スウエーデンの面白いものたち


by nyfiken

2008年 09月 07日 ( 1 )

雨が少し降っている窓の外をふとみると、対岸の通りに連なるようにして走るひとたち。とぎれることなく午後5時前から現在も。いつもジョギングをするひとたちとは違う数の多さ。

マラソン!街の中心を走るストックホルムマラソン?
確か去年の今頃、秋がストックホルムの街に忍び寄るころの光景。

ネットでストックホルムマラソンといれる。ハーフマラソンが今日、午後4時半スタート。街の中心からクングスホルメン島。そして南のセーデルマルムから最後は王宮の横を通って、NK前の公園まで。9274人エントリー、女子2776人。男子6496人。37カ国。スウェーデンについで、イギリス,ドイツ,フィンランド,ノルウェーー,イタリア人。

スウェーデンのマラソントップランナーがほぼ全員走る。2008年9月6日午後4時半スタート。21.1キロ。今は5時10分。あいにく小雨の降る曇り空。走る人たちがカールべーリ運河沿いをクングスホルメン島を通り過ぎていく。

男性、女性。おじさん、おばさん。でぶっちょさんもペースよく走っていく。窓をすべて画面だとすると、端から端まで。段取りのいいストックホルム市、交通情報がインターネットで載っている。4時半から5時までどの通りは通行禁止などなど。30分おきに、通りの通行止めの時間がきちんと小刻みに決まっている。スウェーデンらしい。計画そして実行の国。

去年も今頃。8月、ストックホルム夏の最後を彩るミッドナイトロペットmidnattslopet (真夜中のマラソン)があった。ひょんなことで、走ることになった。申し込みをしただけ。じゃあ走ってみようかなあ。大丈夫かしら。気がついたらスタート地点にいた自分。後は野となれ山となれ。関ヶ原の戦い前の武士の気持ち。というとおおげさだが。気楽な気持ちが一番ぴったりとしている。


夜10キロ南ストックホルムのセーデルマルム地区を走るミニマラソンである。去年はじめて10キロに挑戦した。完走が目標だった。完走した時の感動は今でも忘れられない。人生においての至福の瞬間は、達成感にかなうものはないと思った瞬間である。なにか達成して、成し遂げる時の甘蜜。

マラソンを走る人の波を、アパート上階窓から見て思う。完走したものだけが、味わう感動と達成感と幸福感。なるほど。

去年、普段でないバカ力をだして、力をふりしぼって走った。苦しい時をへて、達成した時に、ドーパミンがでて、疲労感におそわれながらも、なんともいえない幸福な感情を得る。

美味しい美酒美食を頂いた時とも違う。愛の映画を泣きながらみて感動した後とも違う。体中にもし灰汁がついていたら、全部流れ落としたような、爽快感。韓国あかすりマッサージの体の垢を全身流した後の爽快感とも違う。体内細胞を全部活性化させ、きれいにしたような気分。細胞を洗うことができたなら、そういう感じなのだろうか。温泉の風呂に入った後とも違う。オリンピックでメダルをもらう時、戦って勝った時は、この小さな感動の何万倍という爽快感と幸福感を瞬間得るものなのかもしれない。ああ、生きていて本当によかったあ。と思う瞬間。10キロ走って日常では得ることのできない至福感を得る。自分をいじめて、苦しんで得る至福感は、マゾヒステイックではある。山登りの後の、インスタントコーヒーや紅茶が本当に美味しいのと同じだ。

太古の人間の食事は、貧しくても洞穴の中で本当に美味しかったのだろう。今どきの、ぬくぬくした犬用ソファにねそべってテレビをみるワン太君達犬には、草原や森で獲物を追いかけて走って獲物を食べた狼時代の感動がないかもしれない。食べられないよーといってもたっぷりとわんちゃん用えさが山盛り盛られたり。。スウェーデンのわんちゃんは、よくお散歩しているけれど、南の島のわんちゃんに比べたら、太っている。ミートボールクリームソースの食べ過ぎ。

南の島の犬は、骨付き肉なら、お腹が一杯の時は、穴を掘って埋めて隠しておく。熟成した後、お腹がすいた時掘り出して食べる。マサイの肉のように。夏アフリカのタンザニアキリマンジェロのアリューシャ出身マサイの若者に、”あなた達の肉って、どうして美味しいの?友達の日本人がアフリカの奥地に住んでいた時に、わざわざ必ずマサイの部落に昔肉を買いに行くといっていたので、ずっとそのことが気になっていたのよ。””ああ、それね。秘密は、肉をしばらく太陽に乾かすことかあな。腐りにくくなるんだよ。”どうりで友人がマサイの肉を冷蔵庫にいれておくと、一番持つといっていた。数百キロ離れたマサイ部落まで、何時間も車を飛ばして買いに行ったという彼女の話の謎がとけた。

動物の本能。本当にすごい。人間も動物だ。

マラソンは、動物の本能にぐんぐんと働きかける。人間は、コンピューターの前にくぎずけになりつつある。テレビのドラマが人気がなくなったのではない。バーチャルな世界やインターネットで世界中の人がテレビよりコンピューターに向かっている時間が公私ともに長くなったからだ。

お茶の間で家族そろってテレビドラマをみている家庭は、どんどん減ってくる。スウェーデンのパパはパパのバーチャルサイトで、金髪のロシアお姉さんとネットでデート。(名目はロシア語のレッスン)ママはママのネットのブログとスカイプで海外のおともだちとおしゃべり。とメル友に返事。ぼくは、メールもそうだけど、ネットのバーチャルゲームやアニメの新作のチェック。わたしは、おともだちとメール。でもブログも。みんなおのおののコンピューターで忙しい。というのも例外ではない。携帯電話とコンピューターとインターネットは世界をまるごと生活そのものを変えてしまった。

スウェーデンでも、最近おじさんたちは、うつつを抜かしている。まじめなスウェーデン人の裏側の世界もかなりDEEPである。日本も同じだ。ここにはスポニチはない。それに似たたぐいのものは、ネット上に存在している。スウェーデンのおじさんは、ネットでそういうものを読む。。.

ネット上、犬のセクシー写真をはる。美しいシルバーの犬の首にはローズ色のビロードの首輪。
名前は、インゲボルグ。つややかな毛にすらりとした両手両足。美しいヒップライン。わんちゃんと会話一分16ドルコーナーでは、変人しか電話をよこさないだろう。と思いきや電話がなる。インゲボルちゃんとお話がしたい。そこで、犬のなきごえの録音を流す。

声が気に入ったら、アマゾンどっとこむで、犬のウイシッングリストの写真。大きなお肉。カルシウム入りのクッキーカルダモン味詰め合わせ。オーガニック100パーセントの野菜入り牛肉スープロシア風。冬用犬コートパリコレ出品作品。イタリア人デザイナーミラショーンデザインのわんわんシリーズ。犬の首輪パールと純金そしてタンザナイトとブルーサファイアのちりばめられた犬用靴。そこをクリックすると、インゲボルグお犬様へ大きなリボンをかけられた美しい品物が届く。そして、靴を履いたインゲボルグのお写真がネットで送られる。確かに受け取りました。ありがとう!微笑むニューヨークのインゲボルグ。はてさて。犬を美しい写真の女性に置き換えてみると今世の中が、じっさいおきていることが説明できる。バーチャルでトリッキーな世界。

複雑なビジネスは、わんちゃんにいいじめられたい人たち。わんちゃんによる無視電話コーナーでは、電話がかかってきても、ハローといわれても、だまっていればいいのだから、ラクだ。
ひとこえ、わん。というのだろうか。

無視したあとに、もう一回犬の怒り声の録音を流す。
ストックホルムの夜、犬の吠え声は聞こえたことがない。アフリカや南の島の犬は夜中犬同士の遠吠えがうるさい。南の島もすごいが、アフリカのタンザニアの首都の夜。アフリカの歌のカラオケ音楽と犬の遠吠えが妙にマッチしていた。ああいうリズムを繰り返すわんわんわわわんを30回繰り返したものを流したらどうだろうか。

可愛いわんちゃんと話をするバーチャルサイト。それだったら、わたしも勇気をちょっともって電話をしたい。お気に入りのわんちゃん画像をクリック。そして翻訳機が自動翻訳。何が欲しいの。わんわん。大きな肉のかたまり。なに味かしら。タイムとオレガノ、マジョラム香草味。濃厚なクリームのたっぷり入ったミルク。チョコ味。いいわよいいわよ。わんわんとなる。きっとそういうたぐいのサイトをみる男性を理解するには、わたしのセクシーわんちゃんへの思慕の気持ちを考えると理解が少しできる。以前はレンタルドッグとかお散歩にお貸ししますというものがあった。現在は、ネット上でお金をだすことによって所有感覚を持つ不思議なひとたち。

ニューヨークのインゲボルグお犬様は、あなたさまのオイヌですが、持ち主がたくさんいらっしゃるので、お話時間は、3分そしてプレゼントをしてください。アマゾンどっとコムで首輪と宝石のちりばめた犬用高級靴をクリック。銀行からひかれる。そして犬のありがとう電話コールがなる。わずか5分から10分でお気に入りのわんちゃんにプレゼントする喜びを得て至福を味わう不思議な人たち。

これは、オイヌさまをそっくり若くて美しい女性達の写真。とおきかえたらいい。豚やきりんを貼り付けても動物保護といってもお金は集まらない。こういった実態のないものに、うつつを抜かす人たちが存在する現実。どうしてこういうことを書くかというと、実際そういう話をきいて、驚いたからだ。いや私が遅れているのかもしれない。ネット上で知らない人と知り合った日本の女性が、その男性の携帯から送られてきた写真を信じ、そして大金を貢ぎ使い込みをしたというニュースがあった。詐欺であるが、そういった詐欺に近いぎりぎりのところで得たいの知らないお金が動く現代社会の盲点を思う。簡単に手に入る美しいつかの間のわんちゃんインゲボルグへのみつぎもの。そうして喜ぶ男達。いや、きっとその逆もあるのかもしれない。ホストは、もはやネット上にいるのだろう。わたしは、混乱をする。でもペットの犬に解釈すると、好みの犬のブルドッグにえさが届いて幸せになるのなら、というファンクラブの気持ちがわからないわけではない。

ネット上では、きっと痛い整形手術もボトックスもいらない。声だけだ。元気よく、あるいは美しくまたは、かわいげに、あるいは、怒って、わん。というといい。

テレビ電話は、ファンタジーの世界に生きる人たちは避けるだろう。テレビ電話には別の画像を流す。これは、ある国の専制君主が、テレビに放映するときに、若い時の映像の頭を差し替えるという話に似ている。

スウェーデンや欧米の男性も、妻達に知られざる奥深い世界を持っている。といったら、ある人が、妻達はしっかり知っているのよ。あきれているけど、今更はげあがってお腹がぼっこりとでた孫のいる夫をまじめにとりあう美しい若い女性がいるはずがないわ。若くて美しい女性には、しっかりと若くて美しい夢一杯のバレリーナが後ろにいるのよ。本物の愛はそこにあるの。おじいさんの楽しみバーチャルとはいえ、情けない。とみて見ぬふりをしているのよ。愚かな男達。本当にお金がもったいないわ。と女性たち。バーチャルハンテイングの男性には、早くに母親に捨てられたスウェーデン人の男性がいることも耳にはさんだ。女性への愛を信じられないために、次々と本物の愛を求めるといったら、優等生の答えとなる。女性不信は、母親の愛情欠如や母親に捨てられたことによる傷というものもあるという。

スウェーデン人がいう。いや、ぼくは一度たりたって妻がいやがることを言ったことがないのですよ。けんかも一度もないし。相手を批判することは、しないのです。そういいながら、美人の女性をネットでファンタジーの中でクリックする男達。矛盾。矛盾。

男性がエコノミストやヘラルドトリビューンやシェークスピアしか読まないと信じるのは、わたしのエロテイックなファンタジー。

責任ある自由。経済的自立と自由がこの国の大事なところ。

ある知り合いがいう。”しんじられないのよ。わたしの知り合いの知り合いのあるご主人。ネットでアマゾンどっとコムで何を買っていると思うの?”なにそれ?”あのね。きれいな若い金髪のアメリカのおねえさんが、水着姿をモデルみたいにして撮して、プロフィールを書いているんですって。お気に入りのおねえさんのところをクリックするとおしゃべりができるんですって。一分16ドル以上。女性が欲しいものリストの写真が張ってあって、10万円のくつとか。世界中で気に入った男性はそれをクリックして買ってあげてプレゼント。あげて喜ぶ人も世界にいるそう。男ってばかね。何を考えているのかしら。だって写真だけだから、もしかしたら、声だけいい太ったおばさんが、写真を貼り付けて商売しているかも。””?”バーチャルなのよ。美しいと思う知らない女性と、電話で話をして、そして欲しい高価なものを買ってあげる。信じられない。その写真だって本物かどうか。”


”それって本当にスウェーデン人の男性?””そうよ。”どういう世の中かしら。”?”その女性がすることはたったひとつ。彼を無視することなんですって。””???”そしてひとこと”あなたは、ゼロ、価値のない人間。”それでイタリアの10万円のくつを買ってもらえたら、すごいことじゃない。彼は短い会話のあとに、その靴をかってあげるアマゾンどっとこむをクリックするといいの。それだけのはなし。愛とかそんなものじゃないわ。実態のないもの。

世の中はいろいろな人間がいるものだ。名付けて無視電話という。電話をかけて、怒られたり無視される。なんというファンタジー。人間が一番いやがること。どうしてそういうことをされて嬉しい人間ができあがるのだろう。理屈ではないのだろうか。あなたはだめな人間。ゼロといわれて喜ぶ人間は、どうしてできあがるのだろう。人間は単純で複雑だ。こういう話は、武者小路先生だったら、病気ですから、心を直してもらいなさい。とおっしゃるかもしれない。人間は生い立ちによる。小さいときいじめられすぎると、知らないまに後遺症が大人になってでてくるという。スウェーデンに多い母親が家をでて、複雑な環境で育った子供が大人になって自分で気がつくあること。という話はいろいろ聞く。恋愛恐怖症。



わたしは困惑する。。もちろん10万円の靴は美しい。美しい靴の写真がいくつも貼ってあって、そこをクリックするとその人のところに品物がとどくという。アマゾンどっとこむは、いろいろなものを売っている。人が欲しい靴まで売るなんて。すなわち、もしわたしが、欲しいものリストをだしたら、それを誰かがクリックすると足長おじさんじゃないが、プレゼントが届くという。そのかわり、会話をする。犬に話してもらう。その人間が犬の吠え声が気に入ったら靴が届く。ますますわからなくなる世界だ。トリッキーな世界。困惑。

イタリアの美しい靴をみると、イメルだ夫人の気持ちがよくわかる。

世の中は貧しい人が、困っている。



これが、スウェーデン人男性のほんの一部のひとの一部の特殊なことであっても深淵なインターネットの裏側に内在する問題を垣間見た様な気がする。普通の人間。結局自分が得る幸福感に10万円のお金を払う。あったこともない見知らぬ人間にだ。たった数分の会話のために。実態がない。お金を稼ぐことは大変ないことだ。みんなくたくたになって働いている。でもこれが資本主義なのかもしれない。不埒であり、あまり健康的ではない。

人間は、ネットによって、何がかわってきたのだろう。孤独の人を救えるのだろうか。

でもわたしも友人もそこで笑う。あなたは、だめなひと。ゼロって奥さんにいわせて10万円の、靴を買ってあげたらいいのに。

それじゃファンタジーにならないのよ。現実となってしまうから。と友人。まことにややこしい。


バーチャル世界は、際限なく、人間の深い闇の部分へも浸透していく。ネット社会は、上手に使うと、人間は、救ったり救われたり、励ましたり励まされたり、空間を超えて愛し合ったり、助け合ったりいろいろなポジテイブなことが可能だ。ただし、警察と裁判官がインターネットに必要となってくる。法律の整備。


コンピューター革命は日々進んでいる。南の島で、芋をほりながら、携帯を使っている。島にひとつしかなかった公衆電話。今はぴかぴか光る着メロまで使う。ザンジバールのアフリカの街。SMSを歩きながらする若者。マサイの布をまいて携帯を持って歩く。生まれて初めて聞いたマサイ語は、携帯で話しているお兄さんのことばだった。


ザンジバルのインド系のおにいさんは、”携帯が人生を変えた。前まで生活がとても退屈だったけど、今は忙しい。チャットルームでイギリス人でも世界の人といろいろな問題を話し合えるからね。”と歩きながら携帯画面をみている。最初は、彼女がいるのかしら?と思う。彼女ではない。イギリスのチャットルームにアクセスしている。世の中は本当に変ってしまった。

イギリスの産業革命に匹敵する歴史に残る時代を我々は生きている。エジソンもびっくりする時代。バーチャル時代が既に到来。孤独な人間ほど、バーチャルに飲み込まれていく。援助交際は、世界でネット上でおこなわれる。彼らは一度もあわない。あわないのに、写真を信じてファンタジーの中で彼女を作り上げ、電話でおしゃべりする。国を超えて。男女をこえ、そして国籍も年齢も肩書きも名前も超えて。さいごにはぶたさん、いぬさんと呼び合う。

さて、マラソンに戻る。8月のミッドナイトロッペット。サンバのリズムにのせて、セーデルマルムの地区を走り抜けるランニング大会。夏最後の夜。夜10時スタート。真夜中のランニング。ソーホー地区では家族総出でアパートの部屋から応援の音楽をかけたり、がんばれーがんばれーという声。夜の街。大男やおばさんやおねえさん、いろいろな人に交じって走った。

途中苦しくなったが、止ったら最後走れなくなるから。とアドバイスをうける。

足を前に、手のふりを大きくして、というアドヴァイスに従って手だけは大きくふる。最後完走近くが一番苦しかった。途中教会の近くの坂。夜景が見えたときは、普段決してみない美しい夜景に走りながら、ちらりと目がいく。

骨がぎしぎしと、自分がある牛乳のコマーシャルの骸骨みたいに走っているような感覚イメージにおちいる。自分の体が骸骨の骨でできていると感じたことは、後にも先にも生まれてはじめてのこと。骨で走る感覚。体の全ての骨を感じる経験。といったら少しわかりやすい。小学校の理科室にあった骸骨になって走っているような感覚。

ゴール。その時の感動。達成感は、数十キロのマラソンにはかなわない。涙がでる達成感というのがちょっとわかるような気がした。普段走ることなど、怠け者のわたし。ゴールした時の感覚を味わえただけでも、いい。順番は気にしない。上にもひとがいるし、下にもいる。それで十分だ。もしビリだったって完走したことで自分に拍手を送るだろう。薔薇の花一本は買うかもしれない。
midnattsloppet
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簡単に苦労しないで手に入るものは、感動がない。本当にそれを感じたのはその時だった。苦しいマラソンに挑戦する人の気持ちが少しわかったような気がした。スポーツを一生懸命する人の気持ち。体を鍛えるということも大切だが、達成感への道。お金をいくらだしてもその感覚は買うことができない。すべてを走り終えたひとだけが感じる感覚。ACHIEVEMENT。もちろん終わりがない。次にまたチャレンジする山が見えてくる。

だからこそまたやりがいがあるのだろう。残念にも、人間はどこか欲張りにできている。満足はそれなりにするが、ひとつ達成したら、またもうひとつ山が登りたくなる。そうやって人間は進歩してきたのだろう。安住やおごりは身を時々滅ぼす。女性ほどせっせと蓄え、冬に備え、巣を作ることにたけている。挑戦と冒険ばかりだと、巣も空っぽになってしまうかもしれない。

ストックホルムハーフマラソン。雨の中参加し一生懸命走っているひとたち。クングスホルメン島を走り、スルッセンへ。赤い薔薇の花がゴール近くに売っている。ごほうび。ストックホルムハーフマラソンは、ストックホルムの秋の気配が漂う中おこなわれている。少し暗くて曇り、雨が降る今日は、ストック街にほっとする温かいジャズの音楽が似合う。


夏の終わりの、ミッドナイトロペットの去年の夏10キロ真夜中に走り終えたときの感動は未だに忘れられない。セーデルマルムは、時々散歩をする場所である。決して気取った高級な場所というわけではない。自由な気風と若くて芸術的で、ニューヨークのソーホー的。古着屋さん、雑貨屋さん。カフェ。アンテイックのお店。高級食料品店。デザインのお店。ヴァンテージのお店。裏道は飽きない。若い20代の人には至極魅力的なふんいきのある場所である。シングルマザーが多い地区といわれている。夜は酔っぱらいが多い。でも日本の新宿を思うと、かわいいもの。

電車で帰る。地下鉄の駅からでた。疲れていたが、急におなかがすいてきた。アパートへの道すがら、途中ホットドックスタンドでスウェーデン人みたいに、ホットドックを。いつもは、食べないホットドック。ところが、美味しかった!人生の至福の時。ご褒美の意味がその瞬間、本当にわかったような気がした。人生のごほうびは、10キロ完走した後の、ホットドッグ。あつあつのホットドッグはプリりと口の中で音をたてて、そして胃袋に飲み込まれていった。真夜中のホットドッグスタンドで、酔っぱらった若い痩せたおにいさんが、酔っぱらった若いお姉さんと夜中にホットドッグを分け合って仲良く美味しそうに食べていた。ふたりも、人生のご褒美をいただいていたのだろうか。

トップランナーは、すばらしいが、ビリでも完走したひとにも、薔薇の花束をあげたい。あきらめないことの精神は、美しい。勝者は勝者の感涙にむせぶ。苦しくても完走した人は、あきらめなかった自分に小さくても感動するだろう。ストックホルムのミッドナットロペットを走った時に、ゴールではあはあ息をしながら、涙ぐんでいるスウェーデン人たちも見た。それをみて、なにか辛いことでも一緒に立ち向かう連帯感というのか共有感というものを感じる。

鳥ではないが、群れなす鳥。動物の本能。仲間やみんなで一緒にやったら、勇気をもっていろいろ挑戦できる。

オリンピックの徒歩種目のゴールで疲れとやりとげたことで泣いていた選手の顔が、今でも目にこびりついて、忘れられない。

今は午後5時40分。窓から見える対岸の道。ほとんどの人は走り去った。後を。数台の車がゆっくりとついていく。救急車。補給車。5台ほど連なっている。小雨が降る。美味しい温かいココアをいれて飲むことにしよう。ジャズが流れる土曜の夕方。残念ながら、傍観者は感動をバーチャルで味わうことしかできない。神様は平等だ。雨は容赦なく降るが、走り終えた人たちには、甘い雨となるだろう。






by nyfiken | 2008-09-07 00:44