェが多い。サラダ。8種類くらいから選べるお値段も70クローネ前後。がムラスタンにあるタイレストラン”AROYDEE”のランチは悪くはない。味がおいしいし、お値段もてごろ。それほどファンシーとはいえないけれど、十分。特に牛肉サラダのやむぬアは、野菜がたっぷりで味もおいしい。チキンのサテも柔らかい。

そして、午後は、3時過ぎに、フランス人の知人が引越しをする準備、赤ちゃんがいるので、1歳の赤ちゃんと遊んであげることに。その間彼女は、飾っているものなどを業者さんがくるまで、壊れやすいものなどの、整理。短い1時間半。ブルターニュで買ったというなんともいわれない緑色のお茶の茶碗は、まるで日本の陶芸家が焼いたような美しいお茶の茶碗。これはどうみても日本のお茶碗みたい。あかちゃんに、ミルクをのませてあげたが、遊びすぎて、もどしてしまう。せっかくデンマーク製の素敵なワンピースをママが買って着せていたのに。ごめんね。日本のふぐの形をしたピン色と淡いオレンジ色の髪風船みたいな小さなおさかな。いとがついて、お友達のママがかける音楽にあわせて、遊んでいる。タイターン。たいたーん。と歌う。ところで、日本語でタイターンはどういう意味かしら。うーん。よくわからない。でも確かに日本の歌。こういう歌が好まれるのね。そのCDの中に。わたしも持っている香港の映画のCDがあった。ちょうど去年の今頃、デパートオーレアンスのCD売り場で、表紙が気に入って手に入れたもの。本当にちょうど今頃、サムラーの生クリームがたっぷりはいったものを食べながらきいていたもの。

この子は、あかちゃんのときからこのCDが大好きだったの。特に。この日本の歌よ。その歌がながれると、目がらんらんとして、小さな髪風船をおう。わたしに、スプーンでなにかたべさせようとする。もしかしたら、わたしがお人形さんの役目?食べるふりをする。フランス人のあかちゃんに、日本語でずっと話すと、それなりに、反応してくる。たとえば、”おくちをあーんとあけて。”といっていると、このあーん。というところで。口をぱくりとあけるのがおもしろい。

知り合いのフランス人のベッドルームのなかに、しつらえた、おしめを変える棚。白い棚に赤ちゃんのお洋服がきちんとおりたたまれていて、そのボードの上でおしめが変えられるようになっている。

学校のクラスメートだった、彼女は、もうすぐロンドンへ行く。ロンドンといっても、その後、ケンブリッジに住む。スウェーデンに残るかそれとも移るか、相談されたとき。イギリス行きをすすめたのは、わたしだった。研究者の道は厳しい。楽な道などどこにもないが、研究でたべていくのは、画家が、毎回懇親をこめて絵を描き、その一枚一枚を売って生活するような、厳しさがある。彼女の夫は、エピジェネテイックの研究者。DNAなど遺伝子。パリの画家の息子である、彼はまた絵の好きなわたしの友人を愛した。彼女がいう。”わたしは、彼のアパルトマンに恋をしたのよ。”なるほど。フランスのアンテイックの家具をストックホルムのアパートに。なんともいえない風合いがある。フランスの古い家具たち。パリオペラ座の近くのアパルとマン。独身のとき、あの自由を謳歌していたけど、本当に子供が生まれて。あの時代がうそみたいに思えるのよ。いま、わたしの子供は、クイーン。女王様。わたしは、使える奴隷もようなもの。母親の苦労がようやくわかったのよ。と彼女。


そして子供が生まれ、フランス人の彼女の夫は、毎日遅くまで研究し、彼女が家事をほとんどしていた。私自身は、ルクレジオではないが、フランスの植民地に長く暮らしたために、フランス人とは、人にもよるにせよ、リラックスできる。CODEとわたしは、呼ぶ。おのおのの国にはそれなりに、しきたりやコードがある。なれると、そのコードを解読し、そしてあまり疲れずに一緒にすごせる。多くの違う国のひとたちと接触したり、あるいはいろいろな海外に住むと、異邦人でありながら、相手の文化や人に寛容になってくる。おたがいさま。一寸ぼうし、日本がNO1よ。とブレインわっシュされた私たち日本人も、海外に住んでどんどん別な脳がブレインわっシュされてくる。言葉だけではない。


スウェーデンでの暮らしで、わたしのフランス語などの後退は著しい。ことばは、使わないと、さびるし、その言語がある程度のレベルまでいかないものならば、忘れるのも早い。言語は、日々磨くことが、唯一の道。そういういみでは、すべての言語が半端になることを恐れる。だれも困らないし、私自身もこまるわけではない。が、スウェーデン語がもう少し上手になったら、またフランス語をシェイプアップするつもりである。


その後、前の学校のクラスメートとフランス人Cと私で待ち合わせ。せーデルマルム地区グレタガルボの生まれた家の跡地に建つ学校のお向かいのカフェ。連絡がとれた人のみ。会社の帰りに、かけつける元クラスメート。ロシア人の知り合いは連絡がとれず。あかちゃんは、疲れてベビーカーの中で眠っている。気をつけてね。この学校へ通っていたときは、みんな大変だったけど。とみんな。あのころはスウェーデン語が話せなかったのに、下手でもみんなスウェーデン語で一緒に休み時間コーヒーを飲んでいたわね。

なんとか通じるもの。そうイギリス人、フランス人、日本人(わたし)ロシア人。バルトの国のひとたち。ポーランド。スペイン。コロンビア。ジャマイカ。南アフリカ。タイ。ニューヨークのゲイくん。みんなほとんどは、スウェーデン人の伴侶にともなってきたひと。もしくは、夫の仕事。もしくは、本人の希望。フランス人Cの仲のよかったイギリス人の友人のこと。彼と別れて、泣きながらイギリスへ戻ったという話。そういえば、ロックが大好きだったハリウッド脚本家だったアメリカ人などの話をする。ジャマイカの背の高いクラスの人気者は、はやばやと就職そして、彼の顔が大きく写っている広告の写真をスチュアプランのおしゃれな目抜き通りでみかけたのは、びっくりと全員同意。

いろいろなクラスメートの話。学校の勉強より、冗談をいいあって、楽しかったときを思い出すわ。先生がスウェーデンスタイルの男女平等を毎日朝から晩までいっていたわね。平等や権利を頭から教え込むスウェーデン。なかでも男女平等は、毎日いやになるほど移民は、頭が洗脳される。イスラムの女性たちは、いきなりスウェーデンの男女平等思想シャワーをうける。そうして、夫が”おい、めし!”といったら、”あら、わたしだってはたらいているのよ。あなたもすこしは、作ったら!”といったという話も。


スウェーデン語の学校で教えてくれたものは、むしろ、インターナショナルな環境や国籍が違う国の人たちと、亡国王族のファミリーの人から平民までといったバラエテイの中、スウェーデンでの暮らしの第一歩を一緒に勉強できたことが、なによりも楽しかったという話になった。Cに乾杯。コーヒーが、白ワインに。おいしいジャガイモのオーブン焼き。おなかがすいていたCは、おいしいとつまむ。あかちゃんがいると、本当に大変。南ヨーロッパの国の元クラスメートも参加。短いお別れの会。わたしは、7時から別な友人のお別れ会のため、食べず。そうして6時半過ぎに閉会となった。春は、どうやら、お別れの季節でもあるみたい。

夜7時から、学校の近く、ストックホルム南部にある、せーデルマルム地区にある別なレストランに。偶然同じ日に同じ地区のレストランでの会合。。ここは、わたしは、おさんぽをするのがすきな場所。ソーホーと別に言われているところ。ここのパキスタン料理屋へ。

パキスタン人の研究者が帰るため。カロリンスカ研究所のかばんをみなのおみやげに。きれいな色のコットンの民族衣装。スウェーデン人の学生もバックグランドがさまざま。不思議に、スウェーデンで生まれて育っていても、背景はおもしろい。たとえば、わたしの隣に座った彼女は、父親がカンボジア人母親がスウェーデン人。もうひとりは、クルド人の両親のもとに生まれた、クルド系スウェーデン人。そのとなりは、父親がイギリス人、母親がスウェーデン人。左は、スウェーデン人だが、夫がトルコ系スウェーデン人。そして、スウェーデン女性だが、彼がアフリカのコンゴ人。ポルトガル人。


ストックホルムのパキスタン料理屋さん。ピンク色の壁。赤、緑。グリーンのシフォンで作ったランプがそれぞれ怪しく美しいかった。白ワインをボトルで、そしてバングラデっシュのビールを飲む人も。お料理は、いろいろを分け合う。

スウェーデン人のひとりが、旅立つ彼女へ本をプレゼント。”わたしのむすめは、この本を読んで、飛行機の中で突然ぼろぼろなきだして、感情を抑えることができなくなったのよ。だから、帰りの飛行機の中で読むならちょっと心配だわ。”

晩餐はおわり、駅のほうへ歩く。雪がふって、濡れ雪の中を。ひとりのスウェーデン人のドクターが、ひいた古い自転車のペイントされたグリーンがきれいだった。きれいな色ね。”このさびかけた色?あんまりきれいな自転車だったら、盗まれるからこんなふるい自転車にペイントして乗っているんだ。20分から30分の距離なら、ストックホルムはしないの自転車がいいんだよね。ことしは、雪がほとんど降らなかったし。”

スカンストールの駅近く。夜はもう深い。すると”わたしたち、もう少し飲みたいわ。”とそのすぐそばのアイリッシュパブへ行く人たち。11時半。私自身は帰ることに。電車のなかに、10代後半のひとたちが。片手にビールの缶をもって入るおにいさんも。週末の夜遅くみられるが。スポーツ休暇。気分はちょっとした休日なのだろう。

家路にたどりつき、そして長い一日が終わった。


もうひとつはなしのおちがある。
パキスタン料理の給仕をしてくれたおにいさん。最後にでようとすると、日本の東京に去年の夏15日遊びに行ったことをいう。東京はすごい興奮するところ。また遊びにいきたい。という。いとこが、東京大学の大学院で勉強しているんだよ。彼はとっても優秀なんだ。とちょっとうれしそう。

徒徒なるままに。パキスタンレストランから窓越しに雪のふりしきる外を見る。まるで冬がまた来たみたいね。とだれかが。。スウェーデン人の内心は、ちょっと嬉しい。明るい日差しが翌日街を照らす。確かに太陽が明るくなって春はもうそこまで。いろいろな出会いと別れがあるのが、春。2月の今頃、春の日差しを感じさせる太陽が照る2月の最後。暗い冬ももうすぐ終わりを告げる。
by nyfiken | 2009-02-27 20:46

Japanese Cinema-Departure

Departure -japanese movie won one of Oscar prize.
In fact my friend sent me SMS and let me know while she was watching Swedish TV SVT1 last night. And as usual, I found her SMS today. so I missed watching that programme. Where my mobile phone was , it was deep inside of my handbag! This is typical woman . Even I forgot to charge the mobile , so I found half batteried. I checked this movie what sorts of stories is . In fact this is very very interesting. In Japanese title is "OKURIBITO" and English Departure.l It has a ittle bit different nuance. How I should explain.? Okuribito means the person who send somebody to somewhere.

The story is like this .

Daigo Kobayashi (Masahiro Motoki) is a devoted cellist in an orchestra that has just been dissolved and now finds himself without a job. Daigo decides to move back to his old hometown with his wife to.look for work and start over. He answers a classified ad entitled "Departures" thinking it is an advertisement for a travel agency only to discover that the job is actually for a "Nokanshi" or "encoffineer," a funeral professional who prepares deceased bodies for burial and entry into the next life. While his wife and others despise the job, Daigo takes a certain pride in his work and begins to perfect the art of "Nokanshi," acting as a gentle gatekeeper between life and death, between the departed and the family of the departed. The film follows his profound and sometimes comical journey with death as he uncovers the wonder, joy and meaning of life and living.

I know in Japan we have professional companies and peoples who deal with this ceremony almost everyday as their professional job. I have been to funerals (till the place they burn body)twice. Their professionalizm is beyond of description, but some of them are trully trully exeptionally professional with their soul and with their lots of respectation to the person who is goint to heaven no matter rich or poor. .They are well organized, punctual and like the stage of shakespeare. They play great roles like actress.

Okuribito, this oscar prize winning cinema must be very interesting for anybody who wants to know deep Japanese world.
by nyfiken | 2009-02-26 02:38
7年の長い年月を経て、決してあせらず、期が熟するのを待ってようやくスウェーデン王室の第一王女プリンセスビクトリアが婚約をした。お相手は、ダニエルさん。ヨーロッパの王室は、ひられた王室でイメージ的には、とても階級差にこだわらないようなイメージがあるが、実はヨーロッパに住んで、日本以上に階級や出身の違いにこだわる上流階級と平民との差は、歴然としてあることに気がつく。日本では、戦後農地解放あるいは、家柄などは、あまりこだわらず、経済的に豊かな家と昔からの家柄を重んじる家、あるいは個人の努力により、一代で築くひとへの賞賛などが高く評価される。ヨーロッパでは、むかしからの家柄旧家、お城持ちなどが現在なお存続している。

スウェーデン王室にようやく春が。スウェーデンのビクトリア王女は、国民の信望もあつく、次のクイーンとなる。法律をかえてまで、第一子を王もしくはクイーンにするとしたスウェーデン。しっかりものの王女が選んだお相手は、小さな町出身のシンプルな普通の青年。学歴が高いとか家柄がとりわけてすばらしい。とか資産家だから選んだ相手ではない。彼が、ビクトリアが人生で一番辛かったときに、一緒にそのどん底をすごし、体を鍛えるだけせもなく、心を鍛えるその過程を2人三脚でがんばってきたからだと、わたしは、思う。

ヴィクトリア王女が、わたしの知り合いの医学部教授夫人にフランス語のレッスンを受けていたころ、そのころは、まだ精神的に不安だった時代だったのかもしれない。辛い拒食症は、心身症のひとつ。そのやせ細った時代に、ふつうの男の子が、トレイナーとして彼女の担当になった。もちろん、彼の父親は政府系のきちんとしたところで責任ある仕事をしているし、普通の家庭にしては、おしゃれな家族である。ただ王室ということになると、上流階級や階級社会であるスウェーデン社会では、うるさく言う人たちがいるのは、確か。

ダニエルは、7年間ずっとマスコミにおいかけられ、そしてタブロイド誌にはもうだめになった!といったみだしを頻繁にみかけた。王様が強く反対していたという話もある。父親である王様は、オリンピックのときに、今のシルビア王妃をみそめて結婚した。そのときの、ひとめぼれ、クリックということばが、流行語になったもの。その父親が、首を縦に振らなかったという。ダニエルの花婿修行がはじまった。上流社会のルール。話し方。センス。周りをOKといわせるまでに7年間かかったのは、ふたりの愛情がそれだけ強いということを示すものでもある。

ヴィクトリアにとって、ダニエルは、命の恩人。こうやって、威厳あるヴィクトリアであるのは、ダニエルのおかげともいえよう。やせ細って、精神的に不安定なプリンセスが、今日あるのは、ダニエルの存在。それを王様が認識した。こころなしか、新聞SVESKA DAGBLADETの表紙を飾ったお二人の写真。なんとなく兄弟姉妹にもみえる。プリンセス教育というよりも、プリンセスのお相手教育に7年間という歳月がかかり、ようやく卒業証書をいただいた。といえよう。どこにだしても、決してはずかしくはございません。

スウェーデンは、プランをし予定をたて、それを遂行するといったことをとても大切にする。いきあたりばったり、最後に突貫工事というのは、北欧の人のスタイルではない。準備に準備を重ねる。だからこそ、毎年あの大変なノーベル賞受賞式や晩餐会など細かい作業ができる。ここは、いきなり!というよりも、ずっとやっていましたが、ようやくなのです。というスタイル。徐々に徐々に。

これで、ようやく妹の結婚したいプリンセスも結婚ができるかもしれない。もしかしたら、マーガレットプリンセスがおねえちゃまの結婚を早く決めて!とパパとママにお願いしたのかも。いずれにしても、嬉しい春。

スウェーデンのデザイナーのものをほとんど着ないといううわさだったヴィクトリアプリンセスは、最近かわってきた。これからは、なるべくスウェーデンのデザイナーのものを着るわ。と宣言したといううわさも。結婚式のウェでイングドレスも楽しみ。にわかに、スウェーデンにも結婚ブームが訪れるかもしれない。長い春。これこそ今のスウェーデン人女の子に必要な愛を貫く姿勢をヴィクトリアは示したのではないだろうか。サンボで一緒にもう生活を始めていたお二人。結婚という誓いをすることに、ほかの女性たちにも少なからず影響を与える可能性がみえる。おめでとう! ダニエルさんのしているネクタイがなかなか素敵。ブルーに薄いピンクヴァイオレットの斜めストライプ。プリンセスはローヤルブルーに左胸にダイアモンドのブローチ。耳にビオレットのイヤリング。シンプルであるけれど品がある。
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From Svenska dagbladet,

Glädjen först, den som svallade emot oss som lyckats få en plats på presskonferensen i Blå salongen i prinsessan Sibyllas nyrenoverade våning där de nyförlovade tog emot. Båda lika strålande, han lite mer nervös än hon och med slipsränder som gick ton i ton med hennes lila klänning.

– Jag är genomlycklig, försäkrade kronprinsessan och viftade med vänsterhanden där en ring – som inte fick någon närmare beskrivning – glänste.

Att hennes blivande man saknade ring fick sin förklaring efteråt, av press- och informationschefen Nina Eldh: Daniel Westling kör den internationella, ringlösa stilen.

Själva frieriet fick vi däremot veta riktigt mycket om:

Jo, det var en härlig, solig dag på Drottningholm när isen knarrade och – Daniel Westling erkände att det var nervöst – han tog mod till sig och friade.

Hans blivande hustru upprepade svaret hon gav där på isen:

–Det blev ett ja, ja, ja, ja, ja.

Att förlovningen dröjt så många år lät inte som något större problem för de tu som glittrade under tavlan på hennes anfader Karl XIV Johan. För under dessa år har de haft möjlighet att lära känna varandra. I lugn och ro, på tu man hand.

–Vi har behövt den här tiden, sa kronprinsessan och hennes blivande man erkände att omställningen inte är helt lätt.

Eller som han mer drastiskt formulerade det, fortfarande med en lätt brytning på sin gästrikska:

–Att falla ner och fria efter ett år hade nog varit ganska misslyckat.

En pojke från Ockelbo får sin prinsessa. Det skulle kunna vara precis som i sagan, samma romantiska illusion, om vi inte redan hade facit i hand.

Nu vet vi att de prövat varandra och sin kärlek. Den dag en kronprinsessa förlovar sig måste hon också vara säker. Både på sina egna känslor – och på sin blivande man.

Den dagen har bevisligen kommit.

I dag satt Daniel Westling där vid hennes sida och bekräftade att från och med bröllopet blir hans främsta uppgift att stötta kronprinsessan.

Med andra ord, han kommer inte längre att driva de träningsföretag som han byggt upp. Det är, så vitt vi kunde förstå där i Blå salongen, inte förenligt med hans nya roll som Victorias make.

Men, som han konstaterade med ett riktigt glatt leende:

–Jag har vant mig under de här sju åren på vad som komma skall.

Först efteråt tillade han, med lite lägre röst, att han hoppas kunna ägna sig åt friskvård, hälsa och entreprenörskap också.

Och kronprinsessan Victoria, ja hon bara log. Med den lugna lycka som den som tvingats pröva sina känslor utstrålar.

Hon är inte längre den där tjejen, kunglig visserligen men det tänkte nog inte ortsborna på, som smög runt i Ockelbo våren 2004, klädd i jeans och blå jacka, och blev kysst av Daniel under det som kanske var deras första besök hos hans föräldrar. Jag minns bilden där de fångades på en gata, hur unga och oskyddade de såg ut.

I dag, i soffan, var de Paret. De två som äntligen kan visa världen att nu är det allvar.

33 år har gått sedan hennes föräldrar tog emot den chockade pressen i den berömda, gröna ”förlovningssoffan” i rummet intill på Stockholms slott. Det var då och där kungen förklarade kärlekens förunderliga väsen med de numera berömda orden: ”Det var något som sa klick – och sedan har det sagt klick hela tiden.”

Kronprinsessan och Daniel Westlings förlovning slog inte ner som samma bomb – och är minst av allt resultatet av en virvlande kärlekspassion.

Man kan säga att efter sju nedtonade år, då de med varierande framgång försökt dölja sin relation, åtminstone officiellt, nu väntar ett långt gemensamt liv för de två som redan hunnit dela så mycket, i både nöd och lust.

I dag fick vi veta att det egentligen aldrig sagt ”klick” mellan dem. Som kronprinsessan erkände, nästan tröstande till oss som samlats:

–Daniel och jag hade från början en fin och välgrundad vänskap som växte och blev till kärlek.

–Men det sa inte klick, tyvärr.

Hur Daniel Westling klarat att vara hemlig fästman i så många år verkade inte heller ha varit något problem.

–Jag har fokuserat på mitt arbete och på min familj, berättade han. Och med en blick på Victoria:

–Med henne vid min sida har jag känt mig trygg och stark.

Nja, lite jobbigt har det väl också varit. När han varit jagad av fotografer och inte fått gå ifred. Fast det där var, åtminstone i dag, problem som aldrig blivit särskilt betungande för honom. Hellre svarade han på frågan vad han föll för hos kronprinsessan.

–Hon har ett fantastiskt stort hjärta. Och så har vi en personkemi som fungerar helt perfekt.

Hans blivande hustru talade än en gång om den trygghet hon känner med Daniel, att de har väldigt roligt tillsammans – och att det är en glädje för henne att åka hem till sina blivande svärföräldrar:

–Jag ser alltid fram emot att komma till Ockelbo, sa hon – medan han hastigt strök henne över knäet och å sin sida kunde bekräfta, tvärs emot vissa rykten som florerat genom åren, att han från första stund känt stöd och värme från hennes föräldrar. Och att han genom åren kommit att stå hennes syskon nära.

–Det har varit många trevliga söndagsmiddagar.

Säkert hade de, precis som alla andra nyförlovade, kunnat sitta kvar där i soffan och berätta mer om sin glädje och lycka men plötsligt var presskonferensen över. Med tid bara för några sista bilder, när fästmannen la armen runt sin fästmös midja i den gest som berättar mer om kärlek och trygghet än vad all världens ord kan förmedla.

Sedan var allt över och vi vacklade ut i februarimörkret, till de förhoppningsfulla som fortfarande stod kvar utanför Slottet i hopp om att få en se glimt av de nyförlovade.

Några timmar tidigare var hela yttre borggården full av folk, som förgäves väntade på att nyheten skulle tillkännages. Men ingen kom ut på balkongen, inte ens statsminister Reinfeldt kom stegande över borggården för att berätta det som alla ville höra.

I stället tillkännagav kungen på en glädjestrålande nyhetsvideo att hans äldsta dotter förlovat sig med Daniel Westling – och att bröllopet kommer att äga rum någon gång på försommaren nästa år. Så som den kungliga traditionen bjuder, just när Sverige och Stockholm är som vackrast.

Han såg så glad ut kungen när han förutspådde att denna förlovningsdag, speciell inte bara för den kungliga familjen utan för hela Sverige, bara är början. På det som ska bli ”ett långt, långt” gemensamt liv för de två. Glad och stolt, så där som en pappa ska vara när han meddelar att nu ”skrivs ett nytt kapitel”.

Bredvid satt det glittrande fästfolket och försäkrade, efter varandra som om de redan tränat på att foga samman sina röster, att nu börjar det liv där de kan stötta varandra. Där de står vid varandras sida. Där de kan visa världen sin kärlek. Och där de äntligen får möjlighet att bilda familj.

–Det är lättare att lösa uppgifter när man känner sig trygg, glittrade den nyförlovade kronprinsessan och tackade sina föräldrar för det stöd och den hjälp hon och hennes blivande man har fått.

Drottning Silvia har redan i en intervju avslöjat att hon ser fram emot livets efterrätt, det vill säga barnbarn. Med rörelse i rösten sa hon:

–Vi tar emot Daniel med öppna armar.

Efteråt uttryckte hon förhoppningen att han kommer att få möta samma gensvar från svenska folket som hon fått uppleva, hon som minns hur det var att komma som en vanlig fröken Sommerlath in i den kungliga familjen.

Nu är det en herr Westling som ska tas emot.

–Det skulle glädja mig mycket om han får känna samma glädje, sa hans blivande svärmor.

Det var våren 2002 kronprinsessan Victoria och Daniel Westling träffades, på gymmet Master Training där han var hennes personlige tränare. Redan sommaren efter fick han följa med till Öland och Solliden, där hon enligt tradition firar sin födelsedag. Hon blev 25 år den sommaren, och några dagar senare visade kungaparet för första gången upp sig med sin dotters nye pojkvän på en konsert i slottsruinen i Borgholm.

Kungliga förlovningar brukar vara korta, högst ett par månader. Att kronprinsessan och Daniel Westling, som efter bröllopet kommer att få titeln Prins Daniel, hertig av Västergötland, får vänta över ett år på att gifta sig har inte fått någon officiell förklaring.

En rimlig orsak kan vara Sveriges stundande EU-ordförandeskap. Utrikesdepartementet mäktar helt enkelt inte med stora EU-möten och ett kungligt bröllop med gäster från hela världen.

En annan förklaring som gled över den frusna borggården var att detta ger Daniel Westling ett års träning innan han blir kronprinsessans make. Han får tillfällen att tjuvträna som Prins Daniel, bland annat på kronprinsessans namnsdag och födelsedag.

Riksmarskalken Ingemar Eliasson bekräftade vid presskonferensen att först nu kan bröllopsförberedelserna ta ordentlig fart.

Hur många gäster som kommer att bjudas in till Stockholm ville han inte ens gissa. Inte heller lär kyrka vara bestämd.

På frågan om det inte kan ställa till problem att 2010 också är valår blev det blixtsnabba svaret att det var det också 1976, när kungaparet gifte sig.

Men ett stort engagemang är det, förvisso.

–Att ordna ett VM i fotboll är, jämförelsevis, en bagis.

Var paret kommer att bo är ännu inte bestämt. Idag hyr Daniel Westling ett hus på Drottningholm, på gångavstånd från sin blivande hustru.

Det var när detta hyreskontrakt nådde pressen som de flesta förstod att nu börjar det nog ändå bli allvar.

I flera år har det viskats att den dag vi får en kunglig förlovning i Sverige, då kommer almanackan att visa den 12 mars, eftersom det var kungaparets förlovningsdag – och därtill Victoria-dagen.

Rösterna hade fel.

I dag visade kronprinsessan och blivande prins Daniel att de går sin egen väg, in i den framtid som de visserligen kommer att dela med svenska folket men som också är deras alldeles egna, privata. Tack och lov.

Numera är det den 24 februari som gäller som kunglig förlovningsdag.

Åtminstone fram tills något annat bevisas, med tanke på att det står två kungliga småsyskon på tur.


Karin Thunberg

karin.thunberg@svd.se
by nyfiken | 2009-02-26 02:01

Contest


by nyfiken | 2009-02-25 06:53
人気のスターに、アル歌をみせたら、笑いがとまらなくなったテレビ番組。笑いがとまらないDARIN。スウェーデンの女の子がキャーと声をあげる歌手スターである。

何がそれほどおもしろいのかしら、と思ったらびっくり。日本にも言論や表現の自由がある。笑いのうずは国境を越える。
よく観たら、すごいふりつけと体をはった踊り。ちょっとはずかしい。世界に受けるギャグなのだろうか。ところであれは、まじめなショーなのだろうか。
YATTA!  


この歌は、スウェーデンの高校生のグリーンクラブに、感動を与えた。VAXJOにあるKasedral school in swedenカセドラル高校(クリスチャンの香りがするけれど。。)でもグリーンクラブが踊る。
葉っぱが一枚あれば、生きていけるぞ!http://www.youtube.com/watch?v=8QiDcd-AQCE
ノルウェーの高校生も学校の舞台で。それにしても、すらりと長身スタイルがいい.北欧の高校生は、スカンジナビア的きまじめさが前面にでている。シャイ?


ところが、フィンランドになると、ちょっと雰囲気が違う。学校のクリスマスの行事。芸があるのは、後ろに実際オリジナルをスクリーンに映すというテクノロジイを駆使したのが、さすがNOKIAの国。教育レベルが北欧で一番。ノルデイックの国をYATTAのパフォーマンスで違いを比べると面白い。フィンランドの男子高校生の学校クリスマス行事で。YATTA!



フィンランドのお隣の国。ロシア。芸術を解するバレーリーナやアイススケートダンスの国。ロシアの高校生の踊りは、小道具やお花など芸がこまかい。ロシア人ユーモアが伝わって、わたしの中ではロシアの男の子に軍杯があがる。花火もなかなか。かゆいところに手が届く感じがいい。それにしても、日本の歌も世界を回っていることに、驚き。キッチュなものは、世界に受け入れられる?この調子。がんばって!なにも肩に力をいれて、アメリカ進出!なんてしなくても、面白ければ今の時代は世界に回っていくことに。Russian style Yatta!



TIMING ヴィヴィアンスーがなんともかわいい!


海外ロケの某歌手の音楽ヴィデオ製作は、実はひとつ関わっている。ファッション雑誌の海外ロケ撮影なども日本の雑誌社の仕事をいくつかしたことがあるが、スタッフのみなさま。本当におつかれさま。泣き笑いの日々。コーデネイトの仕事は、裏方の醍醐味。小型飛行機やヘリコプターのチャーター。高いヘリコプターや飛行機からカメラマンの人の上からぐっと映すその苦労など、どうしても背後をみてしまう癖が。
by nyfiken | 2009-02-24 10:03
スウェーデン人がみんな家族でテレビの前にそろって観て応援してきたのが、メロデイフェステバル。



国を代表する歌手を選ぶ。人気はかなりある。昨年選ばれた歌手は、シャルロットペレル二。

王様の家族でも、みなで一緒にこの歌番組を観るという設定のパロデイ。フィリップ王子が時間が遅くなると眠くなって、横に。ところが、セクシー歌手がでたとたんに、起き上がった。起き上がったのは、フィリップだけではない。王様も。そして王妃様は怒って退出。少々現実離れをしているが、話し方などは、ずいぶんとまねをしている。フィリップ王子のスムーズな品のよいスウェーデン語。甘えん坊という設定がおかしい。

さて今年もすでに始まった。2009年。



Eurovisionすなわちヨーロッパの各国代表がまた競う。


She is very willing! That is the all what peoples need.
やる気十分。
by nyfiken | 2009-02-24 08:39


今日からスポーツロブ。スポーツラブではない。学校がお休みになって、子供たちは家族と一緒に最後の冬スポーツ休暇なるものをとる。スキーやスケートといった冬のスポーツが主。

どおりで、今日のストックホルム市内の電車は、中学生高校生でごったがえし。女の子は、たくさんの紙袋。どうやらスポーツ休暇でも両親が働いているひとたちは、市内で子供たちどおしで街にくりだしている。

今は夜中の11時半。あと30分でスウェーデンで一番大きい書店の一年に一回の売り出しセール夜中0時にはじまる恒例行事。いつも行こうとするが、くじけて翌日以降になる。今夜は0時から1時半まで。最初のひとたちは、今頃、寒空の雪の中列に並んでいるのだろう。山積みされている本。

さてSPORTLOV. スポーツ休暇のスウェーデン語。お金持ちのひとたちは、どういう休暇を過ごすの?というのがこのテレビ番組の皮肉アイロニイ。化け方がなんともおかしい。

このテレビコメデイ番組に、にスウェーデン社会の皮肉がたっぷりこんと。かのじょは、スウェーデンのある種のお金持ちのおねえさまたちのいいかた。ジュネーブへちょっとバカンス。その後は、バーンフリッカ。若い彼女ナタリーとふたりっきりで一日。子供たち?いやこのこどもは、ナタリーの。奥さんも、わたしはマッサージへ。ジョーンジャック(フランス人)がいるのよ。するとだんなさんが、”イヤージョーンンジャックは本当に、かっこいいんだよね。”おくさんは、うふふ。
ヤングのガールフレンド。いかにも。いかにもスウェーデンらしい。さばけかた。血は流れない。お金持ちのおくさんは、素敵なジョーンジャックとすごすし。十分余裕ある人たちなどへの皮肉。たしかに、こういうひとは、いるのよね。本当に。という声がきこえてきそうな。経済不況のおり、こういったカップルの動向が気になるが、見た限りではあまり変化はなさそうだ。スポーツ休暇がおわれば、こんどはイースター休みには、海外へ。今から予約をしている人など、休むときは、一斉に休む体制となるが、もちろん働いている人も多い。




ジョーンジャックはスウェーデンでは、フランス人男性をあらわす名前?次にフランス人の名前がジョーンジャックとなっているコメデイ。ビクトリアプリンセスが、結婚する予定のスポーツトレイナー、現在は、スポーツジム経営者。2026年になったらどうなっているのだろう。そこには、彼の姿がなく、フランス人ジョーンジャックの姿が。つくずくスウェーデンにおけるジョーンジャック=フランス人男性というのがおもしろい。それにしても王様やシルビア王妃様そして将来のクイーンビクトリアをテレビでものまねするのもスウェーデンらしい。日本では、皇室をテレビ局がパロデイに使うことは、ほぼありえない。言論の自由は、スウェーデンのほうが進んでいそうだ。

ヘイババリアという番組。とくに王様ファミリイ物語は、あまりのおかしさに、わたしもおなかを抱えながら観たもの。ちなみに、ヴィクトリアプリンセスは、フランス語がおできになる。スウェーデン王室には、フランス人の王様の血がうけつがれている。それは、もともとの王様の血がとだえ、ナポレオン時代に、フランス人臣下が送り込まれた。最初の王様が大の北欧語嫌い。王様はフランス語だけ使って、周りのスウェーデン人家来たちにもフランス語だけを使わせようというお話もある。スウェーデン語の中の高貴なことばに、フランス語が多いのは、そういった影響もなきにしもあらず。

by nyfiken | 2009-02-24 07:32
気になるニュース。ロイター。アメリカは、金持ちは金持ち。お金がないひとは教育も受けられず、高いお野菜も食べられない。貧乏な人の生活のひどさは、日本やヨーロッパにでもいない。(ただしヨーロッパの貧しい国は別)そのアメリカがヨーロッパの福祉や医療や万人の生活を考えるスタイルに変わっていく。貧しいひとを考慮する。とのことなのだろうか。

しゃかいしゅぎが長かったスウェーデンなどは、そのアメリカの対極にある。また医療制度のよいフランスも、ひとつのモデルとなっている。アメリカの貧民層のお金がないひとは、病院で診療を断られ、死んでいくケース。ある日本の大学教授が、こっそり教えてくれた、アメリカで見られる貧しい人たちの病気。病院へいけない。薬を変えない人たちの存在。日本でも見られない肺の疾患。”わたくしは、あれほどひどくなってしまった疾患をみたことがなかったので、びっくりしました。今の日本じゃ考えられません。アメリカですよ。あの医療の進んだはずの米国での話です。”これは、だいぶ前に、シンガポールの新しいラッフルズホテルでのパーテイのときに、日本の医学部の大学教授から聞いたお話。

どうしてそこまで、ほおっておけるのかしら。というくらい。答えはお金がないと医療が受けられないアメリカのシステムでは、個人の医療保険は高い。保険をかけられないひとたちは、医療をうけられない。

マイケルムーアの映画ではないが、手術のために、南米やタイにでかけるひとたち。世界最高の医療がありながら、それはお金持ちのひとのため。矛盾。新しい政権は、そこを改善しようとしている。ヒラリークリントンが自著で、以前から強く言っていた医療制度の改革は、今まさに、メスがはいろうとしている。政治は、万人のためにある。政治家の強欲のためやエゴのために存在しているわけではない。

政治のプロならば、もっとプロらしくやってほしい。政治家は、国から高いお給料をいただいている。国民の税金。ふぐ料理の板前さんが国家試験があるのだから、今度から全ての政治家に常識問題や日本の歴史、政治、経済、世界の常識問題、日本語、英語あるいは、お酒に弱いか強いかの体質検査などの国家試験をとってほしい。テイラーメードのひとりひとりの政治家に、文句顧問をつける。文句顧問は、秘書ではない。ひとりひとりの政治家の弱点やあるいはこうしたほうがいいという改善点を言う人。

国会議員になった瞬間、先生先生と取り巻きにかこまれ、おかかえジャーナリストにかこまれ、かごの上のおさるさんになってしまう。わたしの目には、江戸時代からあまり日本の政治は変わっていないようにも見える。老中、そして裃をきた侍たち。殿は、ばか殿でもそれを支えるしっかりものの老中。みみうち。今の時代は、万人がインターネットですべて、情報開示とし、殿の頭の中も老中の頭のなかも、裃の中のふんどしまでみえてしまう。だから、難しい。

権力闘争はいいが、日本のことを本当に考えているのなら、協力して、ねこの鈴争いはいつも見苦しい。。そういう政治家たちを、自分たちの小さな利益だけにとらわれれ選んだ国民がいるとしたら、そのひとたちにも責任がある。おらが村の政治は、国を滅ぼす。結果をみてみよう。口先だけのパフォーマーなら、国民だれでも、すべてのひとが、町内会の順番に交代で代議士になれる。実行力。これを期待したい。なさけなーい、日本になってはいけない。トヨタだって、ヨーロッパであんなにがんばっている。TODAY、TOMORROW, TOYOTA.どうして日本の政治は、TODAY , TOMORROW、NIPPONといかないのだろうか。


アメリカの政治は、いきすぎた資本主義を是正する方向へ。経済のおちこみのつけを背負わされた若い有能な政治家オバマ。日本のオバマは、いったいどこに隠れているのだろう。親の七光りだけではなく、本人のきらりと光る才能や手腕や優秀さが必要だ。ブルドッグのように、面構えが政治家になるとなってくるのは、いたしかたがないとしても。神経が、ひとより太くなければ勤まりそうもない。お顔の皮膚が厚いのは、当然にしても。政治の不毛は経済外交国力を衰退させる。アメリカをみると一目瞭然だ。

次の今日のロイターのニュースのコラムニストの記事は、面白い。BERND DEBUSMANNのコラムより。ロイター。アメリカの動きがとてもよくわかる。


– Bernd Debusmann is a Reuters columnist. The opinions expressed are his own. –

Shock!! Horror!! The United States is becoming more like Europe! The rugged individualism that makes up part of the country’s self-image may be doomed. Paternalism threatens to throttle enterprise and initiative.

That has been the reaction of Republican leaders to the $787 billion stimulus package President Barack Obama signed this week after a contentious debate that echoed arguments made more than 80 years ago on the eve of the Great Depression.

“We were challenged with the choice of the American system of rugged individualism or the choice of a European system of diametrically opposed doctrines - doctrines of paternalism and state socialism,” Herbert Hoover said in his closing campaign speech for the 1928 presidential elections he won comfortably. The European ideas, he said, undermined the initiative and enterprise that propelled Americans to “unparalleled greatness.”Fast forward to February 2009 and listen to an updated version of conservative philosophy, expressed by Mitch McConnell, the Senate’s minority leader: “This (stimulus package) paints a picture of the Europeanization of America … and if we take all these measures, we will have made a dramatic move in the direction of turning America into Western Europe.”
Why is this such a dreadful prospect? After all, the United States does not fare particularly well on international comparisons of quality of life. It ranks 15th on the United Nation’s annual Human Development Index which measures such things as life expectancy and standard of living. A similar index compiled a few years ago by the Economist Intelligence Unit and using different factors put the United States in 13th place.
In both surveys, some of the European countries routinely derided as “nanny states” by conservative ideologues scored comfortably ahead of the United States.

Still, conservative talk show hosts dubbed the stimulus bill the European Socialist Act of 2009 - not meant as a compliment — and Newsweek magazine followed up the theme with a cover that carried the headline We Are All Socialists Now and noted inside that “Barack Obama sounds more like the president of France every day.”
It warned that slow economic growth in the United States, which has historically grown faster than Europe, “could kill rugged American individualism.”

Which begs the question to what extent rugged individualism can flourish in a deep recession.

IN RECESSION, SAFETY NETS LOOK GOOD

In January alone, almost 600,000 Americans lost their jobs, the biggest monthly drop in 34 years. Over the past year, job cuts totaled 3.6 million. This year alone, 2.4 million people are expected to lose their homes, according to the Center for Responsible Lending, a consumer advocacy group which tracks foreclosures. In the next four years, that figure is estimated to climb to 8 million.

More than 44 million Americans lack health insurance, the highest number in any industrialized country, and another 38 million are under-insured.

In these bleak surroundings, European-style social safety nets look attractive even to rugged individualists, particularly those affected by the downturn. Even before the present crisis, polls showed growing support for government programs to help those in need. A 2007 Pew survey, for example, showed 69 percent supporting the notion that government should take care of people who can’t care for themselves.

Unfettered capitalism this is not. In the Internet debate prompted by Republican warnings of the impending Europeanization of America, one commentator asked: “Does this mean that the half million Americans losing their jobs each month can count on having health care, public transportation, quality education and a public safety net?”

That depends on whether and how fast the stimulus package takes effect and allows Obama to translate promises into actions. Health care reform is high on his list, as are plans to overhaul America’s creaking transportation infrastructure, make college education more affordable, and provide a safety net for the poor and the unemployed.Call it Europeanization or a 21st century version of the 1930s New Deal designed to end the Great Depression (economists still argue over whether it did or not), it is a sharp turn from the conservative philosophy that government is the problem and can’t be the solution. That was the basic plank of the “Reagan revolution” of small government, low taxes, de-regulation and a belief that the markets know best.

Numbers confirm that the United States is coming closer to Europe: In the late 1990s, U.S. government spending amounted to around 34 percent of gross domestic product, compared with 48 percent in Europe, according to the Paris-based Organization for Economic Cooperation and Development. By next year, stimulus spending is expected to bring the U.S. figure to around 40 percent and 47 percent in Europe. The gap is shrinking.

But in comparisons between America and Europe in an age of economic crisis, one element is conspicuously absent: social unrest. Greece, France, Bulgaria and Iceland have been shaken by riots, mass protests and strikes. No sign of that in the United States - yet.
Are rugged individualists less prone to protests and riots? Or is it just a matter of time?
– You can contact the author at Debusmann@Reuters.com.
by nyfiken | 2009-02-23 20:41
2月は、北欧ではヴァレンタインのハートマークが過ぎたあたりから、店頭に黄色い色が増えてくる。卵を意識した飾り物。チューリップのお花は、色とりどりで日本よりずいぶんとお安い。オランダチューリップやスウェーデンの南の方からスウェーデンチューリップが店頭に並ぶ。

冬のおしまいに、チューリップのお花をみて、心から感動したことがある。横浜関内駅から馬車道方面に、日仏学院横浜がはいっているビルがあった。帰りに一階にあった明治屋のカフェでコーヒーを飲んでいた。大きなガラスの器。オレンジ色のゆれるように踊るような優雅なチューリップ。花の持つ力は計り知れないものがある。20本のオレンジ色のチューリップの形も色の華やかで元気なこと。

あれからずいぶん時間がたった今でも思い出す。開花の美しい瞬間。外の歩く人をみながらコーヒーを飲んでいた。そのとき何か甘いケーキでもいただいたが、花より団子のわたしが、団子をわすれ、その元気なオレンジ色のチューリップーダンスをするようなフレアスカートのすそのような花びらの先。に感動して見入っていたのだから。

活けたひとが、そこにたままたいたようなおぼろげな思い出がある。どうしてその女性とお話をしたのかもすっかりと忘れてしまった。決してお安くはない、特別なチューリップのお花は、遠く海外オランダから飛行機で日本へ連れられてきたのだろうか。

春眠不暁。思いがけない突然の大雪に見舞われたストックホルム。街は白くなり、子供たちや大人たち、犬まで興奮して、昨日の日曜日は電車が満員になるくらい人々は町にくりだした。雪玉をなげあったり。。雪国で育った人たちの、雪のない冬が終わろうとしているときに、いきなりの大雪。だれかが電車でこういった。

”なんとなく、クリスマスに戻ったような気がするよ。”今年のクリスマスも雪がほとんどなかった。北欧の人たちのクリスマスと雪は、子供時代の思い出の中にしっかりと根ついている。

春が近いのに、冬に逆戻りするような自然。

受験で大変だった日々をすごしている子供たち。朗報を得られたひとはおめでとう。残念ながら、思い通りにいかなかったひとは、人生は長い。チャンスは、努力を正しい方向でしていれば、必ずやってくる。やりたいことがみつからないのは、経験もないうちに、簡単に預言者でないかぎり本人にもなかなか判断ができない。理想とギャップのはざまで苦しんでいる人も多い。若いときは、簡単に傲慢になれるけど、へこむのも早い。目標は、大きな理想。中間の理想。そして現実的な理想といくつかわけてもっていたらいい。人生は、山を登るごとし。ひとつ山を登ると次の山が前に。そうやって山を越えながら、人間はアフリカの大地から地球上のあらゆるところへ、困難を越えて移動してきたのだから。

憎しみやねたみは、本人をも自滅させる。愛や温かなそよ風は旅人のコートを自然に脱がせるが、北風の冷たい風は、コートの襟をたてさせ、そしてコートは決して脱ぐことはない。春は遠い。コートを着込んで、雪の中を黙々と歩く2月。白い雪は、街を明るくする。ストックホルムは、今また冬にもどってしまった。お花やさんの店頭の桃の花がかわいらしい。
by nyfiken | 2009-02-23 20:15
Dear C,

This song is for you.Time comes and just follow the stream. You are leaving soon beautiful city stockholm to another Europe.


Central station, Serger torget, beautiful stockholm will live in your memory forever no matter where you go and wherever you live. I will miss you and your baby A.

The days we studied together, the days we had tea (fika) and the days we went museum , the day we discussed about art 。

Thank you for all the shared time and inspirations that you gave me Through your eyes, I could see Stockholm quite artistically and more beautifully. The eye of french lady or let's say the eye of artistic parisienne.. always admire your good taste for arts ,artistic details, talent for colors so called french chic.

you said.to me , I always remember this story spoken by you while we were walking in the park .

"Paris ...wherever I sit, I feel like my dreaming in life. Stockholm's nature is astonishing and here in Stockholm, we do not see many tired prostitutes walking around town on the way back home in the morning ,after their long night like Paris." .I really enjoyed your telling me interesting stories.
On your departure, love,
always your friend.NF

Talented Robert Manos's sounds is sometimes like deep blue transparant sea and sometimes so romantic , emotional. I feel deep Wabi Sabi in his sounds that I like it. Simple, sophisticated with passion , cool , matured.His sounds arises our inspirations for life, and I feel 4 seasons. The earth power from the origine of humanbeing. His roots is solid and his soul is very deep and warm.

I like the sounds and how they show Stockholm.My space shows his latest one Plastic.That is also so cool. his music arise some sorts of imagination like some sorts of painting or picture.How we listen to his music? Well, while we walk on the street in stockholm.Kungsgatan, gotegatan, slussen, T centralen on beautiful snow day.


ロバートマノスの音は、すばらしい。注目しているアーテイスト。MY SPACEで最近の音をチェックしてみよう。プラスチックが、またすばらしいでき。タンザニアというタグがあるから、両親のどちらかがタンザニア人系スウェーデン人かもしれない。音楽の才能。才能のあるミキサーや音を作り出す人はスウェーデンにたくさんいるけれど、スウェーデンにいい音楽が生まれるのは、あのミートボールのせいなのだろうか。わたしもロバートマノスに刺激をうけて作曲をしたくなってしまった。

ストックホルムの景色がどんどんでてくる。ストックホルムに住んでいたことがあるひとには、懐かしい場所が。セルゲル広場の塔。セントラルステーション。駅の構内。空港ゆきのARLAND行きエクスプレス電車のホーム。スカンセンの高台から見える街。
by nyfiken | 2009-02-23 08:07