スウエーデンの面白いものたち


by nyfiken

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先日のスウェーデンの大手新聞にLUNDのソニーが撤退。1000人の解雇とスウェーデン支社を東京本社に移す等のニュースが大きく取り上げられた。ソニーエリクソンとここ数年携帯電話でノキアをずっとしのいでがんばってきたソニー。そしてソニーとエリクソンは別れ、事実上ソニーという名前で携帯電話のアンドロイドなど宣伝もかけ、スウェーデン市場のアンドロイド市場では、名門ソニーというイメージを貫くべく、だれもが今回の決定を予想だにしていなかった。いきなり1000人の解雇という状態に、ソニーの懐事情もうかがえる。今年の夏は、お風呂の中でも使えるソニーの携帯のCMはストックホルムの地下鉄の駅中にインパクトな広告の展開もあり、まさかソニー携帯を東京からオペレートするとは、とスウェーデンサイドもびっくり。

さて、この機に応じて韓国のSAMSUNGの独り勝ちという感じもアンドロイドではありえる。ノキアが開発に遅れあまり売れていないスウェーデン。今日の新聞の広告に大手電話会社のTELIAとサムスンのコラボの宣伝のジョイントセールのブローシャーがはさまれていた。今はサムソン!の広告と中国のHUWeiもちゃっかりと。ソニーが撤退でなかががたがたしている隙に便乗宣伝とみる。

家電は、ドイツ系の大きな販促店mediamaxのストックホルム郊外店においても、samsungの進出が
めざましい。たとえば、韓国のLGとサムスンの冷蔵庫が欧米の冷蔵庫と同じ値段それ以上で安売りダンピングせずに店頭に並んでいる。この家電海外の販売網をどのように、サムソンが構築したかわからないが、
たとえば、スウェーデンのエレクトルクスやドイツの大手メーカーと同じスタイルでモデルキッチンの食器洗い機、換気扇、電気調理台などのモデルコーナーを互角に持っているのは、驚きであり、日本のどの家電メーカーにおいてもひとつとして今見かけない。が不思議にARAIという名前のメーカーだけが、コーヒー湯沸しから食器洗い機まで格安でなかなかがんばっているが、日本の会社の中国製なのだろうか。サムスンの冷蔵庫はポーランドで作っているものがある。

LGなどはメイドインkoreaである。ふと思ったが、世界の造船大国韓国は大型貨物船輸送船などもたくさん持っていて世界に送っているのかもしれない。旅行かばんメーカーのサムソナイトしかり、若い時に日本に留学し、温泉三昧だった創始者、そして一番経営に的確といわれる息子を後継者として選んだ先見の目。サムソンの社内研修厳しい旅行合宿などいろいろなメソッドはあるかもしれないし、またアメリカへ移民として戦後かなりの数の韓国系アメリカ人がいることも国際競争に勝つうえで助かっているのだろうか。

ソニーの経営上税金の高い給料の高いスウェーデンに多くの従業員をかかえているのは、採算がとれないということも理解ができるが、日本に本社を移したとたんに、スウェーデンの大手電話会社が、それからふつかもたたないうちに、サムスンだけとのコラボの広告をだし、そこに中国の携帯電話も宣伝しているというのは、スウェーデン市場においてのソニーの今後を憂うものであるが、いかがなものであろう。

ソニーエリクソンの時に、美しいすばらしい電話を作った。そのあと例のアンドロイドになり、サムスンの少し安い携帯に押され気味だったことは、理解できていたが、今回の1000人解雇は、スウェーデンのソニーにとっては、かなりのダメージとなったことは否めない。背に腹は代えられない。名よりも実をとるという決定が正しければいいことを願う。テレビの液晶や携帯電話のサムスンのアンドロイドgalaxyの成功が目に見えるように周りで進んでいる。営業力のすごさは、一体どこからきているのだろうか。ちなみに、サムスンの創始者が最初に売ったのは、中国向けの韓国からのリンゴだという。時代が変わり電化製品を世界に売るなど、2代目になっての躍進が大きい。長男はビジネスにむかず、跡をとらせず二男にしたことが親の先見の目があったということかもしれない。
by nyfiken | 2012-08-29 01:47

Nyfiken's August music

















by nyfiken | 2012-08-27 05:49
夕方ジャズが流れている。スウェーデンラジオのP2SVERIGES RADIO。

CLAIRE MARTIN Some Other Time




今日は雨。昨日のきらきらと太陽が輝いた日と全く違う一日。一雨ごとに秋になるとは母が昔言っていたこと。朝市で手に入れたトウモロコシを茹で、赤いトマトをまるかじりし、スウェーデンの森の松茸が手に入ったのを酒蒸しにして、ゆずの代わりに、ライムを絞っていただくのはなによりの贅沢。スウェーデンで手に入るのは年に一度か2度くらい。いただいたらすぐにその日いただく。酒蒸しした松茸は食感がこりこりして最高である。

料理の美味しさは、味だけでなく、食感にあると最近思う。食に関して押し付けがましいのはよくないと最近思うようになる。食に興味がない人や固いクリスプブレッドで育っているスウェーデン人に、日本のふわふわした食パンのバターがたっぷりはいっている美味しいホテルブレッドのほうがおいしいのよというのは、文化が違うだけの話と最近思うようになった。クリスプブレッドをおせんべいやおかきと考えるとそのほうが理解できる。

子供時代に親が何を子供に食べさせたかで子供の食の嗜好は決まる。以前あるファミリーレストランで隣にすわっていた子供たちが、ぼくのおかあさんが何を上手に作るかという話をしていた。すると一人の男の子が
おかあさん、酢豚が上手なんだよ。もうひとりは、マーボードオフ。そしてもう一人がハンバーグ。おふくろの味は国際化?しているようにも見える。

アツアツの炊き立てのご飯に焼きたての魚と大根おろしにおしょうゆ。おみおつけに、お豆腐とあげのお味噌汁と単純だがおいしいと感じるのが日本の食。コーヒーとクリスプブレッドにKESOをつけたり、キャビアがバタークリームに甘く混じっているスウェーデンのチューブ入りのキャビアをつけるより、ご飯とお味噌汁というのは日本人の伝統的な家庭のお味とみる。

松茸からでるゆで汁のお味は、どんなお出しより美味しい。この美味しい松茸の秘密は、本当は日本人だけにして宣伝しないようにしたい。(スウェーデン人が腐ったお魚のシューストロミングやざりがににうつつを抜かしている間に、我々日本人は、ひとりじめ?)とはいえ各国にはそれぞれ美味しいものがあるし、スウェーデンにも季節の美味しい食文化があり、お料理の雑誌や本がたくさんスーパーや書店に並んでいる。

洗練されたいかの塩辛やほやの酒盃に比べるとどうしてもバルト海(ダイオキシンの問題があるのでバルト海のにしんは、たくさん食べないほうがいいと新聞に書いていた)のにしんの発酵したシューストロミングの食感が鮒がくさったぶよぶよした感じで、食感が悪いのである。豆腐が腐った中国の食べ物やインドネシアのスマトラのトバ湖周辺に住むバタック族が喜んで飲むココナツのお酒トアックなど、ブルーチーズ、納豆、キムチしかり美味しい物は多い。でもどうしてもあのシューストロミングの腐った臭いを受け付けない。日本のくさやの臭いも相当ではあるが、今度スウェーデン人にくさやを焼いて食べさせたらどういう評価がくだるか楽しみでもある。

くさやを昔島の人からいただいて、東京のマンションで焼いた時もあったが、マンション中に臭いにおいが漂い、頭痛がしたものだった。

8月末は、日本では残暑が厳しいが、北欧の夏は、黄昏が長く夏の終わりに近くなると、秋の雰囲気が漂う。洋服も早々と暗いトーンの茶色やブドウ色がショーウインドに飾られる。まだ今月末までサマーハウスにいて田舎の夏の終わりを楽しむスウェーデン人もいる。

日曜日は、ユダヤの人は、出かけずに静かに家にいて体を休めるときいたことがある。休むための日曜日という意味では、家にいてのんびりするユダヤスタイルは賢い。隣のお部屋のおねえさんは、ユダヤ系スウェーデン人だが、彼女の部屋からは時間をかけて作ったスープのいい香りが漂う。キッチンの窓外から漂ってくる。彼女はガスで料理をする。ニューヨークでアートデザインビジネスマネジメントを勉強し、パリにも住んでいた国際派の女性だが、大手のファッションブランドに勤務している。

雨が降るとついつい家にいてコンピューターに向かったり永遠に整理しきれないお部屋のかたずけをする。かたずけるのは一生終わらない。物が多すぎるのかもしれないし、捨てられないものが多い。引っ越しのたびに減らしているつもりが、ついつい蟻がえさをせっせとはこぶように、ガラクタが増える。子供のがらくたおもちゃじゃないが、いつの間にかどんどん知らない間に本や小さな飾り物など増えてくる。その点スウェーデン人は至極クールである。どんどん救世軍などのお店に寄付して思い出もなにもさっさと捨てる。日本人はウエットなのと物を大切にすることを戦後徹底した物不足時代に育った昭和の親を持つ我々は物を捨てられない。

人生は、選択の連続である。着れなくなった洋服でも柄や色が気に入って捨てられない何年も前の服がスペースを占める。地球のいろいろなところに住むと住む環境で洋服も違ってくる。体型は変わってくる。親が赤ちゃんの産着が捨てられないのは、手にすることで嬉しい思い出を思い出すから。うれしい思い出にまつわる服は持っているのは、老後の楽しみのひとつとなるかもしれないが、それも限度がある。

Claire Martinのジャズヴォーカルが流れている。
秋のはじまり。雨の夕方のストックホルムの街にジャズの音楽はしっくりとくる。


by nyfiken | 2012-08-27 02:13

The rule of the world


this is before 2010, so things seem to be different by now. European economy is low no matter how smartest German work fully for all loss from Greece etc.








by nyfiken | 2012-08-27 00:50

Interior

I love to see " not really model room like house." a little touch of classic & bohemian style." In fact I like Swedish and Danish shabby chic with french accent. My motivation is not so high enough to make my real ideal dream come true. It is always nice to have a look at some that give us inspiration. The minimalism in New York or hongkong architect house or apartment also give us some surprising. Here in Sweden, peoples love white, grey white with accent color depending on each season just like towels hunging in the bathroom or tea towel in kitchen that how swedish always do use seasonal accent color for white room.(Cheapest way to change the room atomosphere on season)Autumn interior seems to have started in town Stockholm and also at IKEA. Brown, Wine red and black are usual colour for autumn.








by nyfiken | 2012-08-27 00:36

10万年後を考える。

核のゴミの高レベル放射能を地下300メートルに埋めて大丈夫だと思う人間は、歴史を学んでいない。

100年だけの短期なビジョンでしかものを考えられない人間。もし日本国の永続をのぞまないのならば、原子力発電を燃やすたびに原発のごみをだし続けることだ。10万年たたなければ、安全にならないと分かっているのに、今さえよければいいということならば、日本の国はいつかは亡びるだろう。

産業がない貧しい国は、危険なものを持たないかわりに、永続するだろう。
10万年前の地球を考えてみよう。私自身インドネシアのスマトラ島のトバ湖の近くに住んでいたことがある。大地震国火山国の日本で地下300メートルくらいに高放射能レベルの危険なものを埋めた場合、この大噴火が起きたらどうなってしまうのだろうか。とりだせないし、汚染が広がり人間が住めない状況になってしまう。自然災害は仕方がないが、人災は知恵を持って防がなければいけない。

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カルデラ湖のトバ湖がどれだけ大きい湖か実感としてわかる。7.5万年前に大きな爆発でできたトバ火山の後、地球の温度が数年の間3.5度以上低くなったという。おそらく灰や雲が被い太陽の光が届かなかったとみる。
これから10万年の間に休火山が再活動して爆発するかもしれない、山の国であることを考えると地震以上に不安である。他の国へお金を払って埋めるといったことは、万が一日本が最貧国にならざる負えない場合は、国が破綻し、支払えなくなり、ごみを引き取ることすらできない状態となる。日本人は貧民としてなりさがらなければいけない。国のお金は、日本人全員の税金だ。村に何億、補助金は、すべて国民が働いたお金や資産の税金から払われている。お金がどういうふうに使われるかは、市民、国民ひとりひとりが、自分の思うように使ってくれない場合は、文句をいう権利があることを忘れてはいけない。政治家をチェックし、どの政治家がちゃんとやっているか。選挙の前だけとってつけたような文言を履く口だけうまい八方美人政治家はいらない。

負の遺産は、気が付いた時点で借金を少なくするのが知恵だ。奢れる者久しからず。エジプト、ギリシャの凋落を見てもわかる。隠蔽したり、よく見せるのは愛国心ではない。本物の愛国心は、問題に目をつぶらず、自身をごまかさないことだ。騒ぎすぎだとか、大丈夫だと問題をカムフラージュし、楽観視することをやめ、現実問題として、なるべく早く賢いドイツとスイスのように原発を止め、水力や火力発電にシフトすること。徐々に原発を止める方向という政府がいうのは、口から出まかせのその場しのぎと見える。それは、原発にお金をかければかけるほど、蟻地獄からはいあがれなくなる。貢いですっからかんになり銀行のお金まで手を出して逮捕された過去の事件の男たちのように、原発に貢いでいるうちに、すっからかんになってしまうのが将来の負の遺産借金地獄の未来図。オール電化や世界の先進テクノロジーとのせめぎ合いで、電気はどうしても必要だが、どうやって本当に環境を汚さない電気を作り出すか。できることなら、日本の今の子供たちの理科や科学教育にさらに力をいれ、一日の早い真のエネルギーエコ電気の発見が日本から望まれる。

放射能やダイオキシンなど化学物質の影響で生態系が変わり、ある種の動物、ごきぶりや生物などが成長して生き延び、人間そのものも形態が変わっていくのではないだろうか。私は、将来人間がまた動物のように腰が曲がってゴリラのようになるのではないか?とふと思うことがある。子供のころから首をおりまげてゲームをしたりコンピューターに顔を向けることで背中が曲がって前かがみになるのでは?

日本人は日本という土地があるからこそ威張っていられる。一歩外にでたら、その国々に迎合しなければいけない。

10万年前の人間たち

約10万年前 - 現代人(ホモ・サピエンス)がアフリカを出て世界各地に拡がった(アフリカ単一起源説を裏付けるもの。7万年前のヒトの出アフリカ説。ミトコンドリアDNAの分析では、現代人の共通祖先の分岐年代は14万3000年前±1万8000年であり、ヨーロッパ人と日本人の共通祖先の分岐年代は、7万年前±1万3000年であると推定。
8万1000年前 - 地球温暖化に伴う海面の急速な上昇が起こっていた。国際研究グループが、気候変動に伴う氷床の拡大、縮小は今まで考えられていたよりも急速に起きる可能性があると発表した。
約7万3000年前 - スマトラ島のトバ火山の大噴火。スマトラ島のトバ湖はこの時の噴火によって形成されたカルデラ湖。
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ここ10万年ほどでは最大級の噴火とされ、地球の気温が数年間3〜3.5度低下した。ヒトのDNAの解析によれば、7万年ほど前に人類の人口が一万人以下に激減し、遺伝的な多様性の多くが失われ現在の人類につながる種族のみが残った「ボトルネック効果(遺伝子多様性減少)」があったと考えられるが、これがトバ火山の大噴火に関連すると考えられている。→ トバ・カタストロフ理論 約5万年前 - クロマニョン人。
約5万年前 - 隕石の衝突でバリンジャー・クレーター(アメリカアリゾナ州)が形成される。
約3万年前 - ネアンデルタール人がこの頃絶滅。

現在北海道で300メートルから500メートル地下を掘り、高放射能レベル(すぐに即死するレベル)の最終処分地の地下に埋める方法を模索しているというが、さて、北海道の有名な洞爺湖西約11km、南北約9kmのほぼ円形の湖は氷河期の末期10万年前の何度もの大爆発でできたという。とすると今後高放射能レベルの核のゴミをどの日本に埋めても自然災害か地震もしくは火山の噴火か隕石などで原子力発電所を含めても自然浄化できない放射能のゴミは、どうしようもなくなる。日本が今やらなければ、今後ほかの国もどんどん原発を作り高放射能レベルの廃棄物を出し、最後には事故などで地球の食糧が汚染され、そして人類は滅亡するという映画のシナリオではないが、10万年後の人間は3万年前に滅亡したネアンデルタール人みたいに現在の人間は、科学技術を間違った方向で使ってしまったがために滅びてしまうだろう。

わたしは、長い間、ノアの箱舟というイメージで船にさえ乗れば人間は助かるのだと勘違いしていた。船でも沖のほうにいる場合はいいが、あの津波のイメージでいくともろい。自然をあなどり、いつか科学が発達してなんとかなるだろうという楽観主義は、危険だ。もし日本人が賢いならば、賢人たちのいう言葉をわれわれ愚集が信じるべきである。愛国心は、決して表層的な今さえよければいいことや、お上に迎合することではない。日本は開国以来ドイツに学んできた。EUの経済をひっぱっているのはドイツである。そのドイツがやめると言っているのに、どうしてラテン的な楽観主義のフランスのように原発を推進していくのだろうか。スウェーデンのスタンスは、新たに原発を建設する計画がある。スウェーデンは、環境問題にうるさいが、現実の利益主義でもある。ダブルスタンダード的な国が実はスウェーデンといえよう。オイル成金のノルウェーはあと何百年の間はアラブのように安泰だが、オイルマネーをどう使うかが今の資源国のリーダーの賢さによるだろう。
by nyfiken | 2012-08-26 21:43
天気のいい土曜日。午後ボンデンマーケットにでかけた。セーデルマルム地区南ストックホルムのカタリナガーデン。農家のおにいさんやおばさんが直接売るので、おいしい。とりたてのいちご、とうもろこし。細ナス。たまねぎ、じゃがいもなど。お天気がよくセーデルマルムの街は多くのひとでにぎわっていた。持って行った大きな紙袋を両手に持って駅に向かってあるいていたら、
目の前に豪華なリムジン車がとまる。ドアが3つある大きな車に運転手つき。ハイヒールをはいてでてきたお姉さんたちは、午後5時かなりいい気分で酔っ払っていたが、中心のボスおねえさんがさあ、今度はこのセーデルマルムのオープンカフェばーで飲みましょう!と慣れた感じで入っていく。

誰かの誕生日だろうか。リムジンカー運転手つきのガールズウィークエンドと見る。なかなかスウェーデンのお姉さんたちも楽しんでいるようだ。むらさきのおすしレストランから少し奥のほうにボヘミアン的でリラックスした旬のカフェができた。野菜をたくさんつめた大きな袋が重かったので、そこで一休みすることにした。外の木が気持ちよく、椅子の色とデザインがおしゃれ。

ベビーカーを押したカップルがたくさん週末は集まるところとみる。ちょっと離れたところにテーブルがあってそこでおむつを取り替えるカップルがいたが、男性が慣れた手つきで取り換えているのはスウェーデンらしい。

オムレツがメニューにあるカフェはほかに知らない。お菓子もおいしそう。スウェーデンらしく型にはまっていないないのがいい。退屈な他のチェインカフェにないムード。。デザイナーの卵やシアターで演じる役者かもしれないが、ストックホルム駅前のカフェにいるひと達とも違うし、スチュアプランにいるおにいさんやおねえさんとも違う。ボヘミアン的におしゃれで、アーテイステックなカップルが集まる穴場のカフェ。目の前の木や広々とした公園がすぐ前というのがいい。
Beauty and The Briefcase アメリカ

by nyfiken | 2012-08-26 10:11

BBC MOTION GALLERY JAPAN




by nyfiken | 2012-08-26 08:23
ドイツのテレビ局が映した懐かしい日本の町や人々の暮らし。東京昭和41年1966
昔の母親は朝起きて朝食をきちんと食べさせてくれた。

Everyday life in bygone days in Tokyo, 1966 昭和東京


by nyfiken | 2012-08-26 08:06

Eromango island, south pacific

Eromango island, Vanuatu, south pacific.

First of all missionary came to the south pacific , at the same time many bad traders visited island. Very cheep glasses were shown to local chieves and asked to cut sandle wood to export. (Last century )

I used to stay in this country in the south pacific and in fact did not want to leave that island after many years living due to my loved dog and many nice friends. But I had to leave the island and fate made me to come to live in this country, Sweden.Comparing to the life in the south pacific and here..The life is 100 percent different. Here in Sweden, I am called invandrare, in the south pacific, foreigner are never called like invandrare, instead we are called politely Mrs or Master.I handle the island language bislama just as locals since I learnt when I was very young naturally and could express myself better than that in Swedish.Peoples in south pacific do not correct any gramatical mistakes, but in Sweden, we have to speak Swedish correctly otherwise we are treated nobody? and less educated worthless peopels.Even you had highest education in your country but come to live in Sweden, if you do not handle swedish in working place and speaks uneducated swedish, your value can be half of what you are except for all those who work in English only.I believe in all European countries are same. In France french must be spoken.In the south pacific like vanuatu, if you speak English, French or pijin English or Bislama, You will be all right.

Eromango is the very interesting island in vanuatu.
When I stayed ,one sunday, I was invited to the church by local friends, they will have a big kaikai(serve the food) due to memorial day of white man missionary was eaten last century, so locals (most of them are chiristianity and they go to church more than folk in Sweden.)asked me to visit that ceremony.

Last century when missionary started coming to the south pacific islands,at the same time bad peoples also came and gave difficulties. That also must be remembered.Colonial country has totally different kinds of immigrants from that in Sweden.I used to feel many dilemma about colonization. Developing the country is great, but how to be fair.
What sweden did for this country? do you know?
Swedish man made swedish beer factory and TUSKAR and Pripps are made in Port Vila.
THe founder from South part of Sweden, his pictures are everywhere pub in Vila. He used to sit on the counter at various pubs in Vila and we used to hug each other. Unfortunately he already came back to Sweden many many years ago due to his age.

Eromango island has another history. Captain cook was almost killed in eromango island by poisonous arrow according to the book that I bought in New Zealand " Captain cook" the illustration by Captain cook's painter is interesting, too. They fired locals and COOKcould come back to boat without being injured. Painter was on big ship, so he might have drawn after hearing the story from Cook.Eromango island is very famous for Sandal wood from last century which has beautiful odour. Last century trader visited island and tried to cut trees asked chief, but famous chief said NO for 10 years ? Chief in Eromango did not allow cutting sandal wood tree even beautiful glass jewelly for women were shown . Wise chinese merchant trader also (between white man he was a kind of trader assiatant)visited everyyear (last century)then finally after more than 10 years later, chief said yes. that story I have ever read. And why last century they needed many sandle wood trees, they wanted to export to China due to increasing demand of sandal wood coffin in China for richer peoles.That also I heard.

In the south pacific island, chief has power since chief can not be replaced by anyone. Of couse many white men want to be chief, so they can buy ( I mean they are a kind of very good friend to chief family and support them , so those men who are liked can have opportunity to become chief but I am not sure that is real chief or giaman chief)Many white men came to stay in islands, they tend to want to marry to local chief's daughters since they might inherit land from chief fathers?

I have ever shown the tallest buidling in Japan (yokohama land mark tower) to Vanuatu chieves , when three chieves from island visited Japan. One of chieves from Eromango island did not like to be top floor. Finally all of them went up to 62th floor. They are brave tribe but they said " our feet are shaking."The special coffee cup for memory were given as gift from me . Chief from eromango said " This special mug cap should be shown and decorated on my funeral day due to my memorial trip to Japan.".
Everybody laughed. 150 years later the world has changed so much.
by nyfiken | 2012-08-26 06:57