スウエーデンの面白いものたち


by nyfiken

2009年 09月 03日 ( 1 )

昨日夕方からアパートのガーデンパーテイがあった。一年に一度の住民の集い。スウェーデンの都市の中の建物を日本語にすると、マンションとなるが、マンションの住民のガーデンパーテイ。ストックホルムのアパルトマンの本もでている。日本語に訳するときに、アパートとするのか、マンションそれともアパルトマンと迷うところである。夏のおわり、9月にはいりこれから少しずつ日が短くなっていく。

自由参加で、前もってドアの内側にお知らせが書かれてあり、そこに名前と何人参加というふうに書く。
チーズ。ハム。プロシェット。オリーブ。ピザ。パスタサラダ。箱の赤ワインと白ワインそれぞれ2箱ずつ。コカコーラ。ボトルのお水。ケーキ。コーヒー。紅茶。紙コップ。紙皿。プラスチックのフォークナイフスプーン。

ほとんど働いている主婦や女性が多いスウェーデンでは、ひとりひとりに負担がかからにように、集いにはこういったテークアウトを使うことが多い。テント。そして折りたたみのいすがある人たちが自分の部屋から持ってきた。テントの中に二つの大きなテーブル。その上にスーパーで売っているペーパーのテーブルクロス。ペーパーナプキン。お部屋からだれかが持ってきたキャンドルいれのガラスはひとつのテーブルに10個ほど。キャンドルはやっぱり必需品。日本ならば、キャンドルというより、きっとだれかが、どこから電球と自家発電の発動機を借りてくるかもしれない。とふと思いながら。。。

となりのおじいさんは、85歳すぎの一人暮らし。わたしはずっと病気なのですよ。といいながら、咳き込んでいた。喘息みたいな発作にみまわれて苦しそうだったけれど、今年にはいってからは、咳もしなくなり、どこかサマーハウスへ行かれているのかと思っていた。最近ずいぶん静かと思いつつ。。おとなりのおじさん。最近ずいぶん静かなのですが。あら。2週間前に亡くなられたみたいよ。有名な建築家の息子さん。そのおじいさんの息子も建築家になられたようですよ。。。その話をきいて、ほろりと涙が一瞬流れる。

ドアの外で会ったとき、普通に歩いていたのに。お昼に毎日派遣されて家のことをしてくれる人が入れ替わり来ていた。わたしは、一人で暮らしているのですよ。ほんとうですか。という私の問いに、ええ。まったくひとりです。なにかありましたら、隣にいますから、声をかけてくださいね。そういうわたしは、ストックホルム都市生活者であり、スウェーデン人の人の家に土足で入り込んだり、縁側から声を気安くかける東京の下町みたいな気安さをもたないスウェーデン人の習慣にしたがい、いきなりドアのベルをならすことなどは、ないというルールにしたがっていた。せっかくお隣さんだったのに。そういうと。あるストックホルムっ子が、ちょっとストックホルム郊外の住宅地の一軒家にすんでいましたら、そのときは、ご近所はみんな顔見知りでよく挨拶したり時々招待したりしていましたよ。仕方がない都市の中心のアパルトマン。

とはいえ、ガーデンパーテイで顔を合わせる。ところであなたさまは、どこのお部屋。とお互い。でも仕事は何をしていますかとか家族構成などねほりはほり個人的なことは聞かない。むしろあたりさわりのないことや共通したこと。わたしには、日本語と中国語の違いや、日本のことをよく聞かれる。ところで、日本は山が多いんでしたね。北のほうは美しいと聞きますが。反対に、スウェーデン人の気質とはどういうものですか。と質問する。日本人は農耕民族。山のきこり。そして漁業といった気質がまじりあっていますが、スウェーデン人はノルウェー人みたいに漁民というよりももっと山の狩人なのかしら。うーん。ハンターですね。でも農業をするひともいるし、まじっていますが、というとどこからか、いやわれわれはバイキングだ。という声。デンマーク人なんて農民がおおいけど、話はとび、ところでコペンハーゲンにこの間いったら、こっちがスウェーデン語を話すと向こうはわかるのに、向こうが話すデンマーク語がわからなくて、結局英語で話したよ。というお話。なるほど。ご近所おしゃべり大会。つたないスウェーデン語で話す。英語になるととたんに距離感がでてくる。スウェーデン語でもなんでも少し言葉ができなくてつたないほうが、人のお話をよくきいていいですよ。といわれたことも。なるほど。そうして私自身は、スウェーデン語の会話になると、人の話をよくきく聞き役となる。

大きなマンションの部屋に一人で暮らしていたスウェーデンの老人おとなりさん。昨日の集いで、よくこのあたりの歴史に詳しいおばさまがいう。あのね。亡くなられたBさんは、このマンションを設計しその当時は有名な建築家の息子さんなのよ。ずっとこのマンションの歴史とともに生きていらしたのよ。当時ビルカスタンはロストランドポーセリンの工場があり、1926年に工場を閉鎖移転.そのあとに新しく当時の建築家がデザインしてこの建物が建てられたのよ。そのときはね、その会社の重役や建築家やそういう人たちが住んだの。だからそのまま孫たちの世代まですんでいるファミリーもいるのよ。

となりのおじいさんのキッチンの窓の赤いギンガムチェックのフランス窓カーテン。ずっと一人暮らしが長かったというが、奥さんも早々と亡くなられたのだろう。残念ながらお茶のみ友達もガールフレンドがいる気配もまったくなかった。ふと知り合いのスウェーデン人大学教授のお話を思い出す。わたしの85の父は、彼女がいますから、とても安心なのですよ。一緒に住んではいませんが、行ったりきたり。父の長話をずっときいてくれるガールフレンドなど、ありがたいものです。一度そのお父様と同じくおしゃべりのおにさまが一緒の食事会におよばれした時。事前にわたしの義父と主人の兄はずっと会話を独占しているので、話させておいてください。といわれ、さてどんなものだろう。と思ったらまったくそうだったので思わず苦笑いをしたことがある。隣のおじいさんは、一日中あまりおしゃべりもすることなくずっと一人でいたのだろうか。

息子さん夫婦がそのうちアパートを処分するのだろうか。息子さん夫婦は別に暮らし、病気でもひとりで暮らすスウェーデン男性。男性の自立はスウェーデン人の一番の特徴である。女性の自立が目立つが、むしろ私自身には、スウェーデンは、男性の自立が教育によってされているような気がしてならない。自分ができることは甘えずに自分で。自己責任。個人が自立して初めてお互い成立する社会は、日本とはまったく違った考え方や思想でできているような気がしてくる。

といろいろ考える。息子さん夫婦がいつも来ていた気配もあまりなかったような気がする。アパートのドアの外におじいさんが書いた広告冊子要りませんの意味のingenreklamの手書きの文字。おじいさんはそういえば何を食べていたのだろう。夜はいつも静かだったし、音がほとんどしなかった。初めて自己紹介するときに、冬に皮のてぶくろをゆっくり脱いで握手したのは3年ほど前だったが、ついこの前だったような気がする。2週間前。わたしは、デパートでなぜか、沈香というmujiのブテイックからお香を買って、家で久しぶりにたいたりしていた。ひっそりとしているお隣。毎日ケアのおねえさんやおばさんがひとりずつ入れ替わり来ていた。。ガーデンパーテイで、スウェーデンのおばさまがいう。忙しいこの時代、機械に囲まれて、そして電話メールとちっとも気が休まらないわ。物音ひとつしない私のサマーハウスでシーンと静けさに囲まれていると心が落ち着くの。夏はずっと島の家デすごしたのよ。ひとりになって、静かな空間で。

おじいさんは、85歳の人生をひとりで静かに閉じた。隣人のわたしは、そのときに何をしていたのだろうか。救急車もばたばたした感じもなく、本当に近所でありながら、気がつかなかった。住み慣れた自分の空間。おじいさんは、クラシックの音楽をかけていたこともあったが、最近ではあまり音楽も聞こえてこなかった。さて、救世軍のセカンドハンドのお店やすたっどミッションにおじいさんが使っていたおさらやコーヒーカップや使い慣れたなべが並ぶのはすぐだろう。そうして、おじいさんが好きだったコーヒーカップを若い人がまた見つけて買っていく。リサイクルの根本は、スウェーデンでよく感じる。人間の尊厳を考える。1920年代にこのマンションに住めた人たちは、今すんでいる人たちよりよっぽどお金持ちだったのよ。当時は身分制度がありましたからね。とはある人の話。スウェーデンは、60年代でだれでも大学に入れる気風ができたのですよ。その前は、社会階層が分かれていましたから。なるほど。ヨーロッパでは、日本におけるあいまいな階級層よりもっとはっきりとしていたという。今のスウェーデンではプリンセスが普通のジムトレイナーだった田舎の町出身の青年と恋愛結婚する。昨日のガーデンパーテイでは、王室王室とさわぐけど、われわれの税金ですからね。というひとも。



ひとつの時代がおわりつつある気配を感じる。マンションで生まれ作った当時有名な建築家の息子として尊敬され一生をマンションとともに過ごしたおじいさんの一生の歴史を思う。おじいさんは、この夏わたしのキッチンの外で元気よく咲いている花をみただろうか。同じ景色をみていたお隣のおじいさん。マンションの建物の中では、角部屋でストックホルム市庁舎が一番よく見えるお部屋の夜の景色は美しいに違いない。長き人生の景色はどうだったのだろう。広いお部屋は一人には大きすぎたかもしれないが、おじいさんは、家族とずっと暮らしてきた同じ景色の中で思い出に生きていたのかもしれない。空間や家は時間をかけて作り上げていくものだからだ。わたしが、アンテイック屋さんや古いセカンドハンドのお店の中にいると古いヨーロッパを感じてなつかしい気持ちに満たされてたまらなくなるのはそういったそれぞれの時間をかけて成熟した思い出の空間が作り出されることにもよる。

シベリウス。フィンランド人であるが、北ヨーロッパの陰鬱と喜びが交差している。お隣のおじいさんにささげるお弔いの歌。隣人より。静かにシベリウスの音楽が以前聞こえてきたことをふと思い出して。沈香の香りとともに。


by nyfiken | 2009-09-03 19:08