スウエーデンの面白いものたち


by nyfiken
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Barefoot Gen(Animation )Why Hiroshima?

What we learn from Hiroshima? I just want to tell all the Swedish, you need right politician. If you chose wrong politician even they are just a part of minority , they might lead the country wrong way.
When i was 11 years old girl, I asked my teacher at a class room,, like this. "Teacher, why America had to bomb Hiroshima atomic bomb then? " She thought a while, then answered me like that.
Probably the domination of all Japan since soviet union wanted to occupy half of Japan. Then they wanted to show how strong they are to soviet, that means American wanted to shut soviet politicians' mouse, probably ...... As 11 years old girl, I thought that could have been one reasons and told my parents after the school, they also thought a while.In any reasons, I think non of them are good reasons to justify the terrible thing.That could be the same, if any of mad person want to finish the war, they destroy the entire world, so probably that's it.

I always wanted to know the real reason why America did even for any peoples in the world's eyes that was not necessary since that time Japanese army was defeated. Scientists was controled by politician. That means great science if peoples chose wrong politicians, the country go wrong in history.






Today first in my life I listened to the speech of a person who experienced Hiroshima atomic bomb . She is Shigeko Sasamori, 78 years old who experienced Hiroshima atomic bomb when she was 13 years old and upper part of her body was burned like black toasted bread. After many functional operations and her good luck with her parents' love or miracles made her live and leaded her to come to sweden to make a speech as she really experienced. This was not novel, real story. When I heard my skin stood up, she did not exagerate anything, just told us as it was simply and clearly.

Luck made her survive. I found out , after one week no water, no treatment, no medicine, but her parents were survived and probably one of her house was half broken but still they could stay under the roof, then the parents could treat her with their whole love, that could have made her survive in such a condition.

生まれてはじめて広島原爆体験をされ、スウェーデンに來瑞し、講演会をされたアメリカ在住の笹森茂子さんのお話を聴く機会がストックホルム日本人会主催、国際図書館であった。ご本人は、78歳で、アメリカからいらっしゃって長旅にも関わらず、力強くお話をされた。ストックホルム在住の日本人会のみなさんが集まり、日本語でのお話に耳を傾けていた。私自身は、ことばのひとつひとつに原体験の持つ言葉の重みを感じ、そして本やテレビや映像より、実際の体験をされた本人が語る言葉を聴くことの貴重さを感じた。

生かされていること。伝える使命というお話をされたが、最近5年くらいこういう活動を積極的にしています。とおっしゃっていらっしゃった。トラウマにも近い体験を話されるまでに長い年月が必要だったのだと思われた。原爆投下によって多くの人の命が救われたというアメリカの論旨にはもちろん反対で、投下した本人の口からそのことばを直接聞いたときは、さすがにことばがでてこなかった。というお話をされていた。アメリカに移住し、そしてアメリカで機能的な骨などの整形手術を受けたこと。アメリカ人をうらんでいない。ただ、戦争そのものは決してするべきではない。わたしが母親ならば、自分のこどもは、どんなことをしても戦争に送らない。なぜなら、戦争は、死ぬ可能性もあるが、人を殺す可能性もある。そういう場所に子供を送るわけにいかない。と強く話をされていた。人類の歴史がたとえ戦いの歴史の連続であっても、人が人を殺しあう戦争というものは、人類の愚かしさ。

広島原爆が持つ意味は、事実の説得力。と私自身が感じたこと。恐ろしい原爆を作ったアインシュタインは、ユダヤのドイツ嫌悪により、ドイツをやっつけるために最初作ったのが、矛先が変わって日本に投下されたのだが、このことは、作る科学者がその意志がなくても、為政者によって、簡単に利用されるいかなる兵器の存在そのものが、管理される社会をつくらなければいけないということ。

集まった日本人の人たちが、涙をポロリと流しながら聞いていた。鼻水が止まらない人。原爆が投下されたあと焼夷弾が爆発したのだろうか。ナンだろうと思ったという。火でやけどをしたのではなく、放射能で体がやけどしたという事実。おおわれて、服が皮膚とくっついていないところはただれなかったけれど、くっついていたところやむきだしになっていたところが、ほとんどただれてしまった黒くなった。髪の毛はちりちりでこげていて、顔もこげていて、誰だかわからなくなったのに、親が一生懸命名前をよんで、かすかなこえで返事をし、そこからこわれた家の一部にねかされて、蚊帳があったので、はえがよってこなくて助かったという。河のほうにあるいていくときに、みんなゾンビのようになって歩いていく。河のほとりにしゃがむ人。河のなかがたくさんのしたいが流れていったことや、ふらふらと歩いたときは、なにも考えられない、感じない、音がない世界だったという。その音がない世界で河のそばにいったとき、急に赤ん坊の泣き声が遠くで聞こえたことではっと意識がもどったという。だからあの泣いていた赤ん坊に生かされたという。

トースターでくろこげになったけむりのでているパンみたいになった顔と上半身。わが娘のかわりはてた姿に両親がどれだけ悲しい思いをしたのだろう。とおっしゃる。いろいろなご苦労をされたのですね。といろいろな人にいわれるけれど、今になって思うと早くになくなった親が、あのときに、変わり果てたわが子を必死に看病し、一週間水もない、薬もない、ほおっておくしかできない変わり果てたわが子を暑い夏に蚊帳のなかにずっといて、皮がむけた黒い皮膚からうみがでるのをいっしょうけんめいふいていた母親を思い出すという。親が生きていたことと、母屋がつぶれてしまったけど、河べりのほうが残っていたという家に蚊帳をつって横になることがせめてできたことなど。疎開先から戻って両親が原爆でなくなってしまった子供たちの孤児が町にあふれていたこと。

変わり果てた姿であっても生きているだけで母親は、嬉しかったという。

戦争の悲惨な体験は、話すほうも思い出すだけで心が痛くなる辛い体験であるけれど、語りついでいかなければいけない志は78歳の笹森さんが、ガンを克服し、高齢であるのに、その高齢を感じさせない不思議な強さを感じた。

笹森さんのお話を聞いて、愚かしい戦争は、どんなことをしても阻止するべきで、戦いに聖戦なし。むかしは戦争特需があったが、アメリカを見るとわかるように、戦争は国を疲弊させる。限りアル地球の資源や美しい地球を守ることの大切さ。

明日は、ストックホルムのARM MUSEUMで日本大使館主催の英語による講演会とはだしのゲン上映会がある。


by nyfiken | 2010-09-14 08:10