スウエーデンの面白いものたち


by nyfiken
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Short Paus

At last we seem to have the real nice songs come back to us.


















Rythm&Sound



by nyfiken | 2014-04-29 08:53
歌舞伎は、ちょっとした演目ならば、立ち見でもよい。以前、歌舞伎の好きなおばに誘われて、時々歌舞伎座にでかけ帰りは、銀座の老舗でごちそうになった。そのあとおしゃべりをし、また甘味ところに行きましょう。とお汁粉を食べに銀座の老舗の甘味処へ。お汁粉屋やぜんざいは、食べ比べをしたものだ。庶民のおしること上品なお汁粉には、ずいぶん差がある。私の好きな夏の冷やししるこの王者は、神楽坂にあった紀の善の冷やし汁粉だったが、今もあるのだろうか。よーく練った餡のこしあんは、甘みといいとろみといい、夏にはいつも仕事の帰り、持ち帰りを買って、ご褒美とした。お店でいただくときは、薄焼きせんべいがついてて、それもおいしかった。虎屋の黒糖がベースの夏の冷やし汁粉もおいしいが、大きめの氷がはいっていて、ああもう少しいただきたいのにという名残り惜しいのが、虎屋の冷やし汁粉である。日本では、こういった楽しみがあるが、毎日いただくものではないので、これも久しぶりのご褒美としていただく。

思えば、年上の人たちには包容力があった。時代がそうだったのだろうか。コンピューターもスマホもフェイスブックもなく、携帯もない時代。若いころは、年上の先輩やおばさまたちに、ずいぶんと大きな顔をして奢って頂いていたような気がする。若さの良いところは、そういうところである。感謝の意をタイミングよく表せずに、今日に至っている。

よく歌舞伎に連れて行ってくださったおばさまは、自ら芝居や歌舞伎が好きだった明治生まれの義理の母に鍛えられたという。そして私にお声がかかり、時間が合うときに、ご一緒する機会があった。帰り銀座の大増(本店は閉店)の季節のお弁当は美味しかったし、当時の妙齢の大人たち70歳くらいが周りにたくさんいた。その妙齢の口の肥えた大人のおばさまたちの多くは、年月が過ぎ、なかなか簡単におでかけできないご老人になってしまわれたり、おのおのが忙しくなってしまった。

大人の女性たちに教えていただいた一昔前の話である。私が娘時代からここは通っているのよ。という妙齢のマダム達が勧める老舗も銀座からどんどん消えている。銀座は甘味処が多いので、虎屋や、立田野やコアビルの中の一階にある甘味処でお汁粉を出かけた頃が懐かしい。伝統の味を守ることやのれんを守ることの大事なことは、食においては、ビジネス万能になると、必ず巨大化したりチェーン店になって失われるものがある。地代の高い銀座あたりの本店を閉め、全国展開のお弁当を売りだす旧老舗の生き残りの道もわからないわけではない。

スウェーデンには、パリの虎屋のように、お汁粉屋はなく、食べたい時は自分で作るしかない。
歌舞伎では踊りが、お芝居そのものより見やすく、玉三郎の踊りにうっとりした頃からずいぶん時間がたった。

春の季節は、やはりこの演目。義経千本桜の歌舞伎のお芝居と京鹿子娘道成寺の玉三郎の踊り
立ち振る舞い姿というが、あらすじそのものより、実際は、歌舞伎の女形の衣装にいつもうっとりとして観ている。歌舞伎初心者は、まず踊りの鑑賞から入ることをお勧めする。



京鹿子娘道成寺 玉三郎 

by nyfiken | 2014-04-21 03:24

日本の古典と桜

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Photo by Nyfiken 2014-04-19 Kungstragarden, Stockholm
ストックホルム中心の満開の桜花

スウェーデンは今が桜の花が満開となり春がようやく訪れた。イースターには黄色い水仙やカラフルな羽が北欧のシンボルであるが、やはり私たちの心には、子供の時代からお花見に親と一緒におでかけして見た桜の花が一生の思い出となる。
ストックホルムの街の中心部にある王様公園(ガイドブックにより王立公園と書いている場合もあり)の桜は、太陽の明るい光を浴び咲き誇っている。
 
古典の、昔のいろいろな人の話を語っている宇治拾遺物語は私のお気に入りの本だったが、中に多く桜の花にまつわる話がある。ほのかなユーモアがあって、うんちく話が多い。桜が見事にきれいに咲いたとしても(婉曲的に)やはり散ってしまう。潔く散る桜の花に日本人の心には精神的な美徳を見る。長い寒い冬を経て春がやってくる日本の山や里に、古木の桜が毎年咲く。桜の散ろうとも、はかない美しさに、咲き誇る一瞬の美を見出す。

宇治拾遺物語より

これも今は昔、田舎の児の、比叡の山へ登りたりけるが、桜のめでたく咲きたりけるに、風の激しく吹きけるを見て、この児さめざめと泣きけるを見て、僧の、やはら寄りて、「など、かうは泣かせたまふぞ。この花の散るを惜しうおぼえさせたまふか。桜ははかなきものにて、かく程なくうつろひさぶらふなり。されども、さのみぞさぶらふ。」となぐさめければ、「桜の散らむは、あながちいかがせむ、苦しからず。わが父の作りたる麦の花散りて、実の入らざらむ、思ふがわびしき。」と言ひて、さくりあげて、「よよ。」と泣きければ、うたてしやな。

日本の方言には、古語が多く残っている。古典を読むのがあまり苦にならないのは、案外古語の動詞にずいぶんと方言の動詞が使われているから?たとえば”うたてしやな。”のうたては、大変だとか、いやだという意味でもあるが、うたては、方言でおそらく地方に残り、”うたで”となり、(私自身は、この単語を方言においても使わないのは、男性的な表現となるからであるが、当然意味は分かる。)形容詞的に使われる。すなわち、うたでな。は方言で、シュに男性が使うのだが、大変だとかいやだ。という意味で今なお使われている。方言は昔の言葉が多いために、ユニセックスではなく、男性が使う表現と女性の語尾があり、微妙に違うので、方言をマスターするのは、日本語の標準語よりむずかしいが、地方に住めばたいていの外国人はアクセントからイントネーションが方言の日本語となる。お相撲さんの日本語がちょっとどすこい訛りがあるのも同じ。

さて、えんちごは、古典では、子供を寝かせる網んだかご
入れ物だが、方言でも、えんちことして単語で残っている。方言の単語と古典の単語には似通ったものがあり、面白い。言葉は時代とともに変わっているが、標準語がテレビやネットで広がる現代社会においては、古語は消えて行く方向となるのだろうか。

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Photo by Nyfiken 2014-04-19 Kungstragarden, Stockholm
by nyfiken | 2014-04-21 01:11

Nyfiken spring paus

つい最近アメリカからマイクロソフトのビルゲーツ氏がスウェーデンを訪れた。友人Hがオープンデイスカッションの場で代表で質問する役目を仰せつかった。“ハーイ、ビル!”ゆっくりと友人に語るように温かく挨拶をしデイスカッションが始まったという。堂々としている彼女は恰好よかったクールだったわよ。ハーイビルなんて普通ならあがってこちこちになると思うわ。さすがね。と別の知人のことば。

相手が王様でも乞食でも態度は、変わらない。人間には2種類いる。強いものに諂い弱いものに強い人間と誰にも一緒の人。王様たちは、自分たちがアローガントでありすぎないように、だれに対しても丁寧で威厳と品格を教育されていく。誰に対してもいつも同じように接する彼女は、貧困やマラリアやエイズなどの問題を抱えるアフリカや世界中を救うべく飛び回っている。

その彼女から聞いたいろいろな興味のある話がある。
ある日インドを訪れた。レプロシーらい病患者の病院だった。
インド人の医者は、彼女に促した。顔がとけて、エレファントマンみたいに目も鼻もどこかわからない患者が目の前にいて、インド人の医者は、”さあ、彼女に触って。あなたがおどおどしていたら、だめじゃないか。”そうして彼は、らい病患者の手を彼女にさしだした。触った。インド人のドクターはひとりひとりしっかりとさわり、普通に接することが治療なのだと彼女に言ったという。差別はいけません。差別も病気を作るのですよ。と言われたのよ。という言葉は、彼女の話の中ではとても印象に残っている。



今世界の貧困や病気、熱帯のマラリアなどの撲滅にビルゲーツは、奥さんのメリンダさんと一生懸命向き合っている。お金が生まれるシステムを作り出した天才は、今度は、お金を私服に肥やすことだけしないで、貧しい人たちを救うべく道を歩んでいる。それの根底には、ユダヤ人であるビルゲーツさんのユダヤ哲学が感じられる。

ユダヤ教は、お金を持ったら必ず社会に還元するとする。そうでなければ、お金があるすぎる人たちは、道を誤ってしまうからだ。スキャンダルになったスウェーデン人でイギリスに移住した家族のテトラパックのむすこさんや奥さんの亡くなった米人ペプシコーラの御嬢さんのように、財力に恵まれた紳士淑女の陰に高価な薬を売る人たちの餌食ターゲットになり、お金と引き換えに欲望に身を滅ぼすことになる。ユダヤ人は富を肯定するかわりに、富を持ったら、必ず人のために使うことを決めている。まさに、お金の奴隷にならず、欲で身を滅ぼさないためだ。




by nyfiken | 2014-04-14 05:39
日本には、薬局に行くとちょっと疲れた時に飲むリポビタンDなどがある。アドレナリンが出ない時、疲れた時は、3つの方法がある。ひとつは、
頭が疲れた時(溢れる情報の中で頭が疲れる時)は、ぼおっと窓の外の景色を見ながらホットココア(スウェーデンではウオーム温かいショコラ)を飲む。カフェなら余り混みあっていないところがいい。

体が疲れた時は、骨を休めるべく横になる。元気が必要なときは、リポビタン音楽を聴く。リポビタンってなにかしら?

日本に住んでいる日本人なら誰でも知っているが、スウェーデン育ちの日本人は、日本に行ってはじめて栄養ドリンク(この日本語もちょっと不思議な合成日本語?)飲むと元気がよくなるという暗示にかけられるビタミン総合飲み物に出合う。アジア圏中国やタイあたりも同じだ。

ストックホルムの中国系スーパーマーケットでは、タイから輸入されたリポビタンや小さな小さなヤクルトが売られている。タイ人は、ヤクルト文化で育っているから、ストックホルムに住んでいても、ヤクルトを買って飲むのだろう。アジアマーケットにでかけ、アジアの不思議な香りの中でほっとする。ココナッツを絞って凍らせた生のパルプ入りジュースが実は大のお気に入りだ。

スウェーデンの歌手にSEPTEMBERというおねえさんがいる。ちょっとボーイッシュなのだがこの強くて
コケテイッシュな感じがセクシーなのだと思う。スウェーデンの女性が目指すのは、小学生のかわいいから大人のお姉さんを経て、ボーイッシュでセクシーな年上のチャーミングなスウェーデンのおねえさま。気分転換したい時に、この曲を聴くとリポビタン一本分の効果がある。



ソウルミュージック大御所のW,Hustonのこれはベスト。



昔なつかしいEARTH&FIRE



Before computer age





by nyfiken | 2014-04-12 09:44