スウエーデンの面白いものたち


by nyfiken
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Immigrants in Europe

I suddenly remember an african classmate who I studied swedish language in the same classroom. Studying swedish is offered by Swedish goverment for only foreigners who have just arrived. After one year from your arriving in Sweden, those who know the sytem can go to state owned school to study the language free of charge but paying only studying books, even for those who want to have more money to live in , they can apply for the cost to live in .I had a classmate from congo. She came to Sweden after her brothers moving to Sweden. According to her, she has her future husband in Congo, but she had to marry to an old man from Congo living in sweden just for obtaining the right to be here . She had to go to an immigration office to show the proof that she and the man stayed together even they did not. For surviving, she gave a call to her fiance ,explained and promised to him, after her settlingdown , he can come after. This is the way of the system of moving young immigrants to sweden.

The life is hard but not hard as she was in Congo, that I heard from her.Her brother was succesful according to her, since he came as nobody, studied swedish at an immigrant school for a few years, then went to University being paid by goverment and married with a swedish girl and separated after having a baby and remarried with an african background lady. He owned transport company that deliver drinks to restaurants and bars. Doing well and even he could employed her as assiatant and bought an apartment. Who could believe he was cleaning toilets and station when he arrived at first.




Thousands of Africans put their lives at risk as they go on a boat journey in search of what they think would be a better and easier living. It is a journey that begins with hope, but often ends in despair.
According to the film,
most of them depart from Libya late at night, travelling across the Mediterranean Sea in broad streams with Italy as their central destination.
Last year, more than 170,000 migrants arrived there, representing the largest influx of people into one country in European Union history.

Most of the migrants are Eritrean and Syrian but numerous Africans from sub-Saharan regions also use this route.


This year almost 2,000 people have died trying to make this crossing. And the Libyan coast guard intercepts many of the boats transporting illegal immigrants from across Africa to Italy.

They travelled off the coast of Libya to meet African migrants risking everything for a future in Europe. (from Al Jazeera )
スウェーデン語を勉強していた学校のクラスメートに第三世界からの移民や戦争難民もいた。彼らは、
いろいろな苦難を乗り越えて、スウェーデンにたどり着く強さを持つ
サバイバー。コンゴ。エチオピア、ソマリア、授業中に読んだ本を紹介する時に、一人のアフリカ人が、アフリカの大陸から地中海をヨーロッパへ渡る命がけのストーリーを紹介した。パスポートがない人たち。命がけで何度も何度もアフリカ大陸に戻されては渡る。ヨーロッパのイタリーをめざす。青い美しい地中海の海に浮かぶ島にはそうやって渡ってきたアフリカの人たちがたくさんいる。

成功しているアフリカ人をも知っている。サバイバルゲームは人間を強くする。環境により、50センチも1メートルも飛んで餌を食べる魚を見たことがあるが、同じさかなでもしっぽをふりながら金魚鉢ですいすいとペットで飼われている金魚ちゃんもいるし、50センチ飛ばなければ餌が口に入らない厳しい環境で育ちジャンプが上手な魚など。スウェーデンでの移民の目的は、語学と無料の学校である。そうして何年も勉強ばかりしている移民もいる。彼らは、大学で哲学まで勉強している。日本の六本木のアフリカ人男性が美しくなろうと日々おしゃれに身なりを整えるのと、スウェーデンでは、勉強もし、きつい仕事をする。夜やお店、スーパーデパートなどの掃除は移民が多い。第三国からの移民には、大事なポイントがある。できたら若い時に。勉強があまり苦労と思わないこと。語学を勉強する。過酷な環境に敗けない、タフな精神力がある人。いい友人たち。
by nyfiken | 2015-09-09 09:15
ストックホルム市内の東アジア博物館では、9月12日よりシルクロード展が開催される。洛陽の中国からの
展示物など中国の国やコミュニテイーよりの展示物などが開催されるシルクロード展である。日本人のシルクロードはむしろ中央アジアを喚起されるイメージとなる。例えば中央アジアのNHKのこの番組シルクロード(英語版)キリギスタンやウズベキスタン




シルクロードマーケットがオープニングにて開催される。シルクロードのマーケットのイメージから中国の肉まんや豆乳に交じり、タイやフィリピン?(シルクロードから外れているが)本家本元アフガニスタン人たちによるアフガニスタン料理など。日本のお弁当販売もあり。中国の針からマッサージ、小物から、アンテイック家具や懐かしのアジアのおもちゃ、日本の着物販売まであるという。シルクロードマーケットのイメージは、膨らむが、日本のブースでは、”お茶”そして”着物”にフォーカスを充てる。親しい友人にまさにシルクロードのプリンセスがいるが、彼女は、スウェーデン人になり、スウェーデン方式で忙しく学び働いている。シルクロード展で一番テープカットをして絵になるのは、彼女かもしれない。

今回は、博物館前庭のマーケットには、シルクロードの食べ物が登場する。中央アジアには肉まんみたいなものがある。ラムを食べる民。同じ国でもお米を食べる人たちと麺を食べる人たちがいるという。さて日本人にとってのシルクロードのイメージは、NHKのかつてのドキュメンタリーに負うところが多い。中国では、しんちゃん、うるむちーあたりが顔立ちのはっきりした人たちもいる。かつて北京の路上でアラブの血が混じっている少数民族の人がめずらしい食べ物を売っていた。漢人の中では一目でわかる顔立ちである。アフガニスタン人などは、目の青いひとたちもいたり、日本人そっくりな人がいたりするという。ふと思うが、日本人とスウェーデン人の混血の子供たちの中には、時々黒髪でシルクロードのどこかで見かけるような瞳が黒いが目鼻立ちのはっきりした、顔立ちの人がいる。交易が栄えた古き良き時代に思いを馳せる。

私の知っているシルクロードの民は、決して面と向かっては相手を批判しない。交易や貿易がうまくいくように、右の物資を左に、左の物資をスムーズに右へ。にこやかにその交渉術は、たけている。相手をきちんとほめ、そして知らない間に気分がよくなる。またおもてなしのこころは、手作りのお料理を山ほど出す民のもてなし術には圧倒させられる。

性格的には、えいやっと住吉から大阪湾そして瀬戸内の海へ風を切ってでかけた一寸法師の島国の民と違う。大陸的で交易の民たちは、にこやかに相手をもてなし相手の気分をよくしながら、商売をしていく。日本民族は和を大事にするが、批判的な民族でもあり、特に国民同士の足の引っ張り合いにより、外国に漁夫の利をとられないよう、気を付ける必要がある。

ストックホルムにいる人は、東アジア博物館に12日に足を運んでみよう。朝9時頃から武道や肉まんがでるらしいが、11時すぎから日本ブースは開店。着物を持参すると無料で日本人の専門家に着付けをしてもらえる。美しいストックホルムが見渡せる景色でお抹茶をいただき、着物を着て記念撮影もこの機会に。運がよければ、マーケットでなにかシルクロードに関係した面白いものが偶然に手に入るかもしれない。但し現金のみ扱いとATMまでの距離が、歩いて15分は辛い。

洛陽は、交易で栄え古い時代に長い間首都であった。本物の洛陽の美味しいものは?


Nyfikenの洛陽のイメージは牡丹の花。




シルクロードの中央アジアの民と知り合い学んだことは、征服され、大国に囲まれた小国の民たちが、数々の受難に合いながらも、民族として生きながらえている術は、島国日本人が学ぶべきもの。島国で生きる日本人と違い、絶えず中国やロシアなど大国に囲まれ、トルコにも近い小さな中央アジアの国は、言語は教育の課程でエリートほどロシア語を話さざる負えない。国のアイデンテティの母国語が絶滅する可能性がある。国語教育の非徹底化、大国に従わざる負えない不幸に関わらず、食べ物文化だけは、キッチンで女たちが守ってきたという。にこやかに相手をもてなし、プレゼントや食事でけちらずにもてなすおもてなしの中央アジアの民。心の中にも批判的な考え方を強く持っても、人前では、素顔はにこやかに、ケンカをせずに交易をしてきたのだろう。争わず、右から左へ物を渡し、左から右へ物をにこやかに渡す、征服されながらも、国の独立をおのおの守っているのは、戦わず従いながらも文化や小さな国を守る術があるからといえよう。

シルクロードの最後、アジア中国の東から西へ、地中海にまで出る最後100kMシリアそしてレバノン。シリアのシルクロードの民は、昨日今日とシリアから北欧まで歩いてあるいは列車で移動をしてきた。その道は、シルクロードではなく、戦争から逃げて生きるためのサバイバルの道というのだろうか。シリアは、キリストが誕生したあたりでもある。戦争の被害者は、結局罪のない一般の民となる。




by nyfiken | 2015-09-08 07:34