スウエーデンの面白いものたち


by nyfiken

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オランダが1722年、太平洋航海の時に、発見した島。その日がちょうどイースターだったからイースター島と名前をつけたという。時は春。北欧でもイースター前に、街の飾りつけが黄色、卵色。イースターチキン。鶏とひよこ。そして魔女。アメリカのようなイースターバーニーというよりも、再生を意味する卵とひよこなどの印象が多い。色とりどりの羽を木の枝先につけたものがお花屋さんの店頭に。色は鮮やかな黄色、紫、ピンク色など。お花さんには黄色いお花がどんどん増える。イースターの水仙。バラ。チューリップ。春のお花の鉢植えの桜草。さて、神秘なイースター島に思いをふと馳せる。

イースターの人はどこから来たの。彼らの踊りを見るとどうみても、南アメリカというよりは、ポリネシアン。歴史は、先住民が木の伐採、大きな石器の像を争って作っている間に、木を全て切り落とし、食料となる鳥がいなくなった。内乱で、島の中で争い、滅び、また復活する。歴史のことを知ると、他人事とは思えないものが。




イースター島の踊り。ポリネシアン、タヒチアンダンスや南太平洋のほかの島の踊りそのもの。先住民はやはり、ポリネシアから船で渡ってきた人たちといわれている。現在はチリ。4000人くらいの人口だという。


by nyfiken | 2010-03-28 07:51

ビートルズとリバプール

Norwegian wood.村上春樹のノルウェーの森の題名にインスピレーションを与えたビートルズのこの曲。実際録音したときのスタジオの様子が記録に残っている。ノルウェージアアンウッドの歌詞はいろいろに理解できる。私が大学の英文学の先生ならば、入学試験にこの解釈をだすかもしれない。




春になって、急にリバプールを思い出したのは、おそらく訪れた時が春先だったからかもしれない。
リバプールの春は、風が強かった。エデインバラをその後訪れ、違った印象で、スコットランドとイギリスの町の違いを感じる。リバプールは、庶民的で、街角からミニスカートの白髪の長い髪をなびかせた、ビートルズ世代のおばあさんが、アンテイック風ピンクのミニワンピースをはいて歩いていたのには、驚いた。20代からずっと変わらず、おかあさんになっても、おばあさんになっても当時のスタイルや格好そのまま維持している人は、迫力がある。

またリバプールの港沿いを歩いて公衆電話の前を通り過ぎるとき、電話のところにいたおばあさんが私を呼びとめ。イギリス人の老年のおばさんが、コインの入れ方をたずねた時も、おどろいた。イギリスには、すでにチュウゴク系やインド系が住んでいるインターナショナルの国。斜めに差し入れるのです。としたり顔で教えたが、こういうこともあるのだと妙な気持ちになったものである。イギリス人の英語を話していたおばあさんは、公衆電話など使ったことがなかったのだろうか。


リバプールを歩いていて、この街からビートルズが世界に出て行ったのだと思うと感慨深いものがあった。イギリスからいきなり有名になったのではなく、ドイツのハンブルグでの演奏にでていたイギリス人のバンドの代理として、でてから有名になったという。世界の鉄道駅の発祥地、マンチェスターでの1963年の演奏。当時の若者の熱狂的な姿。人間の熱狂したいという心が躍るもの。これは、案外大事なものかもしれない。とふと思う。りかちゃん人形やロボットから、大好きなあいどる時代を通り過ぎ、熱狂キャーーと叫ぶことがなくなってしまう大人に。キャーを忘れている日常。



リバプールのビートルズ博物館には、時代順に展示している。わたしの一番のショックは、売り出したころのビートルズは、リバプールの町を普通に歩いているどこにでもいる若者の顔をしていた。そのカードを見て、成功が人間をどのように変えていくのかにふと興味を持ったもの。その博物館で当時の写真を目にするまで、成功したビートルズ表情しか知りえなかった。






最初に演奏していた劇場そのものの再現。売店で売っていた売れなかった時代のビートルズの若い青年時代の顔と売れ出して世界のビートルズになってからでは、まったく別人のようだ。博物館には、それぞれのところに細かい説明が書いてあって、ポールマッカートニーは成績がよかった。とか。ジョンレノンの母親と父親がどこでどういう風にであったか。といったような親の出会いまで書いているのは面白かった。途中からヨーこの存在。実は、グレープフルーツというヨーコがまだずいぶんと若い時代の詩集がある。ストックホルムの書店でスウェーデン語に訳されて売っているのを見かけたことがある。

リバプールで感じたのは、世界のビートルズと世界のヨーコオノということだった。ジョンレノンの先妻の書いたエッセイー幸せだった昔のジョンレノンとの生活の回顧といった本を読んだことがある。同じ人であっても、ヨーコオノが出会ったジョンレノンは、先妻が回顧するジョンではない。同じく、ヨーコオノの前のボーイフレンドであり、ニューヨーク時代同居人であった日本人芸術家が書いたエッセーを読んだことがあるが、”彼女は、いつも忙しそうに仕事をどこからでも見つけてきて、通訳や翻訳、いろいろなことをこなしていた。”と当時からの時代を回顧している。

ヨーコオノは、まさにアングロサクソンの男性があこがれる、東洋のアマゾネス的強さを備えたたくましい日本女性。東洋人を好む西洋人は、多数派とはいえない。東洋イコール神秘というイメージもすでに昔の過去のものとなりつつある。

リバプールでの夜、インド料理店に入り、イギリスではあまりはずれのないインド料理をいただく。イギリスにしかないバターチキンカレーなど、それなりに美味しい。ふと前をみるとでっぷりと太ったイギリス人の女とやせ細った案外美しい普通の男性がうっとりとした目で嬉しそうに太った彼女を見ていた。そういうカップルを幾度か見て、イギリスらしいと感じたものである。

リバプールのあるとおりにたくさんある書店街で、特に、個人の経営している本屋に店主の趣味に応じた本が並べられていた。日本の谷川俊太郎の訳詩集がありちょっと驚いた。なぜなら、昔好きで読んでいた詩集が英訳されていたのが、リバプールのその書店にあったからだ。女性問題、なかでもとりわけ、暴力をうけたことのある世界の各国の女性のポートレート写真集というのが目についた。一人ひとりの女性が被害者であり、大きく顔がアップされている。下にどういう状況でドメステイックバイオレント、もしくは家庭内暴力やボーイフレンドによる暴力にあったのか。ということが本人の言葉で書かれている。

日本の女性だけではなくアメリカ人女性、イギリス人、南米、ヨーロッパなど。各国一人ずつ20人くらいがでていた。迫力のある写真集だが、それぞれの表情がいろいろな過酷な人生をしっかり顔に刻みつけていた。ポートレイトからは、すべての女性が、心優しい女性であることは否めない。わたしは、女性に対する暴力を許せない気持ちで、怒りをもってその本を手に入れ、日本に持ち帰った。その本は、今はストックホルムのアパートにある。

古本屋でダンボールひとはこ分、イギリスの昔の料理の本を手に入れた。おじさんが、そうそう、アフリカに長く住んでいたおばあさんが亡くなり、置く場所がないといってダンボール箱を持ってきたのがあるなあ。奥からでてきたたくさんの料理本の山。ジンバブエ時代のアフリカ在住だったのだろうか。アフリカ外国人租界で作られた海外夫人によるレシピブックなど、見ていてため息がでてきた。


夕方近くになると、昼あいていたカフェが店を閉め、変わりにパブに明かりがともった。ケーキを食べたいというカフェは、夕方以降開いていなかった。リバプールのある駅の構内に、白人のこじきの子供が二人物乞いをしていた。人々は、足早に通り過ぎた。



今のスウェーデンのストックホルムでも毎日通る地下道のある駅に、まだ20代の青年が寝ている。彼は、スウェーデン人なのだろうか。いろいろな事情があるのだが、リュックを頭にして、ダンボール箱にお金をくださいと書いている。働く気はなさそうだ。同じ通路で、ホームレスの人たちを助ける雑誌SITUATIONを手にずっと立っている人のよさそうな青年がいる。人生はさまざま。リバプールを思い出して、最後は、ストックホルムのホームレスに話がたどりついた。
by nyfiken | 2010-03-26 07:59

Till there was you.




リバプールを訪れたとき、風がずいぶんと強い場所というイメージがある。特にビートルズ博物館を訪れるその道すがら、風に飛ばされそうになったことを覚えている。TILL THERE WAS YOU.の歌をとってオーストラリアの映画、マークハーマン主演南太平洋の島で撮影された。


ハリウッド男優や女優が来るということで小さな島は、当時ひっくり返ったように、誰もが興奮した。映画エキストラや毎夜毎夜のレストランでのスタッフの食事に、フレンチレストランやイタリアンピザレストランなど色めきたった。彼らのお気に入りは、フランス人が経営しているビストロピザレストランだった。夜撮影の後、街にくりだし、バーや踊り場でアメリカやオーストラリア人スタッフが遊ぶ姿も。知り合いとその娘がエキストラにでることになった。もちろんマークハーマンは今よりずっと若くハンサムだった。島に住んでいた知り合いの日本人の女の子たちと、知人を見送りに空港に来たとき、空港で偶然会ったマークハーマンを大胆にも、捕まえて(お願いしたというより捕まえて)一緒に写真を撮ったことを覚えている。その写真が一枚ある。

夜ストックホルムのテレビに映っている円熟したマークハーマンのドラマを見る。あれから長い時間がたったような気もするが。ビートルズの歌のTILL THERE WAS YOUをも思い出す。
Beetles museum in liverpool. It is very worthy to visit there. I was so surprised to see their very young time's photo card. They looked so ordinary young boys.


Themusic and woman were softer and the world was poorer , but peoples lived in some sort of sweet romantic dream to the future.


同じ題名で、50年たって、ハリウッド男優女優を使ったオーストラリア映画。南太平洋の島で撮影された。日本の深夜テレビ放送で放映されたことが過去にある。夜、虫の泣く音が聞こえる。撮影に使った家は、南太平洋を旅した有名な作家も滞在したことがある家。ベランダから街の全てと美しい湾が一望できる。映画を観ると、日暮れの後の周りの景色や雰囲気、風の音や、かさかさとココナツの葉が揺れる音。虫がじいじいとなく音を思い出す。カナダ人女優のデボラは当時島では光り輝くほど美しく見えたものである。
if you have time do not forget watch another movie "Till there was you " Australian movie 1990. Mark harman .The insects singing before sunset and night atomosphere are very much south pacific island and that movie background show that real atomosphere. And I lived there when this movie was made!Of course I met Mark harman and very Beautiful canadian actress Devora.
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by nyfiken | 2010-03-25 10:14
I was in London one day, I went to the national Gallery. As you imagine, enorm quantities of fantastic arts. Of couse I saw, watched, looked at , stirred at and looked into. In fact some painting stroke me. I have the same opinion with this Sandy times art journalist. I was shocked to see one painting. She is maria, gesus christ's mother when she was 10 age.

Velasquez's imagination is different from all those oldern stereo type of maria. This maria impression is far different from what I have seen before . Maria is painted as a Very pretty and attractive young girl. MOre humanbeing of course rather than just a statue. I liked that painting so much. it does not look old rather new type of women. Modern figure of face. If I see spanish king's family painting, they looked very oldern type of faces. Anyway I stopped in front of this velasqueZ's maria 's painting for such a long time and in fact I felt peace deeply. The real painting gives us such a wonderful feeling beyond such a long long time.



Painter in history was inspirated by older painting. Velzquez from Spain is my favorite recently since even with camera eyes, the eye of genius could draw and paint more precisely. I just remember when I saw the beautiful different colored blue sea water in the south pacific island. I took picture , but it was not there. The humanbeing -we have god given better eyes than cameras because we can see the beauty of the earth. I think peoples use finger more oftne for computer and mobile phone, so our fingers' figure will be altered, longer and stronger?

Picaso was influenced by Velazques. The time Velazquez lived, the world still had witchy thoughts and tourturing. The spring comes and whenever easter comes, witchy figures can be seen here in Sweden. The fire burning reminds me of oldern time's withcy hunting rather than just spring camp fire. the modern era , we have lots of difficulty but comparing to oldern time, we can not complain anything.


by nyfiken | 2010-03-24 09:23
Actually when you communicate with Japanese, you should see how he or she reacts with body language. peoples do not speak, but instead of thank you, they nod head down. Or when they agree they nod heads.

Let's Learn about Japan and Japanese!!
Japanese rule. You can not make a phone call on the train. Some young Japanese do, but they are exceptional.but basically do not worry. This is just a basic social rules, tourists are always welcome!

Japanese do not want to say directly NO and do not like to conflict with others. THey do not like to answer NO automatically. So they try to do their best to give answer YES. But most cases, if they start bending their head, it means NO or difficult for them.



Japan is an island and for 250 years the country was closed during Edo period under samurai Shogun era. One and half century ago, the country was opened to another world again.
Imagine, if your country has been closed for 250 years and no computer, internet.



how to eat, use chopstick. manner."itadakimasu"


Harmony. Japanese who only live in Japan and overseas Japanese who have lived for longer than 5 years would be different.Of course it depends on how deep the relationship. Western culture and Japanese culture are different. About me? I have two switches. Nowdays, when I go back to Japan, I have to change my switch, otherwise all my Japanese friends and families would be so unhappy.Although if you do not like to eat raw Octopus still alive, you can say I do not like it. You can show the negative emotion to raw octopus. No problem.



Do not worry too much! japanese are kind peoples basically. So just be relax and enjoy!!

HOw Japan look like for foreigners' travellers.

All foreigners' travellers are welcome to Japan! YOKOSO JAPAN!

by nyfiken | 2010-03-23 10:10
マリリンモンローの成功。彼女の不幸な生い立ち、母親に捨てられた子供。悲しい不幸な生い立ちを追い払うように、新しい名前を持ち、マリリンモンローというスターになった。人間は変わることができる。


M.M was just a ordinary country girl who loved cooking carrots.


History tells and teaches us something.


Marylyn could be smart to cooperate with person. She knows whom she works with and whom she marries with or has as her boyfriend in each occasions that could have made her easier to be succesful , but that does not seem to make her happy in her life.



マリリンモンローの多くの恋や男性遍歴は、本物の愛というよりも、むしろ生きていく有名になるための手段のひとつともみれる。半世紀も前に、生み出された成功への道を追ったスター。美容整形、有名になるためのステップアップ。女性らしさを求められた時代が理想的なマリリンモンローを生み出した。さて、多様化している現代、女性に求められているものは、アマゾネス的な強いL.GAGAなのかもしれない。象の鼻がのびたり、きりんの首が長くなったように、環境や時代が女性像をどんどん変えていく。ファッションはその要素のひとつとみる。50年代は映画黄金期ともみる。戦後の洋画。日本人の多くも、洋画の大きなスクリーンにうっとりと。。


by nyfiken | 2010-03-22 08:34
Stefani Germanotta




Stefani Germanotta ended up 3rd place as talent contest in New York. wITH THIS sTAGE her talent was found.




She plays another personality as an artist. Lady Gaga. Yes. SHe obtained what she wanted.fAME. If she had the long boring straight brown hair like every girls in the world, she could not be so famous. The popularity means what? The trend created by folk and popularity look changing in this world. She could act like lady Gaga that might have different personality as she was before. She is different from Madonna. What is common, she just uses craziness to get attention by peoples. She is not beautiful but strangeness and anime like feature, might attract peoples' attention. Probably modern era, peoples want to have non realistic person like anime doll.



ノルウェーのジャーナリストがインタビュー。Lady GAGAはクイーンの歌のLADY gagaから取った名前という。多くのインタビューが似ていることを彼女に聞く。インスピレーションはどこからですか。ファッションセンスは、なんともいえないが、有名になった彼女は、ヴォーグで一流のカメラマンにとられている。ゲテモノ主義という大人たちもたくさんいるし、彼女のファッションセンスをまゆをひそめてみている男性もいる。時代が生み出したもの。



It is very american culture,Obsession of fame. Paris Hilton speaks as she looks.
They always use this word" Inspired by what?" Media culture, 70th, David boy....



The trasformation from stefani G to lady GG reminds me of Marlyn M. The behind of Star always existes somebody and some agency to make her /him Star.She or He could be just a doll. Fame of obsession. Lady G is not the first, this method is rather classical.They are talented as all others. One thing is different, they accepted something different from all others.


by nyfiken | 2010-03-21 12:10

尊敬する女性ANNA WINTOUR

強く、仕事ができ、品があり、年齢相応のおしゃれな女性。ファッション業界が不振といわれたのはなんのその。わたしたちは、後ろをみるのじゃなくて、前をみて歩くべきと言い切る。今の時代、わたしが尊敬する大物の女性のひとりである。ファッションの世界で生きるのがいいといったのは、わが父という。
カールラガーフェルドが、彼女は本当に信頼できる数少ない人と断言している。
大人の女性の魅力。彼女がこの中で言っている言葉。ガールはいつもおなじにみえてつまんないわ。ロングストレートヘア。女の子たちは冒険するべきよ。ワンパターンを壊したいのALways future!とポジテイブな彼女をあらわしている。tHIS COULD BE REAL FUTURE FEMINISM FIGURE. WOMAN SHOULD NOT BE LIKE MAN, STRONG INSIDE BUT OUTSIDE IS STILL LADY.


アメリカンヴォーグ。編集長anna wintourの指揮するもと。レベルがとても高い。vogueの撮影裏。lady gagaや一流ファッションカメラマンannieなどガ見られるのは興味深い。


I like her taste , confidence, ability and positiveness.She is my respectable idol and very interesting.アメリカのヴォーグの編集長。ファッションを愛したロンドン生まれ、アメリカには25歳にわたってきた。二人の子供を女手ひとりで育てた。現在60歳をすぎたのに、このフェミニンで大人の女性の素敵な年のとり方には脱帽である。女性が、磨かれる(磨り減ることと違う)センス。フェミニンな美しさ。ファッションは、奥が深い。ニューヨーク在住。





もっと知りたい人は、本人のインタビューをみるのが一番。
http://www.youtube.com/watch?v=52jAGB22CCc
次の番組は、スウェーデンテレビで放映されたアメリカのポピュラーな番組。

by nyfiken | 2010-03-20 09:07
日本のインターネットのみだしに、トヨタが追い込まれた理由という分析が書かれていた。アメリカに対する企業姿勢ということや工場閉鎖で労組にバッシング。。などなど。
工場閉鎖や生産縮小はトヨタだけではない。またトヨタは、ヨーロッパでの宣伝イメージなど、かなり企業努力サービスに努めてきた。スウェーデンでは、日産の車のことを聞いたことがない人が多く、トヨタ一人勝ちの感が否めなかった。メルセデスベンツのサービスなど、ストックホルムの代理店の、サービスなど、時間がかかり、修理もやり忘れたり、顧客サービスについてはトヨタの非ではないという話をスウェーデン人の知り合いから聞いた。

スウェーデンの経済誌の新聞などで、報じられていた中に、アメリカで問題が起こった場合に、現地での処理がすぐに行なわれずに、日本の本部へ問題を持っていき、そこからまたアメリカへ回答が送られるということ。日本本部集権主義が対応の遅れに結びついたという指摘。日本の法律が、ありとあらゆる問題を届けでなければいけない。というきちんとしたものにより、問題が余計に外にでやすいシステム。これに関しては、日本的にきちんとしすぎているのが裏目にでたとスウェーデンの経済新聞での分析。DIより。リコール問題は、世界中のカーメーカーで起きていることで、なにも昨日今日の問題ではない。などなど。

問題は、日本の仕事の進め方。スピードが求められる時代、現地社長の判断はできず、日本にいる本家にお伺いをたて、その老中や侍のトップたちがああでもないこうでもないとミナで会議をし、全員の印鑑をぱちんとおさないといけないのに、処理問題に時間がかかりすぎた。隠蔽工作があったのでは、などなど。

最近の気になったスウェーデン経済新聞の記事によると、アメリカのGMとフォードがトヨタの車を下取りにだすと、自社の車を破格値で販売するといったトヨタリコールに便乗した商法をアメリカで展開しているという。GM &FORD MAKE USE OF this opprtunity and dRIve over toyota'scrises.見出しが面白く、ジイエムとフォードは、トヨタ危機を利用し、その上を車でひいていこうとしている。バブル経済が崩壊したころに、日本バッシングの嵐だったあの雰囲気ににている。国際経済競争。問題は、危機管理の対応の迅速な対応。トップの迅速な判断ができるかできないか。 企業のトップとは、判断の嵐に絶えず悩まされるものだろう。だからこそ、スウェーデンでも企業トップご用達のユダヤ人タロットカードの人たちが暗躍しているともうわさに聞く。占い師は、ヨーロッパではタロット占いの人。ロシアのサンテぺテルスブルグの宮殿に、占い師が日々出入りしていたと聞いている。スウェーデン王室ご用達の占い師もいらっしゃるのだろうか。
by nyfiken | 2010-03-18 18:28

わたしと読書

本屋。特に古本屋おたくだった私自身、きらきらしたブテックにいる時間よりも、古本屋で過ごした休日が長年続いた。過去形というのは、事情が最近変わってきた。私サイドというより、昔からあったそういう古本屋がどんどん減っている。ストックホルムなら、毎週一度はチェックしていたお気に入りのねこちゃんのいるマダムの古本屋はきらきら不動産に。そして街角にあった古本屋は、安っぽいまがいもののシャンデリアが下がるカフェに。がっかりしているのだ。もうあの棚に数年あったあの本はどこかに。永遠に消えてしまった。いやアマゾンで捜したらいいのだろうけど、あるいは、古い本ならIPHONEで無料でアメリカのサイトからダウンロードできるよ。とニューヨークの友人が見せてくれた。

古本屋で何時間もしゃがみこんでいた不思議な時間が、減ってきた。古本おたくは、同じ棚にお気に入りの50年前や80年前の本があるとほっとする。楽しみをずっと続けてこれたのも、古本屋がストックホルムしかり東京の神田や、横浜なら、野毛あたりに長年同じ場所で同じ棚に本があったから。数年経済危機が叫ばれて、年老いた社長の息子たちが古本屋をやめたり、地代があがったりとストックホルムなども、街角の古本屋がインターネット書店におされ、なくなりつつある。

スウェーデンの昔からある古本屋さんの雰囲気が好きで、わたしは、時間が止まったような空間でうっとりとしていたもの。イギリスのロンドンあたりの古本屋もそうだが、ジュネーブに行ったときに、旧市街の古本屋さんをのぞいてみたが、2、300年以上前の革張りの本などのお値段は相当なものにびっくりした。スウェーデンに最初来たとき、たまたま1899年の少年少女むけ雑誌の月刊誌革張りなどを手に入れた。お値段は、それほど高いというわけではなかった。イースターエッグのおもしろいペインテイングやデザイン。というページがあって、ほのぼのとしている。大人は子供をいつくしみ、その子供もやがて大人になる。そうして世代は交代していく。大事なのは、きっと守れるものは、守ってあげて、人間どうしあまり争わず、仲良くすること。ちいさなことにこだわって、いこじにならずに鷹揚になること。日々をそれなりに生きる。どんなことにも楽しみを見つけられる人間になること。とは、1899年の本には書いてはいないが、ほのぼのした絵が時代を超えて、読者に幸せ感を与えてくれる。

さて、何を書きたいのか忘れたが、古本屋や本屋でなにかいい本がないかしら。という選ぶことにむしろ快感や楽しみがある。ぴったりとくる本というのだろうか。個人的にはエッセイが好き。まさにいろいろな人間の生き様や価値観にふれるチャンス。今ならきっとインターネットで億という人の書いたものを無料で翻訳機能もあって簡単に読める。作家は、どういうことにインスピレーションを得るのだろうか。本を多く読む北欧の人たちは、また本を聞く人たちでもある。
by nyfiken | 2010-03-18 12:16